4.悪夢2
4.悪夢2
革命軍軍師のパラカトも、レアル村での戦闘の日から、毎晩のように悪夢にうなされていた。夢の中では、まるでスローモーションのように、あの日の出来事が再現された。
****
高さ三十メートルの崖の上には、百人以上の男たちがいた。そのうちの多くは王国軍の兵士だったが、三分の一は村民だった。
まもなく崖の上にも炎が迫ってくるだろう。このままだと、全員が死を待つばかりである。
幸いなことに、この崖には、幅が二十センチほどだが、降りるための足場がある。体を安定させるために、崖に垂れ下がっている蔓や木の根をつかみ、王国軍兵士が慎重に崖から降り始めた。そして村民も、王国軍兵士の降りた後をつたって、崖を降り始めた。
パラカトは、王国軍兵士が崖を降りることは予想できた。だから、崖が見渡せる場所に遊撃隊を配置している。しかし、村民も崖を降りることは想定外だった。
全ては風向きが変わったためである。風向きさえ変わらなければ、森の炎は村へ飛び火することはなかった。村が炎で焼き尽くされることもなかった。
「崖を降りている村民が多数いるということは、あの二人では村民を止められなかったようだ…」
溜め息混じりにパラカトがつぶやいた。それと共に、アザムやイムジンのことが気になった。
(はたしてあの二人は無事だろうか?)
だが、パラカトには、落胆や二人の安否を確かめる余裕がなかった。王国軍が崖を降り終えたら、革命軍と対峙することになる。そうなれば火器の能力で勝負が決まる。
王国軍の自動小銃に対して、革命軍の銃は単発式だ。革命軍が弾を二発撃つ間に、王国軍は十発以上の弾丸を撃つだろう。
そうなると革命軍は全滅だ。
(王国軍が崖を降り終えるまでが勝負だ。覚悟を決めろ! 部下の命を守れ!)
パラカトは自分自身にうったえた。
そして、苦渋の決断をした。彼は崖を降りている王国軍の狙撃を決めたのだった。
「全員へ命令する。いまから狙撃を開始する。標的は崖を降りている王国軍だ」
パラカトの命令に遊撃隊は緊張をみなぎらせた。
「狙いを定めよ」
パラカトが号令する。そして勢いよく手を降り下げながら、「撃て!」と命じた。
しかし、遊撃手たちは、なかなか引き金を引かない。
「お前たち、どうして引金をひかないのだ」
パラカトが怒鳴った。
すると、身近にいた遊撃手が、おそるおそる、
「軍師殿、崖を降りているものの中には村人もいます。ここからでは王国軍兵士と村人との見分けがつきません」
と告げた。
「躊躇している余裕はない」
パラカトが間髪入れず言った。そして続けて、
「王国軍が崖を降りきったら、彼らの自動小銃が火を吹くぞ。そうなったら我々は全滅だ」
確かにそのとおりだった。自動小銃と旧式の単発銃とでは、性能があまりにも違う。
「おまえたち、妻や子供たちに会いたいだろう。愛するものを守りたいだろう。だったら引き金を引くのだ。さもないと、愛する者に二度と会うことができなくなる」
パラカトが躊躇している兵士の銃を取りあげ、射撃の構えをした。
「すべての非難は私が一人で受ける。お前たちは『無理やり命令された』と言えば良い」
そう言うや否や、銃の引き金をひいた。
銃声が鳴り響き、銃弾は崖を降りている男に命中した。と同時に、撃たれた男が崖から落下した。
遠くからでは、その男が村人だったのか王国軍の兵士だったのかは分からない。王国軍兵士の軍服も泥だらけのため、村人の服と区別がつきにくい。しかも、村の男たちは鋤や鍬を背負っている。その姿が、遠くからだと自動小銃を背負っているようにも見える。
パラカトは銃を遊撃手に返し、再び「撃て!」と命令した。
今度は躊躇することなく、遊撃手部隊が一斉に引き金をひいた。
大きな銃声が鳴り響き、銃弾は崖を降りている男たちに命中した。そして銃に撃たれたものは、全て崖から落下した。なかには銃に撃たれなくとも、驚きのあまり足を滑らせて崖から落下する者もいた。
「これでよい。これで愛する者を守ることができる」
まるで自分自身に語るように、パラカトがつぶやいた。
革命軍の一斉射撃は、その後も続いた。
崖を降りるものが一人もいなくなったとき、射撃の音が鳴りやんだ。
この村での戦闘は、革命軍の圧倒的な勝利として終わった。
その後、革命軍の遊撃隊は、崖下まで移動した。生存者の確認をするためだった。
崖の下には多くの遺体が横たわっていた。殆どの死体は、落下の衝撃で足の骨や頭が砕けていた。
大多数は王国軍兵士の遺体だが、村民の遺体も混ざっている。しかも、大人だけでなく、なかには赤ん坊や幼な子もいた。
おそらく親が抱えて崖から降りようとしたのだろう。そして銃声に驚き、足を滑らしたようだ。
あまりのむごさに、若い兵士たちは、勝利を素直に喜べなかった。中には嘔吐するものもいた。
結局、崖下に生存者は一人もいなかった。
「軍師殿、村民の遺体を埋葬したいのですが、許可を下さい」
遊撃手は、自分の行動に激しく後悔していた。
その遊撃手の発言に続くように、多くの遊撃手も遺体を埋葬する許可を求めた。
パラカトは、しばらく考え、
「今から村民の遺体を埋葬する」
そう宣言した。
遊撃部隊の全員で、村民の埋葬を始めた。皮肉なことに、村人が背負っていた鋤や鍬が、村人たちを埋葬する道具として用いられた。
村民の遺体を埋葬し終える頃には、いつの間にか一番星が輝いていた。
だが、炎は。まだ赤々と燃え続けていた。そして、村を全て焼き尽くそうとしていた。
戦争では綺麗ごとは通用しません。
戦争体験者の中には、戦争が終わった後でも忌まわしき悪夢にうなされる人が多数います。
次は白井玲子に、いよいよスラノバ国からの依頼が届きます。