5話 水着
「水着を買いに行こう」
「え......?」
北本さんが固まってしまった。
「いいの?」
北本さんが言う。
「いいよ......っていいの!?」
「行こう」
少しばかり北本さんの声が上向きに聞こえる。
ぼくは北本さんと水着を売っている店に向かう。
「暑い......」
手でパタパタとしながら、ビル陰を通りつつ目的の店に到着する。北本さんはぼくの半歩後ろをついてくる。
特に会話が始まらない。それもそうだ。ぼくの勝手なことに付き合わせているだけなのだから。
店の中はクーラーのおかげで涼しい。
ぼくの袖を北本さんが小さく引っ張る。
「どうしたの?」
「水着、選んで、欲しい......」
ど、どうしよう......
女子の水着を選ぶってなっても、どれがいいのかなんて分からないし、下手なのを選んだら嫌がられるし......
ん? そもそもの話だ。ぼくはここに振られに来ているのだ。それでいいんじゃないか?
でも、巻き込まれた北本さんがかわいそうだ。後でどうにかして謝るしかないか。すでに迷惑をかけているけれど、山内との仲を戻したい。
「えっと、じゃあ......」
店内をぐるりと見てみる。知らない世界が広がっている。北本さんに合わなそうな水着は......
全然分からない......
もういいや。なんか適当にこの辺のやつを取ろう。
「これとか......」
水着を見ることもなく、北本さんに渡す。
「着て......くるね」
え、嘘。絶対に拒否られると思ったのに。もしかして、偶然まともなやつを取ってしまったのかもしれない。それならそれでいい気もする。
ぼくは試着室の前で待つが、場違いなところにいるように今更感じてきて、すごく恥ずかしい。朝早いおかげか、人が少ないのが救いだな。
「えっと、その、着たんだけど......」
試着室の中から聞こえる。
カーテンがゆっくりと開く。
「ちょっといろいろ私には足りない気がして......」
北本さんを見ると、ビキニを着ているのだが胸のサイズが明らかに......って何をさせてしまっているんだ。ぼくは。
「でも、北村くんはこれがいいんだよね......?」
北本さんの顔が沸騰しているのかというくらいに紅い。
謝ろう。ぼくは両膝を床につけて、前に手を付け、土下座をする。
「ごめんっ!」
「いや、その......謝らなくても......キャッ」
ぼくの頭の上に何か布が乗る。
「どうしたn......」
一瞬見てはいけないものを見てしまった。
北本さんがカーテンを閉め、中に入ってしまう。
やばい。どうしよう。もうどうにも弁解ができない。
北本さんがカーテンを開けて出てくる。
顔が紅い。それに引き換え、ぼくの顔は青い。
「その......気にしないで......」
北本さんが申し訳なさそうに言う。ぼくが完全に悪いのに。言葉が出てこない。北本さんは胸の前で手をクロスさせている。
そのまま長く沈黙が続く。
どうにも言葉が思い浮かばない。
「ご飯、食べに行こうか」
その場しのぎとしては下手くそだと思う。だって、まだ10時だから。
そのことを察してくれたのか、小さくうなずいてぼくについてきてくれる。
「その......私が良く行くお店に行こう......? ご飯食べる前に」
北本さんが提案する。
「そうしようか」
ぼくは平静を装う。
初めて北本さんがぼくの前を歩く。
「着いたよ......」
え......?
到着した店は路地裏のナイフがたくさん置いてある店だった。