【最終話】身代わり花嫁と替え玉皇太子のしあわせへの第一歩
「カナーリ王国の諸君。わが帝国にも優秀な諜報員は大勢いる。貴国が条約を結ぶ相手として不都合はないかどうか、諜報員を潜入させて調べさせてもらった。たしか今回の婚儀は、そちらから申し出たことだと記憶している。諜報員たちは、彼女はクラウディアではないと口を揃えて報告をしている。クラウディアの妹のアユコだともな」
皇太子は、向こうにいる第一皇子や閣僚たちにきこえないほどの声量で告げた。
「あ、いや……」
「いえ、それは……」
お兄様たちも宰相も慌てふためいている。
「言い訳はききたくない。ああ、そうだった。報告では、クラウディアは外見ばかりで中身はクズらしいではないか。噂とまったく違ってな。そんな女がこなくてよかった。身代わりでアユコが来てくれたこと、神に感謝せねば。その点では、彼女を身代わりに仕立てた連中にも感謝せねばな。アユコは、おれのすべてだ。彼女の為なら、カナーリ王国の王族や貴様ら全員の首を刎ねとばすこともいとわぬ。もっとも、彼女に血を見せたくはないから、いまはせぬがな。というわけで、とっとと戻って軍備を整えよ。おれみずから帝国軍を率いて王都に侵攻してやる」
「お、お待ちください。すべてアユコが、彼女が……」
「だまれっ!」
上のお兄様が言いかけると、皇太子は一喝した。
向こうにいる皇子たちが驚いてこちらに注目した。
「いっさいの言い訳や虚言はきかぬ。おれと帝国をバカにしたな。なにより、愛するアユコを蔑ろにした。それが一番許せない。近衛兵っ、こいつらを宮殿から放りだせ」
「はっ!」
近衛隊の隊長や副隊長のダミアーノたちが、大扉を開けて駆けつけてきた。
かわいそうに。お兄様たちは、引きずられるようにして連れて行かれてしまった。
そして、彼らの気配がなくなり、静けさが戻ってきた。
皇太子と向き合うと、視線がしっかり合った。
同時にお腹を抱えて笑いだしてしまった。
じつは、様子をみようということになった。
お父様とお姉様が、皇太子、というよりかは帝国をだましたことにかわりはない。
とりあえず脅しておいて、お父様たちがどうでるかによって今後の態度を決めるつもりである。
お姉様のことを溺愛しているお父様は、どうかんがえても国王としても人間としてもなっていない。
おそらく、今回のことも使者をよこしてうわべだけの謝罪をするに違いない。
そうなれば、バカにされた体裁上こちらもそれなりの制裁を加えなければならない。
ざまぁみろ、よね。自業自得だわ。
ちなみに、諜報員云々の話は、彼がわたしを守ってくれる為の方便にすぎない。
皇族や閣僚たちも、謁見の間から去って行った。
二人っきりになると、彼は途端に気弱な大男になってしまった。
「アユコ、その、ほんとうにすまない。きみに意地悪なことを言ったりしたりしたけれど、その、おれはきみのことが好きになってしまった。いや、愛している。だから、その、きみさえよければ、これからもいっしょに朝食を食べてくれないか?ああ、もちろん昼食や夕食も。それから、スイーツも。いっしょに作って食べよう。ああ、食べるだけの方がよければおれが作るから」
彼ったら、わたしを食べ物で釣ろうとしていないかしら?
「殿下は、これまでスイーツを作ったことはありますか?」
「いや、ない。きみの、あ、いや、きみがよろこんでくれればと思い、本で調べて明け方にこっそり作ったんだ。何度も何度も失敗したよ。用兵や剣とは、まったく違うから」
気恥ずかしいのね。真っ赤になっている。
いまは、表情がはっきりわかる。
これだけの美貌だなんて、わたしのほうが釣り合わなくなってしまった。
だけど、これで最低限暮らしていける。居場所を失わずにすんだ。
違うわ。そんなこと、どうでもいい。
生活出来るとかそんなこと、どうでもいい。彼の容姿なんかもどうだっていい。
わたしも彼を愛している。
胸の痛みやうずきは、彼を愛しているから起こっていたのよ。
それをやっと、自分で認めることが出来た。
それに、いっしょに調理をしたり食べたり出来るのって最高よね。
「殿下、替え玉皇太子と身代わり皇太子妃。すっごくお似合いじゃないですか?そこからスタートして、だれもがうらやむほどしあわせになりましょう」
真っ赤な美貌に笑顔が咲いた。
そのやさしく慈愛に満ちた笑顔は、わたしの、いえ、わたしたちの将来をあらわしている。
その瞬間、まるで壊れ物でも扱うように彼がわたしを抱きしめてくれた。
う……ん。こういうときって、やっぱり口づけよね?
でもまあ、いっか。
わたしたちには、これからたっぷり時間があるんだから。
(了)