第007話
防潮林を横切る道を、二人は手を繋いで歩いていた。陽は水平線へとゆっくりと溶けていく、そんな時間だ。しかし、背の高い木が茂る防潮林は割と暗く、道を外れてしまえば戻って来れそうにない。それが理由ではないのだが、ふたりはずっと手を繋いだままだった。電車の中も、改札を通る時もずっとそうだ。まわりの目が少し気になってしまうコメットとしては離れたかったのだが、ハービーがそれを許さなかった。硬く握られた手のひらには、しっとりと汗が滲んでいるが、そんなのはお構いなしのようだ。しかたがないので、動かせる範囲で少しずつ場所をずらしながら、我慢するしかなかった。でも、ハービーが多少なりともむりやり引っ張ってくれているおかげで、家へと着実に近づけている自分がいることも、コメットはまた自覚していた。そうでなければ、放心状態のまま電車にゆられて、どこか知らない駅まで行ってしまいそうだった。
ハービーは怒っている。それも、コメットのために怒ってくれている。自分が働けたかもしれない仕事すら投げ捨てて、コメットのために動いている。そのことが嬉しくて、そして同時に哀しかった。ハービーだって、きっと言いたいことはあるだろうに、我慢しているのだ。だからコメットも泣きたいのを我慢するしかなかった。それでも、人の目さえなければ大声を上げて泣いていたかもしれない。強く握ってくれているハービーの手と最後まで残った羞恥心のおかげで、コメットは涙をなんとか堪えていた。
だがそれも、家のある浜まで続いている防潮林まで来たら、限界だった。ちょうど道半ばまで行ったところで、コメットは立ち止まってしまった。手を繋いで先を歩いていたハービーも、引っ張られるようにして一緒に立ち止まる。
「ごめんね……」
突然足の力がすっと抜けた。もう限界だった。コメットは支えを失ったかのように、その場で膝から崩れた。小石の角が膝にささったが、そんなことは今のコメットにとっては些細な問題でしかなかった。
「ごめん……ごめんなさい、ハービー」
いままでずっと我慢してきた涙が、どっと溢れてきた。舗装されていない一本道に、一滴、また一滴と涙が落ちて、しみこんでいく。
ハービーが振り向いて、コメットの前に座り込む。
「私がしっかりとしてないから……あなたまで」
「そんなことない」
ハービーはコメットをそっと抱きしめた。突然のことに驚くコメット。それでも、その温かな抱擁を全身で感じた途端、表情がくずれる。
「僕の方こそ、変な期待させちゃってごめん」
コメットはハービーの腕の中で必死に首を横に振る。新しい仕事につけるかもしれないと、コメットが勝手に期待していただけだ。なにもハービーが謝ることはない。なにも悪くない。
「仕事先なんて、まだいくらでもあるから、一緒に探そう」
「うん」
「大丈夫だよ。今度こそ絶対にコメット一人に背負わせないから」
「……ありがとう」
コメットはハービーの腕の中でむせび泣く。お互いに腕を背中にまわし、抱きしめ合う。
道の遥か先では、橙色に輝く太陽が、水平線の下へと完全に消えていった。あたりが真っ暗になってからも、コメットの啼き声は防潮林の間に消えていく。もちろん、ハービーはその間も、ずっと彼女に寄り添い続けた。