最後の朝食
今朝もはやくから目が覚めた。
昨夜、晩餐会後に西洋梨のパイを三つ焼いた。
一つは、替え玉皇太子に。今朝がいっしょに出来る最後の朝食かもしれない。
わたしのパイを試食してくれたり褒めてくれたお礼である。
なにより、なんだかんだと言いながらも楽しくすごせた。だから、感謝を込めたプレゼントがわりというわけ。
二つめは、毎朝のように花束を贈ってくれている庭師に。まぁ、ほんとうは替え玉皇太子が贈ってくれているんだけど、そこは気がついていないふりでパイを贈ろうと思っている。
三つめは、スイーツを贈ってくれている謎の人物へ。ちょっとだけ自信が持てたパイを、謎の人物にも食べてもらいたいと思いついたから。
遅くまでかかったけれど、満足のいくパイが焼き上がった。
そして、眠れぬ夜をすごした。
いよいよ皇宮から放り出されるという不安がある。だけど、それ以上に寂しいし、悲しい気持ちでいっぱいである。
ここにいたい。
替え玉皇太子といっしょに朝食を食べたい。
たとえわたしが一方的に話をしていても。
彼は、いつも辛抱強くきいてくれる。
それだけで楽しかった。
それも今朝でおしまいかもしれないわね。
そんなことを寝台の上で悶々と思うと、眠れなかったのである。
ダメダメ。彼は、ベルティーナのことを愛している。そして、ベルティーナも彼のことを愛している。
わたしが入り込む余地なんてないわ。
そんなことを考えている自分に驚いてしまった。
これまで一度だって抱いたことのない不可思議な感覚に、戸惑いを禁じ得ない。
ベルティーナが、いつものように朝の挨拶にやって来た。
二つのパイを彼女に託した。
彼女は、何か言いたそうだったけど受け取ってくれた。
「妃殿下、今朝は皇太子殿下が大切なお話があるということです」
そう告げたベルティーナの表情は、心なしか緊張している。
あぁ、やはり離縁されるのね。
今朝、お兄様たちが帰国される。
いっしょに帰れ、というつもりかもしれない。
だけど、それは出来ない。
ノコノコ帰国でもすれば、お父様やお姉様になんて言われるかわからない。
嫌味や非難を投げつけられた上で、その場で追放されてしまう。
離縁されるのは仕方がない。だから、せめてこのポリーニ帝国で静かに暮らせるようお願いしなければ。
「わかったわ」
それだけ応じると、ベルティーナは朝食の支度をする為に部屋を出て行った。
せめて、替え玉皇太子とベルティーナが結ばれるのを見届けたかったわね。
そこも残念だわ。
胸の奥がチクチクと傷んでいる。
そして、いよいよ替え玉皇太子との最後の朝食を迎えた。
いつものようにテラスに現れた替え玉皇太子は、いつにも増して口数がすくない。
ここ数日間で、すこしずつでも会話らしいことが出来るようになっていたのに。
昨夜はあんなに饒舌だったのに。
食事をしながら、彼が心ここにあらずって感じであることに気がついた。
緊張しているのかしら。
もしかして、わたしに離縁を言い渡してからベルティーナに結婚の申し込みでもするつもりなのかしら?
ああ、なるほど。それだったら、緊張しているのもうなずける。ついでに、心ここにあらずなことも。
彼のナイフとフォークを使う手が、何度も止まっている。視線をお皿に落としたまま、けっしてそれをわたしに向けることはない。
ベルティーナへのプロポーズのことで頭がいっぱいなのね。
胸が、よりいっそうチクチクと痛くなっている。
そうだわ。ここから去る前にほんとうのことを告げた方がいいかしら。
どうせ遅かれ早かれバレてしまう。今後、お姉様が結婚することになれば、皇太子との結婚のことが取り沙汰されることになるかもしれない。さらには、今後彼自身でなくっても、この国のだれかがお姉様を見る機会はあるでしょう。
そうなれば、バレてしまう。
そうね。誠心誠意謝罪して、母国には関係ないのだということにしよう。お姉様に事情があって、やむを得ずわたしが勝手にやって来たのだということにすればいい。
せっかくの条約が白紙に戻るなんてこと、ないわよね?
わたしもまた食べ物を口に運ぶ手を止めつつ、いろいろとかんがえてしまう。
そして、ついに食事が終わった。