「身代わり花嫁」に出来ること
お兄様たちや外交官や宰相たちのわたしに対する態度には慣れている。
彼らは、お姉様に心酔している。お姉様はカナーリ王国のたった一人の王女で、その美貌と人柄で王国をいろんなことから救ってくれると信じている。
いつだってそうだった。それこそ、わたしが三歳か四歳の頃に容姿も性格も王女らしからぬと判断されてから、みんなお姉様しか見えていない。
わたしはただそこにいるだけ。何かあったときの為の付録にすぎない存在。
だから、だれもがわたしを蔑んだ。無視をしたり、邪険にした。
そして、自分でいうのもなんだけど、わたしは性格が悪すぎる。
そういう人たちに対して反発し、やり返した。そうすることで、よりいっそう評判が悪くなり、お姉様との差がどんどん広がっていった。
そんな付録のわたしを、追放や除籍をせずに置いておいてよかったのが、今回の身代わり花嫁の件である。
このわたしが、役に立つときがきたわけ。
そういう環境ですごしてきたから、いまさらお兄様たちのあからさまな態度は気にならない、はずだった。
ベルティーナや近衛隊の副隊長や近衛隊の隊員たち、料理人たちや多くの侍女や執事たちが、わたしにかまってくれて大切にしてくれる。それはお姉様の威光だからだけど、それでも親身に接してくれる。しばらくそれで慣れてしまっているから、久しぶりのお兄様たちの意地悪な態度にはちょっとだけ傷ついた。
だけど、それも第一皇子とその婚約者の替え玉皇太子への態度にくらべれば、どうってことはないわよね。
第一皇子とその婚約者に、一言物申してやろうと口を開きかけた。
「今宵、わが皇宮の料理人たちは、遠路はるばる訪れてくれたあなた方の為に敬意を表し、数々の料理を心をこめて調理しました」
替え玉皇太子が、言葉を発しようとしたわたしの口を閉じさせた。
「お気づきのことかと思いますが、メニューの半数はあなた方カナーリ王国で食されているレシピです。そして、半数はわれわれポリーニ帝国のレシピを採用いたしました。この意味、おわかりでしょうか?」
ごつい髭面にごつい体格。座っていてさえ、その威容は他者を圧倒する。お兄様たちは、テーブル越しに替え玉皇太子に睨みつけられ、その視線から逃れるように俯いてしまった。
「おそらく、お分かりにはならないでしょうな。レシピをかんがえたのは、わが妻クラウディアです。彼女は、自分の母国をわれわれポリーニ帝国に知ってもらいたいという気持ちと、逆にわれわれポリーニ帝国のことをあなた方に知ってもらいたいという気持ちから、半数ずつのレシピをかんがえたのです。料理には、言葉や文字ではけっして伝えられないものがあります。そして、それを彼女と料理人たちが忠実に再現してくれました。あなた方とわれわれの為に、食する者のことを想って調理してくれたのです。この美味そうなパイが、そのもっともたるものなのです」
信じられないわ。
替え玉皇太子がこれだけ喋っているのをきくのは、初対面で「替え玉だから愛せない」発言されて以来はじめてじゃないかしら?
「こ、これは大変失礼いたしました」
お兄様たちに同道している宰相が慌てて謝罪をした。
お兄様たちは、はっきり言ってバカなのよね。いまも言い訳の一つも出来ず、ただうなだれている。
どっちもどっちだけど、双子の兄の方なんて一応カナーリ王国の国王になるのにちっとも自覚がない。っていうか、資格がない。
お兄様が継いだら、ぜったいにポリーニ帝国に吸収されるわ。
というよりかは、滅ぼされるかもしれないわね。
正直なところ、家族をはじめとした上流階級のことはどうなってもいい。散々贅を尽くしているんだから、ちょっとは苦労をすればいいのよ。
わたしも含めて、だけど。
わたしはこの後ここから放り出されて苦労するから、その時期がはやいだけね。
それよりも、王国の人々のことよ。
わたしたち王族や上流階級に付き合わせるわけにはいかない。
そうだわ。皇宮を去る際にお願いしておこう。
せめて王国の民の生活は保障してもらうように。
それが、「身代わり花嫁」のわたしに出来る唯一のことかもしれない。