爽快な目覚め
ガラス扉から射し込む陽光がきつすぎて目が覚めてしまった。
「よく眠ったわね」
寝台の上に身を投げだした状態で眠ってしまっていた。
気候のいい季節だから、上から何かを掛けなくても寒くなかった。
「ああ、やっちゃった」
起き上がってからやっと、ドレスのまま眠りに落ちたことに気がついた。
これが実家、というか王宮だったら、侍女長に嫌味をたらたら言われたところよね。
寝台から降りようとして、靴が遠くの方に落ちていることに気がついた。室内履きも見当たらないので、そのまま絨毯に足をつけた。
ドレスを脱ぎ捨て、長椅子の上に放り投げた。放り投げてから、思い直した。長椅子に近づいて放り投げたドレスを取り、クローゼットを探した。
これかしら、という扉を開けてみた。やはり、クローゼットだった。侍女がわたしの衣服をすべてかけてくれている。
ドレス掛けが目についたので、それをとってドレスを掛けた。とりあえず、叩いたりのばしたりして皺を伸ばしてみる。
クローゼットから出たタイミングで、主寝室へと続く扉ではない違う扉が控えめにノックされた。
「皇太子妃殿下、おはようございます。お目覚めでしょうか?」
「え、ええ。ちょっと待って」
侍女に違いない。慌てて室内履きを探し、やっと見つけた。それに駆け寄り足につっかけ、扉まで駆けて行って扉を開けた。
「まぁ、皇太子妃殿下……」
たいそう美しい侍女が、口をあんぐり開けて立っている。
そこでやっと、自分がコルセット姿であることに気がついた。
なんてこと……。
室内履きに気を取られていて、ドレスを脱いだことをすっかり忘れていたわ。
侍女がクスクス笑いはじめた。
わたしとおなじくらいの年齢か、すこし上かしら?その笑い方がほんとうに可笑しそうな笑い方なので、つられて笑ってしまった。
「失礼いたしました。皇太子妃殿下は、とても気さくな方でいらっしゃるのですね。ご挨拶が遅れまして申し訳ございません。ベルティーナ・ヴァレンティと申します。この皇宮で侍女長を務めさせていただいています。この度、皇太子妃殿下にお仕えさせていただくことになりました」
「アユコ、じゃなかったクラウディア、あれ?なんだったかしら?」
なんと、本名を名乗ってしまった。慌ててお姉様の名前に言い換えたけど、嫁いだ先の名前がわからないなんて。
っていうか、きいたかしら?
なにせお姉様の身代わりにポリーニ皇国の皇太子に嫁げ、と一方的に命じられただけである。だから、それ以外の情報がないのよね。
身代わりにさせる方もさせる方だけど、嫁いだわたしもわたしよね。
どちらも適当すぎる。
「アユ、じゃなかった。クラウディア、で充分よね?」
また自分の名を言いそうになった。気をつけなくっちゃ。
嫁ぎ先の名は知らないから、笑ってごまかしておいた。
いつかきっと、名を知る機会もあるでしょう。