厄介な人たちに絡まれる
庭園には、東屋が三つあるらしい。
その一つを見てみることにした。
立派な東屋が見えてきた。
バラで飾られている。
ずいぶんとキザな東屋ね。
だれかが使っているらしい。近衛兵たちが、東屋の前に居並んでいる。
ということは、皇族のだれかが東屋にいるということよね。
「あの、皇太子妃殿下……、こちらへまいりましょう」
東屋の手前で、近衛隊の副隊長ダミアーノが後ろから声をかけてきた。振り返って彼を見ると、手で小径を示している。
『どうして?』
当然、そう問いたくなった。だけど、彼も四人の近衛兵たちも困ったような表情をしている。
言葉を呑み込んだ。
彼らがわたしにべったりはりついている理由が、あの東屋に「ある」、もとい「いる」のかもしれない。
そう直感したからである。
「わかったわ。じゃあ、こちらから行きましょう」
とりあえず、いまはおとなしく彼らに従っておこう。
いくらわたしでも、ここに来て早々トラブルを起こす、違ったわ。トラブルに巻き込まれるわけにはいかないから。
進路をかえて小径に入った瞬間、「ちょっと待ちなさい」と耳をふさぎたくなるような甲高い声が飛んできた。
そのとき、近衛兵たちがギョッとしたのを見逃さない。
きこえないふりをした。なぜか、そうしたくなった。
いまのたった一言は、嫌な予感しかしない。
だから、歩く速度を上げようとして……。
「おいっ、待たないかっ!」
つぎは、言葉がかろうじてききとれるようなだみ声が飛んできた。
お酒をよく飲む人の声ね。
すぐにわかった。
母国に、三百年以上続いている公爵家がある。
その公爵家の嗣子が、公爵家を継ぐという重責から逃れる術として飲酒を選択した。
お酒に溺れたその彼に会ったときの声と、まったく同じである。
彼の憔悴し、前途も希望もよろこびも悲しみも失われた表情は、いまだに頭の中に残っている。
そんなことはともかく、何様か知らないけれど「おいっ」呼ばわりされて従順に言うことをきくほど、わたしは寛容じゃない。それどころか、余計に従いたくないと思ってしまう天邪鬼よ。っていうか、お子様よ。
だから、それも無視することにした。
「なんだ?耳がきこえないのか?それとも、おれたちをなめているのか?」
「もしかして、わたしたちに怖れをなしているとか?」
だみ声と甲高い声の会話に続き、耳障りこの上ない嘲笑が背中にあたった。
あのねぇ。なめられているのはわたしの方だわ。それに、あなたたちをまったく知らないののよ。そんな人たちを、怖れるも何もないわよね?
「ダミアーノ、皇子殿下とメランドニ公爵令嬢がお呼びだ。皇太子妃殿下をお連れしろ」
近衛兵の中から、隊服の立派な人が怒鳴ってきた。
たぶんだけど、あの人が近衛隊の隊長ね。
「皇太子妃殿下、申し訳ありません。第一皇子のカスト・カッペリーニ殿下と婚約者のジュリオ・メランドニ公爵令嬢がお呼びのようです」
副隊長の顔には、気の毒なほど困ったような、悲し気なような、なんとも表現のしようのない表情が浮かんでいる。
そう告げてきた声は、かぎりなく小さかった。
ああ、嫌だわ。
その二人、厄介な人たちなのね。
このまま立ち去りたい。だけど、そんなことをすれば副隊長が叱られてしまう。
「わかったわ」
観念して踵を返し、東屋へ向かった。