2.悪夢1
2.悪夢1
レアル村での戦闘の日から、アザムは毎晩のように悪夢にうなされていた。いつもあの日の出来事が夢に現れ、そして、冷汗三斗の思いで目が覚める日々が続いていた。
今夜もまた、悪夢の内容が…、あの日の情景がありありと夢の中へ出現した。
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「軍師殿、命令どおり王国軍が駐留している森に火を放ちました」
「ご苦労。村への延焼は避けるように村側にある木々は切り倒したか?」
「はい。切り倒しました。村へ燃え移ることはありません」
「そうか」
連絡係アザムの返事を聞き、パラカトは安心すると、パソコンに向かって憲法草案の作成作業に戻った。
「軍師殿、何を作成されているのでしょうか?」
「この国の新しい憲法だよ。革命軍が政権をとった日には、これを発布する」
憲法と聞いて、アザムは興味をもった。
「どんな内容なのでしょうか?」
「そうだな。簡単に言えば、国民が主役となる憲法だよ。今は国王が全ての権限をもっているが、この憲法は違う。政治の代表者も裁判官も、国民の投票で決める」
「そ、それはまことに素晴らしいですね」
アザムは驚きのあまり、思わず息をのみ込んだ。なぜならば、この国には国民の権利が無かった。全ては国王とその親族が優位になる為の法律ばかりだった。
「それに、この憲法には、全ての国民は平等だと明記している。お金持ちも貧乏人も、この憲法のもとでは、同じ権利をもつようになるのだよ」
「まさに国民が幸せになる憲法ですね。この憲法が施行される日が待ち遠しいです」
アザムは、瞳を輝かせ、未来に希望をいだいた。
アザムはパラカトを尊敬していた。
パラカトは頭脳明晰であり、今までパラカトが作戦をたてた戦闘では必ず勝利している。武器の性能が劣る革命軍が王国軍と対等に戦えるのは、ひとえにパラカトの功績だとアザムは思っている。しかもパラカトは、いつも部下に親身に接してくれる。
部下が負傷すると、すぐに前線から離脱させ、入院の手配をする。そして、運悪く部下が戦死すると、人目も気にせず号泣する。そして、亡くなった部下の家族の生活が困窮しないように、自腹を切って援助している。
アザムは、そんなパラカトの優しさが好きだった。
そのとき突然、
「失礼します」の声と同時に、ドアが開き、もう一人の連絡係イムジンが、あわただしく入ってきた。
「軍師殿、風向きが急に南東の風に変わり、北西側に火が激しく燃え移っています。しかも飛び火により、村のあちこちで火災が発生しているようです」
イムジンが早口で伝えた。彼は村人が総出で消火につとめている様子も説明した。
「そんな馬鹿な、この時期に南東の風が吹くわけがない」
そういった直後に、
「しまった…。貿易風か…」
パラカトは溜め息混じりにつぶやいた。
この地方では、毎年十一月下旬になると、1日か2日だけ、風向きが変わる日がある。それが今日だった。
パラカトが小屋の外に出てみると、強烈な風にあおられた。強風に耐えながら遠方を見渡すと、炎が激しい勢いで森から村へと燃え広がっていた。
「このままでは、村人は風下へ向かって非難するだろう。だが、風下は死への道だ。きみたち二人は大急ぎで村へ向かい、風下へ村人が避難しないようにしてくれ。銃で脅しても構わない」
「了解しました」
アザムとイムジンの二人は、返事をすると直ちに村へ向かった。
二人の後姿を見送りながら、
「たのむ。間に合ってくれ」
奇跡でも祈るように、パラカトがつぶやいた。
だが、パラカトの願いをあざ笑うかのように、風はますます強く吹き続けた。
パラカトのたてた戦術は、元々、村の東側にある森に駐留している王国軍を、炎で北側の崖の上に追いたてる作戦だった。そのために、王国軍を囲むように火を放った。
王国軍の装甲車は銃弾を通さない。だが、熱は通す。しかも、森の中で装甲車は身動きがとれない。王国軍は装甲車を捨て、炎を避けるように崖のある方向へ逃げた。ここまではパラカトの計画どおりだった。だが、風向きが変わった。これはパラカトの想定外だった。
このままでは村人も崖の上に避難するだろう。パラカトは、それだけは避けたかった。
アザムとイムジンが村に着いたとき、既に村人は避難を始めていた。
村長が村人にいった。
「皆のもの、避難するのじゃ。男たちは鋤や鍬を持ち、女たちは種籾を持って逃げよ。畑道具と種籾さえあれば、村は必ず復興できる」
それが村長の考えだった。
男は鋤や鍬を背負い、女は種もみを背負って風下の方向へと逃げた。
その逃げ道の途中で、アザムとイムジンが両手を広げて、道をふさいだ。
「この道は危険だ。南の方へ逃げよ」
大きな声がこだました。
二人が逃げ道をふさいだため、辺りは人だかりができ、村民は怒りをあらわにした。
「馬鹿いえ。南の方角は既に火がおおいつくそうとしているじゃないか。それに逃げても南側は山の急斜面だ。避難所をつくる場所が無い。この道が最も炎が少ないし、道の先には避難所として利用できる場所もある」
「だめだ。この道は風下だ。今はまだ燃えていないが、この風で炎があっという間に燃え移る。そうなると、全員が焼け死ぬ」
炎を指さしながら、すかさずアザムが説明した。
確かに風が強くなった。木の枝が激しく揺れている。道の先まで炎が迫る可能性は十分ある。
アザムの説明を村人は理解した。だが、まだ納得はしていない。
「それじゃあ俺たちに、火傷を覚悟して南へ逃げろといっているのか?」
「そうた。火傷で済むならば安いものだ。命は失わずに済む」
アザムの気迫に村人は圧倒された。
「早く南の方角に逃げろ!」
アザムの命令で、集まった村人の何人かは南の方へ向かった。
そのとき、
「わかった。それじゃあ俺は、先に避難した人たちに引き返すよう伝えてくる」
そういって一人の若者がアザムたちを越えて行こうとした。
だが、アザムは通そうとしない。
「だめだ。この道はもう通れない。通ったらもう戻って来ることができない。この道は死への道だ」
アザムが大声で説明すると、両手を広げて村人の行く手を遮った。
だが、若者には、アザムの言った意味が理解できない。
「そんなことない。すぐに戻ってくる。先に避難した親父たちに伝えてくるだけだ」
若者は、アザムたちを押し退けて通ろうとした。
「だめだ、この道は、もう通行禁止だ」
アザムは、強引に通ろうとしている若者を、押し戻そうとした。だが若者の力のほうが強い。アザムたちは少しずつ押され始めた。
体力では叶わないと判断したイムジンが、銃を空に向けて発砲した。
『ダーン』
大きな銃声だった。
周りが一瞬で静かになった。
すかさずイムジンが銃に弾を込める。
イムジンの行動に、村人は驚いた。
「どうして…この道を通そうとしないのか?」
沈黙を破るように若者が尋ねた。
「通れば…お前が死ぬことになる…」
説明が苦手なイムジンが、やっとのことで口を開いた。
イムジンがいった意味を、若者はなんとなく理解した。それと同時に、最初から腑に落ちないことがあったが、それを改めて感じた。
「そもそも、お前たち革命軍が、なぜ、この村にいるのだ?」
若者が腑に落ちなかったことは、『なぜ革命軍がこの村にいるのか。なぜ森が火事になったのか』の二点である。
若者の疑問に、ようやく村人たちも、アザムとイムジンに胡散臭さを感じ始めた。
アザムもイムジンも、若者の質問に答えられない。
アザムたちが沈黙を続けたため、若者の予想は、だんだん確信へと変わっていった。
「もしかして…、お前たちが森に火を放ったのか?」
若者がさらに尋ねた。
またもや、アザムたちは、答えることができない。そして、その沈黙は、火を放ったのは自分たちだと語っているようにも聞こえる。
その沈黙の意味に、村人も気づいた。そして、村人の怒りが爆発した。
若者が、いきなりアザムの襟首をつかんだ。
「お前たちが火を放ったのだな!」
まさに、若者がアザムに殴りかかろうとしたとき、
『ダーン』
再び銃声が鳴り響いた。
またもや、周りが一瞬で静かになった。
すると、今度は、若者が自分の腹に手を当てた。その掌を見て、若者が驚いている。
なんと、掌が真っ赤に染まっていた。そして、腹からは、おびただしい血が流れている。
若者は、口をパクパクさせ、何かを言おうとしている。だが、聞き取れない。
やがて、若者は、崩れ落ちるように倒れた。
イムジンは、銃をわなわなと震わせている。自分で発砲したことが信じられないかのように、怯えた表情をしていた。
それでもイムジンは、すかさず銃に弾を込めた。
そして、わめくように叫んだ。
「頼むから…、南へ逃げてくれ!」
すかさず近くにいた村人が、倒れた若者を抱き起した。だが、若者は力尽き、口を動かすことすらできなくなった。
アザムは、この状況になってしまったことを後悔した。そして、絶望を感じた。
(俺たちは、国民の平等を望み、国民を幸せにするために、革命軍に入隊した。だが、今、俺たちがやっていることは、まさに村民を不幸にしている。俺たちは、村を燃やし、罪もない村人を撃った)
そして、アザムは、この運命を呪った。
(俺たちは正義の味方のはずだった。だが、いつ悪魔に変わったのだろうか?)
アザムの頭の中で、先ほどパラカト軍師にいった言葉が、走馬灯のように思い出された。
『まさに国民が幸せになる憲法ですね。この憲法が施行される日が待ち遠しいです…』
彼の頭の中が真っ白になった。
(軍師、我々は、本当に国民を幸せにできるのでしょうか?)
アザムの思いをあざ笑うかのように、強風と共に炎が迫ってきた。
多くの村人が一斉に、アザムとイムジンに襲いかかった。
アザムとイムジンが良かれとしたことが、結果的にみんなを不幸にしてしまいます。
戦争とはいつの時代もそんなものです。
次回は白井玲子とマリアが奇跡を起こします。