故郷の星空の下で
「湯加減はどうっすかぁ~?」
外で村の子供達の相手をしながらも風呂を沸かすアシガルは一番風呂につかっている氷雨に声をかけた。
「申し分ないわ。いい湯加減よ」
チャプンと音をたてて答える艶かしい声に思わず妄想を働かせたアシガルだったが、子供の賑わいに書き消されてしまった。
「湯加減はどうっすかぁ~?」
外で同年代の友達と様々会話しながらも風呂の温度を調節するアシガルは二番風呂につかっている美菓子に声をかけた。
「ちょっと熱いかなぁ……でも旅の疲れがとれていくようですよぉ」
チャポンと音をたてて答える可愛らしい声にまたしても思わず妄想を働かせたアシガルだったが、三人が気になる友達の質問攻めにやっぱり書き消されてしまった。
「湯加減はどうっすかぁ~?」
外で黙々と追い焚きをするアシガルは三番風呂につかっている愛姫子に声をかけた。
「バッチグー! 絶妙な湯加減よ! 身体の隅々が火照ってきたわぁ」
バシャンと音をたてて答える凛々しい声に三度妄想を働かせたアシガルは、邪魔者がいない今こそ覗きのチャンスとばかりに風呂場の窓際へと手練れの泥棒のように抜き足差し足忍び足でにじり寄って、ズルズルと、そして無音のままに湯気がもくもくの内部を覗いた。
カッコーン!
景気のよい音をたてて風呂桶がアシガルの額目掛けて飛んできた。
「いってぇー! 何すんすか!」
「あんったの考えることなんてお見通しよ! あたしの裸を拝もうだなんて100年早いわよ!」
(くっ……いいもん。想像で盛り上がってやる! なんたって最後に入るのは俺だ! げへへへへぇ)
その後、それぞれは用意された自室で休んでいたが、アシガルだけは最後の風呂に入りサッパリし、外へ出て草むらに寝転んで夜空を観ていた。
(なんか随分と久しぶりな気がするなぁ……ちょっと前は毎晩こうして星空を眺めてたよなぁ)
目まぐるしく回天し始めた自分の人生をそれとなく回想しながらこれからどうなっていくのか楽しみでもあり、また不安でもあった。
ザッザッザッ。
「何してるの?」
草むらを歩く音が聞こえ、とっくに休んだと思っていた愛姫子が視界に入る。
「えっ!? あっ愛姫子ちゃん。いや故郷の空ってこんなだったかなぁって……ほら、ここ数日で俺の人生が180度かわっちまったじゃん? 俺はこれから何処へ向かって行くんだろうなぁって……」
それは何処にでもいる平凡な少年が、今や王国の期待を一身に背負うパーティーの勇者となっていることへの戸惑いであった。
自分には何の力もないのにスズキとサトウという伝説の英雄を召喚したことへの劣等感からくるものか。
アシガルの横に座った愛姫子は異世界の星々を見上げながら言った。
「大丈夫よ。きっと……」
「えっ?」
「アシガルは不思議な力を持ってる。あたしも美菓子も実際その力を得て勝てたようなもんだし」
「そうなんすか?」
「本当は実力で勝ちたかったけど、あたしだってついこの前まで平凡で地味なただの女子高生だったんだよ? あんたの力がなかったらヤバかったのは事実よ」
アシガルと同じような不安を愛姫子もそしておそらくは美菓子も抱いている。
(そうか。だったら迷うことはないな! めくるめく美女との旅を進めるだけだ!)
楽観的なアシガルは迷いや劣等感を都合よく排除し、爽快にして豪快に愛姫子に迫った。
「ちゅー」
パチンッ
「なにすんすかぁ!?」
「なんっでいきなりキスしようとするわけ!?」
顔を真っ赤にした愛姫子はタジタジしながらビンタをくれた。
「だってなんかいい雰囲気だったし……つい……」
「ばっかじゃないの!」
自室の窓からそんなやり取りを見ていた氷雨はニコッと笑うと、
「あらあら、いい感じね」
と微笑み、美菓子は早くも夢の世界でドレスアップしてニコニコ笑いながら眠りについていくのであった。
つづく