貸し借りをしたくないぼくらはプラスマイナスゼロを目指して迷走する
借りをしっかり返すと幼い時の経験から誓った少年は、とあることから貸しを作る。彼女は借りを返そうと彼に迫るが、一向に彼はそれを受け入れず拒む。ついに限界を迎えた彼女に迫られ、過去に彼女に借りがあったことを教えられる。そして、二人はともに貸し借りをなくすために行動していく。
ぼくが少年だったころの話。
特別元気があった、と言うわけではないが小学生だったぼくはよく一人で公園や河川敷なんかに行って遊んでいることが多かった。
友人なんてものはいなかったし、何より当時のぼくはいじめられていた。
その帰りなんかには駄菓子屋にでも行って100円分で何が買えるか、だなんて思考を凝らしていることも多かった。
そして、駄菓子を買った帰りにボロボロの30代の男性に出会った。
今だったら決して近づかないだろう風貌をしていたのだが、当時のぼくはあまりにも無知だったこともあり、何の考えもなく話かけた。
どんな会話をしたのか、そんなことはすでに忘れてしまっているが、駄菓子は全部あげた。
しかし、悪い気はしないし、むしろその時の幸福感は今でも覚えている。
そしてそれを受け取った男は全て食い尽くしたのちにぼくに言った。
「小僧、借りは返す」
その日以降、ぼくにいじめを働く者はいなくなった。
ぼくは当時それを気に留めなかったのだが、今ではあの男がやってくれたのだろうと思っている。
そして、今ではしっかりと借りを返せる男になろうと心に誓っている。
と言ってもだ、今のぼくの学校生活にはそもそもの話貸し借りが発生する場面なんてものはない。
まず第一に、友人もいなければ人との接点もない。
そんな学校生活の中でぼくは事故にあった。
それはぼくが何とはなしに階段を上ろうと階段の1段目に足をかけた時だった。
「うわわわわ~!」
そんな驚いた声を聞いて上を見上げると、複数の段ボールと一緒に女子生徒が階段から落ち来ているではないか。
ぼくは慌てて腕を伸ばし、彼女をキャッチすることに成功する。
「大丈夫?」
ぼくは言った。
「え、あ、ありがとう」
彼女はぼくの目を見て言ったのだが、その2秒もたたないうちに彼女は顔を真っ赤にして視線を逸らす。
「ちょ、降ろして!」
「え、ごめん」
ぼくが彼女をおろすと、彼女はぼくより2段高い場所に立って、ぼくに指さして言った。
「この借りはいつか帰すわ。待ってなさい!」
「じゃあ、気長に待ってる」
ぼくはそういって立ち去ろうとした。
しかし、どうにもこの階段に散乱した段ボールを放っておくのは気が引けた。
「手伝うよ」
ぼくは段ボールを集めて抱えようとしていた彼女に言った。
「この私が借りを二つも作るなんて……」
「別に返さなくってもいいよ。気にしないで」
ぼくは彼女から段ボールを2つ受け取りこういったのだが、彼女は納得していないようだった。
もちろんぼくが彼女の立場だったら納得はしない。
「というかこれ重くない?よく今まで4つも持っていられたね」
「ま、まあ、委員長ですし?これくらいで来て当たり前……のはずなんですけどね」
「え、ぼくに手伝われて屈辱、なんて言い方するのやめてよ」
彼女が鋭い目つきでぼくの方を見てくるのに対して、ぼくは苦笑していった。
「このくらい一人でできなければ委員長は名乗れませんわ」
「できなくても名乗っている人いると思うよ」
「気合が足りませんわね」
「パワー系委員長やめて?」
「普通のことじゃないの?」
「そんなわけ……と言うか着いた?」
彼女が急に立ち止まるのを見て、ぼくはも立ち止まって彼女に聞いた。
「ええ、そうよ。ここに運べって」
「ちなみにこれ何?」
「音楽室の忘れ物らしいわ。わざわざ生徒に運ばせるなんて、ね?」
「でも、頼まれたら断らないんでしょ?」
「ええ、まあ、そうね」
彼女は恥ずかしがりながら答えた。
きっとぼくも頼まれたら引き受けるだろう。
「付き合わせてしまって悪いわね」
段ボールを置き終わって教室を出た後、彼女が話しかけてきた。
「いや良いよ、気にしないで」
「とは言っても、やはり借りは返さないと気が済みませんわ」
「いや、本当に気にしないでいいから」
「何が不満なんですか?黙って借りを返されてください!」
彼女はぼくの言葉に食い下がらずにしばらく粘ってきた。
だから、ぼくは、あ~、今日なんか用事があったような気がしたなぁ~、等と適当なことを言って、その場から逃走した。
しかし、次の日から彼女は半ばぼくに付きまとうようになった。
「ねえ、何でもしますから、何でもしますから借りを返させてください!」
そんなことばっかりぼくの隣で言う。
周りの人に勘違いされるじゃないか。
ぼくはそう思ったが、当の彼女はそんなことは微塵も考えている様子はなかった。
そして放課後になって、ぼくが帰宅するため下駄箱で靴を変えると、彼女が話しかけてきた。
「待って!待ちなさい!」
「何か用?」
ぼくは首をかしげてとぼけて聞く。
「何か用?じゃないでしょ!わかってるはずよ」
「ん、だからもういいってさ」
「何かあるでしょ!デートに行きたいとか、付き合いたいとか、オレの女になれとか!」
「全部欲望の垂れ流しにしか聞こえ……ん?なんて?」
思わずぼくは首をかしげる。
「あ、いや、別にこれは……私がそう思っているわけじゃないのよ!」
彼女は顔を真っ赤にして、ぼくから視線をずらしてそういう。
「あ~、もういいわよ!あなたのことがずっと好きなのよ!小中高って!」
「ちょっとまってくれ。ぼくは君のこと知らないぞ」
「そうよ!だって初めてまともに話したのは昨日が初めてよ!」
「接点どこだよ!」
あまりの展開だが、ツッコミどころが多くて思いのほか冷静に突っ込んでしまう自分にぼくは驚いている。
「小学校のころ、委員長やってたのを見て、その、かっこいいなぁって……」
彼女はもじもじしながらぼくにそう言う。
そして次の瞬間、思いっきり顔を近づけてぼくに言う。
「そもそも、まだ私は中学校の時の借りを返してもらってないわ!」
「何かあったっけ?」
ぼくは首を傾げた。
ふざけているわけじゃない、本当に覚えがないのだ。
「私は中学校の頃いじめられているあなたを見て先生にそれをやめさせるように言ったわ!だからあなたは中学2年の時にはいじめがなくなったのよ」
「そういうことだったのか……」
ぼくは不覚にも彼女に助けられていたらしい。
「だから、その時の借りを返すつもりで……私の彼氏になりなさい!」
「待ってくれ!」
ぼくは彼女の言葉が終わらないうちに声を上げた。
「そもそもそういうのは見返りを望んだらダメだろ」
「ん~……た、確かにそうね……」
彼女はぼくの言葉を聞いてしょぼんと縮こまってしまう。
ぼくはそれを見て、まあ、と言葉を続ける。
「まあ、いいよ、とは言えないけど、浅い関係からならまあ……」
そのぼくの言葉を聞いた瞬間、彼女はぱあっと笑顔になる。
「じゃあ、これから行きましょう!」
彼女はぼくの手を引っ張って言った。
「今から借りを返すわ!」
彼女はものすごい笑顔でぼくに言った。
もし、立場が逆だったらぼくもこれをするのだろうか。
もしかしたらするかもしれない。
ぼくはそう思いつつ、彼女にひかれていった。
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