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倍々ライフ  作者: syo
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第1話 「魔」

はじめまして、はじまります。

「ふっ…………ふっ……」


荒くなりそうな吐息を極力抑え、浅く静かに呼吸する。地面に伏せている姿勢のため、草の青臭い匂いと土の匂いが鼻孔に入り込む。その不快感を極力無視し、獲物の隙を探る。それに合わせ、すぐにでも飛び出せるように態勢を整える。

武装は右手に一つ。逆手に握り込んだ剥ぎ取りナイフのみ…非常に心許ないがこれしかないのだから仕方がない。

音を立てないように足を地面の窪みに押し付け、ほんの少し腰を浮かす。クラウチングスタートに近いが、伏せたまま軽くケツを上げている格好は少々情けない。


そして、5分か10分か…若干膝が震えそうになる程度の時が経った後に、遂にその瞬間が訪れた。

獲物が俺に背を向け、俺の荒らした茂みが気になるのか少し屈んだ……次の瞬間に足に力を込め、全力で飛び出す。ザッと土を蹴る音が鳴ったがここまで来たら気にする段階ではない。


「グア?」


獲物もその音に気付いたのかピクリと反応するが、その時にはすでに獲物の首にナイフを振り下ろしている。骨に当たると欠けるため、首の中心より少しズレた位置に縦に振り下ろす。が強靭な毛と皮に阻まれ、切っ先が1センチ程度沈み込んだだけだった。

剥ぎ取りナイフの切れ味の悪さに心の中で舌打ちするが、こんなものは想定内である。切っ先を首に押し付けたまま、獲物の足を刈り、前に向かって押し倒す。そして、獲物が地面に倒れるのに合わせ、両手で全体重を掛け、ナイフを押し込む。獲物が地面に倒れる音と衝撃に合わせて、ぶちぶちと繊維を千切るような感触が手に響く。ここまでやっても、20センチはある刃渡りの半分程度しか埋まっていない。これでも十分致命傷だと思うが最後の仕上げに、獲物が倒れた衝撃とナイフを押し込んだ力の反動を利用し身体を浮かせ、刺さったままのナイフの柄を蹴ってバックステップする。その衝撃でさらに5センチほど沈んだナイフを確認しながら獲物から離れる。


5秒…10秒と待ち、15秒経っても身動きしない獲物に不思議に思い、警戒しながら近づく。致命傷ではあるがこの程度なら即死はしないはずなのだが、と思いながら獲物を見ると、ちょうど倒れた場所に尖った石があったのか、それが目から脳に突き刺さっていた。実に運がないな君は。いや、即死できたのは運が良かったのかもしらん。苦しまずに済んだ的な意味で。

どうやら最後の仕上げは必要なかったらしい。獲物が完全に死んでいることを確認したところで、飛び出してからずっと止めていた呼吸をため息と共に再開する。


「はあぁぁ………解体するか…」


儲けは大きいものの、あまりイレギュラーは好きではない。薬草採取しかしないつもりだった精神に結構な被害を受けたが、早く解体しないと品質が落ちるぞ、と自分に対してネガティブ系の発破をかけ、なんとかモチベーションを保つ。


最近独り言が多くなってきたことに危機感を感じ始めたが、かと言って現状パーティーを組む気が一切無いためどうしようもない。もしかして:ボッチ、という言葉から全力で目を逸らし、獲物の解体と薬草採取を再開することにした。







『ワイルドベア』


これは先ほど仕留めた獲物の名前だ。見た目は熊そっくりだが、かなり小柄な体躯をしており、俺が仕留めたのは全長150センチもない。記録に残っている限りでも2メートルを超えるワイルドベアは確認されていないのを考えると、もともと小さい種族なのだろう。

ワイルドベアは獣ではなく魔獣と言うカテゴリーに属しており、魔物とは違い害獣として扱われている。


ここで魔獣や魔物、ひいては『魔』というものについて説明しよう。

この世界には『魔』と呼ばれる要素がある。それは水や食べ物、空気にさえも含まれており、すべての『モノ』がそれを取り込み、いろいろな形で活用している。

分かりやすいものだと『魔法』だろう。取り込んだ『魔』を魔法式に流し込み、魔法式に応じた現象を起こす。火や水を出したり、風を起こす、地面を隆起させる、怪我を治す等々、様々な現象を引き起こすことができる。他にも、直接身体に行き渡らせ人間離れした力を発揮することができたり等、要はとんでも現象を引き起こす燃料みたいなものだ。

そんな『魔』だが、獣が短いスパンで大量に取り込んだ場合、魔獣に変化する可能性が出てくる。詳しくは解ってはいないが生物としての位階が上がるらしい。

その結果、魔獣は獣とは別種の存在となり、その危険度は一気に跳ね上がる。

知能が上がり、獣よりも『魔』の扱いに長け、魔獣によっては簡易的な魔法すら行使する。

そんな魔獣だが、討伐した際のメリットはもちろん大きい。

『魔』の扱いに長けるおかげか、その素材は『魔』の伝導率が高く、爪などの硬い部分はより硬く、毛皮についても強靭かつ柔軟性が非常に高くなる。

可食部は味も良くなり、薬効のある内臓などはその効果も高くなる。

そして、獣との大きな違いとして心臓付近に核を持っている。これは『魔』をより精密に扱うための器官であり、普通の獣には存在しない。

さらに、この核は魔獣の種類によって色や大きさに違いがあり、基本的には危険度の高い魔獣の方が核が大きい。ギルドではこの核のことを『魔石』と呼び、討伐の証とすることが多い。


そして、魔獣の中でも明確に人類と敵対している存在が魔物だ。奴らは人を見つけると、人類滅ぼすべしと襲い掛かってくる。目と目が合ったらバトルスタート、Pトレーナーか何かだろうか?

ちなみに、魔獣と魔物とは人間が区別するために付けているだけであり、生物としての大きな違いはないらしい。まぁ目に見えるか見えないかは分からないが、判明していないだけでなにかしらはあるのだろう。本当に違いがないのなら親の仇のように襲い掛かってはこないはずだ。


総評すると、『魔』を取り込み、突然変異した獣が魔獣。その中でも人類と敵対している存在が魔物と覚えてもらえば大きく違いはない。







剥ぎ取りナイフを駆使してワイルドベアを解体していく。今回は首と頭の損傷のみなので、首から下についてはほぼ完璧な状態だ。生きている時はあれほど刃の通りが悪かった毛皮が、それなりにすんなり切れるようになったことに、あらためて『魔』の理不尽さを感じる。

プロと言うわけではないので荒は残るが、内臓を傷つけないようにだけ気を付けて手早く進める。さすがに汚物に(まみ)れた肉は食いたくないし食えない。


頭や腸などいらない部分は除き、肉や内臓は個別に専用の葉(劣化を和らげ、抗菌作用アリ)に包む。骨は毛皮で包み、荷物に括りつける。

頭といらない内臓は浅く穴を掘り埋める。軽く手を合わせた後に追加の薬草を土ごと採取し、今日の仕事は終わりだ。最後に、ワイルドベアの魔石が納品袋に入っていることを確認し荷物を背負う。


「ぐぉっ……重い…」


150センチのワイルドベアが大体80キロ。解体後でも60キロはあるだろう。さらに土ごと採取した薬草が十数束。重いに決まっている。かと言って荷物を減らすという選択肢は無しだ。もったいない。

周囲の痕跡を探り、なるべく安全なルートで街へと向かう。とは言っても、ここは森の中でも浅い場所であり、これまでゴブリン程度しか見たことは無い。今回のワイルドベアは完全に予想外だった。ハグレだったのか分布が変わったのかは分からないが帰ったら報告しよう。そんなことを考えながらも周囲の警戒は怠らない。体力的にふらつくのはご愛嬌だ。


「もうちょい筋トレ増やすか…」


俺はそう決意し、ふらふらと歩みを進めるのであった。




2時間…それは俺が拠点にしている街『ヴァイス』の外壁が見える場所に着くまでにかかった時間だ。

幸いなことに帰路で見かけたのは野生の獣のみであり、魔獣や魔物と会うことはなかった。普段であればそれらも狩ったが、残念なことに肩からの抗議の痛みが先ほどから断続的に響いている。俺の身体のくせになんと我儘なのだろうか。

でかい荷物を背負ってひいこら歩く俺が珍しいのか、珍獣でも見るかのように眺め、鼻で嗤って逃げて行った兎を俺は忘れない。あのヤロォ次会ったら美味しく頂いてやる、食料的な意味で…


なんとか森と街道の境まで来た。もう街の外壁が見える位置だ。ここから1キロも歩けば門にたどり着ける。

街道や遠くの門にはぽつぽつと人が見える程度だ。中途半端な時間のため閑散としている。


「ぜーっ…ぜはーっ…っ…げほっごほっ…うぇっ」


木に手をつきながらなんとか呼吸を整える。座ったら立ち上がれない気がしたので立ったままだ。と言っても、こんな目立つ所にはあまり長居はしたくないし、これから俺のやることを見られたくもない。

動きたくないとプルプル駄々をこねる足を叱咤し、なるべく街道から死角になるよう木を盾に歩き始める。目的地にはマーカーを刻んであるので迷う心配もない。

歩きながらマーカーの機能である『探知』を発動させる。これはマーカーを中心に半径50メートル内の魔力反応を探る魔法だ。範囲内に薄い魔力を投射し反射を調べる、所謂ソナーの魔力版だ。『魔』を完全に透過されない限りはこの魔法で見つけることができる。

自分でも心配性だと思うが油断は禁物だ。反応が1つ(俺)しかないことに安堵しているとマーカーが目視できる所まで来た。

ここら一帯は街道と比べ、丘のなりそこない程度には高い位置にある。そして、その中の少し窪んだ場所にマーカーが刻んである。屈んでしまえば街や街道からは完全に死角になっている場所だ。森からは丸見えだがそれはもうあきらめている。


匍匐でマーカーまで進み、再度『探知』を発動させる。反応が1のままなのを確認してからマーカーに手を重ねる。そのまま目を閉じ体内の『魔』を起こし、魔法式に流し込む。


「おぇっ」


相変わらず、俺はこの『魔』というものがあまり好きになれない。便利なのは便利だが、使うたびに微妙な気持ち悪さを感じる。まぁ、吐くほどではない微妙な気持ち悪さを我慢してでも使う価値はあるから使うがね。世の魔法使いさん方は戦闘中でもこの気持ち悪さを耐えないといけないというのだ。頭が下がるぜ…ソロの俺には関係ないことだけどな、知ってた。

魔法式に十分な量の『魔』を注ぎ、魔法を起動させる。発動と同時に一瞬だけ体内が『魔』で満ち、その『魔』が手のひらに集まる。そして、その『魔』は俺の指先で複雑な紋様を刻む。

そのままマーカーに手を重ねていると、数秒後にカチリと錠の外れる感覚があった。マーカーに添えていた右手に左手を追加し、カーテンを広げるように空間を広げ中に滑り込む。


そして、空間が閉じた後には、俺という重りがなくなったおかげで元気に風にそよぐ草が残るのみであった。







『魔法』というものがある。様々な創作物でも活躍している便利な力だ。そして、その魔法というものはそれぞれの世界によって扱いがガラリと変わる。

この世界の魔法は、ちゃんとした技術として確立している。むしろ『魔』を使って起こす現象はすべて魔法の範疇だ。もちろん『魔術』という言葉は一般的には使われない。


『魔法』を使う一連の流れはこうである。

『魔法式』を呼び出し、『魔石』に貯まっている『魔』を『魔法式』という『器』に注ぎ、必要量の『魔』を蓄えた魔法式を起動する。すると、魔法式に応じた『魔法』が発動するという流れだ。順に説明していこう。


まずは『魔石』について詳しく説明しよう。

魔石は心臓付近にある核だ。生まれた時から魔石を持っている種族は少なく、代表的なのはエルフだろう。ほとんどの種族は後天的に生成される。

魔石は『魔』を蓄える器官であり、操作する器官だ。その形や色は様々であり、エルフが真球、獣や虫などエルフから遠い種族が正方体、そしてそれ以外の種族は血の寄っている方の特徴が濃く反映する。人間はほとんどが少しいびつな球の形だが、亜人はその種族に近い程角が立ち、人型に近ければ球に近づく。人間に獣耳程度ならば人間とほぼ変わらない。

色に関しては個人の属性が反映される。火がならば赤、水ならば青という感じだ。

そして、魔石の大きさは『魔』の容量と出力、色の濃さはその属性との親和性を表している。


今回のワイルドベアの魔石は一辺が1センチ程の正方体であり、色は薄い茶色だ。大きさも小さく一応属性は土だが、この色なら土の初級魔法が使えれば御の字程度の個体だろう。

とんでもない魔石の例として、過去にネームドの火龍討伐時、直径1メートル程の魔石を持ち帰った冒険者がいたが、その魔石は赤を通り越し中で炎が揺らめいていたらしい。

その『魔石(ドラゴン・ブラッド)』はフォスという国の宝物庫に保管されている。


魔石は良質な『魔』や、大量の『魔』を取り込んだり、扱うことにより色や大きさが成長する。だから強者はより大きく鮮やかな魔石を持つ。

魔石によって相手の脅威度を判断することができるからこそ、魔石は討伐の証明になるのだろう。

ちなみに色や大きさは変化するが、形が変わることは例外を除いて無い。そして、その例外が魔物である。魔物は長く生きると生物としてのステージが上がることがある。それを進化と呼んでいるが、その時に魔石の形が変化するらしい。

図鑑で見て印象に残っているのは、アリの魔物が進化を続け、最終的には数十キロの巨大なコロニーを作った。進化の末、女王蜂(・・・)のような姿に変わった魔物はウニのような魔石を持っていたらしい。いろいろな意味で痛そうだ。


少し補足になるが、魔石を持つのは生物だけではない。石や金属などの鉱物や、剣などの武具が魔石を発生させることがある。

人や獣の場合は体内に魔石が生成されるが、これらの物質が魔石を発生させた場合、生成直後に分解、吸収されてしまう。なので魔石を帯びた石を割ったとしても魔石が中に入っているということは無い。

魔石を帯びた鉱物を『魔鉱』、装備など道具全般は『魔具』と呼ばれる。有名所だと、魔法銀ミスリルだろう。あれは銀が魔石を帯びた鉱物だ。

もう一つの武具に関しては剣を例に挙げよう。剣が『魔』を帯びると『魔剣』となり、切れ味や耐久が増し、自動修復などの特殊な効果が付くことがある。

そして、それら魔具を入手する方法は大きく分けて3つある。進化するか、魔鉱から作るか、拾うかだ。


一つ目の進化だが、どうも武具は使用者の『魔』を浴び続けると進化するらしい。量、相性、期間など色々な要因が絡むらしく「あなたがその武器を使い続ければ、いずれは魔具へ進化するかもしれません」としか言えない。一生進化しない可能性もあるが、上位の冒険者のほとんどが魔具持ちだと考えると、それ程絶望的な可能性では無いのかもしれない。

それに長年愛用していた剣が、主人の危機を救うために魔剣に進化する話など古今東西に溢れているが、今なお廃れていないということはそういうことなのだろう。冒険者は結構ロマンチストなのだ。

ちなみに、俺の剥ぎ取りナイフも長年愛用しているが今のところ進化する気配はない。


二つ目の魔鉱から作る、は簡単そうに見えてかなり難しい。確かに魔鉱は高価だがまったく供給が無い訳でもなく、目玉が飛び出る程度の金さえ積めば買えるものだ。なんなら自分で見つけることもできるかもしれない。ここまでは、まぁなんとかなるだろう。

実はその後の魔鉱を扱える鍛冶屋を探す方が難しい。実用レベルで魔鉱が打てる鍛冶屋は数が少ない上に魔鉱の鍛冶は時間がかかるのだ。

優秀な鍛冶屋なら暇な訳がないし、頑固者も多い。そこに持ち込みとはいえ依頼をねじ込むなら相応の金かコネが必要。さらに鍛冶屋も結構ロマンチストだ。進化ではなく妥協して鍛冶屋に頼るのを快く受け入れることはほぼない。

最低レベルの魔鉱程度なら打てる鍛冶屋も増えるが、まさかそんなもので武器を作るわけにもいかない。


「ついに念願の魔剣を手に入れたぞ!これで俺も二つ名持ちだな!」


「マジで?!すげーじゃねぇか!ちなみに何の剣なんだ?魔法銀ミスリルか?!」


「銅の剣」


「………」


「銅の剣」


笑い話にもならない。なんだこの居たたまれない空気は。

ここで銅の剣が出たので説明するが、例えば愛用の銅の剣が進化した場合、上のような空気になるんじゃないかと心配するかもしれないがそんなことはないので安心してほしい。

武具が魔具へ進化した場合、より高ランクの材質に変化する可能性がある。特に下位ランクの素材の場合は最低でも一つは上のランクに上がる。もしかしたら俺の鉄の剥ぎ取りナイフもミスリルナイフに進化するかもしれない。

嘘か誠か、銅の剣が魔法合金オリハルコンの剣に進化した、などという話もあるくらいだ。

そしてここで注目してもらいたいのが、高ランクに変化するというところだ。低ランクに変化することはない。

このせいで結構な数の冒険者が、自分の愛用の武器の材質をより良いものにしたいがために、身の丈に合わない素材を使い破産する事例が多数ある。これがほんとの、捕らぬ狸の皮算用なのだろう。教科書に載ってもいいレベルだ。


最後に3つ目の拾う、だ。この世界にはダンジョンと呼ばれる空間がある。そう、今あなたが想像した通りのものだ。

中は迷路のように入り組んでおり、魔物やトラップ、宝箱が配置され、最奥にはボスがいる。その道中の宝箱やボスからのドロップとして魔具が手に入る可能性がある。

ダンジョンについてはその内詳しく話すことにしよう。当分関わる予定はない。

次は落ちている魔具を拾うこと。これについても詳しくは説明しない。落とし物は拾った人の物、程度の理解で十分だろう。

最後は殺して奪う事。これを拾うに含めているのは、死体のそばに落ちている・・・・・魔具を拾ったという大義名分のためである。ちなみに、これも説明は無しだ。理由は言わずとも察してほしい。冗談抜きでリスクとリターンが釣り合っていない。実行に移すのは本物の馬鹿だろう。


これが魔具の大体の入手法だ。補足のくせに長くなりすぎたので後は流そう。

魔具にはさらに上の『神具』がある。神具は意思持つ武具と呼ばれており、本当に意思を持っているらしい。というのも、現在確認されている神具は王家に受け継がれている宝剣のみであり、関係者でもないと見ることすらできないからどうしても噂の域を出ない。

噂によると、魔具からの進化で神具になるらしいが、サンプルが少なすぎて本当かどうかもわからない。あまりの進展のなさにとち狂った研究者が「愛だ!愛で進化するんだっ!」と叫んだそうだが、あながち間違いではないかもしれない。無機物に意思が芽生えるのならばそれだけの想いが必要なのだろう。

但し、自分の装備が神具となった場合、そいつは装備に並々ならぬ愛情を抱いたというレッテルを貼られるわけだ。恐ろしい。つまり、王家は……いや、やめておこう。




っと、重要なところを説明し忘れた。消費された『魔』がどのように補充されるかを説明していなかった。

これは普通に生活しているだけで、魔石が勝手に周囲の『魔』を吸収し溜めてくれる。すっからかんになった場合でも、魔法を使わなければ丸一日、若しくは普通にぐっすり眠るだけでおおよそ最大値まで回復する。RPGゲーム方式だ。

大きな魔石だと時間が掛かると思われがちだが、容量も大きいが吸収力もそれに応じて高いため、回復する時間は変わらない。例外として小さい魔石のくせに容量だけがバグってるなんて場合は違うが、さすがに例外すぎる。

さらに、緊急措置として周囲の『魔』を無理やり吸収することも出来るがお勧めしない。非常に疲れる上に魔石そのものが劣化する危険性があるからだ。道具だろうが魔石だろうが大事に使うことが重要なのである。




今度こそ魔石についての説明が一通り終わったところで、次は『魔法式』について説明しよう。

魔法式とは、魔法を発動するための設計図であり、『属性』、『規模』、『効果』、『特殊』、『消費魔量』の5つを組み込み完成する。これらは文字によって構成されており、内容によって長さが大きく変わる。

分かりにくければ数学の公式をめっちゃ長くしたやつ、と覚えてもらえれば間違いではない。


まずは『属性』について。

属性は『火』『水』『風』『土』の基本四属性、『光』『闇』の反属性、『特殊』の合計7つに分けられる。

頭の6つについての説明はいらないと思うので、最後の特殊について説明しよう。

特殊はぶっちゃけると、『その他』と言い換えてもらっても構わない。6属性に含まれない属性はすべてこれだ。『無』『空』『時』『呪』など、雑多な属性はすべて特殊に属する。


次に『規模』だが、これは単純に魔法の強さ、威力のことなので説明するまでもないと思う。


次の『効果』については水属性を例に挙げよう。水属性は単純に水を生み出す以外に、癒しの効果も持っている。それらを指定するのが効果だ。攻撃用なのか防御用なのか、はたまたサポート用なのか、そこらへんを指定すると言った方が分かりやすいかもしれない。


次の『特殊』はやっぱり『その他』と言ってもいい。が、この特殊が、一番自由度が高く、一番難しく、一番重要で、一番楽しく、一番センスが必要なところなのだ。

水属性に風属性を組み込み、氷の魔法にする。火属性に土属性で、マグマを生み出す。このように『複合属性』にするのも特殊だ。

他には、発動までの時間を調整し時限式にしたり、持続時間を変えたり、追尾機能を付けたり、隠蔽したりなんてこともできる。

単純に規模を上げるよりも、属性を組み合わせることにより威力を上げつつコストを下げることも出来たりなど遊びが多い。まぁ、センスが無いと逆にコスト増の産廃魔法になったりもするがそれはそれ。好きな人にはたまらない部分だろう。


最後の『消費魔量』については簡単だ。『魔』を注ぎ込む『器』の大きさの指定である。

これまでの『属性』、『規模』、『効果』、『特殊』を組み込んだ状態での必要魔量を計算し、それを消費魔量として組み込むだけである。ただし、一つ注意しなければならないのは、消費魔量と必要魔量を誤差少なくイコールで結ぶことだ。

消費魔量が多い分には溢れた分が無駄になるだけだが、足りない場合は発動しない。

必要魔量10の魔法式を創った場合、消費魔量を20としても威力は上がらない。10の『魔』が無駄になるだけだ。逆に消費魔量を9や1に指定した場合、どちらも等しく発動することはない。

消費魔量以外でコストを減らしたとしても、ここを適当にやってしまうと何の意味もない。消費魔量も非常に重要な要素である。

ちなみに消費魔量20でも、使うときに10に調整すればいいかと思うかもしれないが、今の魔法式は消費魔量分の『魔』を注がないと発動しないように出来ている。上記の魔法式なら19の『魔』を注いだとしても魔法は発動しない。


以上の5つを組み合わせることで魔法式を創ることができる。もちろん自分で創るのが厳しいのなら他人が創った魔法を覚えればいいだけだ。魔法書という便利なものもある。むしろ専門の人以外は魔法書で覚える方が主流だ。

ちなみに、すぐ後に出てくるが魔法書と魔本は別物だ。魔法書は教科書で魔本は装備である。しっかり区別するように。




次は魔法式の呼び出し方だ。実際に魔法式があっても、『魔』を注ぎ込める状態にしなければいけない。その方法は基本的に二つ。魔本を身に付けるか、覚えるかだ。

今の主流は魔本だが、どちらにもメリットはある。


まず魔本についてだが、魔本に魔法式を書き込むことで魔本から魔法式を起動させることができる。外付けのハードディスクのようなものだ。

魔本の場合のメリットは、覚える手間がはぶけ、頭の出来に左右されないこと。魔本がある限りいくらでも魔法式を詰め込めること。

デメリットとしては、必要な魔本を常に持ち歩くため嵩張ること。『魔』を注ぐときは手で魔本に触れていなければいけないこと。魔法を発動する前に魔本から手が離れた場合、魔法式との接続が途切れ、これまで注いだ魔が無散し、無駄になること。魔石からの距離が遠いため『魔』が大きく減衰すること。魔本が損傷した場合、その部分の魔法が使えなくなることだ。


記憶する場合は魔本の逆となる。

記憶の限り魔法式を詰め込むことができるし、戦闘中でも両手はフリーだ。魔法式も魔石から近い場所に展開するため減衰も少ない。しかし、必要量の『魔』を注ぐ前に意識を逸らした場合は魔本同様『魔』は無散してしまう。

これらすべてのメリットを魔法式さえ覚えれば享受できる。

そしてその覚え方だが勉強と同じだ。魔法式を普通に記憶していけばその情報が魔石にも記憶されていき、完全に暗記して初めて魔法式として起動できる。


ここまで聞くと記憶する場合のメリットが多く、なぜ魔本が主流なのか不思議に思うかもしれないが、もちろん理由はある。

基本にして最も簡単な最弱魔法である、火属性初級魔法『火球』。この魔法式でさえB5・・サイズの紙一面・・・・・・・が必要なのである。複合魔法で有名な『火嵐』は64ページ。火属性上級魔法『核熱』に至っては128ページ必要だ。

これらを記憶出来るのであればそれに越したことはないが、まぁそれが可能な人は限られてくるだろう。魔本が主流になるのも、何をか言わんやである。


これで基本的な二つを説明したが、例外としてもう一つ、魔法式を記憶する方法がある。

それは魔石に直接魔法式を刻む方法だ。もちろん刻むといっても物理的に刻む訳ではなく、専用の魔具を使う。但し、これはメリットも大きいがデメリットも非常に大きい。魔法式を刻んだ魔法使いのことを『特化魔法師』と呼ぶことから想像はつくかもしれない。


まずは最もデメリットが大きい『純特化魔法師』について説明しよう。

純特化魔法師とは魔石に魔法式を刻んだ魔法使いのことである。

メリットは、魔石に直接刻んだことにより『魔』を注ぐ速度が飛躍的に上がるのと、『魔』を注ぐ際の損失が無くなること。デメリットは、魔石に刻むことのできる魔法式は1つだけであり、魔法式を刻んだ場合、それ以外の魔法が一切使えなくなるということだ。

これだけだとデメリットが大きすぎると思うかもしれないが、魔法式が1つしか刻めないというのは、言い換えればどれほど複雑な魔法だろうと…例えば1000・・・・ページを超える・・・・・・・ような大魔法・・・・・・であろうと1つなら刻むことができるというわけだ。

デメリットを打ち消すほどではないが、使いどころはあるだろう。

それと、純特化魔法師は刻んだ魔法式に制約を加えカスタムすることができる。これも非常に強力だが、ただでさえ一つの魔法しか使えないのに、それに制約を加えるのをどう考えるか次第だろう。


次が『属性特化魔法師』についてだ。

これは字のごとく、属性を刻んだ魔法使いのことだ。例えば火属性を刻んだ場合、魔法式の中の火に関する記述をすべて省略することができる。『核熱』が128ページから48ページまで削減できると考えると破格である。それでも48ページは無謀だが。

ちなみに、『火球』が1ページから1行、火属性中級魔法『焦炎』は5ページから1ページまで減らせる。まぁ間違いなくこっちがメインだろう。

そして、もちろんデメリットとして火属性の魔法しか使えない…訳ではない。ここで勘違いしてはいけないのはあくまでメインが火属性に固定されているということだ。特殊を活用することにより複合属性にすることもできる。それでもメインの属性が火しか使えないというのは戦略の幅が狭まるし、やはりデメリットとしては大きいものだ。純特化魔法師程ではないが。

ちなみに、こちらも魔石に直接刻んでいることにより、速度と効率は向上する。もちろん純特化魔法師程ではないが。


最後は『属性』以外の『規模』、『効果』、『特殊』を魔石に刻む特化魔法師だ。が、これらを刻むのは正直微妙である。常に一定の火力しか出せない魔法師は使い難すぎるし、効果を治癒に固定するくらいなら水属性を刻んだ方がいい、すべての魔法に追尾をつけたとしても、それで一番発展性のある特殊を潰すのはナンセンスだ。複合属性も使えなくなる。

さらに、これらすべてが属性特化魔法師程には魔法式を削減できない。

純特化魔法師ほどではないけど、生涯で2、3個の魔法しか使わないのであれば活用することもあるかもしれない。


あ、『消費魔量』を刻む人はいない。本当に刻む意味がない。




非常に長くなったが、基本的なところはある程度は説明できたはずだ。これ以上の詳しいところや特殊な部分はその都度補足していこうと思う。

ここまでお付き合いくださり、ありがとうございました。

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