皇太子とベルティーナ
ここのところ、朝は早起きをしてテラスでレシピをかんがえている。
それにあわせ、ベルティーナが花を持って来てくれる。
皇宮の庭師が、庭園の花を選んで摘んでくれているらしい。
お花の好きな皇太子妃殿下の為に……。
つまり、お姉様の表向きの顔のお蔭である。やさしい庭師は、気をきかせて花を提供してくれているわけ。
まぁ、わたし自身お花は嫌いじゃないからいいけれど。
庭師にお礼を言いたい。
ベルティーナに庭師に会いたいとお願いしたけれど、彼女は「庭師はそんな身分ではないので会えない」と、彼女らしからぬことを言って拒否されてしまった。
仕方がない。
試作品のスイーツを、庭師に渡してもらうようベルティーナにお願いをした。それは、料理人たちに褒めてもらったスイーツである。一方、スイーツを贈ってくれている匿名の人物には、庭師が贈ってくれる花でアレンジした飾り物やドライフラワーを、ベルティーナ経由で渡してもらった。
あんなに素晴らしいスイーツのお礼にと、まさかわたしの作ったスイーツを返すわけにはいかないから。
この日、いつもより早く起きた。というのも、わたしの母国カナーリ王国との条約締結の調印式が、もう間もなく行われる。
その調印式後に晩餐会があるらしい。そのシメのスイーツの一品を、なんとわたしが任されたのである。
だから、レシピをかんがえようというわけである。
いつもだったら、テラスで庭園を眺めながらかんがえる。だけど、この朝はなぜか庭園に行きたくなった。
いまならまだ、護衛の近衛兵たちはいない。
ちょっとだけならいいわよね。
というわけで、こっそり部屋を抜けだした。
朝の空気って、ほんと気持ちいいわよね。
庭園に陽が射し込んで、全体的にキラキラ光っている。
そのとき、空気を切り裂くような鋭い音がきこえてきた。
その音に誘われるように行ってみた。
庭園にある噴水が見えてき、その近くで替え玉皇太子が剣を振っている。
彼は、こちらに背を向けている。
右手に数本の木があり、その下にベンチが置いてある。庭を散策する際、そのベンチで休憩するのかもしれない。
なぜかわからないけれど、そこまで駆けて行って木の蔭に隠れてしまっていた。
替え玉皇太子は、剣を振り終わると剣を左腰に帯びた。
それから、彼は花壇の方に行ってしばらくウロウロしていた。そして、花壇に入ってゴソゴソし始めた。
なんてこと……。
驚くべきことに、彼が花を摘んでいる。見間違いかと、何度か瞬きをしてから神経を集中して見なおしてしまった。
そのとき、視界の隅にだれかが駆けてくるのが映った。
ベルティーナである。
彼女は、替え玉皇太子に迷うことなく近づいた。
まったくきこえないけれど、二人は会話を交わしている。
どちらもとっても素敵な顔である。
替え玉皇太子の顔が、陽光の中でキラキラ光っている。
その美女と大男の親密なシーンは、小説の中にでさえ出てきそうにないほど異質に感じられる。
じっと見守っている中、替え玉皇太子は摘んだばかりの花束を彼女に手渡した。
ベルティーナは、ほんとうにうれしそうに笑っている。
衝撃的すぎる。というよりかは、見てはいけないものを見てしまったという気持ちにさせられる。
だから、見つからないようにこっそり自室に戻った。