七分咲きの狂い咲きは主役を握れない
インターホン越しに出会う彼女と彼。彼に詰め寄る彼女に対し、彼は冷静に言葉を返す。彼女と彼は互いの主張を話し合い、彼は結論を彼女に任せる。彼女の出した答えとはいかに……《マルチエンド注意》
「やっと見つけたよ」
インターホンのカメラにドアップで映る彼女の目がぎょろぎょろと動いている。
それはおぞましいと言うよりは、幻想的な気がした。
「来ちゃった」
彼女は少し体を引いて、体全体がインターホンのカメラに映るようにしてから、上目遣いで覗き込むようにして言った。
「とりあえず入るか?」
ぼくは初めてここでインターホンのマイクを入れて彼女に向かって言った。
「うん、そのために来たんだよ?」
ぼくが家の鍵を開けて彼女を招き入れると、彼女はおじゃましま~す、と言って家の中に入る。
用があるならメールでもすればよかったのに。
ぼくはそう思ったが、まあ、せっかく来たんだし用があるなら直接言うか、と自分を納得させ一人合点した。
ひとまず、ぼくは彼女をリビングの机につかせて、冷蔵庫にあったアイスティーをそのままコップに注いで出す。
「まあ、出すものこれくらいしかないけど……」
「全然いいよ~」
彼女はニコニコした上機嫌でぼくに言った。
そして、彼女はコップのアイスティーを一口飲んだ後に、ところで、と言って話を切り出した。
「ところで……なんで私から逃げたの?」
「何の話をしているんだ?」
彼女の言葉に、ぼくはとぼけるわけでもなく真剣に疑問の言葉を口にした。
「なんで私が幸せにするって言ったのに、私のそばからいなくなったの?」
「……」
ねえ?
そう彼女は首をかしげてぼくに聞く。
「逃げた、と言うのはおかしくないか?ぼくは自分の家に帰っただけなんだよ?」
「私は君を幸せにできるよ?だから、私のそばからいなくなる意味ってないよ?自分の家に帰る意味なんてないんだよ?」
そう彼女が言った次の瞬間だった。
彼女は腕をとって言った。
「帰ろう?」
彼女がぼくの腕を握る力はとても強くて、それは圧をかけているんじゃないか、生命の危機に瀕させることで自分の優越権を主張しているんじゃないか、と思うくらいだった。
そんなに不安か……。
「一旦手を放してくれると嬉しい」
「それで帰ってきてくれる?」
「それは君次第だし、ぼく次第かな」
涙ぐんだ顔と、かすれた声で言う彼女は、しょんぼりしたような顔を見せてぼくの腕をつかむ腕をぼくから遠ざける。
「一緒にいてくれないならこうするしかないよね……?」
彼女はふっと顔を上げて手に持っている刃物をぼくに見せる。
「それは最終手段だ。まだ出す時じゃないでしょ。いざとなったら一緒に行くくらいはするさ」
「ん~……じゃあ、なんで一緒にいてくれないの!」
ぼくが彼女をなだめると、彼女はうめき声のような子供が思い通りに行かない時に地団駄を踏み、言葉にならない感情を表に出す時に声に出るような音を出して、ぼくに不満の意を表した後、彼女は思いの丈をぶつけるように大声で言った。
「それは君が悪いとかじゃないよ。飽きたんだよ、ただ単に」
「私、そんなにつまらない女だった?ねえ、何がダメ?何が理想と違った?どこが嫌い?」
はあ、とため息をついて言った言葉に対し、彼女は神経質になってぼくに迫って問い詰める。
しばらくの間、彼女はぼくの肩を掴んで揺さぶりながら、ねえ、ねえ、ねえ?と連呼してぼくに言葉を投げかけ続けた。
「ごめん、言い方を間違えた。君といるのはすごい楽しいよ。飽きたって言うのはね?首輪つけられて、それとベッドをつないだり、手錠をかけたりしてそれもまたベッドにつないだりして……毎日見る景色が一緒なんだよ。それを嫌だって言うのは違うかもしれないけどさ。息が詰まるって言うかさ……」
ぼくは肩を揺さぶられながら彼女に弁明する。
それを聞いて肩を揺さぶられるのはなくなったが、肩は依然として掴まれたままだ。
「だって……だってそうしないと君がどこに行くか分かんないんだもん。そばにいなくなっちゃうじゃん」
「どこにも行くわけないよ。そんなに信用されてないのかな?ぼく一回もデートに遅れた記憶ないけれど」
「信用はしてるけど……会えない日は何してるかわからないし、浮気してるかもしれないじゃん!」
彼女の声量が大きくなるにつれて、彼女がぼくの肩を掴む力も強くなっている。
弱いね、一人じゃ立てなくて、支えが必要で、それが見つかったからそれを失いたくなくて……。
かわいそうじゃなくて、辛いんだね、ぼくがそれを分かってあげないと……。
「やっぱりぼく信用ない?」
「そういうわけじゃないんだけど……」
そう言って彼女はうつむいた。
「うん、わかった。君はどうしたいの?今まで通りにする?それともぼく信用してみる?もしくは……別の案でも出してみようか?」
ぼくはうつむいている彼女にそういった。
そしてしばらく彼女は黙り込んだ。
『ed.1 今まで通りの幸せな毎日』
しばらくしたのち彼女はぼくの目を見ていった。
「信用できないってわけじゃないけど、一緒に帰ってもらう」
「わかったよ。ぼくも言いたいことは言ったしね。君が望むなら何でもするよ」
ぼくは笑顔で彼女に言った。
そして、その日からぼくはまた何ら変わり映えのない天井を見て毎日を過ごし始めた。
変わらない日差しの角度、変わらない君の声、ちょっとしょっぱすぎると感じていた浅野卵焼きにも次第に慣れてきて、それが幸せだと感じていた。
特別何があるわけでもなかったが、それは彼女が変わらない愛情をぼくに注ぎ続けたからであって、それは紛れもない彼女の信用の結果なのだろうと思った。
これからも、ぼくは彼女のそばに居続けるのだろう。
それが、望まれた幸せであるから。
『ed.2 二人で作る幸せな日常』
しばらくして彼女は口を開くのではなく、ぼくの肩においていた手を放し、ぼくに抱き着いてきた。
「どうしたの?」
あまりの出来事だったので、ぼくは疑問を投げかけてしまう。
「君の言うことはよくわかったから……ちょっと信用してみる。最終手段もあるし……」
彼女は言った。
それは彼女にとってはとてもつらい決断で、そういった彼女の声はところどころかすれており、ぼくの肩は湿っていた。
それからというもの、ぼくと彼女が出会えるのは週に一回と今までとは格段にペースが落ちた。
その分、週に一回出会う時には、週六回の出会えない分を一回で補うかのように甘えたり、お願いをしてきたりと、なかなか可愛い一面を見せてくれるようになった。
そんな時期しばらく続いて、ぼくは彼女に言った。
「そろそろ、結婚とか?」
「うん」
即答だった。
そして、そのままとんとん拍子に事が進み、すぐさま彼女と同棲することになった。
「これでずっと一緒に居られるね」
そういうぼくに彼女は、ニコニコしたりえへへ~と笑ったりしていた。
あの日から、ぼくらは二人で生きてきたのだろうと思った。
求められて、求めて……。
これからもそれが続くのだろう。
思い思われ、互いの譲歩で作られていくこの日常はこの上なく幸せに続いていくだろう。
『ed.3 今この瞬間に、この上ない幸せを』
彼女はうつむいている。
ずっと、長い間ずっと。
ぼくは彼女が口を開くのを待った。
何分かかろうが、何日過ぎようが、待つつもりだった。
しかし、待ち始めて10分経ち彼女は顔を上げた。
そして言った。
「わからない……わからないよ」
「そっか」
ぼくはそれだけ言って彼女の腹部を刺した。
彼女が持っていた刃物で。
すると彼女は吐血した。
ゴホッゴホッと咳き込んで彼女は苦しみだす。
「大丈夫だよ。心臓よりだいぶ下を刺したし、即死じゃないよ」
ぼくはそう言って彼女の唇を奪った。
ぼくの口の中に広がる彼女の鉄の味。
それはたぶん、この世のどれとも比較できないくらい幸福な味だったろう。
「ンフフ、怖い?大丈夫だよ、ぼくもついていくから」
ニコニコとした顔でぼくはそう彼女に言って、自分の腹部を彼女と同じように刺す。
「これで君と同じだよ?これで一緒。そばにいられるよ」
ぼくがそう言った時、彼女は笑顔だった。
その後ぼくはしばらく彼女に語り続けた。
幸せだとか、幸福だとか、愛情だとか。
その間ずっと彼女は笑顔だった。
そして、最後にぼくは彼女を抱きしめた。
彼女の体は少し重く感じられたが、それは彼女の愛情だろうと思った。
ずっとそばにいるから。
それがぼくの最後の思いだった。
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