第005話
先に目が覚めたのは、コメットだった。いつのまにか、二人は砂浜の上でハの字になって眠っていたのだ。おおよそ一定のリズムで海水が二人の素足をやさしくなでる。ゆっくりと体を起こし、自分が今居る場所を確認する。そして眠る前の記憶を引っ張り出して、ようやく状況を理解した。体中についた細かい砂を払い落とし、伸びをする。雲一つない宙には太陽がそれなりに高いところまで登っており、白い砂浜を眩しく照らしている。目覚めたばかりの眠気眼にそれらが差し込み、一気に頭を完全な覚醒状態まで引き上げた。
となりでまだ眠っているハービーをゆすってあげる。うーんと唸りながら、彼がゆっくりと体を起こした。彼の髪にはびっしりと砂が付着していた。おそらく、海に入った後充分に乾かさないまま、砂浜で横になってしまったからだろう。顔の左側だけが、真っ白になっていた。
「ぷっ……!」
コメットは思わず噴き出してしまった。きっかけはそれで充分だった。小さな穴から漏れた笑いはそのまま次々に溢れてきて、コメットは腹を抱えて笑い出してしまった。まだ起きたばかりで頭がさえていないハービーはというと、となりで涙まで流してゲラゲラと笑うコメットの様子が不思議でしかたなかった。
「どうしたのさ、朝っぱらから」
「だって、鏡みてきてごらんよ」
コメットに言われて、ハービーはふらふらとした足取りで小屋の方へと戻っていく。だんだんと二人の距離が離れるにつれて、コメットの笑いが収まっていく。砂を被ったまま小屋の中にハービーは入っていく。砂が落ちた部屋の中を掃除しなければいけないと思いながら待っていると、ちょっと顔を赤くしたハービーが小屋から出て来た。まだ少し残っている砂が気になるのか、自分の髪をしきりに気にしている。その様子がかわいらしくて、コメットは再び笑い出してしまった。
「今日の仕事は?」
少しむくれたような声でコメットに尋ねた。その問いで、コメットの笑みは一気に引っ込んだ。ハービーはその反応で察したのか、質問を変えた。
「休みってこと?」
「ううん。店を閉めるって言うから、それで……」
「……そっか」
ハービーがなにかを言おうと口をパクパクとした。しかしすぐに口をゆっくりと閉じる。コメットが深い溜め息をついたところでようやく言葉がまとまったのだろう。再び口を開いた。
「今日、新しい仕事の面接うけにいくんだけど、一緒に来るか?」
彼女ばかりに無理はさせられないと言って、ハービーも最近自分でもできる仕事を探している。その面接を一緒に受けると言うことだろうか?
「でも、急に行ったら、迷惑じゃない?」
「多分、なんとかなるよ。コメットと同じ職場で働けるのは、それでうれしいし」
「んー、じゃぁ、そうしようかな」
コメットにとって、なにも仕事をしないということは考えられなかった。だから、少しでもはやく、何かの仕事につきたいのだ。それこそ、給料は少なくてもいいとさえ思っている。
「でもその前にさ、お風呂行かない? まだまだハービーも砂だらけだし」
黒い髪についた砂をつまむようにしてとってあげる。その物言いがなんだか馬鹿にしているように聞こえていたのか、ハービーはまた気を悪くしてしまったようだ。顔を赤くして、私の方を指差して言う。
「そういうコメットだって、砂だらけだぞ」
お返しだと言わんばかりにハービーが腕を伸ばし、コメットの青い髪に触れる。手を串のようにして、髪と指を絡ませながら、残った砂を落としてくれる。二人して同じことをしているその様子がなんだかおかしくて、二人はお互いの髪を綺麗にしながら、笑いあった。