二人でいっしょにすごしてもらいたい
「いただきます」
長年の習慣で、料理を作ってくれた料理人たち、食材を作ってくれた生産者たち、その他もろもろの人たちに対して感謝の気持ちを大きな声であらわした。
彼と視線が合った。
彼に微笑んでみせると、視線をスッとそらされてしまった。
まっ、それはそうよね。
彼からテーブル上に視線を落とした。
今朝は目玉焼き、カリカリベーコン、葉物とイモ類のサラダ、チーズ、三種類のパン、柑橘類のジュース、紅茶というメニュー。
「美味しい―っ」
これもまた、いつもの癖で口に出してしまった。
「皇宮のお料理は、ほんとうに美味しいですよね」
不愛想な様子で食べ物を口に運んでいる替え玉皇太子に喋りかけてみた。
一瞬、彼の視線だけがこちらに走ったような気がした。
が、無言のまま食べ物を口に運んでいる。
彼は、体格通りよく食べる。
テーブル上に並んでいる料理やパンも、ゆうに四人前はありそう。
彼はこんな残念な感じだけど、せっかくいっしょに食べているんですもの。楽しく食べなくっちゃ。
というわけで、ガラス扉の側で控えているベルティーナに喋りかけつつ、替え玉皇太子にも話題をふったり質問を投げかけたりしてみた。
彼は、無視することはない。すべてきいてくれている。不愛想なだけで、かすかにうなずいたりわずかに首を左右に振ったりはしてくれている。
そんな髭だらけの強面を見ていると、どうしても笑わせたくなった。笑顔にしたい衝動が抑えられない。
出来ないはずはない。
だって、ベルティーナに対しては、笑顔になっているんですもの。
だけど、いきなりは無理よね。
そうだわ。これから毎朝、いっしょに食事をすればいいのよ。
そうすれば、彼とベルティーナがいっしょにすごせる。
そう決めたら、あとは食べることに専念をした。
「ごちそうさまでした」
美味しい朝食を堪能しつくすと、食事の終わりにあらゆる人たちに感謝をする。
替え玉皇太子は、あれだけの量をペロリと食べてしまった。
これだけ食べっぷりがいいのは、見ていて清々しいわね。
料理人たちもよろこぶわよね。
食後の紅茶を飲みながら、本来の目的である用件を切り出した。
「わたしはいま、こちらの料理長や料理人の方たちから料理やスイーツを学んでいるんです。あっもちろん、作る方です。それで、晩餐会のスイーツの一品を任されることになりました」
ベルティーナからきいて知っているでしょうけど、念のためそう説明しておいた。
「わたしの母国カナーリ王国の外交官たちが来ますので、西洋梨のタルトにしようかとかんがえているんです。わたしの母国では、どの地域でも西洋梨が収穫されます。西洋梨のタルトは、わたしの母国のメジャーなスイーツなのです」
このときになってやっと、テーブルをはさんだ向こう側にいる替え玉皇太子が視線を合わせてきた。
「誤解のないように申し上げますが、そのスイーツを選んだのはカナーリ王国の外交官を招くからという意味もあります。ですが、それ以上に皇太子殿下をはじめとした皆様に、カナーリ王国を知ってもらいたいという意図があるのです。カナーリ王国の商人から西洋梨を仕入れてもらうよう、料理長にお願いをしています。おそらく、今日のお昼以降に届くはずです。早速作ってみますので、明日の朝試食いただけませんか?もちろん、一度や二度では気に入ってもらえないでしょう。調印式と晩餐会の日までの五日間、毎朝試食いただければ幸いです」
どう?これですくなくとも、当日まで朝食を一緒にするという大義名分ができたわ。
ちょっとっていうよりか、かなり一方的な感じは否めなかったけど。
いずれにせよ調印式が終ったら、わたしはポイされる。そうなれば、彼も替え玉皇太子としての任務が終わるはず。
そうしたら、替え玉皇太子はベルティーナと堂々とすごせるわよね。
「わかった」
彼がこの朝まともに声を発したのが、その了承の一言だった。