レディースの総長はこぶしを振るわない幼馴染に勝てない
うわべだけの誉め言葉や、社交辞令が彼女は嫌いだった。みんながみんな取り繕って生きている。辛いといっても、帰ってくるのは、そうだね、分かるよ、なんて都合のいい言葉。それも同情してあげれるんだよっていうアピールに過ぎない。だから、彼女はそんな世界から離れたかった。だから、こぶしで語るこの世界が彼女にとって良かった。しかし、彼の幼馴染はそれを心配し、彼女のアジトへと単身乗り込み、そのレディースに戦いを挑むのだった。彼女は彼によってうわべじゃないものを見つけられるのか……
家に帰る時はほとんどなくて、帰っても傷だらけの顔を見た親は振り上げた腕を私に向かって下げるだけだった。
メンツがどうで、信頼できるのは仲間だけで、学校はクソで、親もクソ。
そんなどうしようもないやつらの上に立ってる私って……どうしようもない。
大した夢もなくて、何がしたいより何を持ってるかで考えて、失うことがこれ以上なく怖い。
ゴミ溜めみたいな荒廃した土地に女で身を固めて徒党を組んでる。
頭おかしい、世間一般の評価なんてそんなものだ。
元々ここに居つくようになったのは、プライドだ。
優しくされるのがうわべだけで、中身なんてなくて、自分の体裁のことしか考えてない。
そんなの、受けている私の方がつらかった。
だから逃げた。
苦しみを分かつことができるのなんて、同じ状況下にいる仲間だけだと思っていた。
昼間は学校で睡眠をとり、夜は不良どもと抗争を起こす。
それが私の常だ。
おかげで身長は150代で止まった。
今日も学校の授業は全部寝て過ごして、これから気に入らないやつを潰しに行く。
そう思ってアジトに帰ろうとした時だった。
目の前が大きな影に覆われて、何かにぶつかった。
「ごめん、前見てなかった」
目の前の何かは私に向かってそういった。
一歩下がって上を向くとその声の主がいた。
「あんたか。別に?気にしてないって」
私はそれだけ言って彼の隣を通ろうとした。
しかし次の瞬間、彼は私の腕をつかんで私を引き留めた。
「ちょっ!何すんの!」
「最近どこに行ってるんだ?」
「どこって……あんたには関係ないでしょ!」
さながら漫画のワンシーンみたいなセリフを吐く。
きっと彼がこういうからには私の素性なんてわかっちゃってるんだろうなぁ。
「関係ない?そんなわけないよ!」
彼は真剣な目を私に向けて言った。
そして、私のいやな予感は当たった。
「君のお母さんから話は聞いているんだよ。今あるその顔の傷だって、それで負ったものなんでしょ?」
「関係ないだろって!」
思わず私は彼に強く言った。
嫌な予感が当たるのはしょうがないことなのに。
幼馴染である彼の耳に私のことが伝わらないわけがないのに。
なぜか、それを知られていることがわかって苦しくなった。
「もう、そんなことやめてくれないか?」
「あんたに何がわかるの?」
心配そうな顔をして、本気で私を構成させようと真摯に私に向き合っているのがこんなにも痛く伝わっているのに、私はそれを撥ね退けた。
「もう関わらないで!」
「……」
私が彼を押し倒して道を開けさせると、彼は何も言わないで私がただ通り過ぎるのを見送った。
この会話で私にとりついたモヤモヤはアジトについてからもしばらく付きまとった。
「リーダー……?なんか暗いっすね。大丈夫すか?」
仲間の一人が私に話しかけてくる。
その時の私はずいぶん、落ち込んでいるというか考え込んでいる辛気臭い顔だったらしい。
「いや、考え事してただけだから」
「色恋沙汰すか?」
「……どうだろ」
私は少し間をおいてからそういった。
これがそういうものかどうかはわからない。
だって、彼のことなんてそもそも小学校以来まともな会話はなく、中学校時点では大分疎遠だった。
むしろ、小中高同じところにいるだけでも奇跡と言っていい。
彼に対して思うところがあるかどうかもわからない。
そんなモヤモヤがどんどんと大きくなっている気がしてならなかった。
この気持ちはしばらく続いて、抗争中も、不良どもを殴っている最中も、勝ってみんなで感情を共有しているときも晴れなかった。
「顔、やっぱ暗いっすよ」
祝杯の最中、また声をかけられた。
いつもだったら祝杯の指揮を執るのに、それすらしないということにやはり違和感を覚えられたのだろう。
「そう見える?」
「すごい見えるっす」
私の顔をまじまじと見てそういわれた。
このやり取りを不快に思ったわけじゃない。
ただ、胸に突っかかった何かがずっと私を苦しめ続けているのだ。
その時だった。
「ぼくの大切な物を取り返しに来たよ」
そんな声がこのアジトに響き渡った。
まぎれもなく彼の声だった。
「てめぁにもんだゴラァ!」
「なめてんのか⁉」
「一人で乗り込んでくるなんざ、いい度胸じゃねぇか!」
そんな罵声が彼に浴びせられる。
しかし、彼は一切動じず、ただ私の顔を見てニコッと笑って私の方に歩み寄るだけだった。
もちろん、そんなことを私の仲間たちが許すはずもなく、一発二発と、彼は私の仲間からの攻撃を受けていくのだった。
彼は反撃は一切しなかった。
彼は、あれは君の仲間でしょ?じゃあ、手を出すわけにはいかないよねぇ~、だなんて、後々語った。
彼はどんなに殴られようと、どんなに罵声を浴びせられようと、歩みを止めず、私の方に向かって歩き続けた。
そして、私のもとにボロボロになってたどり着いた瞬間だった。
「好き勝手やってんじゃねえぞ!」
仲間の一人がバットを彼に向かって振り下ろした。
私は何も考えず、私の体が先に動いた。
私は彼をかばったのだ。
彼の驚いた表情は今でも覚えている。
それに若干の涙が混じっていたことも。
私は直感で死なないなとは思ったのだけれども。
次の瞬間には私はアジトの布団で横になっていた。
そして、傍らには彼がいた。
「大丈夫?」
震えた声がより一層私に対してどれほどの心配をしたかを物語っていた。
「頭から出血したからもうだめかと……」
「そう簡単に死なないって」
「でも、もし何かあったらって……」
彼は半分泣きそうな顔になっていった。
いや、目をつぶることで無理やり涙が出ないようにしていたのかもしれない。
「手当、してもらったんだ」
彼の顔や腕についている包帯やばんそうこうを見て私は言った。
「誤解が解けたんだよ」
「誤解って?」
私は聞いた。
「ぼくが借りを返しに来た人間じゃないってこと」
「……ごめん、私がなんか言えばよかった」
「いやいや、いいんだよ。まあ、何ていうか?君がかばってくれてうれしかったというか……?」
彼は照れ臭そうに言った。
それを聞いている私は顔が真っ赤だった。
思わず布団に顔をうずめた。
「それで……どうしようか。君は、まだ続ける?」
彼は落ち着いた口調で言った。
それは哀れみだとか心配だとかの声じゃなくて、優しい声だった。
「わかった。心配はかけさせないようにする」
「うん、じゃあ、帰ろうか」
彼はそういって私にかがんで背中を向けた。
「なにこれ?」
「え、歩けないでしょ?おぶっていくよ?」
「恥ずかしいって」
「……そう?」
彼はきょとんとした顔で言った。
結局、私は彼におんぶされて家に帰った。
「なんで、私のこと助けに来たの?」
私は不意に気になって聞いた。
「だって心配だから」
「それは幼馴染だから?」
また私は彼に聞いた。
「自分の好きな人が間違った道に進んでたら、いやじゃん?」
「……」
それを聞いて私は黙った。
今日はそれ以上彼に物を言えなかった。
家に着くと真っ先に親に一方的な説教はされたが、悪い気はしなかった。
その後、しばらくは不良どもに喧嘩を売られないように、売ってきたらとことん叩きのめしたが、自分から抗争を仕掛けることはなくなった。
今では、アジトはだいぶ様変わりして、彼を呼んでみんなで勉強、なんてことも多くなった。
まあ、私たち全員まともな教育を受けていないから中学レベルからのスタートとなったのだけれども。
だけど、彼は嫌な顔一つせず私に付き合ってくれた。
そして、私は彼に言った。
「また変なことするかもしれないから……そばにいて」
「ぼく進学したいから置いていっちゃうかもなぁ」
「すぐに追いつくもん!」
私の苦悩はまだまだ続きそうだった。
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