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誤解 嘘 真実

 夜なべして焼いた三個目のパイ。ちゃんと箱に入れ、リボンをかけておいた。


 替え玉皇太子は、青色が好きだとベルティーナからきいている。


 偶然、わたしの好きな色とおなじである。


 だから、パイの入っている箱を飾るのは青色のリボンにしておいた。


 思いのほか楽しくすごさせてもらった。自分の生まれ育った王宮より、よほど居心地がよかった。


 なにより、みんなによくしてもらった。


 三つのパイには、感謝と愛をいっぱい詰め込んでいる。


「殿下、お話の前にこちらを。昨夜、焼きました」


 自分の部屋からパイの箱を持って来ると、お皿を片付けてくれたテーブルの上にパイの箱を置いて彼の方にすべらせた。


「すごくうれしかったです。殿下にあんなふうに言ってもらえて。それから、しあわせそうに食べてもらえて最高の気分でした。殿下の表情は髭だらけでわかりにくいですが、瞳はしあわせそうでした。作った甲斐がありました。正直なところ、パイはお兄様たちの為ではなく、あなたの為に焼いたのです。あなたに食べてもらいたかったから」


 え?


 自分で言っておきながら、自分がどうしてそんなことを口走ったのかわからない。


 心底驚いてしまった。


 彼の顔が、弾かれたように上がった。


 ちょうどベルティーナが紅茶のおかわりをカップに注いでくれていて、彼女のその手も止まった。


「素敵」


 ベルティーナはそうつぶやくと、ティーポットを白いテーブルクロスの上にそっと置いた。


「おききになられましたか、殿下?よかったですわね」


 彼女が両手をパンッと叩いたことで、自分がやらかしてしまったことに気がついた。


「ああ、ベルティーナ。ごめんなさい。けっしてそんなつもりじゃなかったの」


 なんてことかしら。よりにもよって、彼女の前であんなことを言ってしまうなんて。


「殿下、謝罪いたします。きっと、昨夜殿下に褒めていただいたことで舞い上がっているんです。これまで、だれかに褒められたことなどなかったものですから。お二人の恋路の邪魔をするつもりは毛頭ありませんので。先程の失言は忘れて下さい」

「えっ?」

「ええっ?」


 替え玉皇太子とベルティーナは顔を見合わせ、しばらくそのまま見つめ合っている。


 その雰囲気は、こちらがいたたまれないほど良すぎる。


「先程のは失言?」


 替え玉皇太子がつぶやいた。


「殿下、そこじゃありません」


 すると、ベルティーナがピシャリと言う。


「さっきの『おれの為にパイを焼いてくれた』というのは、違うのか?」

「殿下、あなたはだまっていてください」


 ベルティーナは、狼狽えている替え玉皇太子を黙らせた。


 替え玉皇太子は、途端にシュンとした。


 その様子は、かなり可愛いかも。


「妃殿下、何か誤解なさっていませんか?」


 そう尋ねられたので、「けっして盗み見するつもりはなかった」と言い訳、もとい前置きをしてから、自分が以前早朝に庭で目撃したことを告げた。


「妃殿下、だから話がかみ合わなかったことがあったのですね」


 彼女は、クスクス笑いはじめた。


「だから、最初に殿下から『替え玉だからきみを愛することはない』と宣言されたのは、そういう理由があったのねって納得したのよ」

「なんですって?殿下、どういうことなのです?」


 ベルティーナが金切り声を上げた。


「その……、あの……」


 彼女に鋭く問われ、替え玉皇太子は俯いてモジモジしている。


「怖かったんだ。彼女に嫌がられることがわかっているから。それだったら、最初から嫌われるように振る舞おうと……」


 はい?どういうこと?


 かぎりなく小さな声で答える替え玉皇太子を、ただただ見つめてしまう。


「まったくもうっ!あなたは、小さな頃からいっつもそうね。大勢の部下たちの前では堂々とした将軍を装えるのに、どうしてたった一人の女性の前ではそんな情けない態度になるわけ?」


 ベルティーナがいきなり豹変した。両腕を腰に当て、替え玉皇太子を見下ろしている。


 替え玉皇太子は、大きな体を小さくしている。


「妃殿下、申し訳ございません。まず、殿下とわたしはそういう関係ではありません。わたしたちは、従姉弟どうしです。幼い頃から姉弟みたいに育てられた仲なのです。それに、わたしにはだれかさんよりよほどこざっぱりしていて女性をしっかりリード出来る素敵な婚約者がいます。婚儀の準備が進んでいるところです。その婚約者は、だれかさんの腹心の部下で副将軍の地位に就いています」


 彼女は、替え玉皇太子をギロリと睨みつけた。


「これも重要なことですが、彼は替え玉などではありません。本物です。彼こそがポリーニ帝国の皇太子で、ポリーニ帝国軍の将軍でもあります。替え玉だなんて、たとえ戦時中であってもけっしてそんなものを立てることはありません。なにせ、彼は強いですから。暗殺者だろうと強敵だろうと、彼に敵う者はおりません」

「嘘っ!」


 ベルティーナの説明に対して、その一語しか口から出てこなかった。





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