お姉様の評判
東屋へ向かいながら、そこに座っている男女を観察した。
控えめに表現しても、二人ともド派手である。
東屋の桟の上に見えているシャツやドレスは、派手すぎてこちらが恥ずかしくなってしまうほどである。派手なのは、衣服だけではない。雰囲気も派手すぎる。
近づくにつれ、顔の造形も派手なのが見てとれる。
皇子の婚約者は、顔に塗りたくっている。だから、いまはそこそこに見れる顔だけど、お化粧をとったらどうなるんだろうって、いらないことを想像してしまう。
皇子は皇子で顔が真っ赤である。お酒を多く飲む人特有の酒焼けした顔になっている。
どちらもわたしよりかなり年長に見える。だけど、どの位上かはわからない。
老けて見えるけど、実年齢は見た目より若いでしょうから。
「皇太子のあたらしい嫁、というのはおまえか?」
わたしたち、初対面よね?もしかして、この前の形だけの婚儀やその後のパーティーで、紹介してもらったかしら。
紹介されたってことはないわよね。
だったら、いまみたいな失礼な尋ね方はしないでしょうから。
「はい。ア、クラウディアと申します。第一皇子殿下、公爵令嬢、ご挨拶申し上げます」
向こうが失礼だからといって、わたしまで失礼な振る舞いはしちゃダメよね。
いまのところは、だけれど。
またアユコと自分の名を名乗りそうになって、慌ててしまった。
名乗りつつスカートの裾を上げると、公爵令嬢が「ふん」と鼻を鳴らした。
いまのはいったい、どういう意味で鳴らしたのかしらね?
とりあえず、向こうは名乗る気はなさそうね。まあ、いいけど。
「あなたがカリーナ王国の王女クラウディア・デルネーリ?この大陸一の美貌であり、女神のように慈悲深いという、あのクラウディア・デルネーリ?」
ちょっ……。
お姉様って、いつの間にそんなことになっているの?
この大陸一の美貌に、女神様みたいな慈悲深さ?
いくらなんでも大げさすぎるわ。
っていうか、慈悲深さにいたってはまったくの嘘よ。
ほんと、世の中の人々にお姉様の本性を見せてあげたいわね。
それにしても、二人ともわたしのことを疑っているわよね。
あっ、当然ね。
わたしってば童顔だし、ちっとも可愛くも美しくもないし。
メガネをかけていても顔の造形がわからないほどの視力の持ち主くらいしか騙せないわよね。
またしても、この身代わり花嫁を強行したことに首を傾げたくなる。
「はい。そのクラウディアです」
自分で認めるのは虚しすぎるけど、演じなければならない。
「ふう……ん。噂って尾ひれがつくってほんとうなのね」
ええ、その通り。だけど、わたしの場合はそれ以前の問題なの。
「あの怪物に嫁いでくるなんて、気の毒以外のなにものでもないな」
第一皇子がお酒に潰れた笑い声をあげた。
「かわいそうに。まだ若いんでしょう?それなのに、あんな人に嫁ぐなんて。彼女で何人目……」
「オホンッ」
突然、副隊長が大きく咳ばらいをした。だから、公爵令嬢の言葉が途中からきこえなかった。
「申し訳ございません。喉の調子が……。皇太子妃殿下、そろそろ参りませんと」
「ええ、そうだったわね」
副隊長は、機転をきかせてくれたのね。この場からはやく去れるよう。
だから、彼に調子を合わせることにした。
「第一皇子殿下、公爵令嬢、今後ともよろしくお願いいたします」
もう一度ドレスの裾を上げて挨拶をすると、彼らの反応も見ずに背を向けさっさと歩きはじめた。
「いつでも逃げだせばいい」
「そうよ。あんな怪物とだなんてゾッとするわ。さっさと国に帰った方がしあわせになれるわ」
二人の笑い声が、静かな森を騒がしくする。
あちこちで小鳥たちが羽ばたく音をききながら、歩き続けた。