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蓮華 代宗伝奇  作者: 大畑柚僖
1/2

なし

開元14年10月 唐の皇帝玄宗は汝州の温泉に逗留していた。もう10日近くになる。昨年は封禅もした。この温泉は祖父高宗もよく訪れたので設備もととのっている。ただ祖父は文武百官を連れてくることはなかったので 少し手狭だ。毎日湯につかり 酒を飲み 女子と楽しくすごす皇帝を見れば唐の世は安泰に見えるだろう。長安には多くの異人が訪れてにぎわっている。だが北方ではいつなにがおこるかわからない。祖母の武周時代 朕の10才すぎの頃 契丹が背いた時 兵が足らず各地の罪人とか官吏や庶民の家奴まで同員して撃退したのだ。兵が足らないのだ。均田制の租庸調に組み込まれている府兵制が機能しなくなっていたのだ。

その年のうちに農民を募り報酬をあたえ契丹を討伐させた ほっとした 契丹は唐の統治する部族である 630年太宗は東突厥を破った この時、東突厥に従属していた西北の部族の君長たちが 太宗に天可汗の称号を献上したのだ。唐はかつての中国の王朝が侵入を畏れ築いた万里の長城を必要としない帝国なのである。契丹に侵入を許すなんて 太宗皇帝があの世で怒っりいることだろう。

玄宗は思いだし笑いをした

高力士が含みのある表情をして声をかけた。

洛陽から早馬がまいりました。声をおとしてくださいませ。

いったいなにがあったのだ。

おもむろに封書を開いた玄宗はその場に立ちあがった。

帰る。今すぐだ。

今お帰りになられても お会いになれるのは3日後でございます。

分かっている。やらなければならない事がある。そして 考えなければならない事も。こんな所でのんびりとしてはいられない。生まれることは皆に伝えなさい。わかっているだろうが、あとは一切口外しないように。知られたら命を狙う者が現れるかもしれない。

玄宗は欠伸をしてから、声をおおきくしていった。やはり田舎はつまらんのう。刺激がなくていかん。さあ、今から帰るとしよう。そして、高力士を見てニャツと笑った。

少し離れた場所に瑁と伴に座って武恵妃のところにいった。玄宗は恵妃に立たなくていい。といって、瑁の肩に両手をおいた。

大きくなったな。

いくつになった。

父上は明日あたりじいさまになるそうだ。

瑁は叔父上になる。

13才か。そろそろ出閣を考えてもいい頃だな。

瑁をかわいがる様子に、喜びをむき出しにしていた武恵妃は下をむいた。離れたくないのだ。皇后になれなかった事がくやまれる。

廃皇后が世を去り1年になろうかという頃から、ことにつけて 空位ならば私めはいかがでしょうか。

幼い頃より宮中で育った私ならば、後宮を上手く治める事ができるかと思われます。などと、しつこくねだった。根負けした玄宗が朝廷にはかったところ、激しい反対にあったのである。

武后がなにをされたかお忘れになったのですか?

高宗様のお子たちや李宗室の方たちが殺されたのですよ。唐王朝が周王朝になったのですよ。武后の身内の者などとうてい認められません。

武恵妃の皇后柵立の話はそれで終わった。

あの時、皇后になれたら、瑁の出閣の話はでなかっであろう。嫡男として東宮に住む事になったであろう。いずれにしても、ちかい将来、皇宮を出なければならない。瑁を皇太子にしなければ。誰が見ても玄宗様は瑁を溺愛している。皇太子になるのは難しくないはず。

どなたですか?早馬などで連絡をよこしたのは。陛下にとっては初孫でも、すこし大げさではないでしょうか?

話をそらした。

忠王だ。はじめての子の事だから普通じゃないのだな。

玄宗は、早馬をしたてたのが忠王のようにいった。生まれてくる子に関心を持たれたくなかった。占い婆さんが手配したのだろう。あの者は、我ら五兄弟に賜った興慶宮に 水が湧きだし池となったの見て、この池には龍が住んでいます。この宮からいずれ天子がでるでしょう。と、予言したのだ。当時隆慶坊だった坊が朕の本名隆基の隆の字を避け、興慶宮となった。予言はあたったのである。早馬の封書にはなんの疑いも持っていない。だから警戒するのだ。

瑁は生まれた時から寧王叔父上の王府で育ったから王宮には愛着はないかな?寧王府が実家みたいなものだから。

武恵妃があわてて答えた。

何てことおっしゃるのですか。瑁は皇子です。王宮が実家です。

武恵妃は瑁を授かるまでに二人の男の子と一人の女の子を亡くしている。宮中は縁起が悪いのかも、と兄寧王に養育を頼んだのは玄宗である。武恵妃ははじめて自からの乳で育てたのである。無事に育って母のもとに帰ってきた大切な子なのだ。二人の宝物なのだ。

出閣の話は長安にかえってからだ。

馬車にご一緒してよろしいでしょうか?

今は瑁との時間をたのしめ。先に行く。

傍にたっていた高力士と車駕に向かった。

声をかけるな。と、乗りこんだ。

動きだした車駕のなかで玄宗はひざに両手をおき、眼をとじた。頭をたれ、心のなかで

神様、御先祖様、感謝します。いつも廟にお詣りするたびにお願いしました事をかなえてくださり、ありがとうございます。私も、42才になりました。武周朝の契丹の謀反の時、嫌な予感がしました。かつて考えられなかった、報酬を兵に支払うという募兵がおこなわれたからです。広い中国を守るには多くの兵が必要です。あれから、名をかえ様々な制度がつくられました。そして、今の宮城は募兵に守られています。いくらでも集められた報酬のいらない兵士は、逃戸や客戸となり戸籍の地におりません。私が即位した時、公主たちが何千戸もの封戸をもち、庶民に売官、売度をしていました。そして、封戸では水害ひでりにかかわらず規定の量を厳しく取り立てていました。払うためには、妻子を売るようにとのことです。逃げだすはずです。贋僧尼もやめさせ、封戸に対しても直接とりたてるのを止めさせました。いろいろ改善したつもりです。でも逃げるのです。兵のつとめがつらいのでしょう。多分、これからは募兵のみになるでしょう。均田制も府兵制ももう維持はできません。今の私には持ちこたえるのが精いっぱいです。北魏から始まったとされる均田制、人間は増えるのに土地は増えません。いつかくる筈だったのです。募兵たちに支払う報酬が国家収入の半分くらいになります。それでは国がなりたちません。収入を増やさなくてはなりません。国の主として唐の主として、税制度を

改めなければなりません。私の余命を考えると私には無理です。並の人間では無理でしょう。だから、いつもお願いしていたのです。優れた人物を、唐の主にふさわしい優れた人物を私の身内に授けてほしいと。

今日、お印を知ることができました。

ありがとうございます。成人できますよう守り、大切に育てます。感謝いたします。

玄宗はしばらくそのままで動かなかった。涙がでていた。この気持ちを忘れないようにしようと、気をひきしめた。


洛陽に着いたのは暗くなってからであった。

一服して、上陽宮に向かった。

いつもは暗い川が、門から入り口まで灯りがつけられているので、キラキラ輝やいている。

朕の心みたいだ。

人が時どき出入りしている。

高力士に見にいかせた。

生まれそうだ、生まれそうだ、といってから、大分たつそうです。

はじめての子だ。そんなものだろう。

心を落ち着かせようと、川をながめた。

あわただしく扉が開けられ、忠王がとびだしてきた。

父上、男の子です。

よかった。分かっていたが安心した。今生まれたのだな。朕を待ってくれたのだな。こんな時に言うのもなんだが、思いだしたのだ。乳はみずから与えてほしい。武恵妃の例もあるからな。

杏も自分の乳で育てたいと申しておりました。

杏きょう と聞くと、笑いに満ちていた玄宗の顔が歪んだ。きょうは凶と音が通じるからな。その名はどうにかならんか?朕はすかん。縁起の良い名に代えたらどうだ。

母親が付けてくれた名ですから、愛着があるようです。木に口、この口は実で、実のなった木、そこが良いそうです。

上手いこと言うのう。まあいい。今日はご苦労だった、と伝えておいてくれ。そなたはいいのう。どんな顔をしていた?

美しい子です。私の子と思えません。と、ニヤニヤした。

おじいさん似なのだな。まあ、三日後には会える。こんな所が皇帝の面倒なところだ。

美しい子か、当たり前だ。生まれながらの天子様、だ。ぶつぶつ言いながら去っていった。

陛下、お気をつけください。

高力士が小走りに近づき耳うちした。

宮城は、壁に耳ありの世界ですから、

さらに声を落として言った。

なぜ、忠王様におっしゃらなかったのですか?

今の忠王は浮かれている。うれしさのあまりにあらぬ事を口ばされては困る。

ごもっともです。


3日後、正午に近い頃、玄宗は上陽宮の一室に腰をかけていた。眼の前には床に厚い布団がしかれていた。布団は赤い絹の敷布に被われていた。

かたわらの高力士に声をかた。

すべて最上の物であろうな?

御意。

黄色のおくるみに包まれた赤子が連れてこられ、裸にされ布団の上に置かれた。

玄宗は椅子からはなれ、身をのりだして赤子に見いった。

赤子は両手を激しく動かしながら、覗きこむ玄宗を見た。そして、笑みを浮かべた。

おくるみを、 早く、

慣れない動作で赤子をくるみ、

裸ん坊で寒かったな。風邪をひいたら大変だ。と、言いながら抱きかかえた。

体をゆらしながら、

本当はもっと早く会いたかった。でも、裸ん坊になるのは分かっていた。だから、昼ちかくにしたのだ。そなたの父上も言っていたが男前だな。いい顔をしている。おチンチンを見ていなかったら、女子と間違えたかもしれん。

側にひかえていた母親に、

佳い子を生んでくれた。お手柄じゃ。褒美をとらせたいが、なにが良い。

陛下、私のような液廷宮出身の者に、いつも御心をかけていただき感謝しております。兄たちは牧場の仕事から離れ、おそまきながら学問にいそしんでおります。それだけでありがたい事だと思っております。

側にいた忠王が

父上、私の方からお願いがあります。長安に帰るまで、この上陽宮に置いていただけないでしょうか?この者は、わざと杏と言わず、周りに遠慮して同じ宮女だった者にさえ命令できないのです。また、この者が遠慮するのを知るとあつかましくなり、横柄な態度をとるのです。今は妃がおりますから王府も掃除がいきとどいていますが、あの宮女たちは言われなければしない、図々しい者たちなのです。帰れば、妃たちにもへりくだるでしょう。私は見てられないのです。

そちは、杏を大切にしているのだな。わかった。高力士、手配をたのむ。忠王、赤子はもう寝たようだ。この子は唐の宝だ。希望だ。祝福だ。名は祝にちなんで、俶としよう。大切に育ててくれたよ。

忠王、せっかくだ。久しぶりに一杯やろう。


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