独り立ち計画
花束をもらったところで、即座にゴミ箱行きになってしまう。ゴミ箱に入らないほどの量の場合は、燃やすよう命令している。
そんな可哀そうなことを平気で命じるなんて、気がしれないわ。
だから、わたしが自分の部屋に飾ったり、ドライフラワーにしたりする。ときには、街の公共施設に持って行って飾ったりなんてこともする。
スイーツも廃棄するのよ。信じられない。
執事が廃棄した後、カートを押して行ってすべて回収してしまう。
他国から贈られてくるスイーツは、勉強になる。食べまくるわけ。それでも食べきれないから、街に持って行って教会や学校、福祉関係の施設に寄付したり配ったりしている。
お姉様のように人の心を無碍にしたり、廃棄なんてことをしていたら、いつかバチがあたるわ。
って、いつもかんがえている。
ほんと、わたしでよかった。ここにいるのがわたしで、お姉様がここにいるんじゃなくってよかったわ。
そうでないと、平気で捨てさせたかもしれないから。
「ええ、そうね。大好きよ。それを知っていて焼いてくれたって、とってもうれしいわ。直接お礼が言いたいんだけど、いったいだれが焼いてくれたのかしら」
お礼も言いたいけど、作り方を伝授してもらいたいという下心もある。
「それが……。匿名なのです。あまり知られたくないらしく、名前は伏せておきたいと。ですが、妃殿下の為に心を込めて作ったことにかわりはありません。妃殿下に気に入っていただければ、つぎはケーキを焼くと言っています」
ベルティーナは急に歯切れが悪くなってしまった。
「そう。それは残念ね。ぜひとも直接会ってレシピを教え、いえ、お礼を言いたかったのに」
残念すぎて、つい本音がもれそうになった。
「申し訳ありません。妃殿下のお気持ちは、かならず伝えます。妃殿下、リクエストはございますか?」
「そうねぇ。フルーツや生クリームがのっているようなケーキがいいわ」
ケーキの中ではオーソドックスだけど、だからこそ技量や経験がものをいう。
「承知いたしました。楽しみにお待ちくださいね」
テラスから室内に入り、去ってゆく彼女の背を見送ると、残りのクッキーを味わった。
ケーキ、楽しみだわ。
そして、自分の独り立ち計画のことなどすっかり忘れてしまっていた。
クッキーを堪能しつくしてから、独り立ち計画のことをふと思い出してしまった。
やはり、人生設計はすべきよね。っていうよりかは、料理やスイーツの技術を磨く必要がある。さらには、洗濯や掃除や裁縫など、生きていく上で必要最低限のことはある程度出来るようにならなければならない。
洗濯や掃除や裁縫は、ベルティーナに頼めば教えてくれるかもしれない。
いまから自分のことは出来るだけ自分でする。
王宮にいた頃も、身のまわりのことは自分でやっていた。
お姉様は、それこそ髪の毛のお手入れから足の爪を削ることまで、すべて侍女にやらせていたけれど。
入浴の際に微妙なところまで洗わせるなんて、かんがえられないわ。
それはどうでもいいけれど、掃除は自分でやっていたし、洗濯も自分の分は自分で手洗いをしていた。
ここからほっぽり出されて、万が一にも料理やスイーツに関わる仕事が見つからなかったり雇ってくれなかったら、あとはどこかの貴族か裕福な人の屋敷で働かなければならない。
だとすれば、それだけの技術が必要になる。まさか、家事をモタモタとろとろするわけにはいなかいから。
とりあえず、ベルティーナに頼んでみよう。
そして、本格的に料理やスイーツの勉強をするのよ。
環境はバッチリ。ヤル気満々。
というわけで、さっそくベルティーナに来てもらって頼んでみた。ついでといっては何だけど、彼女と近衛兵たちに付き合ってもらい、厨房に行ってあらためて料理長のガスパロ・ランディに料理を教えてもらうようお願いをした。
翌日から、ベルティーナからは家事を、料理長からは料理を習いはじめた。家事にしろ料理にしろ、二人とも得手不得手がある。彼女たちが不得意な分野やよりいっそう得意な人がいる分野に関しては、そういう得意な人から習った。
毎日がこれほど充実していることはない。
匿名の人からのスイーツは、ほとんど毎日ベルティーナ経由で届いている。しかも、わたしの要望にかならず添ってくれる。
ケーキにビスケットにマドレーヌにプティングなどなど。
どれもめちゃくちゃ美味しいところが憎らしい。どれも心がこもっているところが感動的である。
いただく度に、せめて自分も相手を思って作ることが出来るようになりたい。
心からそう願った。