決戦編13 シンガン、絶命す。
再生不可能なキズを負ったことを一番よく理解していたのは他でもないシンガン自らであり、まるで走馬灯のように昔の事を思い出していた。
そして昔からの仲間であったオモチと狼王は我を忘れてシンガンの元へと駆けた。
「!? 幻狼剣が勝手に?」
「スズキ、すまぬな。昔馴染みに最後の別れを言わせてくれ」
それを聞いた愛姫子は唇をキュッと結ぶと無言で頷き、オモチと狼王は寄り添うようにアシガルに抱かれるシンガンを囲んだ。
「シンガン……」
「シンガンよ……」
――――――――――――
「おい、シンガン! シ・ン・ガ・ンてばよぉ!」
「!? んん?! なんだカラケル」
「ダメだこりゃ! お前なぁ、いっつもそうやっていろんな事を深く考え過ぎだっつーのぉ! ナハハ」
勇者・カラケルはそう言いながら側に座るオモチと香箱座りする狼王へとその笑顔を振り撒いた。
「確かに……シンガンはいつも一人で悩み過ぎだ」
「そうじゃのぉ。我等がパーティーのブレインではあるが、ちとお堅いのが玉に瑕かもしれぬな!」
『ハハハハハハ!!!』
「お、俺はなぁいつも最速で要領よく事が運ぶように思案しているだけだ! お前こそ少しは頭を使って旅をしろ!」
「あんだと!? おーい、スズキ! サトウ!! お前らもこの頭でっかちに一言言ってやれよ」
カラケルらが向けた視線の先にはこの世の者とは思えぬほどに美しく、凛とした女性二人が川のせせらぎに耳を傾け、透き通る脚を川に投げ入れて涼をとっていたか。
「シンガンあってのカラケルパーティー。悩み多きはリーダーの責任かと……」
「だね。だけどあんまり考え過ぎると禿げるわよ? シンガン」
「なな、俺のせいかよ! ブハハ! 禿げるってよ、シンガン!」
「……。俺は今後の行く先を考えていたのだ! 貴様も少しは考えたらどうだ!」
胡座をかいて草を鼻と口先で挟んだカラケルは、真っ青な空を見上げると唸ったが、それも一瞬であった。
「まぁなんとかなるだろ! なぁ? 一度しかない人生、楽しくやろうぜ!!」
何とも呑気な返答を少しの不安もなく言ってのけたカラケルを見ると、オモチも狼王も、そしてスズキもサトウもシンガンでさえも何故か悩みや不安など吹き飛んだかのように晴れ晴れとした気分となり、心地よい風と夏草の匂いが仄かに薫る草原に寝そべった。
「竜王が死んでたとはなぁ……最強の竜の力を是非とも借りたいところだったけど、しゃーないよな! どれ、竜王さんの墓参りでもして、とりあえずまだ行ったことのない大陸にでも渡るとすっか!」
独り言を述べ終わると立ち上がるカラケル。
そんな安直なカラケルを窘めようとシンガンも立ち上がったが、先ほどまでの真っ青な空に突然燃え盛る炎が発生し、みるみるうちに巨大な竜へと変化していった。
それを見たカラケルはニタリと笑うとパーティー全員の顔を順繰りと見渡すと得意気にこう言った。
「なっ! 俺の言った通りだろ!? 竜王の魂はどうやら俺達に味方してくれるみたいだぜ!」
その後、竜王の神器を手に入れたパーティーは魔軍を圧倒し去り、魔王ジクイルもろとも魔軍の封印に成功するのであった。
――――――――――――
そんな昔のことを思い返していたシンガンは死を目前にしてどうしても笑わずにはいられなかった。
いや、最後までカラケルの言った通りに楽しく生きようと思ったのかもしれない。
「だ、大丈夫かよ? おい!」
「グフフ。そういえばお前のその喋り方もカラケルとよう似ておるわ……やはり子孫であるなぁ……クフフ」
「な、なんだよ急に! ついに頭がおかしくなったんだな!?」
ポカッ
「いったいなぁ! こんな状況でもそれかよ! ったく……」
「カラケルよ、お前の言う通りだ……オモチ、狼王。これまですまなかったな。アシガル、信念を持って楽しく生きるのだぞ……そのためにも……」
シンガンはそこまで言うとぐったりとし、虚ろな目を深く閉じていく。
アシガルは我慢してわざと冗談混じりで会話していたが、本当はシンガンなくして今の自分があるとは思ってもおらず、これからもまだまだシンガンに導いてもらいたかったのだ。
「お、おい! シンガン!? 嘘だろ? おい!! おいってばよぉぉぉ!!!」
安らかな笑みを浮かべながら刻の賢者・シンガン、ここに絶命す。
342年も前から勇者カラケルの懐刀としてパーティーを牽引し続けた男は、己の人生を賭けて戦友であり心の許し合えた存在との約束を果たそうと己を腕輪に変化させ、現代に甦る。
アシガルパーティーを導くその様は、尊大にして高飛車であったが、いつも心に秘める闘志と溢れんばかりの真心にどれだけパーティーが助けられ、希望を持ったであろう。
アシガルに遺言のように何度も繰り返し伝えた言葉。
それは勇智剛徳と人生を楽しむことですったか。
「シンガーーーン!」
アシガルの慟哭にパーティーメンバーはただ事ではないと瞬時に気付いた。
愛姫子と美菓子の波状攻撃の合間に強烈な押忍気功波をおみまいした氷雨はくるくると後方へと回転しつつも、アシガルとシンガンがらいる位置を確認し、舞い戻った。
シンガン落命。
まさかこの旅の終着地でパーティーの誰かが命を落とすなどと露ほども思ってはいなかった愛姫子は、その事実を信じきれぬまま、ただひたすらに攻撃を続け、美菓子はその事実を知った途端、力なく大地へと崩れ、泣きじゃくった。
「嘘だろ?! 冗談だろ……お前がいなきゃ俺はダメなんだよぉぉぉぉー!!!」
シンガンの亡骸を強く抱き締め、天高く叫んだアシガルはこれまでにない性質の溢れんばかりのオーラを発動していくのであった。
(チッ、五明めしくじったか! しかしこの者達を導いてきていた賢者は死んだか。ならば一気に蹴散らすとするか)
そんな事を考えていた黄泉姫は目映い閃光を放つアシガルを見ると急にその冷徹の瞳をギョロりとさせ、唯一邪魔になり得る存在であるアシガルに強烈な悪寒のようなものを感じていくのであった。
つづく




