第2話 「力」
暗闇の中で一瞬浮遊感を感じた直後、俺は地面に足を付けて立っていた。
辺りを見回すといつもの空間が広がっている。
1平方キロメートル程の広い空間で空には疑似太陽、地面は魔法で創られた土で出来ており、俺のすぐ横には井戸付きの簡素な小屋が建っている。ちなみに自作だ。
小屋の近くには椅子とテーブルが置いてあり、他には果樹の木が3本。家庭菜園程度の規模だが畑もある。
ここは魔法で作られた空間であり、俺は『シェルター』と呼んでいる。
元々は『収納』の魔法だったが、魔改造を続け、今の『シェルター』の魔法になった。『収納』の面影はほとんどない。
ひとまず荷物を下ろし、小屋の中から自作の魔獣図鑑を持ってくる。この図鑑はギルドの資料室にあった図鑑を写し取ったものだ。
ワイルドベアのページを見ながら荷物を仕分ける。
「肝と心臓、睾丸は薬になる、竿はいらんか……胃と肺は食える…が処理が面倒だな、他の臓器は…と」
薬効のある部分、食べる部分、捨てる部分と分けていく。
最終的には薬効のある内臓と、肉30キロを残し、残りを素材としてギルドに売ることにした。
自分用の肉は干し肉にするため、1センチ厚に切り塩をまぶして風通しの良い場所に干しておく。
肝と心臓と睾丸も乾燥させて使うため、こちらは塩は振らず同じように干す。
ワイルドベアの処理を終え、納品分の薬草と売却する素材を荷物にまとめたところで腹が鳴る。かれこれ10時間は何も食べていない。
「…街に行く前に腹ごしらえしとくか」
足の速いものは処理が終わっているし、残りは売るものだけだ。ちょうどよく新鮮な食材があるなら食べない理由はない。小屋に向かいながら、干したばかりの肉を3枚持っていく。
かまどに炭を追加し魔道具で火をつけておく。肉と野菜を一人分用意し、鍋に井戸から水を汲む。
水の入った鍋を火に掛け、軽く炙った肉と野菜を入れる。そのまま火が通るのを待つ。
鍋の水が沸騰したタイミングで、残りの肉に塩を追加で振り、串を入れ、鍋の横で焼き始める。
たまに鍋の灰汁をとりながら、じっくりと肉を焼いていく。肉の表面に脂が浮き、それがジュウジュウと音を立てる。赤みを帯びていた肉が色を変え、徐々に焦げ目がついてくる。
小屋の中に肉の焼けるいい匂いが広がる。催促するように腹が鳴り、口の中には勝手に唾液が溢れる。ちょっとは我慢しなさい。
滴る脂が炭に当たり、赤い光と共に弾ける。肉の焼き加減を見ながら、鍋に自家製コンソメもどきを適量入れ溶かす。味見しながら塩を足し、スープは完成だ。木の器にスープを移す。
肉に辛みを追加する香草を適量振りかけそのまま火をくぐらせる。この草は火に反応して辛みを移す。草が炭になるまで直火で炙り、こっちも完成だ。
そのまま2本の串とスープを持って外に出る。テーブルにスープを置き、串はいつものようにテーブルの穴に差し込む。そして、椅子に座って手を合わせる。
「…いただきます」
食事の挨拶をし、もう待ちきれない、というように串肉を手に取る。所々黒い焦げ目の付いた肉は、熱々を主張するようにジュウジュウと音を立て、良い香りを立ち昇らせている。我慢できず、そのままガブリと噛み千切る。
「あっふぁ!」
火傷するんじゃないかというほどに熱い肉が口の中で踊る。はふはふ言いながら肉を噛み締めるとジュワと脂が染み出す。
強めに効いた塩とピリリとする香草の辛味、野性味溢れる肉の味が口の中で混ざり合い、さらに食欲を掻き立てる。
「…美味い」
一口目を飲み込んだ後、思わず口から零れだす。
「美味い……が、米とビールが欲しくなるな、これ」
一先ず串をテーブルに戻し、スープを手に取る。湯気と一緒にスープの香りが顔に広がる。器に口を付けコクリと飲む。
「あぁ……こっちも美味い」
あの短時間でもしっかりと肉の味がスープに染み出し、コンソメとのハーモニーを奏でる。中に入っている野菜も歯ごたえを残したままちゃんと火が通っており、噛むたびに野菜の自然な甘さが口に広がる。
スープに入っている肉は柔らかく、歯を立てると簡単にプツリと噛み切れ、焼いた肉とは違った歯ごたえを楽しめる。もちろんスープに肉の旨味が染み出しているが、その程度で無くなるような柔な旨味ではない。噛めば噛むほど、どこにそれだけ隠れていたのかと言うほど旨味が溢れる。
そこからは無心で食べた。肉肉野菜肉スープ肉肉スープ野菜と心のままに貪る。美味い、美味すぎる!たまに右手が果て無き理想郷を求めて彷徨うが条件反射みたいなものだ。何も問題はない。
そして…
「…………ごちそうさまでした」
スープの最後の一滴まで飲み干し、手を合わせる。
もちろん、テーブルの上の料理は完食だ。
「美味かった…」
口から言葉が勝手零れ出す。心からの言葉だ。
背もたれに寄りかかり視線を巡らせる。
青い空(偽物)、白い太陽(偽物)、解放感のある外(これも偽物)で食べる食事のなんと美味いことか。ソロというのが少し寂しいかもしれないが、逆に一人で思うがままに貪るのもそれはそれで乙なものだ。
美味いものを腹いっぱい食べられる。これも幸せなのだろう。
満腹すぎてちょっと働く気がしないため、食後のハーブ茶を飲みながらテーブルで1時間ほど食休み兼、読書をすることにした。小屋の中から数日前に買った本を引っ張り出し、テーブルで読み始める。
タイトルは『今度はゴブリンでも出来た調合術の基本』。
隠れた人気を誇る出来たシリーズ、『ハーピーでも出来た魔法創造』『コボルトでも出来た鍛冶の基本』『ゴブリンでは出来なかった調合術』に続くシリーズ4作目だ。3作目で既に出来てないじゃないかと突っ込まれたが特に問題になっていない。
このシリーズは実際に表題通りのことを行い結果が出たものを販売している。ハーピーは魔法を創造できたし、実際にコボルト印の武具が店に並んだこともある。つまり、この本を活用して出来なければ表題に載っている種族よりも理解度がないという結果になる。
『サルでも解る』とかいうふざけた煽りよりもよっぽど信頼性が高い。お前本当にこれでサルが理解出来たのかよ?
俺の魔法に関する知識の9割は『ハピたま』で得た。残念ながら鍛冶は優先順位が低めなので『コボたか』は持っていない。
調合に関して、最初は『ゴブなかった』で覚えようと思っていたんだが思った以上に難解だった。勘違いしていたが、案外ゴブリンは馬鹿ではない。学習するという環境がないだけなのだ。つまり人間はゴブリンより頭が悪い可能性がある。辛い。
なので今読んでいる『ゴブたち』は俺が首を長くして待っていた本なのである。
「さすがに基本的な道具は必要だった。我々は少々ゴブリンを過大評価していたかもしれない。なので今回は道具を揃えた上で、基礎の基礎から始めていこう」という書き出しで丁寧に進んでいく。最初のこの煽りのせいなのか、ゴブリンが男に殴りかかるコミカルな絵が表紙になっている。
『ゴブなかった』はいきなり「遭難した時に魔法薬が必要になった場合」からスタートしたことを考えると、難易度はめちゃめちゃ下がっている。そらゴブリンでも出来ないわ。
軽く読み進めていくと、早速最初の方に俺の目当てである回復薬の調合が載っていた。
必要なものは、薬草、きれいな水(魔水であればなおよし)、器、すりこぎ、容器。
薬草は採ってきたし、水に関しては井戸がある。器とすりこぎは街で見てみて安ければ買おう。容器は木の容器がいくつか残っているからそれを再利用する。ガラスの容器は高いし割れやすいから今回は無しだ。
必要な道具や調合手順などを記憶しながら『ゴブたち』を読み進めていく。回復薬・毒薬、麻痺薬とその解毒薬・魔法薬など、下級ではあるが様々な薬について載っている。5分の1ほど読み終えた辺りでいい感じに腹がこなれてきたので、読書は切り上げることにする。
残ったハーブ茶を飲み干し、本には栞を挟んでテーブルに置いておく。
これからの予定を考えながら荷物に向かい…
「っと、忘れてた」
荷物に向かっていた足を止め、踵を返し、井戸に向かう。
『シェルター』の設定を変更し、井戸水を魔水に変える。桶で魔水を汲みたっぷりと果樹と野菜にかける。
直接降らせることもできるが、今日は筋トレを増やそうと思い立った日だ。こういう積み重ねも大事だろう。10往復程度だが、このズシリと来る重さを感じるになかなか悪くないと思う。夕飯の彩りのためを思えば苦にもならない。
程よい疲れを感じながら水やりが終わった。井戸の設定を魔水から水に戻し、そろそろ街に出発することにする。
やり残しが無いことを確認し、今度こそ荷物を背負う。半分以下まで減らしたのでよろけることはなさそうだ。
『探知』でマーカー周辺に人がいないことを確認し『シェルター』から出るように念じると、軽い浮遊感と共に視界が暗転した。
◆
俺は非常に便利な能力を二つ持っている。正直チート級と言っても過言ではないが、制限やデメリットが多いことから準チート級かそれ以下程度には落ちる能力かもしれない。
一つは先ほど利用していた『シェルター』の魔法。そしてもう一つは『契約』だ。『シェルター』の利便性から分かる通り、俺は純特化魔法師であり、魔法に関しては『シェルター』しか使えない。よって、『契約』は魔法ではないことは分かると思う。習得した順序は『契約』が先なのでまずはそちらを説明しよう。自分語りになるが、少しの間付き合ってほしい。
首都から離れた名も無き小さな村、その中でもごく普通の農家の一つで俺は産声を上げた。生まれたばかりの頃の記憶など残っていないが、今世の最初の記憶が笑顔の両親にあやされていることから考えると、俺が愛されて生まれてきたことに疑いはない。
幸いにも、近所の仲も良く(小さな村だから協力しないと生きていけない)、少なくはあったが同年代の子供もいたおかげで、よく遊び、よく寝るといった子供らしい生活を送ることが出来た。
そんな中、スクスクと健康的に育っていった俺だったが、転換期は俺が生まれて5年程経ったある日のことだった。これまで病気一つしなかった俺が、ある日突然、唐突にぶっ倒れたのだ。朦朧とする意識の中、周りの大人や子供が慌てて駆け寄ってきたのを最後に俺の意識は途絶えた。
そこからの記憶はこれまで以上にはっきりしない。常に夢の中にいるかのように朦朧とした意識の中で、覚醒しては気絶するように意識を失うことを繰り返したのだろう。身体は熱く、自力で動くことすらできない日が続いた。不思議と痛みがないことが救いだった。
子供心に自分はこのまま死んでしまうのではないかと不安にも思ったが、意識が戻った時は必ず両親のどちらかが側にいて、泣きそうな顔で看病してくれている姿を見ると不安を表に出すのが躊躇われた。
そんな日々が10日、20日と続き、最終的にははっきりとしないが50日は経っていないくらいだろう。そのタイミングでそれは起きた。
相変わらず朦朧とした意識の中で周囲が慌ただしいことに気付いた。家の外では怒号のような声が響き、家の中でも両親がバタバタと忙しなく動いている。食料を中心に生活に必要なものをまとめているところを見るに荷造りだろう。
その作業が終わったのだろう。積まれた荷物を前に両親が口論を始めた。と言っても泣きながら訴える母を辛そうに諫める父という図だ。そして、時折俺の方を見ることから、おおよそのことは悟ってしまった。
たぶん、何か問題が起こったため俺をどうするかという話なのだろう。村全体の慌ただしさから時間もなさそうだ。
久しく出していないため声が出るか不安だったが、何とか喉を震わせ両親を呼ぶ。息が漏れるような掠れ声しか出なかったが気付いてくれたのだろう。両親が近くに来てくれた。これが最後になるだろう二人の顔をよく見る。母は泣いていたのだろう目を赤くし、父は厳しい顔をしていた。最後の顔が笑顔でなかったことを残念に思いながら、努めて笑顔を作り自分を置いていってほしい旨を伝える。
母もわかっていたのだろう。これからの生活に動けない幼子を連れていくということがどういうことかを。最良の結果を引いたとしても一家心中が関の山だろう。住み慣れた家を少しの荷物で出ていくのだ。重荷は少ない方がいい。
泣いて謝りながら俺を抱きしめる母、唇を噛み締め、喉を震わせ謝りながら母ごと力強く抱きしめる父。
どれだけ力を込めても動かず、抱きしめ返すことのできない身体が悲しかった。
目を赤くした父が布に包まった俺を抱き上げ、食料を保存するための床下収納に入れる。広いスペースではないが、5歳児が入る分には余裕がある程度の広さはあった。
そして、俺の横に持ちきれない分の食糧を収めていく。たぶん罪悪感を紛らわせるという理由もあったのだろう。母が必死に祈っている横で父が作業を進める。外では急かすように声が上がっている。
俺一人ならばひと月は持つであろう食糧を入れ終えた父は、最後にもう一度謝っていた。
それについて首を横に振り、別れの挨拶を済ませる。
二人の記憶に残る俺が笑顔であるように、努めて笑顔を保ちながら蓋を閉める両親を見る。
そして、蓋が隙間なく収まり、辺りが暗闇に包まれた。
我が家が最後だったのだろう。踏ん切りがつかなかった両親も、急かす声に観念し駆けていく。その二つの足音と、父の「畜生っ!」という叫びを最後に辺りは静かになった。
最後の最後まで両親には迷惑をかけてしまった。二人とも無事でいてくれればいいが、何が起こっているかも分からない俺だ。ただ祈ることしかできなかった。
両親が去って10分程経った時、ギリギリのところで意識を保っていた俺の耳が異音を捉える。それは複数の足音。そして、その音は次第に増えていく。さらには「ギャッギャッ!」という声まで聞こえてくる。その地鳴りのような音を背景に俺の意識は沈んでいった。
この時は知る由もなかったが、後で調べたところ魔物による大規模な暴走が起こったらしい。そして運の悪いことに俺のいた村はその通り道だった。
俺が意識を取り戻した時にはすべてが終わっていた。その万に届きそうなほどの暴走は村を根こそぎ壊しながら通り過ぎた。俺が見つからなかったのはただ運が良かっただけだろう。
残されたのは、壊し尽くされた村とひと月分の食糧、そして動くことが出来ない5歳児だけだった。
しかし、その絶望的な状況は暴走の翌日、目が覚めた時に上向きへと変わった。
小さな変化としては、身体が動くようになった。もちろん健康な頃のように自由には動かせなかったが、これに関しては単純に動かしていなかったからだろう。リハビリを続ければ元に戻る。
大きな変化として、今まで霞が掛かったように朦朧としていた意識がはっきりと覚醒したことが一つ。
そして、余分な知識と一緒に『契約』の力が手に入ったことが二つ目だ。
まずは『契約』という力について。『契約』という名前の通り、俺と相手の間で約束を取り決め、それを守らせることが出来る力だ。上手く活用できれば相手の行動をかなり縛ることが出来るだろう。但し相手を意のままに操ることなど出来ないし、無条件で結べるものではない。
概要を箇条書きしよう。
『魔』ではなく、体力的な何かを消費する。
意思のある相手であれば契約を結ぶことが出来る。
内容に関しては相手の価値観、自分の価値観、世界の価値観の3つを照らし合わせ、妥当であれば結ばれる。
契約の内容は絶対である。
魅了や洗脳など、俺の意識が正常で無い状態では『契約』を使うことは出来ない。
対象が死亡又はそれに準ずる状態になる、もしくは俺が『契約』を破棄した場合、『契約』は解除される。
契約満了時、相手の記憶から『契約』についての情報は消える。
大まかに分けると以上の7つになる。
体力の消費について補足すると、消費される体力はかなり多く、一度『契約』を使った場合、向こう3日は激しい運動が出来なくなる。日常生活を送る分には問題ないが、非常に疲れやすくなると言った方がいいかもしれない。しかも、どうやらこれは割合消費らしく、初めて使った5歳の頃と最近使った時で疲れ方に変化はなかった。
後は契約の内容についてだが、その場で完結させることが出来ない内容…例えば金貨1枚を対価に1週間後に俺を手伝う、といった契約を結んだとしよう。その場合に期日までの間に逃げられたりといった心配はない。どうも『契約』を結んだ瞬間に『契約』の内容に背く行動が取れなくなる…というか、取ろうとすら思えなくなるらしい。ある意味洗脳だ。なので裏切りの心配はない。
後は読んで字のごとくだろう。
契約後の強制力はすごいが、契約を強制することはできないので便利ではあるがぶっ壊れではないというのが俺の評価だ。
そしてもう一つ、『契約』にくっついてきた知識について。これに関しては有難さ9割、厄介さ1割と言ったところだ。
感覚としては知識の中にある『憑依』が一番近いかもしれない。元はこことは異なる世界の日本という国に生きていた人間だ。しかし普通の『憑依』と違い、自我や魂といったものが完全に消され、ただの知識と価値観の塊となり、それが俺の頭に刷り込まれた感じだ。なので俺は俺のままだし、意識を乗っ取られたということもない。しかし常識や価値観といったものがガラリと変わってしまったせいで今後苦労することになるとはこの時の俺には想像すらできなかった。
さらに、どうやらこの知識の刷り込みのせいで俺の身体が不具合を起こし、これまでの身体が動かせないという状況に陥ったことを考えると、あまりいい印象はない。
こうして、俺は知識と力を手に入れた。どうやって手に入れたのか……なぜ俺なのか…そんなことは今になっても分からないが、5歳児の俺が今まで生きて来れたのは間違いなくこの力のおかげだろう。
この後は廃墟になった村の中でもマシな家を拠点に、『契約』の検証を行ったり、知識を活用しながら今後のことを考えたりと中々に忙しい日々を過ごしていった。なお、『契約』の検証に付き合ってもらった果樹には今でも感謝している。
その中で、今後『契約』を活用してより良い人生を歩む方法を考えている時に一つピンときたものがあった。
それを話す前にこの世界の奴隷ついて説明しよう。
まず、この世界に奴隷は存在する。ここで上げたくらいだからそれは当たり前だろう。違う村の誰それが奴隷として売られていったという話を聞いたことがあるし、この村に労働力としての奴隷を売りに来た商人を見たこともある。それくらい、ある意味メジャーな存在と言ってもいいくらい馴染んでいる。
しかし実態としてはかなり悲惨だ。『奴隷とは道具である』という言葉がすべてを表していると言っても過言ではない。
奴隷に落ちた存在は、顔に奴隷紋という紋様を入れられる。この紋様は自由意志を封じるという効果を持っており、刻まれた人は自分の意思で動くことがほぼ出来なくなる。食事や排泄でさえ命令しなければ行えない、と言えばどれほどの制限か分かると思う。
昔はもう少し緩かったそうだが、世界中の奴隷が同時に反乱を起こした事件のせいで今のようになったらしい。当時奴隷を持っていた人の3割が殺された程の大きな事件で、それなりに手心を加えていた主人に対しても逆らったことから奴隷紋が不具合でも起こしたと考えられている。
まぁ手心と言っても最低限の食事は与えるというレベルだが…そもそも奴隷に対して優しい扱いをするという考えがこの世界には無い。俺にしてみれば反抗しない理由がないと思うがこの世界ではこれが普通なのだ。
そんなわけで、今の使い潰されるような奴隷が完成してしまったわけだが、命令されなければ日常生活でさえ送れない存在はかなり使いにくいだろう。そのせいか、鉱山や農場での単純な肉体労働、冒険者用の荷物持ち兼肉盾、観賞用(最大限オブラートに包んだ表現)に買われるのが主な用途だ。悪趣味なお偉いさんが武器の試し切りのために奴隷を買ったという話まである。
昔ならまだ自分を買い直すという手で奴隷から抜け出すことも出来たかもしれないが、今の奴隷の状態で金を稼ぐことなど出来るわけがなく、一度奴隷に落ちたら人生が終わってしまうというのがこの世界の共通認識だ。
だからこそ俺の『契約』が役に立つと考えた。現状の奴隷がここまでガチガチに縛られている理由は、奴隷の反抗を恐れての物だろう。そんなものは俺の『契約』で新たに縛ってしまえばいい。そうすれば顔の奴隷紋も消え、自分の意思で動くことのできる奴隷が完成する。そして、自分を買い直すという餌をぶら下げ馬車馬のように働かせるのだ。
これを思いついたときに、俺は自分のことを天才だと確信した。
そこからは『契約』の内容を詰めていった。
まずは値段設定だ。そのためにはこの世界の貨幣価値と、奴隷の価格を説明しなければならない。
貨幣に関しては簡単だ。銅貨、銀貨、金貨、白金貨の4つに分かれており、銅貨の価値は1枚約100円。100枚で上の貨幣に繰り上がる。銀貨は1万円、金貨は100万円、白金貨は1億円だ。普通に生活している分には金貨すら使う機会はほとんどないし、白金貨なんぞ見たこともない。ちなみに銅貨より下の貨幣はない。
銅貨以下の価値の物を売買する場合は、抱き合わせるのが基本だ。パンが100円、飲み物が50円ならば、飲み物2つで銅貨1枚、もしくはパンを3つ買うと飲み物1つサービスで銅貨3枚、みたいな感じだ。
そして奴隷についてだが、当たり前だがピンキリである。参考までに一番安い奴隷…労働力にならず、力もない子供、その中でも特に女児。それでさえ銀貨50枚程度の値段はする。これを安いと見るか高いと見るかは任せるが、これがこの世界における奴隷の価値である。
成人男性は金貨5枚以上で、獣人の血が混ざっている場合は2割程度値段が上がる。理由は獣人の方が力や体力が大きいこと。奴隷を買う目的の大半は労働力の確保だというのがよくわかる。
これらを踏まえた上で、まず返済額をどうするか考えた。当たり前だが一律同じ額にはしない。子供と大人で同じ額を稼げるわけがない。そこで参考になるのは奴隷の値段だ。それは奴隷本人そのものの価値であり、目安にするにはもってこいである。その上で大事なのは分かりやすいことと、手が届くという希望が持てることだ。
契約してしまえば洗脳紛いのことが出来るとは言っても、本人のモチベーションが上がった方がより稼ぐことができるだろう。
それらを考えた上での俺のベストは、ズバリ………倍額だ。
分かりやすさは抜群であり、幼女でさえ金貨1枚で自分を買い戻せるとなれば希望があるだろう。もちろん俺も銀貨50枚が金貨1枚に化けるならば万々歳だ。そして、その金貨1枚で奴隷を買い、それが金貨2枚になる。2枚が4枚、4枚が8枚と倍々に増えていく。100回も繰り返したらどうなってしまうのか。これはもう笑いが止まらんなぁ!
次は返済期間だ。もちろんこれも分かりやすく、希望が必要なのは変わりない。
引っ張る必要もないから結論から言うが、返済期間は2年とした。
この世界の暦は地球のそれとほとんど変わらない。30日で1ヵ月、12ヵ月で1年。年間の日数が5日少ない360日というのが唯一の違いだろう。
返済期間は2年、つまり720日だ。返済額を720で割り、日当たりの金額を毎日収めさせる。
先の幼女の場合、トータルの返済額は金貨1枚だ。それを2年間の720で割ると1日当たり銅貨13.8枚。繰り上げて14枚になる。簡単に返せるほどではないが希望はあるだろう。
そして、この2年の返済期間だが、1年経過以降であれば残りを一括で払う事が出来るというルールを加えた。正直2年は結構な長さだ。早く解放されたいと考える奴隷もいるだろうし、1年で倍額手に入るため俺にとっても都合がいい。
ただし後進の育成もあるため、最低でも1年間は拘束させてもらう。
次に金策の方法だが、俺にはコネも伝手もないため、普通の仕事を斡旋することなどできるわけがない。よって、これに関しては冒険者一択となる。
さて、ここでギルドと冒険者についても説明してしまおう。
ギルドとは依頼人と冒険者の橋渡しとして存在している組織だ。冒険者のサポートとランク付け、依頼の受付と割り振り、魔石や素材の買い取りが主な役割である。
まずは今回のメインである、冒険者にとってのギルドについて説明しよう。
大前提として、ギルドに登録しないと冒険者として活動することはできない。なのでまずはギルドに登録するところから始まる。と言っても別に書き物や複雑な手続きが必要な訳ではない。
ギルドには『宝珠』と呼ばれる便利な道具がある。この玉は触れた者の『魔』を読み取り、それらを情報としてカードに転写することが出来る優れモノだ。このカードを持っていることが冒険者の条件なので、これだけで冒険者としての登録は完了となる。ちなみに無料だ。
この『宝珠』は登録者のランクも調べてくれるため、テンプレ冒険者物に多い、ランクを上げるためにいちいち試験を受けるといったことはしなくてよい。定期的に『宝珠』に触れることにより、相応の力を持っていれば自動的にカードに転写される。
ちなみにランクは1から始まり、数字が大きい程強者ということになる。と言っても、過去最高ランクでさえランク8なので、とんでもない桁数のランクといったものはありえないだろう。
カードを作り、自分のランクが分かった後はそれに応じた依頼を受け、実績を積んでいくのが普通の流れだろう。
言うまでもないかもしれないが、もちろん俺はランク1だ。堂々の最低ランクなのでほとんどの依頼は受けることができない。雑用や採取が主な仕事であり、魔獣や魔物の駆除といった依頼を受けられない。
今回俺は突発的にワイルドベアを狩ったが、依頼を通しての報酬をもらうことはできない。しかし、素材と魔石を買い取ってもらうことはできる。依頼の報酬分少なくなるがそれでも結構な稼ぎになるだろう。依頼を受けられない低ランクの内から魔獣を狩ろうとする駆け出し冒険者はかなり多い。その程度には魅力的だ。
当たり前だが、低ランクにとっては魔獣も魔物も格上の相手なので、そんな冒険者は気付いたらいなくなっていることが多い。リターンが大きいということはリスクも大きいということだ。
丁度出てきたのでこの流れで買い取りとサポートについても説明しよう。
ギルドでは魔石や素材を買い取ってくれる。ギルドを間に挟むためマージンを取られるが、解体や納品などの煩雑な手続きをすべてやってくれるため、ほとんどの冒険者が活用している。俺のように解体など自分でできる部分は自分でやったり、物によっては直接納品しに行くなど、費用を抑えようとする冒険者はあまりいない。冒険者は基本的に大雑把であり、こういうチマチマしたことが好きではないというのも大きな理由だが、ほとんどの冒険者は駆け出しのころに罠に嵌る。
ギルド経由ではなく直接素材を持ち込んだ方が高く売れることを知った駆け出しが、散々に値切られ、結局ギルドに卸すよりも安い値段で素材を買い取られるというのは駆け出しあるある話だ。俺もやった。
その縁が今も続いているため一概に損したという話でもないが、嫌な思い出のせいで敬遠し、結局はギルドに丸投げした方が楽という考えに流れるのだ。
そんな解体や納品もサポートのひとつではあるが、もうひとつ重要なサポートがある。それは情報だ。
規模はそれぞれだが、各街のギルドには資料室が併設されており、そこで様々な情報を集めることが出来る。俺がワイルドベアの情報を得たのもこれを利用したおかげだ。魔物や魔獣の分布や特徴、魔獣の部位の効能なども記録として残っている。
もちろん新種や未開地域の情報等は少ないが、目撃情報や実際の討伐で得た情報を集積し、まとめた情報は膨大な量になっている。
資料としてだけではなく、ギルドの職員に情報を聞くことも出来る。が、これに関しては基本的に有料だ。それも内容によって価値が激変するため、資料で調べて見当たらない場合、どうしても必要な情報なら購入しても良いかもしれない程度に考えた方がいい。まぁ、100%知っているとも限らないし、もしあったとしても資料に無いくらいだ、かなりの費用を覚悟しなければいけないだろう。
冒険者にとってのギルドはこのくらいだろう。
ギルドにとっての冒険者については、仕事を割り振る下請け以外に言いようはない。まぁ、冒険者もギルドもお互いに持ちつ持たれつの関係なのでうまく共存できている。自分で調べる必要はあるが、冒険者に無料で膨大な資料を開放してくれているところからギルド側は間違いなく歩み寄ってくれているのが分かるだろう。
次に参考までにいくつかの素材の買い取り価格を挙げよう。
まずは、最も有名で最も旨味が少ないゴブリンについてだ。奴らは魔物の一種だが、亜人の一種でもある。基本的には敵対しているが、まれに友好的なゴブリンも存在する。『ゴブたち』に登場したゴブリンはまさしくその友好的なゴブリンだ。
弱く、数が多いという想像通りの特徴を持っており、魔石の価格は一つ銅貨10枚。肉や内臓は使える部分がほとんど無く、肝臓だけが非常に弱い効果の薬の材料になるくらいの価値しかない。そんなわけで、珍しく解体費用で足が出てしまうという稀有な魔物だ。もちろん持ち帰る価値など有りはしない。
1匹狩っても1000円にしかならないと聞けば、いくら弱くても割に合わないと感じると思う。小動物の売値とほぼ同額なのもそれに拍車をかける。
さらに厄介なのが、単体では弱くても数は力というところだ。1メートル程度の小柄な体躯だが、2桁の数に囲まれれば厄介なことこの上ない。
進化した上位種に率いられた集団の場合、想像だにしない程の被害を出す可能性があるため、定期的に間引かなければならないことも厄介な話だ。
ここまで下げたが、実はゴブリンを狩るメリットがない訳じゃない。報酬は安いがゴブリンの間引きの依頼は常にギルドにあるし、数が多いということは数を狩れるということである。
先ほど小動物と同じ価値と言ったが、小動物を10匹や20匹狩るのは大変だ。探して見つけるだけでも一苦労だろう。しかしゴブリンであれば100匹程度なら平気で群れている。それを全部狩れば魔石の売値だけで銀貨10枚になる。塵も積もればなんとやらだ。
まぁ、上位種が居る可能性があったり、戦闘が長引いたり、思わぬ反撃を喰らったりとリスクも多いため人気が無いのは間違いないが。
ゴブリンはかなり特殊のためアレだったが、他の魔物や魔獣は違う。
今回俺が殺したワイルドベアの魔石は一つ銀貨5枚で売れる。さらに毛皮、肉、内臓、骨を最高の状態で納品した場合、合計で銀貨20枚はかたい。つまり、ワイルドベア一匹で25万円になる可能性があるわけだ。そりゃみんな魔獣を狩りたくなるだろうな。
と言っても、本来は俺のような低ランクが実際に狩ろうとすると厄介なんてもんじゃない。今回はあっさりと殺せたが、あれは不意を突けたからであり、正面からやり合うのは至難の業だ。不意打ちが出来ないという状況だったならば逃げ一択である。
そして最後に、俺が金策のメインにしている薬草採取だ。この薬草に関しては一束銅貨5枚で売れる。群生地をいくつか見つけてあるため、1日で20束は採取できる。もちろん根こそぎ採るとその群生地が死ぬため、溢れた薬草のみ採取している。
薬草は非常に繁殖力が高く、それなりの群生地であれば1日に1株程度は余裕で増える。なので多くの群生地を見つけている俺は、薬草採取に関してはかなり有利な状況を得ている。
戦う力を持った奴隷であれば好きにさせるが、もし子供の奴隷を買った場合は比較的安全度の高い薬草採取を仕込むつもりだ。
ちなみに回復薬に調合した場合、薬草一束分で大体銅貨50枚になる。これだと少量すぎるため、一般的に出回っている回復薬は一本で銀貨2枚、4束分の薬草が必要だ。それでも価値が10倍に跳ね上がるので、俺が手を出さない理由はない。
まぁ実際に作ったところで、信用もない俺が回復薬を売り出してもトラブルを呼び込む予感しかしないため、自分と奴隷用にしか用意するつもりは無い。消耗品に掛かる費用を少しでも抑えるための策の一つ程度の考えである。
とまぁ、こんな感じで『契約』の内容を煮詰めていた。金の問題はOK。期間の問題もOK。金策方法もOK。と、ここではたと重大なことに気が付く。生きていく上での必要経費…つまり生活費をまったく考慮に入れていなかった。
生活費…それは読んで字のごとく生活するための費用のことだ。生きるためにはモノを食わねばならん。安全な住居がなければ、24時間フルで働くことになってしまう上に疲れも取れない。服を着ない露出狂など路地裏に連れ込まれても文句は言えない。
それなりの宿に素泊まりで一泊銅貨20枚。小さなパン1つで銅貨1枚。1日2食だとしても、最低でも銅貨5枚は食費に当てたい。衣類に関しては最悪ボロボロでもいいとしても、それでも1日に銅貨25枚は生活費に持ってかれてしまう。
たしかに、契約さえしてしまえばあとはお好きにどうぞ、としてしまえば気にするところではないかもしれない。ただし、よく考えてほしい。俺のこの『契約』を活用した金稼ぎにおいて最も損をするのはどういう場合かということを…
契約相手が裏切ったタイミングか?否、そもそも『契約』できた瞬間から裏切りを考慮する必要はない。
では、契約相手の返済が滞った時か?それも否だ。そんなことが起こった場合は突発的なトラブルだろう。解消してしまえば元通りだ。
では何が一番最悪なのか。そんなものは奴隷が死んでしまうことに決まっている。奴隷を買った初日に死んだ場合など目も当てられない。購入費用が丸々パーである。
なればこそ、生活費を考慮しなかったせいで、奴隷が空腹や疲労などのバッドステータスにより死亡したなどというのは絶対に避けたいことだ。
しかし、じゃあ俺が払ってやろう、などというのは何の解決にもならない。そもそも俺はお金が稼ぎたいのだ。少し前の話に出てきた幼女の場合を例に挙げるが、返済額が1日銅貨14枚なのに俺の手持ちから銅貨25枚が飛んでいくなど意味が分からない。慈善事業やってるんじゃないんだよっ!
このままでは俺の天才的発想がただの机上の空論になり下がってしまうと危ぶまれた。
最低でも安全に眠ることのできる空間は必須だ。最悪食費に関しては自給自足でなんとかなるが、住むところはどうしようもない。
そんなこんなで『契約』を駆使し、数年間食いつなぎながら考えたり調べたりしている中で、俺はついに特化魔法師の存在を知った。そのままの流れで安全地帯を作り出す魔法でもあれば一番よかったのだが、それらしいものは全く見当たらず、唯一近いであろう空属性初級魔法『収納』をなんとかこねくり回し、今の『シェルター』の魔法になった。と、こんな感じの流れで、俺は2つ目の便利な力である『シェルター』の魔法を覚えることになった。
続いて『シェルター』の魔法についても説明してしまおう。説明が続くがもう少し我慢してほしい。
『シェルター』の魔法。分類するならば『空属性特級魔法』と言うところだろう。これは少し前に言ったように『収納』の魔法が原型である。
『収納』は1平方メートル程度の不定形の異空間に物を収納するという魔法だ。不定形と言っているように形が変わるため、1平方メートル分の体積を保管できると言った方がいいだろう。
俺は、この異空間に収納するという特性に注目し、異空間に安全地帯を作れないかと考えた。ただし、『収納』の魔法のままでは小さい上に空気も何もない空間だ。安全地帯とする以前の問題だろう。
魔法式を改変することで消費魔量は激増したが、なんとか空間を広げることまでは出来た。しかし、どれだけ魔法式に手を加えても住めるようにすることだけは出来なかった。
そも、異空間で生活することなど想定されておらず、どうやって魔法式として記述すれば良いのかも解らなかった。
そのため、デメリットが多すぎて二の足を踏んでいた純特化魔法師に望みを託したのだ。
過去、純特化魔法師の中で『収納』の魔法を刻んだ人はいない。今回俺は魔法式を追加し、本来の『収納』の魔法と比べ、式の記述は5倍である10ページ、消費魔量は50倍に膨れ上がった。それでも純特化魔法師として刻むにはもったいないと感じる人が多いだろう。それほどまでに、どのような魔法でも刻めるというのは大きなメリットなのだ。
しかし実際に刻んだ後、制約に手を入れられる状況になった瞬間、俺は自分の成功を確信した。なにせこれまでの最大の問題だった居住性でさえ、それなりの制約で得ることが出来たのだ。
まず空間。これは後述するが俺の消費魔量によってじわじわと広がっている。最初に使った時には200平方メートル程度だったので、今では当時と比べ約5倍のサイズになった。『火』『土』『風』『水』の基本四属性を組み込み、シェルター内であれば風を吹かせたり、雨を降らすことも出来る。さらに上空にある疑似太陽によって昼と夜の切り替えや温度調整も可能。
水は普通の水と魔水を自由に切り替えることが出来る。もちろん魔水を雨として降らせることも出来る。
シェルターには俺が許可した人しか入ることが出来ない。そして、俺が許可したとしてもこの空間内であれば、俺に害意を持った瞬間に外へ弾き飛ばす能力もある。
次は外のマーカー。これは先程使った『探知』、『シェルター』の入り口、鍵としての機能を持っている。この鍵…つまりセキュリティに関してはこれから説明する制約に関わってくる。
とまぁ『シェルター』の機能はこの程度だ。
次に俺が課している『制約』について説明しよう。
まず、マーカーは1日に1度しか刻むことはできない。マーカーは玄関の役割があるため、入り口の変更は1日に1度しか出来ないと思ってもらえればいい。この1日というのは刻んでから丸1日という訳ではなく日付としての1日である。つまり、23時59分にマーカーを刻んだ場合、1分後にはまた使うことが出来る。
2つ目は上でも説明したが、マーカーからしか出入りすることができないという制約だ。上の制約と合わせて2重に掛かっているためこれのおかげでかなりカスタムすることが出来た。
3つ目は俺にしか開けることが出来ない入り口だ。この世界にはセキュリティという概念はほとんどない上に、誰でも使えるというのがメリットになる。なので都合の良いことに俺しか開けられないというのは立派に制約として成り立つ。
最後は入り口を開ける際に俺の全魔量の半分を消費するという制約だ。この制約の字面は昔から変わっていないが、俺の保有魔量は微量ながら増え続けている。これにより、消費魔量も一緒に増え続けているため空間が拡張され続けているのだ。
以上の4つが俺の制約であり、純特化魔法師のデメリットも含めるとかなり使い勝手は悪いかもしれない。しかし、俺の目的である安全地帯として見るならばこれほど優れた魔法はそうそう無いと自賛している。
総括しよう。俺の『シェルター』の魔法はセキュリティのしっかりとした1平方キロメートルの安全地帯であり、空調や天候など様々なものが調整可能だ。
しかしデメリットとして、どこでも使えるわけではなく設置した玄関からしか入れない。玄関の変更は1日1度。入り口を2回続けて開くと『魔』が枯渇する。他の魔法は一切使えない。
長々と説明してしまったが、以上が俺の能力だ。
『契約』は問題なく使えるし、契約後についても心配はほとんど無くなった。後は実際に行動を起こしてから修正していくしかないだろう。
そして、その行動を起こすタイミングもそう遠い未来の話ではない。
今現在の俺の総資産は金貨で4枚。いきなり子供を買うのはリスクが大きく、大人の奴隷を買うには少々足りないという中途半端な所持金だが、少し先が見えてきた。
これまで、長く足踏みしてきた俺であったが、今日、俺は遂に奴隷商を見に行くという一歩を踏み出すことにしたのであった。
ここまでお付き合いいただきありがとうございました。