プロローグ
プロローグ
村のあちこちから灰色の煙が立ち上っていた。
風の勢いを活力として、紅蓮の炎が激しく踊っている。
風はますます激しさを増し、炎を風下へ風下へと飛ばしてゆく。
そんななか、村人は懸命に家屋へ燃え移った炎を消そうと尽力する。生まれ育った家を守るために、自分たちの財産を守るために…。だが、飲み水にすら事欠く村だった。近くの水場までは二キロほど離れている。消火のために水を汲みに行く距離ではなかった。仮に走っていったとしても、戻ってくる頃には村は全焼しているだろう。
多くの村人が棒や濡れた布切れで炎を叩き、懸命に火を消そうとしていた。だが、それは冷静なものが見ると、すぐに無駄な努力だと分かる行為だった。
しかし、その行為を誰が笑えようか。長年住んできた家が戦争のために灰となる。自分たちのせいではなく、国のせいで、腐敗した政治のせいで発生した内戦だった。
誰が納得できようか。
いや、誰も納得できやしない。
やがて、炎を叩いていた布が渇き、布にも火が燃え移った。
ようやく村人は、自分達の無力さを認めた。
皆が炎から逃げまとう。
だが、いつの間にか周囲は炎に囲まれてしまっていた。
いや、正確には一ヶ所だけ炎が塞いでいない場所がある。
だが、その場所は、革命軍の軍師パラカトが、あらかじめ用意した道だった。
そして、その道こそが、もっとも危険な場所だった。
村人が一目散に走った。炎に囲まれていない唯一の道を。死への道を。
たどり着いた先は崖の頂上だった。落差三十メートルの切り立った崖である。風も激しく吹きつけており、足場を誤れば落下する危険な崖だった。
そしてここには、既に王国軍の兵士たちがいた。彼らは、村の東側にある森からやってきた。東側の森は炎が渦巻いている。彼らも炎から逃がれてきたようだ。いや、正確に言えば、パラカト軍師の戦術に導かれてこの崖に逃れてきたのである。
パラカト軍師の誤算は、急に風向きが変わり、東側の森の炎が飛び火となり、村に燃え移ったことだった。パラカトは無関係の村民を戦闘に巻き込みたくなかった。だが、結果として巻き込んでしまった。
まもなく、この場所にも炎が迫って来るだろう。生き延びるためには崖を降りるしかなかった。幸い、この崖には、幅が二十センチほどだが、降りるための足場があった。
やがて、村人も王国軍兵士も、崖に垂れ下がっている蔓や木の根を支えとして、慎重に崖を降り始めた。少しでも足を滑らせると、奈落の底に落ちてしまう。それでなくとも、崖には強い風が吹きつけている。風の影響で重心がずれると、それだけでも落下の可能性があった。
全員が崖にへばりつきながら、慎重に少しずつ移動した。
足を踏み外す失態は死を意味する。だから全員が慎重にゆっくり、ゆっくりと崖を降りていった。
全体の七割が崖にへばりついたとき、突然、銃声が響いた。革命軍の単発銃の銃声だった。と同時に、一番下にいた王国軍兵士が血を流し、崖から落下した。
それから銃声は継続的に鳴り響いた。そのたびに王国軍兵士が崖から落下した。
だが、革命軍兵士の照準は、正確ではなかった。落下するものなかには村人もいた。彼らにも銃弾が命中していた。
無理もない。王国軍兵士の軍服は泥だらけで、遠くからだと村人の服と区別がつきにくい。
そして、銃弾に当たらなくても、驚きのあまり岩肌から足を滑らすものや、手を離すものがいた。
断続的な銃声がとぎれたとき、崖の下には百人ほどの死体が転がっていた。
そのうちの三分の一は、村人だった。
スラノバ歴303年11月にスノラバ王国のレアル村で起ったこの出来事は、瞬く間に国中に知れ渡った。
今回は、過去の忌まわしき戦闘の様子でした。
次回は、いよいよ主人公である白井玲子の登場です。