ちょっとざまぁを
翌朝、お兄様たちが帰国する為、一足先に謁見の間に向かった。
皇帝陛下と皇妃殿下は、長期療養の為皇族専用の別荘ですごされている。
だから、皇太子や皇子や閣僚たちがお別れの挨拶に応じることになっている。
お兄様たちは、すでに謁見の間で待っていた。
一刻もはやくここから去りたいのが、ありありとわかる。
「アユコ、父上からの伝言だ。『何があってもここに置いてもらえ。万が一離縁されるようなことになれば、真実を話しておまえが全責任を負うのだ。だましたことで断罪されることになるだろうが、われわれはいっさい関与はしない』とのことだ。いいな?」
「クラウディアも、『わたしに恥をかかせるようなことは絶対にしないで。あそこの皇太子って、容姿も性格も評判は良くないんだし。そんな野獣みたいなのの妻だなんて、正直虫唾が走る。なんならいっそのこと、あなたが勝手にポリーニ帝国に押しかけたって告げて責任を負いなさい。そうね。その方が、わたしもより大国の美貌の持ち主と何の気兼ねなくしあわせになれるかもしれないわね』と言っていた」
お兄様たちは、そっくりな顔にそっくりなニヤニヤ笑いを浮かべてささやいてきた。
その横で、宰相や外交官たちがうんうんとうなずいている。
正直なところ、お父様やお姉様の冷酷無比な伝言の内容よりも、お兄様たちがその内容を覚えていたことの方が驚きだわ。
こうしている間にも、ポリーニ帝国の皇子やそのパートナーや閣僚たちが続々と集まってきた。
それにしても、お父様もお姉様も、あまりにも皇太子をバカにしているわ。
わたしへの態度は慣れているからかまわない。だけど、皇太子への態度は許せない。
彼だけでなく、ポリーニ帝国を蔑ろにしているようなものよ。
わたしの家族とはいえ、その愚かさに返す言葉もない。
だから、何も言わないことにした。
向こうが関係がないって言うのなら、それはそれでいい。
家族の関係だなんて、こっちから願い下げよ。
そのとき、謁見の間にだれかが入ってきた。
大扉からこちらに向かって来るその大きな男性を、三度見直してしまった。わたしだけじゃない。だれもが目をみはっている。
「だれなの?」
「だれかしら?」
とくに皇子たちのパートナーや皇女たちは、浮足立っている。
こちらに向かってきているのが、見たこともないような美しい顔立ちの男性だからである。
だけど、こんなに体の大きな人は皇太子しかいないわよね?
「まさか皇太子?あのむさ苦しい大男?」
そうと認識したのは、第一皇子の婚約者のジュリオ・メランドニ公爵令嬢だけじゃない。この場にいるだれもが、この美貌の持ち主が皇太子だと認識した。
嘘……。
あの髭もじゃの下って、こんなことになっていたの?
だまされた感が半端ないわ。
後で知ったことだけど、ポリーニ帝国軍は荒くれ兵が多いらしい。皇太子は将軍だけど、美貌のままだとバカにされるらしい。
将軍として、常に威厳を持って統率したい。だから、強面を気取る為に髭面にしていたとか。
だけど、皇太子は将軍としての実力は申し分ないらしいけれど。
けっして皇太子だから将軍の地位を与えられている、というわけではない。
その実力は、全軍どころか他国でも知れ渡っている。実際のところは、体格がいかついこともあるし見てくれだけでバカにされたり反抗されたり、ということはないんでしょう。
それでも、いかつい体に美しい顔というのは、彼自身にとってはストレス以外のなにものでもない。
だからこそ、素顔を隠していたのね。
「なんてことなの。こんなに美しい人なんだったら、第一皇子みたいな飲んだくれの役立たずよりよっぽどいいわ」
「なんだと、ジュリオ?」
「ほんとうよね。わたしだっておなじ気持ちよ」
「腹違いの姉だったら、せめて側妃にでもなれるかしら?」
「ずるいわよ、お姉様。わたしだってチャンスはあるわよ」
皇子たちのパートナーや皇女たちが騒ぎはじめた。
そんな見苦しい騒動をよそに、皇太子はわたしに近付いてきた。そして、わたしの前に立った。
慌ててドレスの裾を持ち上げ挨拶をしようとしたけど、彼に止められてしまった。
彼は、じつに優雅な動作でわたしの手を取った。そして、そこに口づけをする。
「アユコ、わが最愛の妻よ」
それから、向こうにいる皇族やポリーニ帝国の閣僚たちにはきこえない声量でわたしの本名を呼び、微笑んでくれた。
「家族とのしばしの別れはすんだいかい?」
「はい、殿下。お父様とお姉様からの心あたたまる伝言も承りました」
「それはよかった。さて……」
彼は、あらためてお兄様たちに向き直った。
お兄様たちは、わたしがお姉様の身代わりだということがバレていることに気がついている。
わたしがクラウディア・デルネーリではなく、妹のアユコ・デルネーリだということを。
つい先程、彼がわたしのことを本名で呼んだからである。