皇太子の反応
「王太子も王子も腹がいっぱいで、これ以上は食べられそうにありません」
宰相は、再度おなじ言い訳をした。
「けっして皇太子殿下や妃殿下を蔑ろにしているわけではございません。よろしければ、部屋でいただきたく」
まだ機転をきかせるだけ、宰相はさすがよね。
すでに三十年以上宰相の地位にいる彼は、お父様のフォローをするのもうまい。
お兄様たちにいたっては、完全に操っている。
お父様もお兄様たちも、帝国に滅ぼされるよりも前に宰相にその座から追い払われるかもしれないわね。
宰相の言い訳は嘘ってバレバレだったけど、替え玉皇太子は食堂担当の侍女に「パイを客人の部屋に運ぶように」、と命じた。
宰相がお兄様たちや外交官たちを促し、おざなりにお辞儀をして大食堂を辞した。
ざまぁみろ、よね。
替え玉皇太子がかましてくれたお蔭で、ちょっとだけスッキリした。
「あらまぁ、美味しいじゃない」
「ああ。甘いものは好きじゃないが、これはイケるな。葡萄酒にも合う」
第一皇子の婚約者のジュリオ・メランドニ公爵令嬢と第一皇子は、替え玉皇太子のせっかくの主張をまったくきいていなかったらしい。
機嫌よくパイを食べている。第一皇子などは、紅茶代わりに葡萄酒を飲みながら食べている。
替え玉皇太子と顔を見合わせてしまった。
思わず、笑ってしまう。
だって、彼らは替え玉皇太子のことをとやかく言っているくせに、自分たちの行動はまるで子どもみたいだから。
替え玉皇太子の髭面の下の表情はよくわからない。彼は、とりあえずごつすぎる両肩をすくめた。
他の皇子やその連れも、パイを食べはじめている。
「美味しいわね」
「ほんとう。こんなに美味しいパイははじめて食べたわ」
「お代わりはあるかな?」
「わたしもいただきたいわ」
みんな笑顔で食べてくれている。
「みんな、まぁ待てって。お代わりは、当然おれからだ」
「レディファーストですわよ、殿下」
そして、第一皇子と公爵令嬢も笑顔で言い合っている。
笑顔……。
これよ、これ。
これこそが、作った者にしてみれば一番の報酬なのよ。
隣席の皇太子も食べはじめた。
フォークで丁寧に一口大に切り、口に運ぶ。
朝食をいっしょにとるようになってから、彼は見てくれのわりには几帳面で繊細なことに気がついた。
がさつでテキトーなわたしとは正反対。
それはテーブルマナーも同様で、ナイフで「ザクッ」と切ってフォークで「バンッ」と突き刺し、「ドンッ」と口の中に放り込むわたしなどより、彼のナイフやフォークの使い方は優雅すぎてこちらが恥ずかしくなってしまう。
なにより、めちゃくちゃしあわせそうでうれしそうな様子で食べてくれる。彼の目の表情でそれがよくわかる。
わたしみたいに、「美味しい」だの「最高」だのといちいち叫んでいるより、よほど思いがこもっているように思える。
彼は、食通なのである。
いまも、彼の目がどんなふうにかわるのか。ドキドキしながら待っている。
そんな中、彼のクリンとした大きな目がトロンと垂れた。
「これは、いままで試食した中で最高だ。いや、これまで食べた数あるパイの中で一番だ」
彼は、わたしとしっかりと視線を合わせて批評してくれた。
目の表情はもとより、そのやさしい声になぜか心が震えた。
なぜかわからないけれど、心臓がさきほどとは違うドキドキで張り裂けそうになっている。