第三話:少女の事情、そして本音なるもの。
これが斉誄の事情、そして本音か。
郭升は抵桧が嫌いなのだ。ためらいも無く気に入らない人々を平然と斬り殺してしまうという人道から外れている、そのようなところが
嫌いなのだ。
優しく純粋な心の持ち主の斉誄を破壊するつもりだろうか、郭升はそう感じた。
斉誄自身は、涕涙するほど郭升」と同盟を結びたいと望んでいる。
無論、郭升もそれを望んでいる。
「斉誄。私を裏切るおつもりですか?私は、貴女に忠誠を誓われたはずなのですが」
「裏切ったらその喉元を私の奸剣で貫くと」
郭升は斉誄を庇う様な動作をし、一歩後ずさりをした。
「脅迫したのか?」
「脅迫…?まあ、そうなりますか。天下を取るためですもの、手段は選びませんよ」
抵桧の浮かべた微笑は、気味の悪いものだった。
「そのような男は無視するのですよ、斉誄。早急に一万の兵を連れ戻しこの地を攻めましょう」
「ふざけるな!本音を打ち明けろ斉誄!お前にだって権利はある!」
「こんな男の首級を討ち取るなど斉誄には容易い筈では無いでしょうか?」
「俺たちと戦うほうがお前は幸せなんだ、苦しむ者たちを助け出せる!」
抵桧と郭升両者の叫ぶような声は、とてもうるさく斉誄の脳内に反響した。
「二人とも止めて!誄の答え、聞いて」
斉誄のその声で場は静まり返っていた。
「誄は、抵桧様と一緒には戦いたくない。いつも自分ばっかりを棚に上げて他の人たちを苦しめてるだけに見えるよ。抵桧様は雛覇なんか
よりずっと強いし、忠葎よりずっと頭の回転も速い。誄だって有利になれるよ、抵桧様と一緒に居れば」
「だけど、沢山の人たちを犠牲にしてまで天下なんか取りたくないよ…」
「だから誄は抵桧様との同盟を手切ます」
「それで、雛覇や忠葎と戦いたい」
それが斉誄の、誠の答えだった。
斉誄から告げられた言葉が本当だったと自覚し立腹したのだろうか、抵桧は奸剣を鞘から抜いた。
同時に斉誄も、短剣を抜こうと郭升の前へ出た。
鎧も身に纏わず武器も棒しか所持していない郭升にとって、この場に存在している事が恥のように思えてきた。
だがそれは、自業自得。仕方の無いことだった。
斉誄が構えようとした瞬間、斉誄は地に腰を落とした。
「ごめん…ごめんなさい。抵桧様…ううん、抵桧。裏切ってごめんね」
「情けないね、郭升たちにも、抵桧にも」
「昔みたいに平和なときに戻りたいなあ…!」
「お願い、首を落としてください」
斉誄はそう願った。
抵桧の奸剣は一刻を待つことなく、戸惑い無く振り下ろされた。
斬った。
抵桧の奸剣が、斬った。
風を斬っていた。
「次にお会いするときは、本当に敵でしょうね」
そう言った抵桧もまた、涙を流していた。
抵桧は夕日で赤く染まった馬に跨り、遠く去っていった。
郭升と斉誄は詠或の佇む城へ、無言で戻った。
その時斉誄が郭升を気遣い小さな声で「ごめんね、ありがとう」と言い少し笑ったのが見えた。
この時郭升の心が揺らぐことは無かった。自分自身の無力さと申し訳の無さ故に、小さき恋心は完全に消え失せていた。と言うよ
り、無意識に自ら想いを断ち切っていたのだった。
「忠葎。一人の兵をも傷つけず、さらに斉誄を我が軍へと迎え入れられた」
斉誄の背中を、郭升は軽く押してやった。
総兵力は、五万二千となった。
斉誄が我が軍へ加わってからの事、姫武者は舞踊や華麗な剣術を覚え、士気も上昇し精兵となった。




