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紅姫-KOUKI-  作者: あきたつ
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四話:純情娘とトラブルメーカー



「須惠君って本当に性悪よね。」


唐突に妹尾紗霧はそう言った。

言われた本人はそれに返答するでもなく弁当箱をつつきながら、外の景色を眺めていた。


昼休みになり、一人寂しく昼食をとる勢羽への同情からか紗霧は勢羽の机に余った椅子を引き寄せ、一緒にお昼を食べようと持ち掛けてきた。

たまに紗霧はこうやって勢羽と昼食を一緒にしている。

彼女なりの気遣いなのだろう、その博愛精神は流石は妹尾紗霧と言ったところだ。


と、そんなことを考えていると紗霧はズビシッと効果音が出そうな程の勢いで持っていた箸の先を勢羽に突きつける。


「危ないぞ、妹尾。お前はマナーというものを親御さんから学ばなかったのか?」


「その言葉、そっくりそのままあなたに返すわ。」


漫画ならば青筋が浮かび上がっているだろう、険悪な表情で紗霧は勢羽を睨み付ける。

折角の美人が台無しだな……と、声には出さずに思うだけにした。

もし、声に出して言っていたら朝と同じ惨状になっていただろう。


朝の紗霧の暴走は結局担任が教室に来るまで続けられた。

最初五分は罵詈雑言の嵐。

残り十分は意地悪姑並のお小言の嵐。


何というか日頃の鬱憤をここぞとばかりに晴らしているだけのようにも思えたがこれも口には出さない。



「俺は外の景色を見ながら昼食をとっていただけだが?」


「私が話しかけていたのに無視していたのは誰かしら?」

怒りの表情がデフォになりつつある紗霧。


「いや、新手の一人SMかと思ってな。暴言を吐く行為とその暴言を無視られるという放置プレイ。SとMの両方の快感を味わえるという究極の一人プレイだ。」


「あなたって人は…!」


またも地雷を踏んでしまった。

あれ程注意しょうと誓ったのに呆気なくその誓いは泡と消えた。

何故か紗霧の言葉には売り言葉に買い言葉な対応をしてしまう。


次は拳の一つでも飛んでくるかと思ったが意外なことに紗霧は溜め息を一つし、固く握られた拳を解くと少し憂いを帯びた表情で勢羽を見る。


「須恵君…あなたはどうしてそうなの?人を寄せ付けない態度、度々の問題行動。真面目に学生をする気はあるの?」

何かと思えば分かりきったことを…。


「俺は真面目に学生をしている。学生の本分は勉強だろう?妹尾も納得するくらいの点数は取っているつもりだが?」

自慢ではないがテストでは毎回学年50位以内には入っている。

生活態度自体も高校に入ってからは無遅刻無欠席だ。


「問題行動にしてもあれは正当性が認められている。一度も停学になっていないのが良い証拠だ。」


「でも……。」


「クラスでの態度も何の問題もない。友人を作ろうが作るまいがそれは俺の自由だ。…反論などないだろ?」

紗霧に二の句をつかせずに一気にまくし立てた。

紗霧は悔しそうに奥歯を噛み締めながらも何も言わない。

所詮、他人である紗霧にはこれ以上勢羽に干渉することは出来ない。

それを理解してるからこそ勢羽の詭弁にも似た言葉に反論することが出来ないのだ。


沈黙が二人の間を支配する。

昼休みの喧騒は不思議なほど静かに聞こえた。




「…悪かった。」


先に言葉をついたのは勢羽だった。


「ううん…、無理やり詮索した私が悪かったわ。私が須恵君にあれこれ言える権利なんてないんだから…。」

紗霧は寂しそうに笑いを漏らす。

憂いを帯びたそれは後悔と自嘲の念が見え隠れする。

そんな表情をさせたのは他でもない自分だということに勢羽は居心地の悪さを感じた。



「まあ…なんだ…。気遣ってくれたことには感謝しているよ。きつく当たって悪かったな…。」


「あっ…、い、いいの。私も一方的だったし…。」


紗霧の表情から憂いの色は霧散したが代わりにその頬は赤く色づいていた。

暗い沈黙から脱却することはできたが今度は何とも言えない生温い沈黙が場を支配する。

そう、例えるならばお見合いの席で『後はお若い方々で…』と仲人に言われ、急に二人っきりにされた時の沈黙に似ている。

まあ、見合いなどしたこともないが、一般的解釈としては大体の方に賛同を得られるだろうと思う。

要するに、気まずくて間が保たないということだ…。





「紗霧ちゃ〜ん!」


突然間延びした声が教室に響く。

この間の悪さに幸か不幸か終止符を打てる人物が現れたのだ。



「か、会長!?」


紗霧に飛びついて来た女性は何を隠そう我が学園の生徒会長である山並琴音やまなみ ことねその人である。

切れ長の目に細い眉。

右の目元の泣きボクロが印象的で大人びた雰囲気を醸し出している。

長い髪を後ろで一つに結び、前髪は丁寧にピンで止めておりその人の品行方正さを思わせる。

極めつけの眼鏡は彼女を完璧な生徒会長に仕立てていた。

眼鏡が生徒会長らしく見えるというのは偏見かもしれないが…。



「あらあら、お二人で昼食ですか?須恵君もなかなか隅に置けないわねぇ〜。」

ニヤニヤと勘ぐるような視線を向ける生徒会長。

見た目ほど生徒会長らしくないのが山並琴音の美点でもあり欠点でもあると勢羽は思った。


「生徒会長が昼休みに下級生の教室に何の用ですか?まさか妹尾をからかいに来ただけですか?」


「それもあるけど私は比較的生真面目でね。そこまでの遊び心は備えてはいないのですよ。」

遊び心の塊のような人がよく言う。

彼女の思いつきでどれ程の被害を被っているか理解していないようだ。



「それでは早く用事を終わらせてお帰り下さい。」


「つれないねぇ。まあ、それが君の個性だからしょうがないか。と、無駄話が過ぎたね。というわけで紗霧ちゃん。何か忘れていることはないかな?」


「忘れていること…?」


はてと首を傾げる紗霧。


「おやおや、本当に忘れてるんだね。一ヶ月後の生徒会選挙の打ち合わせを昼休みにするからと言っていたでしょ?」


「あっ…!」


その瞬間紗霧の顔から血の気がサッと引いた。


「副会長がいないということで放課後に持ち越したけどあるまじき失態よ?」

会長らしさ全開の口調で琴音は言う。

何とも極端だなと勢羽は思う。


「すいません…。」


紗霧はこちらが申し訳なくなる程に頭を下げ、謝る。



「まあ、いいんだけどね。私は紗霧ちゃんが楽しくしてるなら満足よ。それに恋は人を盲目にするからね♪」

アハハと屈託のない笑いを漏らして琴音は言う。

紗霧の顔は一瞬で茹で蛸の様に真っ赤になった。


「か、会長!」


紗霧は裏返った声を出しながら会長を仕留めに…もとい口を塞ぎにかかる。


「うおっ!いきなり何をするノ!?」


「か、会長には黙秘する義務があります…!」


ブンと振り回される腕を琴音は紙一重で避ける。


「ちょっ、意味分かんないってば!正気に戻りなさい!」

琴音の制止も聞かず紗霧は焦点の合わない目で猛進する。


「チッ、これだから肉体派わ…!須恵君!彼女を取り押さえて!」


「何故俺が…。」


「責任の一端はあなたにもある!それに荒ぶる肉体派には同じ肉体派を当てるのは常道よ!」

真に遺憾だが事態を収拾しなければ自分にも二次的被害が出かねないと判断した勢羽は重い腰を上げた。

会長は教室の外に逃げようとするが明らかに紗霧が会長を捕まえる方が早いだろう。

これは説得という穏便な方法は無理だと悟る。

ならば多少手荒い方法も致し方ない。

勢羽は一歩で紗霧の真横に付くと素早く紗霧の片足を払い上げる。



「ふわっ……!?」

言葉通りに空中に浮き上がった紗霧は何事か理解出来ていない顔でゆっくりと万有引力の法則に従い地面に引き寄せられる。

まるでそれはスローモーションのようでクラスメートは勿論、琴音ですらもその光景に呆気にとられている。

その中でただ一人勢羽の時間だけは動いていた。

慌てた様子もなく紗霧をその腕の中に受け止める。



「これで良いんですか?会長。」


「ぐっ…グッジョブ!グッジョブよ、須恵君!」

親指を人差し指と中指の間に突き通した拳を突き出す琴音。


いや、何か違うぞ、それは…。


「君はいつも突拍子もないことをしでかすけど今日のは極めつけよ!」


「いや、止めろと言われたから止めただけなんですが?」


「自覚のないところもまた良し!」

再度拳を突き出す。


だからそれは違うって…。


「…す、須恵君…。」


ふと、勢羽の腕の中で大人しくしていた紗霧がか細い声をあげる。

心なしかその頬は真っ赤に染まっているように見えた。


「どうした?妹尾?」


「おろ…降ろしてよ…。恥ずかしいんだから…。」


いつもの紗霧とは違うそのしおらしさに勢羽は首を傾げる。


「らしくないな。いつもの元気はどうした?」


「…っ!いいから降ろせって言ってるでしょ!」


紗霧が振るう拳を避けると勢羽はそのまま抱いていた紗霧を降ろした。

元気を通り越して凶暴となった紗霧にまた首を傾げる勢羽。

それもそのはず勢羽は所謂お姫様抱っこというものをしていたのだ。

男女通してその行為は少なからず憧れのようなそんな感情を想起させるが、実際やった本人達は恥ずかしい事このうえない。

勢羽が何の感慨もないのはただ単に一般常識の欠如故だろう。



「元気にとは言ったが乱暴な言葉使いは感心しないぞ。」


「あなたが全部悪いんでしょ!」

睨む紗霧とそれを受け流す勢羽。



「君達は本当に仲がいいわね〜。」

険悪なムードに似合わない間延びした声。

この原因を作り出した張本人はまるで人事のように言う。


「どこをどう見たらそうなるんですか!?寧ろ険悪な関係です!」

遺憾だ、とでも言いたげに紗霧は琴音を睨む。

しかし、琴音はそれに怯む様子もなく逆に不敵な笑みを紗霧に向けた。


「だってそうでしょ?生徒会の会議を忘れるくらい須恵君との昼食を楽しんでいたのに♪」


「なあっ…!」


「真面目の見本のような紗霧ちゃんが会議を忘れるくらいだから相当ね。」


「ち、違う!絶対違うんだからぁ!」


顔を真っ赤に染めて必死に弁解する紗霧の姿は滑稽以外の何物でもなかった。

勢羽はオーバーヒートした紗霧から繰り出される拳をかわしながらあることに気づいた。



「妹尾。」


紗霧の両拳を受け止めて攻撃の手を止めさせる。


「な、なに?言っておくけど会長が言ったことみたいなことは…。」


「その会長の姿がどこにも見当たらないんだが?」


「へっ?」

先ほどまで琴音が居た場所には影も形もなく、教室を見回してもただ静観しているクラスメート達の気まずい視線と目が合うだけだ。

文字通り生徒会長・山並琴音は煙のように消えてしまっていた。


琴音の動向を察する洞察力と気配を感じさせない隠密性に勢羽は少なからず感心した。

無論勢羽自身は気づいてはいたが。



「ま、また、あの人はあぁ…!」

悔しそうに奥歯を噛み締める紗霧。

結局、いつものようにからかわれるだけからかわれた紗霧は行き場のない怒りに体を震わせていた。



何となく嫌な予感がした勢羽は気配を消し、そそくさと教室を後にした。

平穏な昼休みを過ごしたい勢羽にとって癇癪という名の爆弾を抱えた今の紗霧は最も忌避すべき存在なのである。

しかし、その行為が紗霧の癇癪にさらに拍車をかけることをこの時勢羽は失念していた。


この後教室に戻った勢羽が紗霧に恨みがましい視線を浴びせられたのは言うまでもない。




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