何度繰り返してもギロチン送りにされる悪役令嬢は閃いた『敵対する者全員可愛いアイドルにしてしまおう!』アイドルギルドマスターに私はなる!
『殺せ、殺せ!』
群衆が沸き立つ。
私は背後の衛兵に押され、断頭台へと足を進める。
ちらと眼下を見下ろすと、憎悪と狂気に満ちた群衆の目が私に向けられていた。
恐怖は感じない。
なぜなら――。
(……これで三十三回目かぁ)
そう、私は死に戻りをしているのだ。
あの手この手で生き残るための手段を探り、ありとあらゆる運と状況に見放され、この断頭台で終わるまでを繰り返している。
群衆も、私を見ている騎士も姫も、ぶっちゃけ慣れ親しんだ顔なってしまった。
お前毎回いるな、とか。
凄いなお前皆勤賞だぞ、とか。
お前は前回いなかったけどどしたん? とか。
そして、今回騎士が述べた最後の言葉は、十二回目と二十七回目のハイブリッドのようだ。
こいつ顔は良いけどレパートリー少ないなぁ……。
それが、三十三目の私の最後の思考だった。
※
かは、と息をつき、私は天井を見上げた。
いつものように体は汗だくで、いつものように一応念の為と私はぺたぺたと自分の顔と体を触り、状況を確認する。
うん、同じだ。
ここは私の寝室で、私は十四歳で、どうやら三十四回目の挑戦が始まったらしい。
私はのそのそと天蓋付きの広いベッドから降り、ふーーーー、と長い長い息をつく。
そして、私は絶叫した。
「ふっざけんな!! ああ!? なんで毎回毎回毎回毎回! いざってなると私の知らないとこで私の知らない戦力が現れて! 私の知らない連中が敵対してくんのよ!? その癖して最後は同じメンツじゃん!? なんで!? 前回のミスは徹底的に潰してるのに!!」
意味がわからない。
ありとあらゆる手段を行使した。
徹底的に追い込んだ時もあった。
逆に味方につけた時もあった。
だが必ず毎回途中で横やりが入り、毎回毎回新しいやり方で私を追い詰め、最後は同じ場所で同じ死に方をするのだ。
「現代知識チートで重火器作ると最終的に向こうもそれ用意してくるし! 武力じゃなくて経済力で攻めてもあっちはどんどん私のモン盗むし! 著作権とか、考えなさいよ!」
せっかく素敵な世界に転生したと思ったのに。
うわぁこれ私好みの悪役令嬢じゃぁんって思ったのに。
絶対に成り上がって幸せな世界を満喫してやろうって思ったのに。
「敵対しても負ける、友達になっても負ける、じゃあどうしろってのよ!?」
一番の障害は、もうとっくにわかっている。
「あのラビリス・トラインとかいう女……!」
彼女の若い頃の異名は桜吹雪く姫君。
やがて桜花の女帝と呼ばれ、私と戦う際は必ず先陣を切る頭のおかしな女。
文武両道。
剣技、槍技、魔導に精通するどころか、美しい歌声と竪琴の音色で兵士たちを鼓舞するチート女。
「なぁにが戦場の歌姫よ! ああ!? 歌姫気取ってんなら前出てくんなあ! 一生歌だけ歌ってろ!!」
その時、私に電流走る。
「歌、だけ……」
これだ。
私は素晴らしい案を、今、ひらめいた。
あの女を、歌と楽器にしか能がない女にしてしまえば良いのだ。
「か、考えてみたらどいつもコイツも美男美女ばかり……! そ、それなら! あいつら全員、剣や魔法なんて学ぶ暇が無いくらい、歌と踊りの虜にしちゃえば……!」
そうして、私は決意を新たにする。
「アイドル事務所だ! アイドル事務所を作って、アイツらを全員、堕落させてやる! 私が生き残るために!」
※
朝の六時二十三分。
毎回必ずこの時間に、ラビリス・トラインは従騎士を連れて貴族学校の噴水前広場にやってくる。
なので私はその三分ほど前から小ぶりのギターで演奏を始める。
ああ、まさかこんなところで昔流行ったアニメの影響で始めたギターのテクニックが役に立つなんて……。
後は適当に鼻歌を交えながら、ギターの音色を奏で――。
演奏を終えると、後ろからパチパチと拍手の音が聞こえる。
私は、今気づいたと言わんばかりの態度で大げさに振り返った。
「うわっびっくりした! い、いたの!?」
そこにいた柔らかな雰囲気の少女、ラビリス・トライン姫が私にふわりとした微笑みを向ける。
「はい、いました。聞いてました。フリーダ・ミュール様は、素敵な才能をお持ちなのですね」
ようし、反応は悪くない。
ならばここは引いて見よう。
「べ、別にそんなんじゃないし……。こんなの、誰だってできるでしょ?」
そう言いながら、私は少し落ち込んだ素振りを見せてみる。
「そんなことありません。フリーダ様の演奏、知らない曲でしたが……不思議と、心に響きました」
そりゃそうでしょうよ。
何せ私のバックには、元の世界に名を連ねる名作曲家が山のようについているんだから。
「そう……かな? 適当に思いついただけなんだけど……」
「でしたら、なおさらです! わたくしが保証いたします。フリーダ様は、素晴らしい才をお持ちです!」
来たぞ食いついたぞ。
だいたい、歌が嫌いならそもそも歌姫なんて呼ばれるほど歌ったりしないもんな?
「ん、ありがとラビリス。――でも、これっきりにするわ」
「えっ」
「だって、パパは家を継ぐ立派な魔導師になりなさいって言うし。ほら、私んとこ男の子いなから……」
だから、私は夢を諦めなければならない。本当はつらいけど、でも、仕方がないんだ。
……的な表情を全力で作って、私はちらとラビリスの表情を伺う。
彼女は、酷くショックを受けたような顔をしていた。
あ、これいけるわ!
今回マジで行けそう!
「ねえ、ラビリス。貴女も歌、好きなんでしょ?」
すると、ラビリスはバツが悪そうに視線を落とした。
「い、いえ、そんな……わたくしは――」
ふふふ馬鹿め、知っとるわ全部。
この時のラビリスは、影でこっそり歌の練習をしている乙女なのだ。
そしてどこかの戦場で、兵士たちを励ますために歌い、やがて戦場の歌姫と呼ばれるようになるのだ。
それを今、引きずり出す!
さすれば勝てる!
たぶん!
私はラビリスの細い腕に、ギターをぎゅっと押し当てる。
これは私の宝物です。だから夢を、思いを貴女に託すわ……。
みたいな感じで!
「……ラビリスの歌、聞かせて」
ラビリスは少しばかり迷った素振りを見せる。
やがて彼女は私の真剣な眼差しを見て、何かを察したように深くうなずいた。
そして彼女は、なめらかなメロディーと共にゆっくりと歌い出した。
彼女の歌声は美しく、それでいてどこか儚げな――聞くものを虜にさせるような、歌だった。
だが私の知る何千何百という歌の方が遥かに上だ。
ハッ! ベートーヴェンもビートルズもすぎやまこういちもいない世界の歌で何ができようか!
ラビリスが歌い終え、少しばかり頬を紅に染めて私を見る。
「あ、あの、どうでし――あっ」
私は、瞳からぼろぼろと大粒の涙をこぼし、泣いていた。
もちろんこれは魔法で作った嘘の涙では無い。
本物の涙だ。
というか魔法で作った涙はこいつ相手だと多分バレる。
いや実際昔バレた。
だから私は八回目の転生で既に、自力で泣く技を編み出している。
「ご、ごめん、ラビリス。私なんか、感動しちゃって――」
勝った! どうだ馬鹿め! 本物の涙は見抜けまい!
私は、涙を拭うのを忘れるほど感動した、ような仕草でラビリスの肩に触れ、その大きな瞳を真っ直ぐに見つめた。
「ねえラビリス。私の夢、託しても良い……?」
そして私はとっくに知っている。
ラビリスは人一倍責任感が強いことを。
とにかく全部背負い込み、最終的に私を殺しに来るのだ。
友達になるルートは十回くらい試したのに、それでも来るんだからこいつ本当におっかない!
だがそのルートも無駄では無かった。
ラビリスの、決定的な事実を知ることができたのだ。
「で、でしたら、あの……わたくしからも、お願いをしてもよろしいでしょうか?」
「言って。なんでも」
「あ、あの……フリーダ、さんに、曲を作っていただきたいのです」
ラビリスは、友達がいない。
私はこの女の本質をとっくに見抜いている。
戦いの才能が有りすぎるのだ。
絶対者となり得る素質の持ち主なのだ。
故に、孤独!
私は本当に驚き、困惑し、感激した……ような素振りで言う。
「え、でも……私で、良いの?」
ラビリスは、深く、強く頷いた。
「先程のフリーダ様の曲。本当に、素晴らしかったのです。こんなに心が動かされたのは、初めてなのです」
そして今日、ラビリスは自分の才を遥かに超える存在に出会ったのだ。
たった一人で何もかもできてしまうお前にはわかるまい!
この私の元の世界の! 天才たちが切磋琢磨し、魂をすり減らして生み出した栄光の数々を……!
想像すらできまい!
だから私は、ラビリスの細くて長い指に触れ、言うのだ。
「それなら、これは――私たちの夢だね、ラビリス」
そうして、私は一人目のアイドル確保に成功したのだ。
※
その日、授業を終えた私はラビリスの元へ走り、
「じゃあ私、曲作ってくるからね!」
とだけ告げて返事も聞かずに脱兎の如く駆け出した。
やるべきことは多い。
とりあえず私は絶対音感の持ち主では無い。
自分の記憶を頼りに、曲を少しずつ楽譜に書いていかなければならないのだ。
それと楽器選びも重要だ。
ラビリスが一番得意なのは、ハープだったはず。
ならばハープの音色で……あまりポップなものはまだ早いだろう。
王宮の楽団たちが奏でる曲を何度か聞いたことがあるが、あれは駄目だ。
退屈で退屈であくびが出る。
どうやら歌の起源が私の世界とは違っていて、この世界の神々や精霊との対話が全ての始まりらしいのだ。
つまるところ、人が楽しむための曲では無い。
――だから、勝てる!
私は人が楽しむための歌で、音楽で、生き残りを駆けた殴り込みを仕掛けてやるのだ……!
ふふふ、いける、いけるぞ!
我が前世の巨匠たちよ!
私に力を貸しておくれー!
※
「駄ぁ目だ全然思い浮かばねぇわ……」
私は一睡もせず曲を考え抜いたが、決まらなかった。
これは良い曲が思い浮かばなかったからでは無い。
良い曲が多すぎて、これだという曲が決まらないのだ。
学園の風景、季節、遠くに見える綺羅びやかな浜辺、街並み。
あらゆる情景に対して、いくつもの曲が、
『俺を使え!』
とせめぎ合うのだからたまらない。
季節感重視ならばあれが最高だが、街を現すのなら別のものが。
いやいや学園の様子ならばあっちの曲が――。
ああ、街から見える海の景色は綺麗だったなぁ。
でも合う曲めっちゃある。
「駄目だぁ……頭痛い……」
今日のところは、保留にしておこう。
私は天才ではないのだ。
悔しいが。
幸いなことに、授業は寝ていてもなんとかなった。
伊達に三十三回繰り返したわけでは無い。
だが今回は、いつもと違う出来事があった。
私の様子を離れた席からチラチラと伺っていたラビリスが、教師から注意を受けたのだ。
かつて、あのラビリスがここまで私に興味を持ったことがあっただろうか?
いや、無い。
だから今度こそ、私は生き残るぞ!
※
放課後、私とラビリスは空き部屋に集まった。
「ごめんっ! まだ曲できてない!」
ラビリスは嘘がわかる。
だからこういう時は正攻法で行くしか無いのだ。
ていうか冷静に考えたら一日で曲なんてできるわけ無いでしょ? 昨日の私は何考えてたんだ? 馬鹿か?
ラビリスがふわりと微笑み、私の手に優しく触れた。
「フリーダ様が頑張ってくださっているのはお顔を見ればわかります。そんなに気に病まないでください」
……私は知っている。
彼女がこの笑みで、この仕草で、こういう台詞を言う時は、心のなかで相手の評価を何段階か下げている時だ。
いやほんとこいつ理想高すぎでしょ?
そりゃ友達できないわ。
っていうか一生できないでしょこれだと!
なんで一日で名曲作れないからって評価下げられなきゃならんのよ!?
割とムカつくし、状況的にも不味い。
……ええい、南無三!
「数曲には、絞れたんだけど……聞いてみる?」
「――では、はい。お願いいたします」
あ、こいつ今一瞬他のこと考えたな。
たったこれだけのことで既に私に見切りをつけようとしているこの切替の速さ! これに私は三十三回負けたのだ。
怪物め。
私は気合を入れ、ギターでいくつかの曲を奏でる。
もう形振り構わずだ。
悩んでいた曲全てと、ついでに流石に雰囲気に合わないということで選外となったその他の世界的名曲、名歌を複数弾き語ってみせた。
と、私は恐る恐るラビリスを見る。
彼女は感動に打ちひしがれ、わなわなと震えていた。
は、ハハハ! どうだ見たかこの野郎! 全部他人の曲だぞ! 私の世界の叡智の結晶全部乗せは心に痛かろう!
ラビリスは乱暴に立ち上がり、私の両手をぎゅっと握りしめた。
「か、感動しました、本当に!」
彼女は先日よりも更に頬を赤く染めている。
興奮しすぎて頭に血が登っているのかもしれない。
「そ、そう? でもまだ――」
「私に弾かせてください!」
「い、良いけど、どの曲?」
「全部です!」
は?
「全部って、覚えるのにどんだけ――」
「覚えました! 全部!」
そう言うと、ラビリスは私が先程奏したばかりの世界の名曲を我が物顔で弾き語り始めた。
それどころか、勝手にアレンジまで挟み始めたでは無いか。
て、天才か……。
そりゃあ、こんだけできたら友達無くすわ……自信無くしてどんどん離れてくわ……。
そして私が欲しいもの全部もっていやがる。
容姿、家柄、才能、何もかもが完璧なのだ。
……私はこの世界における自分の顔が結構好きだった。
生意気そうだけど、可愛いと思うし、薔薇のような赤い髪はアニメや漫画の世界のように華やかで、美しいと感じたのだ。
だがすぐに、上には上がいることに気付かされた。
何をどうやっても勝てない相手が、今、目の前にいる。
……折れるな、私。
現代知識チートを使い、何回目かのループで生み出した銃は簡単にコピーされた。
それは現実でもそうだ。
構造が単純だからだ。
これならどうだと気合を入れてこの世界にもたらした、魔力で動く戦艦も、戦闘機も、空母も、こっちの技術と組み合わせた飛空艇でも駄目だった。
だが、歌は、曲は……芸術は違うはずだ。
天才から学んだ弟子全てが、天才になるわけでは無い。
そう安々と超えていけるものでは無いのだ。
そのはずだ――。
やがて、私が奏でた全ての楽曲を、独自アレンジを混ぜて弾き終えたラビリスは、両肩で息を深く履きながら、恍惚の表情で言った。
「すっごい……」
な、何が?
「わたくしは、全力で弾きました。本気の、本気です。このわたくしが」
う、うん。
少し本性見えちゃってるけど良いの?
「だのに、ふふ、聞きました? 今の、聞くに耐えない吐き気をもよおすような曲!」
ちょっと何言ってるのかわからない。
ラビリスは椅子を蹴って立ち上がり、私の手を乱暴に握った。
「貴女の曲が、完璧過ぎたのです! わずかにでも弄れば、全てが破綻してしまうほどに、繊細で、美しくて、ああ! おかしくなってしまいそう!」
もうなっとるやないかい。
「フリーダ様! わたくしは、今日! わたくしよりも優れている人に生まれてはじめて出会いました!」
……本音が完全に漏れている。
だ、だが良いぞ。よし。
これは勝った。
かつて無いほどに勝ったぞ。
……勝利宣言して良い?
「世界を取りましょう! わたくしたちの――いえ、フリーダ様の音楽で!」
「えっ」
あー……。そ、そうかぁ。
なんで毎回毎回最終的に敵対するのかぜんっぜんわからなかったんだけど、こいつ世界を取ろうとしてたのかぁ。
三十三回も私がこいつに殺されたのって、世界征服の弊害だったからかぁ。
こ、こわ~。
適当にはぐらかしとこ……。
「そうね。私たちならいけると思う!」
「今適当にはぐらかそうとしました?」
いかん。こいつ強い。ちょっと勝てない。
ええい諦めるな、とにかく足掻け! 醜く足掻いてでも何かしろ、南無三!
「だ、だいたい! いきなり世界とかおかしなこと言わないでよ! 私たちまだ十四歳でしょ!?」
「む、そ、それは、そうです。そうでした。……このわたくしとしたことが、取り乱してしまいました」
それに、ラビリス一人を懐柔しても結局周囲が彼女の戦いの才能を放っておかないのは何十回と経験している。
だからそうなる前に、ラビリスの周りに歌って踊れるアイドルを集めなければならない。
そう、アイドルグループのリーダーという重い重い責任を、真っ先に背負わせてしまう戦法なのだ。
だけど多分コイツはグループなんてものに興味は無い。
私と二人だけでいきなり世界を取ろうと考えたのだ。
……たぶん本当に取れるだろうが、それでは駄目だ。
もっと色々と足を引っ張る新人アイドルがいて、たくさん失敗して、たくさん挫折して、ゆっくりとした歩みで進んで貰わねば私が困るのだ。
だってこいつ、たぶん世界取ったら歌に飽きるもん。
そういうやつなのだ。
そしてそんな怪物と三十三回も戦った私をもっと褒めて欲しい……。
「まずは、私たちは学生なんだから。学校のみんなを楽しませないと駄目でしょ」
「フリーダ様は足元が見えていらっしゃる。軍師ですのね?」
あ駄目だこいつ。
学校を足がかりにして次は世界とか考えてる目だ。
「世界のこと、今は忘れてくんない?」
すると、ラビリスは目に見えて不愉快そうな表情になるが、今回の分は私にある。
「歌や楽器はね、感情が乗るの。だから今のラビリスの曲を聞いた人には、ああこの人は私たちのことを見てくれてないだなって伝わっちゃう」
「そ、それは――そう、かも……し、しれません……」
ふふふ、どうやら割と深く突き刺さったようだ。
まあだいたい偉い人の受け売りだからなあ! そりゃ刺さるわ!
「だからラビリスには、ちゃんと今ここにいるみんなを見て、みんなのために歌って欲しい」
「……フリーダ様ほどの方がおっしゃるのでしたら――わかりました。私は世界のことを忘れます」
うん、それでこそだ。
そして興味が失せれば私のこともさっと忘れるのがお前だということを、私は忘れないからな……!
割と本気で友情を結べて、私たちずっ友だねってなったルートで殺しに来たこと、覚えてっから!!
そして、ラビリスは私を真っ直ぐに見て言った。
「では今週の末にでも、わたくしたちの歌と音楽を皆に披露しましょう」
「今週の末って明日なんだけど」
「はいっ!」
早いわこのクソボケカス。
「駄目。せめて来週の末に変更して」
「このわたくしを見くびらないでください。今夜にでもこの素晴らしい曲を完璧に仕上げてみせます」
違う、そうじゃない。
「ラビリス。私から見ればあんたの歌はまだ――未熟!」
「な、に――。み、未熟?……納得行く説明をしてくださるのでしょうね?」
「一応聞いておくけど、明日やるとして何を歌うつもりだった?」
「無論、全部です!」
「はー疲れるわ……。押し付けがましい。迷惑。良い? 私たちにとって素晴らしいものが、全ての人にとっての素晴らしいものだなんてのは間違いなの」
「フリーダ様の曲は素晴らしい曲です」
いやこいつ本当に人の話聞かないな……。
「だからそうじゃなくて! 歌とか、音楽とか! 興味が全く無い人にはそもそも刺さらないの!」
「いいえ刺さります! フリーダ様の曲にはそれだけの力があるのです!」
力があるのはそう!
だけど生前は評価微妙で、死後になってからとかそんなケース割とあるから!
……しかしそれを上手く説明するすべが無い。
ならばゴリ押すしかあるまい!
「少なくとも作曲に関しては、私が上だと認めているはずよね?」
「……認めています。はっきり言いましょう、フリーダ様は世界でただ一人の、格上の存在です」
……こいつ本当に格とかで人判断するんだよなぁ。
やだなぁ、あまり一緒にいたくないなぁ。
「だったら、その私の言うことは聞くのが筋なんじゃあ無いわけ?」
「いいえ、ここは譲れません」
いや譲ってよ、なんでよ……。
「わたくしは、猛烈に感動したのです。ならばこの感動は、全ての方にも伝わるはずです」
「じゃあ証拠だして」
すると、ラビリスはぴたりと押し黙る。
「証拠を出してくれたら、私も納得する。証拠、出して」
不意に、ラビリスは遠くを見つめ、口を開く。
「こちらに近づいてくる気配が二つあります。彼らに判断してもらいましょう」
ややあって、二人の青年貴族が部屋の扉を開け、姿を表した。
「ふたりとも、先生が怒ってるよ? 時間をかけ過ぎだって」
「もう日が暮れてきてるし、俺たちで送っていくよ」
……よりにもよってこいつらか。
一人の青年の名、マティウス。
私の婚約者だ。
そして、私に本気で惚れている男だ。
だが私は知っている。
……お前今まで、この三十三回全部、ラビリスに寝取られてるからな?
最初は本気で泣いたし、二回目はそれでも信じようとした。
でも三回目辺りから、あーこいつ割とクズかもしんないと思い始めて、今じゃもう百年の恋も冷めるわ状態だ。
マジで覚えとけよ?
そしてその隣にいる青年の名はクロード。
……まあ、うん、普通に敵だ。
ただ一つ同情するのなら、ラビリスの婚約者だ。
つまりこいつは将来、自分の婚約者に捨てられるわけだ。
ハハ、ざまあみろ。
ちなみに毎回毎回私の首を落とす時にレパートリーの少ない言葉を述べるやつがこいつだ。
お前も覚えとけよ?
だが、油断はできない。
こいつらはとりあえずラビリスに合わせて適当に褒めるかもしれないのだ。
無論、ラビリスはそれを見抜くだろうが、彼らの前ではまだ猫かぶってるラビリスなのだ。
ゆえに、私はラビリスに先んじた。
「ごめんごめん、ちょっと盛り上がっちゃってさー。ねえ聞いてよマーティ、初等部の子が作ったって曲があって――」
そう、人はそのものの良さよりも、情報で判断してしまう生き物なのだ。
だからまずは、私が有利に働くような先入観を植え付けさせてもらおうではないか。
ラビリスは一瞬訝しげな顔になるが、特に何も言わず猫かぶった微笑をたたえているだけだ。
それはまだ、良いものは良いと伝わるはずと信じる純真さを感じさせるものだったが、このフリーダ・ミュールは容赦せん!
「ふたりともせっかくだから聞いていってよ。わたしは結構好きなんだけどっ」
そして、『わたしは好き』『おれは好き』という逃げ道を先に与える。
私は、ラビリスが小賢しい真似をする前にギターを取り、弾き出した。
……ここで手を抜くつもりは無い。
それは流石にラビリスに色々とバレる。
ラビリスとは、そのレベルの相手なのだ。
いくつかの曲を弾き終え、私は苦笑を作って二人に問うた。
「どう? 嫌いじゃ無いんだけどなー」
すると案の定、私に釣られたマティウスが苦笑で答える。
「うん。ちょっと独特だよね」
ふふふ、でしょうね!
だってお前ら、この音楽やテンポの概念が無いもんな!
特に貴族たちはまだこの手の曲には理解を示さないだろう。
そして、マティウスたちは由緒正しい貴族だ。
マティウスは少し考えてから、続ける。
「好きな人は、好きかもしれないけどね」
ふふふ、言葉を選んだな!
だがそれで良い。
ラビリスは微笑を浮かべたままだが、三十三回殺された私にはわかる。
今、彼女の中でマティウスの評価はめっちゃ落ちた。
業を煮やしたのか、ラビリスはクロードの服の袖に指先を触れさせ、言った。
「クロードはどうでしたか? わたくしはとても良い曲だと思ったのですけど」
ふ、もう遅いわ。
なぜならクロードは――。
「え、ああ。……ごめん、俺は曲のことはよくわからないから……」
ああ、良かった!
三十四回目のクロードもつまらない男!
そりゃ捨てられるわ!
そんで私の婚約者寝取ったのはさすがお目が高いと言いたいけどマジで覚えてろよお前ら。
だが、勝ちは勝ちだ。
「んじゃ、来週の末に、ね?」
すると、ラビリスは一度だけ唇を噛み、
「……そう、ですわね。わかりました」
と言った。
やった! 勝った! ざまあみろ!
※
「……やっべぇ、来月の末とかにしときゃ良かったわ――」
自室に戻った私は頭を抱えた。
考えてみれば何も解決していない。
それどころか時間を無駄にしただけだ。
良い曲が多すぎてどれに絞ったら良いかわからないという悩みに対して、全部良いので全部やろうと返されただけなのだから。
「……結局、私がやるしかないか」
構成も考えなければ。
実際、ポップな歌や音楽は文化が遠すぎて、良い悪いの前に理解がされないだろう。
少しずつ、少しずつ、削り取るように観客を此方側へと引きずり込まねばならない。
貴族の受けが良いだけでは駄目だ。
大衆も巻き込まなければならない。
そして何より、私とラビリス、二人のチームでは駄目だ。
たぶん、最終的に全部ラビリスが持ってって今回の三十四回目も同じ結末になる。
……そうだ、グループだ。
二人だけではなく、アイドルのグループを結成するのだ。
できれば十人は超えたい。
いや、待て!
そうなると一週間でそもそも概念の無いポップな曲と楽器の弾き方諸々教え込むの無理だ!
あ、やっべ、詰んだか?
……今回早かったな。
いやいや諦めるな。
何か、良い案が私の記憶のどこかに転がってるはずだ。
楽器はおそらく私とラビリスの分だけ。
グループ、十人以上。
実力は一週間程度の付け焼き刃……。
……場所は、学校の敷地内にある教会だったな。
…………おっ?
なんか、あるぞ!
よし、これで行くか――!
※
次の日から、私は学園を駆け回った。
人、人、人、とにかく人を集めなければならない。
優秀な人材を求めているわけでは無い。
多少性格に難があろうとも、実力が不足していようとも、個性的なメンツが必要なのだ。
すなわち、スター性!
既に目処はたっている。
何せ、私は三十三回もやり直しをしているのだ。
そりゃもう良い意味でも悪い意味でも濃いメンツは山程知っている。
将来ラビリスの側近になって私を殺しに来るやつ。
ラビリスの狂信者みたいになるやつ。
十回くらいラビリス側について、五回くらい私側について、他はなんか山ごもりとかしてたらしいやつ。
とにかく私はいろんな人たちに声をかけ、ラビリスを中心に教会と神々を称える聖歌隊を作ろうと思うの! と適当に嘘をついて人を集め続けた。
そして人が集まり、偽装聖歌隊の練習が始まり、あっという間に一週間が経過し、さあいよいよ明日は発表会だ!
……となった辺りでラビリスの父、皇帝バルタザールから発表会の中止が言い渡された。
※
「こうなったかぁ……」
中止になった理由はなんとなくわかっている。
つまるところ、個性派を集めすぎたのだ。
皇帝支持派、反対派、教会派、反教会派、それどころか平民の出すらもごちゃまぜになったこの聖歌隊は、おそらく皇帝がというよりも他の貴族界隈から様々な注文をされたのだろう。
つまり、『ああもうめんどくさい! じゃあ中止!』というやつだ。
だが、私はこうも考える。
おそらくそれぞれの派閥は皆条件をつけて賛成の立場を取っているのではなかろうか。
何せ、私は三十三回も繰り返しているのだ。
ある程度なら誰がどういう考えで動いてるかなどわかってしまっている。
現時点では、それぞれの派のトップや構成メンバーはそれなりに寛容な面々が揃っているのも知っている。
だから多少の無理は通るだろうと私は強気で人集めをしたのだが――。
……当てが外れた、というわけでは無いはずだ。
即ち――。
「本当に残念ですわ。このようなお達しが来てしまうなんて」
黒幕は、こいつだろう。
ラビリスがほんの少しだけ、貴族たちを煽ったのだ。
このままでは、大変なことになるかもしれないぞ、と。
理由はわかる。
私が集めた面子のことが気に食わないのだろう。
ラビリスは、本気で私と二人のチームを組むつもりだったはずだ。
……実際、練習は大変だった。
私とラビリスの二人なら、本当に彼女が最初に言った通り一夜で曲をマスターして、立派な発表会ができていただろう。
だというのに、人をいたずらに増やし、クオリティを遥かに遥かに落としている……ようにラビリスには見えているはずだ。
……おそらく、ここが分水嶺だろう。
過去、三十三回の私は、結局ラビリスに振り回されてしまった。
敵としても、友としても、翻弄され、結果的に全てが後手に回ったのだ。
だから今回は、私が振り回してやる。
私が上、お前が下だ――!
ラビリスが私にふわりと微笑んだ。
「どうしましょう? わたくしがなんとか父を説得してみましょうか?」
だが、その微笑みには冷徹の色が見えた。
主導権の奪い合いだということは、ラビリスも理解していよう。
私はため息をつき、言った。
「聖歌隊のリーダーには、今日もみんなの練習に付き合って貰わないといけないでしょ?」
だがその一言が、ラビリスの逆鱗に触れた。
彼女は乱暴に私の腕を掴み上げ、息がかかるほどの距離で言った。
「――このわたくしに、有象無象の尻拭いをしろと言うか」
「私の前で猫被んのやめたんだ?」
臆せず言ってやると、ラビリスはわずかに怯んだ。
その隙に私は彼女の手を振りほどき、逆に腕を掴み上げてやった。
「私はこれに命賭けてんの」
「――ですから、わたくしならこの事態を収拾できると言っているのです。だと言うのに、フリーダ様はくだらない感情で全てをふいになさるおつもりで?……もう一週間も時間を無駄にしています。――わたくしと、貴女の二人でしたら今頃はとっくに……」
私は、彼女を鼻で笑った。
「浅はか。ラビリスにできることは、みんなにだってできる」
嘘だ。
できるわけがない。
というか私にだって無理だ。
だが、私には名だたる偉人たちと、文字通り死にものぐるいでかき集めた三十三回分の経験がある。
知識がある。
アイドルは歌だけでは無い、演奏の上手さだけでは無い。
何よりも、ありとあらゆる仕草、一挙一動が生み出す愛らしさが必要なのだ。
そして、ラビリスはまだそこに気づいていない。
まだ、実力で相手をねじ伏せることしか考えていないのだ。
だから、私は勝てる!
突然、ラビリスがぱっと私の手を振り払い、いつもの猫かぶった様子に戻った。
――来たか。
部屋の扉が開かれると、やってきたのはマティウスだった。
「フリーダ、言われた通り誓約書をもらってきたよ」
ラビリスが一瞬息を呑む。
マティウスは、私に一枚の羊皮紙を見せ、楽しげな笑みを浮かべた。
「楽しかったよ。反教会派の人たちってみんな真面目で、僕の話をきちんと聞いてくれてさ」
人は、信じたいものを信じる。
正しさでは無い。誰が言うかで物事は決まるのだ。
そして組織が大きくなれば、いつの世も裏切り者は出る。
私はそれが誰なのかを、既に、知っている。
今回は、その裏切り者にとりなして貰ったのだ。
ふふ、十二回目と二十三回目は本当に煮え湯を飲まされたが、状況が変わればこちらのものよ!
反教会派の裏切り者には、これからも使い倒させてもらう!
間髪を入れず、ラビリスが嬉しそうな表情を作り言った。
「まあ、本当ですか!――ああ、でも他の方たちがまだ反対していましたね。わたくしったらつい……」
「それも大丈夫。彼らの方からも少し歩み寄ってくれるってさ」
ラビリスは微笑みのまま、
「――そう。良かった」
と述べただけだ。
そして――。
また扉が開かれ、今度はクロードがやってきた。
「すまない、遅くなった」
「ンっ! で、成果は?」
「全く。大変だったんだぞ?」
「それで?」
「でもまあ、反皇帝派とか言われてたって結局は元騎士団の連中が多いんだ。それなら、最後はコレだろ」
と、クロードは得意げな顔で己の拳をぐっと前へ突き出した。
言われたことしかできない無能。
しかしそれでもエリートはエリート。
言われたことなら完璧にこなすのがクロードという男なのだ。
ていうか単純な戦力だけならこいつたぶんラビリスの次に強い。
「怪我はさせてないでしょうね?」
「人死は出してない。――そりゃ、少しくらいは痛い思いはしたはずだけど……流血だってしてないはずだ」
「ン、結構。信じたげる」
「それにしても、キミ凄いな。ちゃんと言われた通りの連中がいてさ。――兄上がうちの騎士団の軍師に是非って言ってたけど、どう?」
「却下。ああ、でも考えとくって伝えといて」
「はいよ、了解」
ラビリスは、氷のような笑みをクロードに向けているが、彼がそれに気づくことは自分が捨てられるその時まで決して無いだろう。
そして私はラビリスに向き直り、言った。
「私はこれからバルタザール陛下のとこに向かうけど、アンタはどうする?――聖歌隊の皆のとこに行く?」
最後の言葉には少し嫌味を込めてやった。
案の定、ラビリスは微笑みを鋼のようにまとったまま、
「……では、わたくしも父の元に参りますわ」
と無機質な声色で言った。
さあ、気合を入れろ。
私は今度こそ、勝つ!
※
謁見はあっさり許可された。
既に根回しが済んでいるというのもあるが、私の父が皇帝派の重鎮というのが大きな理由だろう。
だが、あくまでもプライベートな会合という体裁だ。
皇帝は、いくつかの書類を読みながら私とラビリスに応対した。
彼からは疲労の色が濃く見える。
確か今の時期は、隣国との不和が少しずつ出始めている頃だったはずだ。
原因は、大規模な飢饉、だったか。
解決の手段は無い。
ここから泥沼が始まり、私もラビリスも否応なしに巻き込まれていく。
だからこそ、今、ここで勝負を決める。
ラビリスを本格的に騎士の道に進めては駄目だ。
強すぎて手がつけられなくなって最終的に私が死ぬ。
なんとしても、ラビリスを今! ここで! 堕落させるのだ!
しかし、あっと思ったときには既にラビリスは皇帝のもとに駆け寄ってしまっていた。
こ、こいつ、今足音しなかったぞ……!
「お父様っ、ラビリスはただいま戻りました」
すると、皇帝はラビリスを一瞥し、うんうんと笑顔で頷いた。
「学校の方は、楽しんでいるようだな」
「はいっ。でも、少し大変なことになってしまって……」
ま、不味い、完全に主導権を握られる。
ええい臆するな、失敗したってどうせ三十五回目が始まるだけだ! 南無三!
「お久しぶりです、バルタザールおじさまっ」
元気の良い年頃の娘を装って、私は砕けた口調で言った。
「うむ、ミュール家のフリーダ嬢に合うのは随分と久しぶりだ」
皇帝は少しばかり苦笑してから、困ったような顔になる。
「他の者たちから聞いている。随分と変わったことをしているようだが」
さて、ここからだ。
ラビリスの狙いは、わかっている。
私が集めた他の子たちを、排除したいのだ。
私と二人だけで、世界を取りたいのだ。
案の定、ラビリスはすぐに口を挟んできた。
「そうなのです。わたくし、フリーダ様の曲にとても感動して、せっかく素敵な歌を歌えると思ったのに……」
そうして規模を小さくするなら、私とラビリスの二人だけの発表会ならば良いだろうという方向に持っていこうという算段。見過ごすわけには行かん!
「おじさま。私は、新しい産業を作りたいと考えています」
一瞬、皇帝は怪訝な顔になる。
その隣にいたラビリスは、息を呑み、すぐに私の意図に気づいたようだ。
いやぁほんと凄いなこいつ。
だってもう、負けを悟ったような顔してるもん。
そして次の戦いで勝つこと考えてる顔してるもん。
怖~。
でも今は皇帝を説得するのが大事だし、とりあえず無視しとこ……。
「おじさまは、ラビリスさんが学校でとても人気があるってご存知ですか?」
「う、ん? そうだな。耳にはしている」
「男の子にも、女の子にも人気で、ラビリスさんに会いたがる子が本当に多いんです――なので、今度からお金を取ります」
「むう……」
皇帝が難しい顔で唸る。
私は更に続けた。
「酒場で歌う吟遊詩人の、更に更にその先だと思ってください。お酒を飲むついでに歌を聞くんじゃないんです。私たちの歌を聞くためだけに足を運ぶようにさせる――。これが、私の掲げる新しい産業です。今そこにある、だけどまだそこまで価値があるとは思われていないものに、大きな大きな価値を、私たちで作ります」
おそらく、皇帝は既に経済の算段に移っているはずだ。
三十三回とも結構優秀な人だったのだから、わかる。
皇帝は沈黙し、一枚の羊皮紙に視線を落とした。
「……既に、反対していた者たちの説得は終わっているようだな」
「マティウス君とクロード君が味方をしてくれました」
「……であれば、こちらで差し止める理由は無いわけだ」
「はいっ。ですので、最後にバルタザールおじさまにも許可と、出席をお願いしに来ました」
「……予定は詰まっているのだがな」
「では遅れても良いので、遠くから立って見てください。ラビリスさんの晴れ舞台でもありますので」
皇帝は一度だけ苦笑すると、深く頷いた。
「――うん、わかった。時間は作ろう」
「まあ、本当ですかお父様っ。ではすぐに準備に取り掛からないといけませんね。……今回はみんなで歌う形になりましたけど、歌にはいろいろな形がありますし。いつか他の形もチャレンジしてみたいですわね」
そうして、内側から徐々に徐々に他のメンバーを排除していこうという魂胆。このフリーダの目は誤魔化せんぞ!
馬鹿め! ラビリス! お前に次の勝負などは無い! 私が本当に賭けたのは、ここからだ!
勝負は今、ここで決める!
「では、おじさま。――ラビリスさんを私にくださいっ」
皇帝が咳き込み、ラビリスがぎょっとして目を見開いた。
「これから忙しくなります。チームの中心のラビリスさんとは、密な連絡を取り合わなければいけないんです」
皇帝は困惑して問う。
「だ、だがなフリーダ嬢――」
「はっきり言うと、ラビリスさん以外では駄目なんです。今の人数は十三人。だけど、あの子達はラビリスさんが目当てだったり、自分の可能性を見つけようとしていたり――」
それは、良いことだと私は思う。
みんなそれぞれつらい思いがして、認められない部分があって、そこに私が手を差し伸べたのだから、すがりたくもなるだろう。
でも、違うのだ。
彼女たちと、ラビリスでは決定的な違いがある。
それは――。
「ラビリスさんは、私が大好きな曲を、好きだと言ってくれたんです」
即ち、音楽性の一致!
あのバンドもそのバンドも音楽性の不一致で解散している中、この異世界で巡り合った音楽性が一致した相手!
それがこのラビリスとは何たる因縁かと思わないでもないが、それもまた良し!
やったろうではないか!
こちとら三十三回ギロチンで首落とされとるんだぞ!
「だから、ラビリスをください。具体的には、うちの屋敷で寝泊まりして。毎日歌の稽古を受けてもらいます。あ、もちろんちゃんとした部屋です」
後は、皇帝の目をまっすぐに見るだけだ。
さあ、どうする皇帝!
私は知ってるぞ!
お前の初恋が! 私の母親だってこと!
ラビリスの表情に焦りの色がにじむ。
だが、今言うべき言葉に迷っているようだ。
ははは、それがお前と私の違いだ!
お前は何もかもに完璧を求める!
他人にも、自分にも!
だから想定外に対しての判断が遅いのだ!
私は違う! ある程度計算したら後は野となれ山となれで突撃することだってある!
今みたいに!
ややあって、皇帝はたじろいだように私から視線を外し、天井を仰ぎ見た。
どうだ!? やったか――!?
皇帝が言う。
「ラビリス」
「……は、はい。お父様」
「そう言えば、留学をしたがっていたな?」
――これは来たぞ。
ラビリスは目に見えて狼狽し始める。
「で、ですが、それは、ええと……」
馬鹿め! 勝った! お前は家族の前ですら猫をかぶり続けた結果、ここで嫌だと言えない縛りを自分自身で作ってしまったのだ!
トドメだ、死ねィ!
「じゃあ、おじさま! 良いんですね! やったー! ラビリス、これからよろしくねっ!」
私はラビリスに駆け寄り、その細い指をぎゅっと握りしめた。
皇帝は穏やかに、しかし娘を見送るようなさみしげな笑みを浮かべ、言った。
「これも経験だ、ラビリス。お前の人生が、実りあるものであることを祈っているよ」
もはやラビリスは折れる他無く、少しばかり表情を引きつらせながらも笑顔で私に言った。
「わ、わたくしも、嬉しいですわ。これから、よろしく……お願いしますね」
やっべ、最後ちょっと怖かった……。
※
発表会の準備は着々と進められた。
最後のリハーサルも終え、私たちは私たちの戦場へと向かった。
親と友人のコネを山程使った結果、席は満席だったがそれは別に良い。
人を集めることは金と権力さえあればできるが、感動させられるかどうかは努力と感性と僅かな天運だと私は思っているのだ。
できることはやった。
練習内容に関してはぶっちゃけ妥協の方が多かったけど、それでもラビリスは笑顔でブチギレながら見事にぱっと見まともで可憐な新生聖歌隊を作ってくれたのだ。
……私も大変だったが、ラビリスも大変だったろうな。
でも容赦はしないぞ。
私はピアノを担当することになったが、他の楽器はタンバリンくらいだ。
後は、手拍子とリズムでいくしかあるまい!
ラビリスには、いつボロが出るかもわからない聖歌隊の面々の正面に立ち、指揮者として立ってもらう。
客席に背を向けることになるが、致し方あるまい。
発表の時間が迫る。
――さあ、勝負だ!
全ての準備が整い、最初は緩やかなテンポでこの世界の神々を称える聖歌を、私が集めたアイドルたちは見事に歌い上げた。
ちらと視界の端で捉えた教会側の人間は、満足げに頷いている。
……すまんな教会側さん。
今からちょっと裏切る。
私は一気にアップテンポの曲を弾き、ラビリスも、アイドルたちも皆それにしたがった。
ピアノのミュージックがテンポ良く踊ると、アイドルたちも身振りを加えて愛らしく歌う。
……いやぁこの曲作った人凄いわ!
どうだラビリス、歌ってて思わないか?
お前よりも、遥かに、遥かに凄い人たちが世界にはたくさんいるんだぞ!
気がつけば、教会の外からでも歌を聞こうとする学生たちで溢れ、私たちの歌は大成功だった。
学生たちと立ち見をしていた皇帝は笑っていた。
厳格な教会関係者は苦い顔をしていたが、それでもより多くの人々が熱狂し、万雷の拍手を送れば、彼らも渋々ながら受け入れざるを得ない。
パワーバランスは大きくこちらに傾いたのだから。
そして、私は既に次の目標を見出していた。
……ギルドを作ろう。
戦士ギルドでも、魔術師ギルドでも、ましてや商人ギルドでもない。
私が死なないために!
私が生き残るために!
アイドルギルドを、作るのだ!
さすれば、勝てる!
そうして、私はラビリスたちを連れ、ギルド新設に向けて動き出したのだった。
やがてアイドルギルドは世界から注目の的となったり、あらゆる種族の男女が集ったり、歌だけで無く演劇にまで手を伸ばしたり、ギルドの方向性を巡ってラビリスと歌で対決したりするのは、また別のお話……。
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