2話 最適解
「で、振られるにはどうすればいいかって? そんなの、知るわけないじゃん?」
「人間観察してるから、知ってるかなぁと」
「まったく......恋愛なんて知らないんだからさ、とりあえずモテるの逆のことすればいいんじゃ?」
「いや、そう言われても恋愛したことないから......」
「そうだな。遠目に見ててみんなが一律に嫌がってるのはくちゃくちゃと音を立てて食べる人だな。それだけ言っておく。それじゃ」
「じゃあね」
そう言って、小山さんは学校の方に走っていく。わざわざぼくの要件を聞くためだけにここまで足を運んでくれていたらしい。
それにしても、くちゃくちゃと音を立てて食べる......か。確かに、周りにいたらいやかもしれない。
早速明日やってみるかな。
「ただいまー」
家に帰ってきた。
「おかえりー。ちょっと遅かったわね。何かあったの?」
「ちょっと学校でおしゃべりしてただけー」
「また山内くん?」
「ま、まぁそんなとこ」
結構胸が痛い話だ。
「ほんと仲いいわねー。よく話すこと尽きないわねぇ」
「そうだ。お母さん、家にスルメある?」
「お父さんのおつまみの奴ならあるけど、なんで急に?」
「明日のお弁当に入れてほしいなーって思って」
「いつからスルメ好きになったの?」
「学校で空前のスルメブームが来ててさ。便乗しておこうかなーと」
「何よそのブーム。今の高校生って不思議ねぇ」
もちろんそんなブームあるわけない。というか、ぼく嘘つくの下手? さっきも小山さんに本心ばれたし。
「わかった。入れといたげる」
「ありがとう」
お母さんとの会話が終わるとぼくは2階にある自室に向かった。自室に何があるかといえば、たいして何もない。最低限学生として必要なもの、そして、趣味のためのスケッチブック。
ベットに寝転がり、今日あったことを思い起こす......つもりだったのだが、
ピピピピ
うるさいなぁ......
無意識に目覚ましのところまで手が伸びる。
あれ? 普段置いている場所に目覚ましがないぞ?
目覚ましを手探りで探しているうちに、眠気が吹っ飛んでしまった。
あったあった。目覚ましの音が止む。
「やっと起きたわね。今何時だと思う?」
ぼくの部屋にはお母さんがいた。
「7時じゃないの?」
ぼくは目覚ましの設定時刻を言う。
「残念。5時でしたー」
「え? なんで?」
「あんたね、昨日部屋に戻ってそのまま寝たでしょ? 夜ごはんも食べずに」
そうか。昨日は精神をすり減らすことばっかりしたからか。
「ごめんごめん。ちょっと疲れてたからだと思う。今は元気だよ?」
ぴょんぴょんと飛び跳ねて見せる。
「朝ごはんは7時からだから、今のうちに勉強でもしときなさい」
そう言ってお母さんはぼくの部屋から出て行った。
しかし、朝早起きしてもすることがなく、ぼーっとしてたら7時になり、朝ごはんを食べると学校に行く時間になった。
「行ってきまーす」
「行ってらっしゃーい」
学校に着いた。いつもより気持ち早く家を出たおかげで教室に人は少なかった。
教室の隅っこにはいつものように何もしていないように見える小山さんの姿があった。いつも早いよなぁ。学校に来るの。
今日の勝負は昼休み、ご飯の時間だ。
リュックを開くと心なしかスペースが空いていた。
あれ......?
弁当ないやん。
ぼくは焦って家に走る。ちょっとどころじゃないくらい驚いてしまった。驚きすぎて関西弁が出てしまった。
「お母さん、弁当忘れたっ!」
「あなたぁ......はぁ......」
深くため息をつかれてしまった。
「ほら、これでしょ」
弁当箱をお母さんはすぐさま持ってきてくれた。
「ありがと! 行ってきます!」
そう言ってぼくは急いで学校に向かう。
後ろで、
「あわただしいわねぇ」
という声が聞こえた。
キーンコーンカーンコーン
そのチャイムと同時にぼくは着席する。
いつもなら、山内が「はい、フラーレン遅刻ー」とか言ってくるのだが、今日はそんなこと言ってこない。
何事もなく午前中が終わった。
昼ごはんの時、大きな座席移動はしないのがこの学校のしきたりだ。だから、今日はしゃべれる人がいない。さみしくなった山内が話しかけてくれることを期待もしてみたが、そんなことはなかった。
弁当箱を開けると中身がくちゃくちゃになっていた。爆走したせいだ。
中身はまさかの麺類だった。くちゃくちゃとしにくいやつだ。そうか、ズルズルとすすればいいのか。
ズズズズ
ズズズズ
ぼくはすごい勢いでスパゲッティをすする。
ゲホッゲホッ
勢いよくすすったせいでむせてしまった。
いくつか視線が飛んできた気はするが気にしない気にしない。
気づくと弁当にはスルメしか残っていなかった。
スルメ、食べるか。
スルメを一気に口にいれようとしたら、思ったより大きくて入りきりそうになかったので、かみちぎろうとする。
かたいな......
スルメをぐっとかみしめ、全力で引っ張る。ちぎれない......
しばらくスルメと死闘を繰り広げていると、不意にスルメがちぎれた。勢いで顔が後ろの机でガンとぶつかった。
いたたたた。周りの視線はもっと痛いけれど。
よし、やっと食べれる。
口に入れてもスルメはなかなか消えてくれない。
ずっとくちゃくちゃと残り続ける。あごの強化にはよさそうだけど。
早くなくなれーと思いながらスルメを食べ続け、無事完食した。
きっと相当な注目を集めたはず。
これで、振られる理由が増えたはず。
午後も何もなく、放課後になった。
帰り支度をしていると、
「ねーねー北村。今、時間ある?」
話しかけてきたのはクラスで怖いと噂されている雪島更紗。ぼく的に言わすとチャラい族だ。髪の毛は金髪だし、腕の一部一部にペイントらしきのが入ってる。
「どうしたの?」
「あのさ、私と付き合ってくれ」
「え?」
「別にキープ的なのでいい」
「なんで急に?」
「前から目をつけてたんだが、見た目はほら、いいしさ。性格合わなそうだと思って放置してたんだが、今日の昼飯、豪快に食ってて山内と絡んでなかったらあんな感じなんだと思ってだな」
困惑してフリーズしていると、雪島がさらに続ける。
「私は付き合いが下手だ。すぐ周りのやつがびびっちまう。だから、豪快なやつくらいしか受け入れてもらえないのさ」
なんか、断るに断りづらい。悪い人ではなさそうだが、やはり怖い。
「もしかして、彼女でもいるのか?」
その言葉でふっと周りを見渡すと、小山さんがこちらを見ていた。
「えっと......」
ぼくはどうするのが正解なんだ......?
彼女がいることは公にできないし、でも、いないって言うのも小山さんに不誠実な気がする。
でも、きっとこれが最適解。
「ぼくに彼女は......」