ラスト編1 やらねばならぬ時がある
三本勝負を経て黄泉姫は完全に打ちのめされ、その気高きプライドはズタズタとなり、本来の力など発揮出来ないことは明々白々であったが、それでもバトルで決着しようとする黄泉姫。
愛姫子も美菓子、そして氷雨ですらこれだけ諭しても翻意しない黄泉姫を倒すしかないのだと改めて決心していたが、その要たるアシガルだけはいつまでも煮え切らず、絶えず黄泉姫の説得を続けていた。
「あんたねぇ! これだけ言っても分からないんだから倒すしかないでしょうが! こい、竜王牙! 幻狼剣!!」
「そうだよぉ……少しは身近に感じたけど……やっぱり倒さないと平和な世界にはならないんだよ……」
「愛姫子と美菓子の言う通りよ! 迷ってる暇はないわよ、アシガル!!」
これまで旅を共にしてきていた三美少女のそんな叫びですら今のアシガルには届いていなかった。
アシガルはいったい何を考えているのだろうか。
(くっ……やっぱり倒さなきゃならないのか!? 俺にはそこまで悪党に思えないんだ。頼む黄泉姫! 改心してくれ)
そんな睨み合いが続く中、オモチは無言でシンガンの亡骸を抱いていたが、その亡骸は一瞬の光りと共に腕輪へと形を変え、ゆっくりと宙に浮き上がった。
「行くのか、シンガン」
「あぁ。あのバカタレに最後の説教だ。まったく手のかかる勇者だ」
オモチは最後の別れを惜しむかのように複雑な顔を浮かべたが、心眼の腕輪となったシンガンは再びアシガルの腕にすっぽりと嵌まると、例の尊大な口のききようでアシガルらを鼓舞し始める。
「バカモノ!!」
ポカっ
「いったいなぁ! 何すんだよ!? ってあれ!??」
「い、生きてたの!? シンガン!」
「もう! 死んだかと思ってたんだからぁ!!」
「……よかったわ、口なしさん……」
久々に五人勢揃いしたアシガルパーティーであったが、シンガンは心を鬼にしてパーティーを喝破する。
「ガハハハハ! 我はとっくに死んでおる。いわば残留思念というやつだ。最後の最後でまとまりがつかないお前達を見兼ねて飛び出てジャジャジャジャーンだ!」
突然のオヤジギャグに一瞬時が止まったが、シンガンは続けて語り始める。
「アシガルよ、お前の気持ちはよく分かる。確かに世界を征服しようとする悪の権化にしては黄泉姫は未完成過ぎる。そこここに可愛らしさや、救ってやりたいと思わせる挙動が散りばめられてもいる。だがな、今その思いにだけ引っ張られて黄泉姫を救おうとするのは間違いだ」
「なんでだよ!? 黄泉姫だって苦しんでいるのが俺にはよくわかんだよ!!」
「だからだ! だからこそ黄泉姫を楽にしてやれといっている。魔神の最後の生き残りとして奴が選んだのが世界を悪に染めること。それを決心した時点で倒さなければならない最大の敵だったのだ」
シンガンの必死な語りにも今ひとつ納得出来ない表情を浮かべるアシガル。
しかしシンガンはまだ続ける。
「いいか、よく聞け。ここでお前達が黄泉姫を倒さなかったとしたら、これまで被害に合ってきた人々はどう思う? 犠牲となり死んでいった数多くの者達にどうやって報いるというのだ!? サンジョー国、ツバーメ国を消したのはあやつぞ!! そして傷付いてもお前に付いて来た者達になんて言って理解を求めるつもりだ? お前はこの世界を救う義務がある。それは黄泉姫を退治することでしか叶わぬ! それに黄泉姫も内心ではとっくにお前の気持ちを理解しているさ。だが残った僅かなプライドを抱いて忌まわしき今是に決別したいと思っているのだ」
シンガンの魂の叫びはアシガルの胸に、心に確かに響いていた。
非の打ち所のないシンガンの語りはアシガルを突き動かし始める。
そして愛姫子らは最後のひと押しを試みる。
「シンガンの言う通りよ! 犠牲になった人達のために黄泉姫を倒すわよ!」
「それに今まで協力してきてくれた皆のために!」
「アシガル! 黄泉姫を開放するために……眠らせてあげましょ?」
「くっ…………」
歯を食いしばった先に深い怨嗟に包まれたラスボス・黄泉姫。だが驚くほど小さく見えた。
そしていつの間にか憎悪に満ちていたその顔は穏やかに、アシガルらにとどめを刺される瞬間を待ち焦がれているように見えた。
(もう遅いのだ。何もかも……わらわは魔神として世界を悪に染めようと心に決してしまっていた……この負の連鎖を、最後に本当の心というものを教えてくれたそなたらで断ち切ってたもれ……)
その心の叫びは確かにアシガルパーティーの脳裏に伝わった。
四人は目を合わせると一度だけ深い頷きをくれると、それぞれが最大出力の大技を繰り出す。
「黄泉姫……もっと早くに出会いたかったね! いくよっホーリーブリザード!!」
「罪を悔やんで、安らかに眠りなさい、黄泉姫! 押忍気功波ぁぁぁ!!」
「いくぞ、愛姫子ちゃん! 勇智剛徳! アシガル照射!」
アシガルと一体化した愛姫子は最後に黄泉姫に向かって叫んだ。
「これで終わりよ、黄泉姫! あの世でしっかり罪を清算しなさい! そんでもって生まれ変わったらもう間違いなんて起こすんじゃないわよっ! メテオスラッシュ・クロス」
三つの光はまたたく間に黄泉姫を包み、力なく宙に浮く形となった黄泉姫は走馬灯のように、一人で数千年も数万年も深淵なる地で過ごしてきたことを思い返していた。
世界の覇権を手に入れるほどの強大な力など持ってしまったばかりに、いつの間にか他を憎み蔑み、虐げることしか考えないようになっていた自分に、いったい何を感じていたのだろうか。
つづく




