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第六章【片隅と隔心】

 高校と公共のバス停を繋ぐ道の両側に植樹されている桜の木は、もう全て葉桜となっていた。桃色の花びらがひらひらと宙を舞うことは無くなり、舗道を飾っていた柔らかなそれはいつしか姿を消した。


 春の訪れというものは寒く冷たい冬の向こう側にあるせいなのか、非常に待ち遠しい。しかし、いざ訪れてみると、あっと言う間に過ぎ去ってしまう。既に季節は夏の訪問予定をちらつかせ、樹木の葉も雑草も、その予感を感じ取ろうとでもするかのように色濃く、力強く伸びていた。


「ムシムシする」


「そうだな」


「暑い暑い暑い」


「言うと余計に暑くなる」


「確かに。体感温度が上がった気がする」


「やっぱ、バス乗れば良かったかもな」


「節約」


 五月の末日近く。俺達の広げる会話は、じっとりとした暑さの影響からか、簡潔なものになっていた。


 帰宅する生徒のほとんどが通学バスや公共バスに乗り込む中、俺と片桐は片道三十分程はある駅への道を、てくてくと歩き続けている。帰りのホームルームが終わってすぐに学校を出たにも関わらず、前を行く生徒は数人しか見当たらない。それは放課後になって俺達が帰路を辿り始めたのが早いということなのか、バスを選択しなかったゆえなのか。後者のような気がした。


 日光の勢いはそれ程に強くないのかもしれないが無風に近く、湿気がじわじわと体中に纏わり付いて来る。まだ梅雨の時期には早いと思うのだが。


 暑さに負けたかのようにして、しばらく黙り込んだまま俺達は足を進めていた。やがていつもの書店を通り過ぎた辺りで、あ、と片桐が思い出したように声を発した。


「どうした?」


「暑さで思い出した。もうすぐ文化祭ってやつじゃないですか」


「ああ、そういえば」


「今年は、どうしよっかなー」


 思案するように言い、更に「どうしよう」と再び繰り返す片桐。


「どうしようって、何が?」


「避難所。どこにしようかなって」


「避難?」


 文化祭とは結び付かないその単語に俺は疑問を覚え、左隣を歩く片桐を見ると、ちょうど片桐も俺を見上げたところだった。


「文化祭のどこに文化を感じるのか甚だ疑問なんだよね。相模原君は文化祭に文化を感じる?」


「いや、良く分からない行事だと思う」


 俺がそう言うと、パッと片桐の顔が輝いた――ような気がした。


「やった、気が合う! 楓は文化祭が好きみたいでね、もう凄く楽しみにしてるの。模擬店だったら何を売りたいとか、お化け屋敷だったら何を作りたいとか、展示は当日が退屈そうだから嫌とか。盛り上がり方が異常」


「異常って、何もそこまで」


「去年、私に文化祭は無理と分かったので今年は避難所に避難することに決めているんだ。それをどこにしようかな、というお話」


 そこで視線を前方に戻し、


「誰か何とかしてくれないかなと思うけど。そんなことは無理だろうから。それなら私が私を何とかするしかないんだよね」


  と、先程より少しだけトーンが低くなった声で片桐は付け足した。


  俺はそこまで文化祭に嫌悪は感じていないが、別に好感も覚えない。無ければ無いで構わない行事だと思う。準備の日や当日は授業が潰れてラッキーぐらいには思うが。しかし、さすがに高校三年生の今の時期、ラッキーとは考え難い面もある。


「去年、片桐のクラスは何をやったんだ?」


「去年?」


  片桐が聞き返した後、少しの間が空いた。


「去年……忘れちゃった」


「え、全然覚えてないの? 店とか展示とか」


  俺は驚き、そう言うと、片桐は予想もしていなかった真面目な声で告げた。


「人間は、そんなに沢山のことを覚えていられないの。不要な記憶はリセットして行かないと脳がもたない」


  そして、ね? と、俺を見上げて笑った。


  返事を返しつつも、俺はその見事な笑顔に視線と心が吸い寄せられたような気がして、思わず息を呑んだ。


 しかし次の瞬間には、ふっと力を抜いたような表情を見せたかと思うと、


「アイスクリーム食べたくなってきた」


  と、夢みるような瞳で片桐は言う。


  ――出会ってから今日までずっと、俺は底知れない片桐が気になって仕方が無い。






 後日、文化祭は休んでしまおうかと言い始めた片桐を俺は何とか思い留まらせた。文化祭なんて遊びの行事に二日間の欠席日数を差し出すことも無いだろうと。最初は渋っていたが、最終的には「それもそうかもね」と頷いてくれた。


  文化祭の謎には大いに同意するし、俺は出来れば自宅で学習の時間に充てたいくらい文化祭に意義を見出してはいないのだが、如何せん片桐はいつ欠席日数が加算されるか分からないので、出来れば抑えておきたいところなのだ。


  俺は、内申書に欠席日数を記録させない為に文化祭は参加する。そう言うと、「じゃあ当日、相模原君が一緒に居てくれるなら参加する」と告げて片桐は僅かに試すような目で俺を見上げた。良いよ、そう返答しただけで片桐の目は瞬時にして虹色に染まったように見えた。




 


  ――文化祭についての話し合いや準備に伴い、徐々に広がり始めた独特の雰囲気は今やクラス中、校内中にしっかりと漂い空気を染め上げ、俺のクラスも勿論のこと例外では無かった。しかし、こうして改めてクラスメイトを見ていると、みんな本当に文化祭が楽しみなんだなと認識せざるを得ない。


  クラスでは、たこ焼きの模擬店を出すことに決まったらしく、たこ焼きを焼く為の型は幾つ必要だろうかとか、材料費がこれぐらいだから材料はこれぐらい用意しようだとか、当日の売り子の順番だとか、看板には蛸の絵を描こうだとか、それはもう様々な意見が次々に出されて行ったのだ。高二から引き続き学級委員長となってしまった俺は、それらを纏めることに正直、うんざりしていた。好きにやったら良いんじゃないですか? そう言ってこの場から退場出来たらどんなにか素晴らしいだろう。やはり高二の時と同じように俺を学級委員に推した響野を見遣ると、俺の視線に気が付いたのか、教室の一番後ろの席から、へらりと間の抜けた笑顔を送って来る。腹立たしい。ここからチョークでも投げ飛ばしてやりたいくらいだ。


  それからの日々は、ゆっくりと、しかし確実に文化祭にまつわる事柄、雰囲気で満たされて行った。俺のクラスで言うと、たこ焼き屋の看板が出来上がり、装飾が出来上がり、売り子の順番が決まり。毎日が来たる文化祭に向かって流れて行く。


  正直なところ、面倒くさい。自分でも何故かは分からないが、準備が進めば進むほど、文化祭当日が近付けば近付くほど、皆が盛り上がれば盛り上がるほどに、俺の気怠さはどんどんと増して仕方が無い。騒々しいことが好きでは無いからだろうか。それに、大学受験のこともある。こんなことをしている場合では無いのでは、という思いがどうしても込み上げて来る。受験のことを抜きにしても、片桐が文化祭を嫌うのも分かるような気がして来た。どうも冷めた目で見てしまうのだ。整って行く準備や、そこに携わるクラスメイト達のことを。


「え、楽しもうとかお前は思わないの? 高校生最後の文化祭なのに」


「面倒くさい」


「うわ、クラスを代表する学級委員が」


「お前が推薦なんかするからなっただけだ。不可抗力」


  内申点が上がるだろうから受けても良いか、とは思ったが。


  響野は文化祭を非常に楽しみにしているらしく、毎日の準備がとても楽しそうだ。その目は希望で輝いていると言っても過言では無い。響野に言わせると俺が冷めすぎということになるらしいが、確かに否定出来ない部分もある。


  響野は烏龍茶が半分くらい入ったペットボトルをちゃぷんと揺らし、探るような視線を俺に向けた。


「文化祭と言えばさ。当日、片桐さんと回るんだって?」


「は?」


「あれ、違うのか」


「いや、違わないけどさ。何で知ってる?」


「聞いた、片桐さんに。この間、すれ違った時に声掛けてみた。すげー嬉しそうに教えてくれたよ」


  ちゃんと恋愛していて良いね、と響野は付け足した後、ペットボトルの蓋をカラカラと開けて傾ける。


「俺も恋愛したいなー」


「すれば?」


「何だ、その勝者の余裕みたいなの」


「そういうつもりは無い」


  昼休み終了の十分前、俺と響野は食堂を後にした。廊下の窓から見える正門付近には幾つもの模擬店が立ち並び、いつもの見慣れた様相を一転させていた。






 ――そして六月、最初の土曜日。文化祭というものがついにやって来た。


「追い返してやりたい」


「いやいや、落ち着けって」


  一緒に登校したいというメールが文化祭前日に片桐から届けられ、準備に伴って朝早くからこうして二人で歩いて来たわけだが、いきなり片桐は不機嫌だった。分からなくも無いが。


「片桐のクラスって何をやるんだ?」


「クレープ屋さん」


「それなら売り子とか係決めしただろ。時間、いつぐらい?」


「あ、私パスしたから気にしなくて大丈夫」


  あっさり言ってのけた片桐に、俺は少し面食らった。


「パス?」


「うん。売り子したい人いっぱい居たから充分なの。私のクラスは文化部の割合が高いから、みんな割と暇っぽいよ」


「片桐って部活やってるんだっけ?」


「うん、文芸部」


  朝、漂う空気はサラサラとしていて少々、冷たい。その中を歩き続けて、やがて正門を通った頃、片桐はそう言った。


  文芸部の存在自体を知らなかった俺は驚き、詳しく話を聞きたかったのだが、互いにそれぞれの教室へと向かう別れ道に来てしまった為にあまり詳細は尋ねられなかった。


  またあとでね、そう言って蝶の羽ばたきのようにひらりと片手を振った片桐は、今朝に会った時ほどは文化祭を面倒がっているようには見えなかった。俺はその後ろ姿を見送った時、ふと片桐が左手に持っている紙袋が目に入った。


「おっはよー! 早いな」


  少しぼうっとしていた俺の後ろから肩を叩いてのハイテンションな挨拶をされる。振り向くと響野がいた。


「うるさい」


「うわ、機嫌悪」


 俺は廊下を歩きながら、


「ウチの学校に文芸部ってあったっけ」


 と尋ねてみたのだが、やはり響野も首を傾げた。


「文芸部か……一年の時に見たパンフレットに書いてあったような無かったような。ほとんど運動部しか見なかったからなー。覚えてないな」


 文芸部がどうかしたか? と聞かれ、片桐がそうらしいんだけどさ、と話している内に一組の教室に足を踏み入れたわけだが、まだ時間には早いのにも関わらず半数以上のクラスメイトが集まっていた。ワイワイガヤガヤ。そんな擬声語がぴったりな空間が、そこにあった。


 やがてクラスメイト全員が揃い、担任が出席を取った後、今日の予定を確認した。そして皆、めいめいに散って行く。予定と言っても、たこ焼きを焼き続けるだけだろ。などと静かに思ってしまった俺は、やはりこの祭りに興味を抱いていないらしい。客観的にそう分析した後、一つ大きく伸びをして廊下に出る。そこには既に、いつもの放課後のように片桐が立っていた。


「早いな」


「イッツ・スピーディ」


 しばらくして、校内放送で音楽が流れ始めた。それがますます文化祭色を強め、普段の日常から高校を遠ざけて行く。


 展示や喫茶店などをおこなっている各クラスを横目に見ながら俺達は目的地も無く歩いた。


「さっき、文芸部って言ってたけど」


 そう言うと、片桐は俺を見上げて頷いた。


「文芸部ってあった?」


「うわっ、失敬な。ありますよー、文芸部。十二名しか居ないけれども。ちゃんと活動してるよ」


「でも片桐は毎日、俺と帰ってるよな」


「実は部室とかは無くてね、先生が文芸部扱いにしてくれているだけなの。あ、ねえ、これからどこに行く? どこでも良いなら帰宅したいけど」


 早くも退場希望を出して来た片桐。それを食い止めて、俺達はとりあえず外に出た。しかし特に行きたい場所など思い付かない。二人して、ただぼんやりと昇降口近くの壁に寄り掛かる。日陰になっていて、背中が僅かにヒンヤリとした。


「文芸部扱いって?」


「メンドいから部活動には入りません、って言ったら微妙そうな顔をされてね。一年の時、担任の先生に。その後、ずっと部活には入らなかったんだけれど。夏休みに書いた作文が入賞したら、先生が文芸部ってことにしてくれたの。何も部活に入ってないのは良くないんだって。私の他に似たような感じの人が十一名、私を含めて十二名が文芸部扱いとなっているようです」


 はい、説明おしまい。そう言い、片桐は口元を押さえて欠伸をした。早くも今日という日に退屈しているようだ。


「あれか、表彰されていた」


 入賞した作文とやらに俺は思い当たる節があった。


「あの、壇上で思いっ切りクシャミしたの」


「あ、それ私」


 あの印象深い場面が脳裏にありありと蘇る。あれは本当に印象深い。忘れられない。


「我慢出来なかったんだよね。だって寒かった」


「確かに寒かったけどさ」


 だからって、あんなに思い切り良く壇上でクシャミしなくとも。俺が付け足して告げると、我慢は体に良くないと当然のように片桐は返して来た。あの時も思ったが、片桐は肝が据わっているのかもしれないな。


「そういや、文芸部って文化祭に向けて何かしたのか?」


「一応、みんなで作品書いてまとめたよ」


「冊子みたく?」


「そうそう」


 聞いたところ、片桐も短い話を書いたと言うので、興味が湧いた俺はそれを読みたいと言ってみた。が、片桐はあまり気の進まなそうな様子を瞬時に見せ、やめた方が良いよ、と言葉を紡ぐ。しかし、他にすることも無いか、と半ば投げ遣りな感じで片桐は言い、図書室へと俺を誘った。図書室にその冊子が置かれているらしい。図書室だと目に留まりづらく無いだろうかと思ったのだが、置き場所は先生が決めたことだし、別に誰かに見てほしいわけでは無いので構わないそうだ。せっかく作ったのだから多くの人に読んで貰った方が良いような気がするのだが。


「入賞した作文って何について書いたんだ?」


「んーと、人生はビーズ繋ぎのようなもの、みたいな。先生が勝手にコンテストに出しちゃったんだよね。まさか入賞するとは思わなかったから驚いた、ホント」


 人生はビーズ繋ぎ。面白い喩えだ。読んでみたいな。


「今回は?」


 冊子には何を書いたのだろうか。それは純粋な好奇心から来る質問だったのだが、隣を歩く片桐は自身の黒髪を撫で付けながら黙ったままだった。やがて開いた口から生まれたのは、何処か焦ったような口調の言葉だった。


「創作だからね、あくまでも。真実を書きましたとか、そういうのじゃないから」


 図書室の扉を押す直前、片桐は振り返ってそう言った。






 ″――彼女には、お気に入りの場所があった。雨露が凌げ、日光を遮ってくれ、空腹を感じた時には、その両腕から惜しげも無く果実を落としてくれる、緑豊かな樹の下だ。


 彼女は、そこを離れなかった。時間のほとんどを、そこで過ごした。おいしいパン、香りの良い紅茶、読み掛けの小説。それらを持っては出掛けて行く。小高い丘の上に立つ、大好きな樹の下へ。


 大樹が広げた、その両の腕には橙色のまるい実が美しく実り、陽光を一身に受けて、まるで太陽の子供のようにキラリキラリと輝いている。夜は、月と星の光に柔らかく照らされて、そこに宿る温かな心を示すかのようなまるい姿を――果実を宙に現していた。


 大樹は、いつでも彼女を拒まなかった。朝も昼も夜も彼女を、ただただ迎え入れた。彼女は、降るようにそっと重ねられて積もって行くその事実に、ただただ安心していた。


 ただ、彼女を迎え入れる大樹。ただ、安心する彼女。その間に流れるであろう何かには名前があるのだろうか。喩えば愛情、喩えば信頼、喩えば親愛。それは誰にも今は分からなかった。


 否、分かる時など永遠に来ないのかもしれない。それでも良いと彼女は思っていた。彼女は、失いたくない、奪われたくない、ここにずっとこうして居たい。その祈りとも言うべき願いが叶うなら、叶えられ続けるなら。それならばそれ以外のことなど、どんな風だろうと構わなかった。


 彼女の世界は、ちっぽけだった。名称だけを持つ「家」、痛みを与えられる「行き先」、安堵に包み込まれる「大樹」。これら三つが彼女を取り巻く世界であり環境であり全てだった。ちっぽけな世界は、ちっぽけに完結していた。


 ぽとん、と彼女のスカートの上に色鮮やかな橙色の果実が落ちる。彼女は甘酸っぱい香りを広げるそれを手に取り、香りを楽しんだ後に、さくりと綺麗に皮を剥く。水分を抱え込んだ果実は彼女の喉を潤す。体を潤す。柑橘の香りは彼女を包む。それは幸福。


 そんな毎日が、毎日続く。「家」も「行き先」も彼女を傷めたが大樹には棘は無く、あるのは穏やかな幸だけ。彼女はしんから満たされていた。たとえそれに逃亡という名が冠せられていようとも。


 ――明日が来なければ良い。そう、彼女は願う。それでも必ず陽は昇り、必ず陽は沈む。そのサイクルが崩れることも崩されることも決して無い。それと同じように「家」と「行き先」と「大樹」の形作るトライアングルも、崩れることも崩されることも無いと彼女は思っていた。思い続けていた。


 しかし、ある日、唐突に変化は訪れる。その夜は、いつもより月が赤に近い色に染まり、いつもより星が強く輝き、いつもより丘に生えた細い草という草がヒンヤリと冷たい、そんな静かな夜だった。何の音もしない夜なのに何処かが落ち着かず、何処かが騒がしいような感じが焦燥に似た何かの感覚となって彼女を息苦しいほどに押し包んでいた。


 ドドドド、という音が不意に夜の静寂を破り、彼女の耳に一直線に届けられる。彼女がふと振り向いた先、山のようになってそこにある果実が彼女の瞳に映り込んだ。そこに一歩一歩と近付いた彼女は、自分の体の奥底、まるで何か未知の生き物をそこに飼ってしまったかのような不安を覚えた。胸が痛かった。脈打つそれは鮮やかな鼓動の心音を生み出し、彼女に与え続けて行く。


 やがて小さな山となっている果実に辿り着いた彼女は、力を無くしたのか気が抜けたのか引き寄せられたのか、ぺたんとそこに座り込んだ。手を伸ばし、一つのまるい実を手に取ってみると、それはしっとりと彼女の片手に馴染んだ。もう片方の手で実を包み込むようにすると、それはますます彼女に馴染む。彼女の為だけに作られたかのように。


 一つを手に抱いたまま、彼女は片方の手を山の方へと、そうっと伸ばした。触れる。そこに体温など感じないはずなのに、彼女は確かに温かみを感じ取っていた。それは実際的なものでは無く錯覚的、或いは想像的なものだったかもしれない。そうであってほしいという、彼女の願望によるものだったかもしれない。その時、深い闇に染まった夜空を大量の小さな光がヒュンヒュンと走り抜けた。まるで何かが泣いているような音だった。空から生じたその音に導かれるようにして、彼女はハッと顔を上げ、夜の空を見つめた。


 クロスグリの実のように真っ黒で少しばかり深い紫の混じった夜の空には、それはもう次から次へと矢のように光が流れ、降り注いでいた。その今まで見たことの無い幻想的なさまに彼女はまさに心奪われ、じっと食い入るように夜空を見上げ見つめ続けていた。


 しばらくのち、降り注ぐ矢のような星の勢いは弱まり、個数も減り、泣くような音も小さくなって行く。そうして完全に流星が止むと、あれだけ無数の星がチカチカと瞬いていた暗い深い空には、たった一粒の星の姿すら見られなくなっていた。そこには先程まであった赤い月の姿も無かった。


 彼女は、まるで何かに怯えるように震え、まるで何かから守るように、或いはすがるように――目の前にある果実の山にそれを抱くようにして両腕を伸ばした。瞬間、片手に収めていた一つの果実が、彼女の手のひらを離れ指先から零れ落ちるようにポトリと草の上へと逃げ出した。


 弾かれたようにして彼女は立ち上がり、落ちた果実の行き先を見定めつつ追い掛けようと一歩を踏み出す。しかし、月も星も無い夜の空の下では転がり落ちて行く実の行き先など見えず、果実と草がぶつかり合って立てるサラサラという僅かな音に頼るしか無かった。


 闇の中を彼女は走り出す。最早、彼女の頭の中には止まらない果実を再びその手の中に抱くことしか存在していなかった。サラサラサラサラと、柔らかな川の流れる音のようなそれは、絶えず彼女を引き寄せ続けた。彼女自身が音の一部ででもあるかのように、彼女は転がり行く一つの果実を追い掛けた。追い掛け続けた。


 やがて丘の一番下まで落ちた果実は、そこから更に数メートル先まで進み、やっとその歩みを止めた。遅れて、彼女がそこに到達する。果実を拾い上げてその無事を確認した後、心底から安心し切ったように彼女は小さく息をついた。


 そして、ふと彼女は手の中の果実から自分の目の前へと視線を移す。そこには広大な草原が、ただ悠々とその姿を見せていた。


 いつの間にか溢れ出していた光が、広々とした草原を照らし出す。数え切れないほどの細く柔らかな草に包まれたそこは広く、限り無いほどに広く。


 途端、明るい薄緑色の草が一斉に揺れた。緩やかな風が吹いたのだ。彼女の左手側から右手側へと抜けて行く風は、サラサラという先程に耳にした川の流れるそれに良く似た音を生み出す。遊ばれるように草が揺れる。遥か彼方には地と空の境目が見えた。風が止むと音も止む。ぴたりと動かなくなった草原は、先程の揺れる柔らかな様子を唐突に消し去り、彼女の目前にその姿を晒す。


 彼女は、サク、と一歩を踏み出した。また一歩、更にまた一歩と踏み出す。足が彼女の意思から切り離されたかのように、意思に反するかのように動き出したのだ。


 彼女の意思。それは一体、何だろうか。彼女もまた、それについて考えていた。考えながらも両足は前進をめない。草を踏み、地を踏み、草以外何も見付けることの出来ない広い広い草原を、ただただ彼女は前に進んで行く。


 彼女は自分の右手の中にある果実に意識を向ける。足を動かしながら、右手を自分の目の前へと持って行く。まるく、橙色で、手のひらに収まる小さな可愛らしい果実。僅かに柑橘の香りが彼女に届けられた。果実に左手を添えて、両手で包み込むようにして胸の前でそれを抱く。その間も前進はめない。いつしか頭上で輝き始めた太陽に似たまるい光が、果実にとても良く似ていた。


 どれくらい歩いただろう。時間にしろ距離にしろ、その程度が彼女には良く分からなかった。一分かもしれないし、一時間かもしれない。十メートルかもしれないし、百メートルかもしれない。それが彼女には全く分からなかった。被膜に包まれたかのように。


 何故か、誰かに呼ばれたような気がして彼女は振り向く。そこで初めて、彼女は歩みをめた。振り返った先も行く手と同じ、無限を思わせる草原が何の感情も感じさせずに広がっているだけだった。


 前も後ろも同じ草原。しかし、突然そこにゆらりと現れたものがあった。陽炎のように揺らめきながら現れたそれは、確かに彼女には見覚えがあった。いや、見覚えどころではない。それは彼女を守り、慈しみ、潤いを与えてくれた、与え続けてくれたもの。彼女にとって大切な、失えないもの。


 小高い丘が彼女の瞳に映る。そこに立つ大樹が彼女の目に映り込む。それは彼女を取り巻くトライアングルの一つ。その中で最も大切なもの。彼女自身、どんな言葉で言い表せば良いのか分からないぐらい、それは非常に大事なもの。失うことなど、手放すことなど、今までに一度たりとも考えたことは無い。それが今や、とてもとても遠くにあった。


「あ」


 不意に彼女の口から一つの音が洩れ出た。それは驚きか、悲しみか。彼女は呼吸も忘れたようにひたすらに大樹を見つめ、決して視線を逸らそうとはしなかった。その時、距離的に断じて見えるはずのないものが彼女の目に飛び込んで来た。ズームアップをしたかのように彼女の視界は大樹に迫り、そしてそこに実る多くの果実を捉える。彼女の両手が包んでいるそれと同じような果実が、数え切れないほどに実っている。


 彼女の視界は、次に大樹と丘の全景を映す。思い出と呼ぶには未だ鮮烈すぎるそれが、彼女の全身を駆け巡る。そこで過ごした時間、与えられた時間、与えられた果実、守られた記憶。それがあったからこそ彼女は彼女を取り巻くトライアングルを耐えることが出来た。そうでなければ、たちまちトライアングルは形を失い、バランスを欠き、いつか彼女を飲み込んだだろう。それを一番良く知るのは彼女に他ならない。


 しかし彼女が今、見つめている、向いている方向は後ろだ。呼ばれた気がして振り向いた先に大樹はあった。それが意味するものは。


 別離。その二文字が、強く彼女を打った。いや、まだそうと決まったわけでは無い。まだ取り返しの付かないところまで来てしまったわけでは無い。すぐに引き返せば良いのだ、別れたくないのならば。しかし何故だろう、彼女の足はそこに根が生えたかのように動かなかった。視線は今もそのまま大樹を見つめ、視界には様々な角度からの大樹と丘と果実がグルグルと映る。巡る。


 キラキラと、彼女の頭の上では変わらずに太陽のような光が光る。風は、そよとも吹かない。草一本、揺れることは無い。そこに立つ彼女も動かない。まるで一枚の絵画のようだった。それを壊したのは彼女自身だった。彼女の視界は通常を取り戻し、再び大樹は遠くなる。手の届かない場所に戻る。彼女と大樹の間には遠い距離が広がる。それは渡ることを許されない天の川のようだった。


 彼女は、くるりと背を向けて歩き出した。前へ。小高い丘に、大樹に、決別するように背を向けて。前へ、前へ。そこには先程には無い、確かな意思が芯を持って宿っている。それを彼女自身もまた感じていた。


 風が吹いた。両の手で包まれた果実から香りが舞った。それに惹かれるようにして、彼女は歩きながら果実の皮をさくりと剥く。たちまちにして強く舞い上がる柑橘の芳香。十二に分かれた実の内の一つを、神聖なものを口にするような面持ちで彼女は食べた。彼女の喉は自分でも気が付かなかったほどに渇いており、滑り落ちて行く水分がしっとりとそこを癒やす。


 一度だけ、彼女は振り向いた。呼ばれたからでは無い、彼女の意思で振り向いた。そこには依然として小高い丘と大樹が見えたが、それらは先程よりも彼方にあり、かろうじて見えるくらいに遠くなっていた。その小さな景観が不意にゆらりと揺れた。現れた時と同じように、陽炎のように。消えることは無かった。ただ、ゆらゆらと揺れていた。それを目の奥に焼き付けるようにしてじっと見続けた後、彼女は体を反転させて再び歩き出した。″






 ――そこで片桐が書いた物語は終わっていた。冊子を閉じ、隣に座る片桐を振り向くと、もぐもぐと何かを食べている。その手元に視線を落とすと食べ掛けのサンドイッチが目に入った。


「あ、読み終わった?」


 罪の無い様子で片桐は俺を見上げ、尋ねた。


「ああ。それより何、食べてるんだよ」


「ツナサンド。美味」


「違う、そういう意味じゃなくて。ここは図書室だろ。図書室で食べるなよ」


「大丈夫、ちゃんと手は拭くし。本を読みながら食べてないし」


 食べ掛けのツナサンドをポイと口に入れて、再びもぐもぐと咀嚼している。その様子に反省や後悔の色は無い。片桐の右隣には、今朝に見た紙袋が置かれていた。あれの中身はサンドイッチだったのかと合点が行く。


 図書室の中は来た時と同じ静けさが保たれていて、俺の記憶違いで無ければ俺達の他には誰もいないだろう。


 入ってすぐのところにあった三個の長机の上には冊子が置かれていて、「一冊 百円」という文字が小さな画用紙に書かれセロハンテープで机に貼り付けられていた。その隣に立ち並ぶ本棚は左右開閉式で、取り付けられたハンドルを回すと敷かれたレールの上を本棚が移動する仕組みになっている。初めて見た時には驚いた。その本棚の奥、突き当たりの壁に沿うようにして存在している木製の長椅子のようなところに、俺と片桐はひっそりと座っていた。


 いや、ひっそりとしていたのは俺だけで、片桐はサンドイッチを頬張っていたのかもしれないが。そう思っている間にも、片桐はまた新しいサンドイッチを取り出そうとしている。腕時計を見ると、午前十一時になろうというところだ。まだ昼飯には早くないだろうか。


「読み終わった?」


 片桐が先程の問いを再び重ねる。俺が頷くと、じゃあこの後どうしようか、と退屈そうに呟いた。

 

 声は静まった図書室内に響き、吸い込まれ、消えた。カチ、という何処かにあるのだろう壁時計の針が時を刻む音を生んだ。


「いやいやいや、それはやめておこうよ。ね?」


 片桐の書いた物語が載っている冊子。俺はそれを手に図書室の入り口付近にある長机まで歩いた。文芸部発行のそれは一冊百円で販売されていたが、販売とは言っても図書室は無人で、机には本と張り紙と小さな箱、そして俺が今、手にしているこの冊子が三十冊程、寂しそうに置かれているのみだ。購入者は小箱の中に代金を入れる仕組みらしく、俺が制服のズボンのポケットからチャリチャリと小銭を取り出すのを見て、その意図するところを知ったらしい片桐は全力で俺を止めに掛かった。


「今、読んだんだし。もう良いでしょ?」


「気に入ったんだけど。何でそんなに嫌そうなんだ?」


「嫌っていうか微妙っていうか落ち着かないというか。とにかくやめよう。ね?」


 チャリ、と俺が百円玉を一枚、無造作に小箱に入れると、


「あっ! 何ていうことをしてくれたんですか!」


 と、その小箱の中を覗き込みながら片桐は焦ったように言った。


「ホントに買うの」


「買う。もう買った」


「いや、まだ返品可能ですよ。箱を逆さまにすれば相模原君の百円は返って来ます」


「返品しないし」


 あーあ、と絶望と諦めの入り混じった声を出しつつ、片桐は未だ箱から視線を剥がさないままだった。何がそんなに嫌なのだろう。


「片桐って物語書けるんだな」


 尊敬の念を込めて俺はそう言ったのだが、当の片桐は無関心のようだった。まだ箱の中を見つめている。


「なあ、さっきのサンドイッチ余ってる?」


 そう聞くと、やっと片桐は視線を上げた。


「あるよ。ツナサンドオンリーだけど良かったら食べる?」


 ガサガサと、手に提げた紙袋の中へ片桐は手を入れる。


「食堂で食べよう」


 俺がそう提案すると即座に手を引っ込め、うん、と言って片桐は笑顔を見せた。


「ちなみに、それは誰が作った?」


「あ、今回は私です。芳久は出張しちゃったから」


 図書室を出て食堂へ向かいながら、ああ、俺はやはり片桐の口から紡ぎ出されるその言葉を気にしているのだなと、何故か静かに再確認していた。


 ――結局、俺達は文化祭とは程遠い日を過ごした。昼は片桐が作ったというツナサンドを食堂で食べ(食堂にはほとんど人が居なかった)、各クラスの出し物や模擬店を見て回ることも、体育館で行われたらしい芸能人の誰かの話を聞きに行くことも、校舎前に特設されたステージでのライブ演奏を聴きに行くこともしなかった。


 それでは何をしていたかというと、特に何もしなかった。昼飯にツナサンドを食べて水を飲み、その後にミルクティーが飲みたいと言った片桐に俺は自販機でそれを買った(片桐は異常なくらいに喜んだ)。自分の分はアミノ酸系飲料水を買って、二人して示し合わせたわけでも無いのに自然に食堂へと足を戻した。そして文化祭が終わるまで、だらだらとそこに居座っていた(そういえば午後の点呼に行くのを忘れた)。特別な話をしたわけでは無い。例によって他愛の無い話だ。それでも俺は退屈など少しも覚えなかったし、片桐も模擬店などに興味は無さそうだったし、互いに満足した一日だった。


 ということを帰り際に、今日は片桐さんとどうだった? と尋ねて来た響野に淡々と俺が告げたら、お前らはちょっと変わっているのかもしれないな、二人してAB型か? と疑問そうに返された。何とも失礼な奴だ。


「そういうお前は、今日どうだったんだよ」


「延々と、たこ焼き焼いてた」


「それはお疲れさま」


「思ってないだろ。明日はサガミが午後当番、忘れてないよな」


 皮肉を込めてそう言って来た響野の言葉で、俺は今から明日が憂鬱になった。


「たこ焼き、ちゃんと焼けたのか」


「まあまあかな。引っくり返すのが意外に難しい。焼けたかハッキリ分からなくて、ほったらかしといたら焦げてて女子に怒られたし」


 そのセリフには同情を覚えたが明日は我が身だ。面倒なことこの上無いが、やるしか無い。


「何で俺らのクラスの女子は、あんなにうるさいんだろうな」


「さあな」


 文句があるならお前らが焼け、と呟いた響野の二の舞にならないように気を付けよう。そう、俺は思った。






 文化祭第二日目にして文化祭最後の日の当日。午後、クラスの店の方に行かなければならないと朝に俺が片桐に告げると、相模原君のクラスは何をするんだっけ、と片桐が尋ねて来た。しかしそれは尋ねたというよりも、何処か独り言めいた響きを多く含んでいた。


「たこ焼き屋」


「ふーん」


 簡潔な答えに簡潔な返事。互いに興味が無いことが窺い知れる。


「だから午後は一緒に回れないけど……ていうか回る気はないか。一緒には居られないけど、三時過ぎくらいには多分空くから」


「うん。分かった」


 午前中、昨日同様に俺達は連れ立って図書室へ向かった。模擬店を見て回るなどの選択肢の存在すら有り得ない俺と片桐が、何処で時間を潰すかということについて話し合った結果、図書室が適しているという結論が出た。僅か二分程で。


「図書室、静かで良かった。音楽は流れて来ないし、誰も来なかったし」


「確かに」


 昨日の図書室には午前中、誰一人としてやって来なかった。俺は冊子を読んでいる間は周りを気にしていなかったので、断言は出来ないが。それでも読書に集中出来る程の静けさだったことは確かだ。校内放送で流れる落ち着かない音楽もほとんど入って来ない。まるでそこだけが隔絶された空間のようだった。






 やはり昨日同様に左右開閉式の書棚の奥、木製の長椅子のようなところに俺達は並んで座った。そしてしばらくした後、片桐が口を開いた。


「何かさ、私達ってちょっと変わってるかもね。文化祭、全然楽しんでない感じ」


 静寂の図書室内、取り立てて大きな声で話したわけでも無い片桐の声は良く響いた。


 静寂が声を広げ、そして吸収する。室内は、すぐにまた元の静けさを取り戻す。ほんの僅かにだが、外の喧騒や廊下に流れる音楽がここにも入り込んでいることに気が付く。しかしそれも、特に音楽の方は意識して耳を傾けないと気にはならない程度だ。


「昨日、教室に戻った後、楓に相模原君とこうやって過ごしました的な話をしたらね。えっ、そうなの? って、ちょっと驚かれたから。確かに文化祭という全体像を避けるようにして過ごしたなーと思って」


「ああ、模擬店なんか一つも行かなかったしな。見たかった?」


 尋ねると、ぶるぶると大袈裟に首を振って片桐は否定した。


「誤解がないよう付け足すと、つまんなかったって言ってるんじゃないんだ。文化祭回避作戦を真剣に考えていた私としては、相模原君が一緒に居てくれて救われたし楽しかった。ホントに。ただ、およそ文化祭らしくない時間を二人して過ごしたなあって改めて思いました、マル」


「俺も似たようなこと響野に言われた」


「変わってる、とか?」


「そう」


 会話が途切れると、再びその姿を現す静寂。


 冷房が入っているわけでも無いのに、ここは何処となくひんやりとしていた。日陰になっているのだろうか。椅子から伝わる控え目な冷たさが手のひらに届く。何とは無しに視線を辺りに動かすと、自然と沢山の本が目に映る。これらを全部読んだらどれくらいの時間が掛かるのだろう。カチ、という時計の進む音がして、ふと俺はそんなことを思っていた自分に気が付いた。


 途端、ジャリジャリ、という砂を噛むような音が不意に隣から聞こえて、俺は片桐を見た。その左の手のひらには、色とりどりの小さな星のかけらのようなものが載っていた。


「あ、食べる? 金平糖」


 俺の視線に気が付いたのか、指先に摘んだ一粒を口に運ぶ途中で片桐は軽く首を傾けて尋ねた。それに返事をして、俺は一つのかけらを取り、口に入れる。じわりとした甘さが広がった。


「片桐って、いつも何かしら食べているイメージがあるな」


「腹が減っては戦が出来ぬ」


 ジャリジャリと金平糖を噛み砕きながら、何処か楽しそうに片桐は言った。揺れる片足が、やはりその片鱗を示しているようだった。


「変わっていようがいまいが、本人が楽しければそれで万事がオッケーだよね」


 ね、と同意を求めて来た片桐に、そうだな、と返すと、片桐はひどく嬉しそうに笑った。そして手のひらに残っていた十粒程の金平糖を一気に口に流し入れる。


「まだあるから大丈夫だよ」


 と、小さな瓶をカチャカチャと鳴らして更に片桐は笑った。


 こうして午前中、俺と片桐は図書室で過ごした。時々、金平糖をジャリジャリと食べながら。昼は、やはり昨日と同様に食堂に行き、片桐が作ったサンドイッチを食べた。今日はツナサンドに加え、ポテトサラダサンドも入っていた。


 そして、午後の一時になる前に俺と片桐は別の場所に向かうこととなった。俺は、たこ焼きを焼きに正門近くに設けられた模擬店へ。片桐は、図書室へ。


「本、読んでるから。終わったら来てね」


「ああ、分かった」


 ひらり、舞う蝶のように片手を振って片桐が言う。それに俺が答える。こうして俺達は別れた。


 ――その後。思った通り、たこ焼きを焼き始めて僅か三分程にして俺は馬鹿らしくなった。予想に反して、たこ焼き屋には列が出来るくらいに客が来た。生徒の他に一般客も混じり、焼くのが追い付かないくらいだ。


 不可抗力で耳に入って来たクラスメイトの話によると、昨日もかなりの混雑を見せたらしい。たこ焼き屋をやったのが自分達のクラスだけだというのもあるかもしれない、とも。そんなことはどうでも良い。とにかく早く俺の当番の終わる三時になることを願うばかりだったが、まだ三分強しか過ぎていないのだ。軽く眩暈を覚える。俺は、とにかくたこ焼きを焼いた。焼き上がったそばから係のクラスメイトがプラスチックの容器にそれを詰めて行く。焼く焼く焼く。俺の一生の内で、こんなに連続してたこ焼きを焼くことなど今後あるのだろうか、などという思考が脳裏をよぎってしまう程に。俺はただ、たこ焼きを焼き続けた。


 やがて、午後三時になり、俺はようやくここを離れられると息をついた。


「あ、相模原君。交代の時間になったから代わるよ」


 言われて振り向くと、クラスメイトの女子が立っていた。


「かなり、お客さん来たよね」


「ああ」


 俺は答えながら、この人の名前は何だったかと失礼な疑問の回答を考える。しかし浮かばず、俺はすぐにそれについて考えることをやめた。似合いもしないエプロンと三角巾を外し、一言断ってからその場を離れようとすると、驚くべき発言が俺の耳に飛び込んだ。


「そういえば、さっき誰かが相模原君を探してたよ。多分、二年生の女の子」


「え?」


 思わず聞き返した俺を特別気に留めた様子も無く、更に続けられる。


「三時、ちょっと前に来てね。しばらくお店の前をウロウロしてた。で、相模原君いますかって」


「あ、私も見た」


 後ろから別の声が聞こえ、俺がそちらを見遣ると更に一人のクラスメイトが立っていた。またも名前が分からない。


「一人でウロウロしてたよね」


「そうそう」


 似たような顔と声で似たように笑う二人に、俺は正体の分からない苛立ちめいたものを覚えた。何故だろう。


「それで、何て答えたんだ」


「え?」


「だから、俺を探してたんだろ」


「ああ、相模原君ならたこ焼き焼いてるよって指差して教えてあげた」


「その後は?」


「その子、そうですかって言って相模原君を見てた」


「それで?」


「終わり」


 ね、と顔を見合わせて笑う二人のクラスメイト。彼女達は俺の質問に答えただけだ。それが、どうしてこんなにも不快なのだろう。俺は普段、苛立ちやすい性格だっただろうか。


 俺はとりあえず礼を言って図書室に向かおうとしたが、正にその時、一人が俺の名前を呼んだので振り返った。振り向かなければ良かったと、次の言葉を聞いて俺は後悔したが。


「ねえ、相模原君の彼女?」


 俺が黙っていると、


「放課後、教室の前で待ってるでしょ、あの子。一緒に帰ってるの、何回か見たし」


 と、続けられた。


「いつ頃から付き合ってるの?」


 付き合っていると言ってもいないのに、それ前提で話が進み始めていることに少しばかり驚いた。それよりも、俺は気が付いたことがある。それが頭の中に急速に広がったことを感じて、そちらに意識を持って行かれた。


「私ね、知ってるんだ。部活の後輩から聞いたんだけど。あの子って変わり者で有名らしいよ?」


 意識が目の前に戻る。


「しょっちゅう学校休んだり遅刻したりしてるらしいし、部活にも入ってないし。授業の途中に保健室行くことが多いんだって」


「だから?」


「だから、変わり者って話。先生とも良く言い争いしてるとか」


「だから、何だよ」


 警鐘が、鳴る。根が生えたように動かない両足を意地でもこの場から引き剥がし、俺は図書室へと向かうべきだろう。ここに、居るべきではないだろう。それなのに足が、体が、縫い留められたように動かない。


 目の前に居る二人のクラスメイト。その四つの瞳に浮かぶ色が俺を腹立たしくさせたのだと気付く。理解する。そこに浮かんでいたのは揶揄だった。それは声にも散りばめられていた。その対象が俺なのか片桐なのかは分からないし、知りたいとも思わない。ただ、底の方から浮かびつつある自分の感情は無視出来なかった。


「アイツが変わっていようといまいと、お前らには関係無いだろう」


 途端、目前の二人からサッと表情が失われる。その目には最早、からかうような色はかけらも見えず、代わりに驚愕が滲み出ていた。


 俺は二人に背を向け、図書室へと急いだ。後ろから俺を呼び留める声がしたが、今度こそ俺は振り向かなかった。






 ――早々に図書室へと辿り着いた俺は僅かに呼吸を乱していた。思わず一度、大きく息をつく。


 扉を開けるとそこは午前中同様にしんと静まり返っていて、何処となくひんやりとした空気が漂っている。それを壊さないように俺はそっと扉を閉め、一歩、踏み出す。トン、という足音が一つ、控え目に響いた。その、まるで現実から切り離されたかのような図書室という場所に、片桐の姿はなかった。扉の正面奥にある読書スペースは勿論、開閉式の書棚の奥にある長椅子にも。書棚の間を順に見ても同じだった。念の為、図書室の二階にある視聴覚室も見てみたが、誰の姿も無い。


 カチ、と時計が時を刻む音がした。静かな室内、その音は意外にも大きく聞こえ、止まり掛けていた俺の脳を揺さぶった。見上げると壁時計が目に入り、午後の三時二十分を指していた。俺は階段を下り、何となく室内を見回してみたが、そこに誰も居ないという事実に変わりは無かった。


 俺は携帯を取り出してディスプレイを見たが、電話もメールも着信してはいなかった。そのまま新規メール作成画面を起こし、片桐へ短いメールを送った。


 確実に緩やかに時は過ぎ、やがて午後の四時になろうとしても片桐は図書室に姿を見せなかった。返信も無いままに。






 ――放課後。文化祭第二日目にして最終日はようやく幕を閉じた。いつもより少しばかり長めの担任の話があり、片付けは明日の午前中を使って行われると告げられた。


 教室に戻ってから今まで、俺は携帯電話が震えないかと気になっていたのだが、それは沈黙したままだった。俺はもう一度、片桐にメールを送った。そして少し待ってみたものの、やはり返事が来ることは無かった。


 校内に文化祭の余韻が充分すぎるほどふわふわと満ち溢れる中、俺は晴れない気持ちで正門を出た。そして黙々と長い道を歩き、いつもの本屋が視界に入る頃、ブレザーの左ポケットで携帯が震えた。


 しかし、そのメールは片桐からでは無く、橘さんからだった。

 



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 From:橘芳久

 

 Sub:今日


 Text:久しぶり。今日って文化祭だったと思うんだけど、綾と何かあった?


 

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 心臓が一際、大きく打った気がする。片桐の名前が目の奥に飛び込む。学校帰りの道にも関わらず、俺はすぐに返信をした。すると再び、橘さんからメールが来る。それを読んだ後に再度返信し、俺は携帯を閉じた。しかし思い直し、片桐にメールを書き、送信する。送信しました、の表示を確かめてから俺は携帯を仕舞った。図書室に向かった時のように駅に向かう足が早くなって行く。


 電車の中から見える、視線の先に広がる空は薄暗くなり始めていて、それがまるで投影されたかのように心の中が灰色に染まる。数時間前の自分、つまりクラスの模擬店でたこ焼きを焼いていた自分が憎らしい。そんなもの放り出して、初日と同じように片桐と居れば良かったと悔やまれる。せめて、せめて片桐が来た時に気が付いていれば。


 だが、過ぎたことを後悔したところで決して時間は巻き戻らない。生じている現実は事実のまま動かない。動かすならば、現在から先でしかないのである。


 俺が電車を降りて家へ向かう間、携帯電話は無言のままだった。






 文化祭最終日翌日。午前中は文化祭の後片付けで潰れるのだから楽で良いじゃないか、と、何とか片桐を説得した俺は、片桐と一緒に登校した。厳密に言えば、授業が潰れるのは望ましくないし、片付けはそれはそれで面倒だ。後半には片桐も同感らしく、本来の理由に加えて欠席を希望していたが、そこを何とか連れ出すことに成功したわけである。


「相模原君、何だか一生懸命だね。何で?」


 と、片桐に無邪気に尋ねられても、俺自身、その理由は良く分かりはしない。


 ただ、片桐はいつ連続して休むか分からないわけで。学校に来られる時は来ておいた方が良いだろうと思うのだ。俺が「片桐に一生懸命」なのは、それだけでは無いかもしれないが。


 気怠さを押して文化祭の残骸を片付けながら、どうせ捨てるなら作らなければ良いのにと、俺はふと思った。前日まで光を受けていたものが、こうしてたった二日間で跡形も無く打ち壊され捨てられて行くのを見ると、少なからず哀愁を覚える。クラスの女子はそんなことに関心は無さそうな様子で、数人で集まりながら楽しそうに話をしつつ手を動かしていた。その中に俺は昨日の二人を見付け、また言い表し難い怒りにも似た感情が沸々とよみがえって来たのを感じた。


 昨日の夜に聞いた片桐と橘さんからの話によると、俺を探しに模擬店まで来た片桐は、その場に居た俺のクラスの女子二人に棘のある言葉を言われたらしい。内容は片桐自身も詳しく話してくれなかったが、どうやら二年生の片桐と三年生の俺が付き合っている(とは彼女達は断定出来てはいないらしいが)ことが気に入らなかったらしい。


 正直、どうでも良くないか? と思ってしまう。片桐が、では無い。二年と三年、片桐と俺が付き合っていることだ。互いの友人なら多少気になる恋愛話ということになるかもしれないが(事実、響野は結構な割合で尋ねて来る)、さして親しくも無いクラスメイトなどの恋愛が気になるものだろうか。


「どーでも良いな……」


 ダンボールの束を括る俺の口から小さく独り言が洩れて行った。






 ――その日、やっと文化祭の後片付けが済み、校内にはいつも通りの風景が取り戻された。


 放課後を迎え、珍しく響野がコロッケを奢ってやると言うので片桐共々、俺達三人は一緒に帰路を歩くことになった。


「お前らって、いつも歩いて帰ってるのか?」


「ああ」


「何で?」


「金が勿体無いから」


「私はそれもあるけど、この距離に百円以上お支払いするのは何だか残念賞気分だから」


 三人で歩くのは本当に珍しい。それ以上に、響野が奢ると言い出したことが珍しい。


「どういう風の吹き回しだよ」


「何が?」


「突然、コロッケ奢るって」


「ああ、別にコロッケじゃなくても良いぞ。ハムカツとか唐揚げでも」


 いや、そこは聞いていない。


「まあ何て言うか、無事に文化祭が終わったことで、俺からお前への労いというところかな」


「気持ち悪い」


「じゃあ食べなくて良いよ。片桐さんと食べるし」


「いや、食べるけどさ」


 中学からの付き合いがある響野だが、自分から率先的に「奢る」などと言って来たことはほぼ無い。俺の記憶にある限りでは二回だ。それが何故、今回突然にこんな話になったのか。俺は心底、不思議だった。まさか本当に文化祭に纏わる労いということは無いだろう。


 そういう俺の疑問を読み取ったのか、


「文化祭のっていうか、あれだな。サガミさ、クラスの女子とちょっとあっただろ。あれに対してお疲れさまってとこ」


 と、先程より少しばかり真面目なトーンで響野は言った。


「ああ、理解した」


「えっ、なになに?」


 興味津々といった感じで俺を見上げて来た片桐に話すべきか迷ったが、


「ほら、片桐に余計なこと言った奴が居ただろ。それでちょっとな」


 と、俺はぼやかし気味に伝えた。


 わざわざ一から十まで話して、再び不快な気持ちを思い出させることは無いと思ったからだ。


「あー、なるほど。え、相模原君も何かぶつかったの?」


「そんな大袈裟なことじゃない」


「話によるとカッコ良かったらしいですよ、サガミ君」


 少し前を歩き、振り向きながら言う響野がちょっと鬱陶しいと思った俺は、きっと間違ってはいない。


 高校の最寄り駅を少し左に行った路地に、その惣菜屋はいつもひっそりと開かれている。時々、高校生数人が店の前に立って思い思いにコロッケなどを食べているのを目にする。勿論、買い食いは良くない。しかし、学校帰りにこうして何かを買って食べるのはどうしたって魅力的なのである。奢りとなれば尚更だ。


 当の響野は早々にコロッケを一つ頼み、揚げ立てだという熱々のそれにたっぷりとソースを掛けて頬張っている。


「片桐、決まった?」


「うん、あのジャガイモが三つ刺さってるの」


俺は遠慮無く響野に会計を頼み(片桐の分も響野が支払ってくれた)、響野はコロッケ、俺はハムカツ、片桐はジャガイモ串をそれぞれに食べた。


 ここの惣菜屋は量の割に安く、しかもおいしい。しばし俺達三人が無言で食べ続けるぐらいに。


「買い食いって良いですねー」


 やがて、ひどく幸せそうに言った片桐に俺と響野は強く同意した。


 他愛無い話をし、俺達は駅へと歩く。俺は一応、奢って貰ったことに対し響野に礼を言うと片桐もそれに重ねる。しかし返って来た響野の言葉は全然関係の無いものだった。


「二人って付き合ってるのに名字呼びなんだな」


「あ、ホントだ!」


 片桐は、ハッとした様子で言った。


「名前にする?」


「あー……どっちでも片桐の好きな方で良いよ」


「目の前でイチャイチャされると複雑なんですけど」


 そうこうしている内に両ホームに電車がガタガタと走り込んで来て、そこで会話は途切れた――はずだった。


「名前にするね、怜君!」


 と、僅かに大きな声が背後でした。


 思わず電車に乗った瞬間に振り向くと、笑顔でひらりと手を振って見せた片桐と目が合う。その隣では響野がニヤニヤとした目で俺を見ていた。腹立たしい。


 お互いに違う方向へと電車は走り出し、やがていつもの風景が目に映り始めると、何となく安堵の息が零れた。自分でも理由は良く分からない。その正体が安堵なのかさえも実は分からなかった。ただ、文化祭という行事が終わり、片桐に笑顔が戻ったことは間違いなく嬉しかった。


 ――変化して行く紫陽花の色のように、俺と片桐は互いの呼び方が変わり、それに引っ張られるようにして目に見えない何かが少しずつ変化しているような気がした。俺は未だに片桐と呼んでしまうことが多く、綾と呼んだ回数は少ない。少しずつ、本当に少しずつだが俺達は変わって行った。それが何処に向かっているのかは、俺にも、きっと片桐にも分からない。まるで万華鏡が次々に生み出す模様のように――それよりはスピードが遅くとも――その形は捉え難いものだった。






 六月が去り、やがて訪れた夏休み。それは俺にとって高校生最後の夏休みで、大学進学を考えている身には大切な時間だった。基本的には自由参加の高校の夏期講習に対し、俺は積極的に受講予定を組んだ。大学受験に際し、推薦が貰えるとは限らないし、推薦で受かるとも限らない。出来ることを精一杯やっておくが吉だ。それに、高校での夏期講習は無料だ。素晴らしい。有名な学習塾なんかで講習を取ると、数万円は払わなくてはならないことになる。暑い毎日、いちいち電車に乗って高校まで来るのは面倒だが、無料には勝てない。内容がお粗末ならば来る価値は無いが、一年と二年の時に受けた講習はなかなか実りのあるものだった。


「怜君は勉強に一生懸命で偉いねー」


 駅のベンチ、隣でベルギーチョコレートのソフトクリームに夢中になりながら片桐が言った。その声は暑さのせいか、やや間延び気味である。


 れいくん、という響きが耳に残る。そんな風に呼ばれたことは、両親ぐらいからしか無いからだろうか。叔父も初めはそう呼んでいたが、そのうちに「君」が外れた。それを俺は悪く思っていない。


「暑いよう」


 セミの鳴き叫ぶ声が延々と続く中、視界には真っ青な空と真っ白な雲のコントラスト。夏特有の、じっとりとした空気。隣には、暑い暑いとポツポツ繰り返しながらソフトクリームを食べる片桐。


「夏だな」


「夏だよ?」


 平和そのものな時間が二人を包んで流れて行った。 

 





 ――ミンミンミン、というアブラゼミの鳴き声が真夏の暑さを助長する。そんな気がする。その日は特に暑い日で、俺が午前中の数学の講習と漢文の講習を受けた後に校舎を出ると、待ってましたと言わんばかりにジリジリと太陽光が俺を焦がした。時刻は午後十二時半、高い位置で太陽が輝く。高校から公共のバス停までを繋ぐ道の両側では、色濃い緑が自己を主張する。ちなみに高校の夏休み中は通学バスが動いていない。夏の熱気に白旗を振り掛けて公共のバスの時刻表を見ると、次が十五分後だった。


 暑さのせいで普段より長く感じられる駅までの道を歩いていると、ブレザーのポケットで携帯が震えた。こっそりと見てみると、背面ディスプレイに「片桐 綾」の文字。辺りにチラホラとしか生徒が歩いていないことを確認してから、俺はメールを見る。



 


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 From:片桐綾


 Sub:やっほう


 Text:ちょっと、ご相談したいことがあります。今日、時間あるかなー。アイスとか食べながらでも。


 

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 相談? その中身が気になりつつ俺が返信をすると、五分も経たない内に再びメールが着信する。


 

 


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 From:片桐綾



 Sub:ありがとう!



 Text:じゃあ私が駅に行こうか?その方が帰りも楽かなーと。


 

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 高校の最寄り駅近くにある喫茶店。俺がそこに着いてから一時間経たないくらいで片桐が姿を見せた。青空に流れる白雲のような、そんな模様のワンピースを着て。けれど、目の前に座った片桐の表情は雨が降り出す少し前のように曇っていた。


 片桐の注文した、ブルーベリーのフレーバードティーがテーブルに届けられる。やがて一つの雫が大海、或いは大地にゆっくりと落とされるように、片桐は驚くほど、静かに言った。


「転勤、するんだって」


「……誰が?」


 芳久が。そう、囁くような片桐の声がそっと宙に舞い、そして消えた。


 来月の八月末には転勤、つまり引っ越してしまうこと。行き先は大阪ということ。こちらに戻って来る予定は今のところは未定ということ。それらを昨日、聞いたこと。


 喫茶店内を緩やかに流れ巡るクラシックに絡め取られて消えてしまいそうなほど、話す片桐の声は小さく儚かった。それを注意深く聞き取り、時々返事をしている内に、俺は何を言ってやれば良いのかを考え始めていた。言ってやれば良いのか、などという考えはおこがましいのかもしれない。それでも俺は、何か言いたかった。それが何なのかが分からないままに。


「急な話だな」


「うん」


 シャボン玉のように、ぱちんと消えて無くなってしまいそうな片桐の声。


「昨日、会ったの?」


「最初メールしてて、途中で電話して」


 途切れる、声。場を繋ぐように、カランと氷の溶けゆく音がした。


「もしも」


「ん?」


「もしも、芳久が帰って来なかったらどうしよう」


 合わせた片桐の目に涙は無かった。けれども、そこに湛えられた不安や悲しみのようなものがゆらゆらと絶え間無く揺れているのが見えた気がして、俺は心の奥深くを急に掴まれたような錯覚を覚える。錯覚だろうか?


「いつ帰って来るって分かってれば、ここまでにはならないのかもしれないんだけど。その日まで待っていればいいんだって思えるかもしれないけど。でも」


 途切れる声。片桐の両目が僅かに伏せられる。


 手を伸ばせばすぐそこに片桐は居るのに、俺はまるで蜃気楼を相手にしているような頼り無さを感じた。もしかしたら手を伸ばしてしまうと、逃げ水のようにゆらんと遠ざかってしまうのかもしれない。俺を誘うように、からかうように、無邪気に。ただただ遠ざかってしまうのかもしれない。


 ――俺は何を考えているのだろう。片桐が蜃気楼や逃げ水のわけが無い。幻であるわけなど無い。


 ついにあまりの暑さにやられたかと、俺は自分の脳味噌に不安を覚える。しかし、ここは冷房の程良く効いた喫茶店の中。脳も心も、妨げられはしない。少なくとも、気温や室温によっては。


「いつ、帰って来るのかな……」


 長い沈黙の後、独り言のようにぽつんと片桐は言った。


 俺はと言えば返す言葉が見当たらず、ただ座って片桐を見ているだけだった。何とは無しにアイスコーヒーを飲むと、つられたように片桐もブルーベリーティーを飲んだ。


 店内にはあまり客が居ず、僅かな音量で流れ行くクラシックのメロディーがハッキリと耳に届けられるほどだ。その中で今、俺が考えるべきことは確かに分かっている。だが、考えられない。まるで何か正体の見えない不確かなものが俺の血に乗って巡っているように、それは緩やかに俺を支配し、考えるべきことから遠ざける。


「仕事のことだから、仕方無いよね」


 半分近くは空になったグラスを、コツ、とコースターの上に置き、片桐はやはり囁くように儚く告げる。


「分かってるんだ。どうしようもないっていうことは。私がどうにか出来ることでも、して良いことでも無いってことも。ちゃんと分かってる。それでも、私」


 不自然に、途切れた言葉。けれど不自然に途切れたからこそ、そこに存在する片桐の感情が良く分かるような気がした。


 俺は、片桐と橘さんが築いて来た形を知らない。橘さんが片桐の家庭教師だったことや、あの広く静かなマンションの一室に橘さんが住んでいて、そこに片桐が頻繁に行っていたことは知っていても、そんなのは所詮、表面上のことに過ぎない。そういう「事実」は、ほとんどの人が言われれば理解出来ることだろう。しかし、二人が過ごして来た時間や作り上げた形については、二人だけにしか分からない。二人以外の誰にも、理解することは出来ない。だから。


「寂しくなっちゃうな」


 だから、力無く笑った片桐がどんな想いでそう口にしたかなど、俺に分かりはしないのだ。


 ――否、分かりたくなかったのかもしれない。自分自身のことだって完璧に理解することは出来ないだろう。しかし、それは真実かもしれないが、今の俺には自分が導き出したその結論が逃げ道の他には到底、思えなかった。


「別に、これっきり会えないってわけじゃないだろ」


 片桐の頼り無い目が、俺のそれとぶつかる。ふと、逸らしたい気持ちが急速に込み上げて来る。


「メールとか電話だって出来るんだろ?」


「うん」


「その内、いつ頃に戻るかとか分かるようになるって」


「そうかな」


 気休めだ。俺が口にしているのは全て気休めに過ぎない。自分でも分かっている。だが、他に何が言えただろう。何を、言うべきなのだろう。


「あと……」


「どうした?」


 俺が先を促すと、


「引っ越すわけだから、あのマンションは手放すんじゃないのかなって」


 と、また両目を微かに伏せて片桐は言った。


 皆まで聞かずとも、片桐の言いたいことは分かりすぎるくらいに分かった。しかし、それこそどうにも出来ないことだ。あの家は当たり前に橘さんの家であり、片桐や、まして俺の持ち物ではないのだから。などという正論を突き付けたところで片桐が安らぐはずはないので、そんなことは間違っても告げはしないが。


「そうかもしれないな」


「そうかもしれないよね」


 巡るクラシックが、まるで鎖か何かのように俺達を取り巻いているような気がした。俺達の会話には発展性が無く、同じところをグルグルと廻っているだけのようだった。


「日常って、変化するんだね」


 片桐のその言葉は、俺にひどく強く響いた。片桐の中で、橘さんの存在は「日常」になっていた。それが、もうすぐに去ろうとしている。片桐にとって、どんなに衝撃的だろうか。


 ふと、思う。冷静に思考しているようでいて、その実、俺は冷静ではないかもしれない。表面的な現実を捉える力はあっても、内面的な心情を捉える力は無いかもしれない。それを裏付けるかのように、俺は自分でも思ってもみなかったことを吐き出した。


「片桐にとって凄く大きな存在なんだな」


 橘さんは。言外にそう告げた俺は、自分自身、生まれた言葉が信じられなかった。言葉自体もそうだが、その色も温度も冷たく無機質だったことを。主観的なだけでは無く客観的に見てもそうであることの証明が、片桐の大きく見開かれた目だった。


 さっきまで、不安と心配と悲嘆とで、消え掛けの蝋燭の火のように揺らめいていた二つの瞳が、瞬間、驚愕や戸惑いに満ちて、まるく大きく開かれた。だが、それはまたすぐに曇り、伏せられる。そのまま片桐はブルーベリーティーにそっと手を伸ばし、静かにそれを飲んだ。


 ――空になる、グラス。俺の方のグラスも空っぽになり、互いのそれには中途半端に溶け残った透明な氷が、まるで水晶のごとくにキラリと光っていた。


 時間にしてみれば僅かな間だったのかもしれない。しかし、俺は喫茶店に入ってから今までの中で、一番、落ち着かない心持ちでいた。他ならない自分のせいであることは良く分かっていた。そして何よりも沈黙が体に纏わり付くようで重く、苦しかった。


「別に世界が終わるってわけじゃないしね。そのうち帰って来るかもしれないし、怜君の言う通り、連絡が取れなくなっちゃうわけじゃないし」


 ね。と、伏せていた両の目を上げて片桐は少しだけ笑って見せた。


「ごめんね、何だか深刻風味になって。考えすぎだよね」


 だが、見せる笑顔には無理があった。悲しみをこらえて無理に笑って見せたのだ。きっと。


「あんまり考えないようにするね」


 片桐のそれらの言葉は必死に自分自身に言い聞かせるようで。そして、それは間違い無く俺が言わせたに違いない。


 分かっている。分かりすぎるほどに分かっている。伝わって来る。息苦しく、裂かれるような感覚さえ。それなのに何故、俺は未だに黙り込んだままなのだろう。


「ごめんね、急に。会ってくれてありがとう」


 刹那、散るように微笑みが咲いた。真っ青なワンピースに真っ白な模様、それと相まったのか、一瞬の舞い落ちるような笑顔がまるで空に溶けて行くような雲のように俺の目には映り。そして消えた。


 サラリと片桐のワンピースが揺れる。静かに席を立つ片桐に遅れて俺も席を立つ。片桐は怒ってはいないのだろう。表情も雰囲気も所作も、それを語らない。本当のところなどは誰にも分かりはしないけれど。俺はただ、片桐の後ろ姿を見ながら思った。






 ――いよいよ本格的に夏は勢いを増して行った。太陽はいつも以上に輝き、緑はいつも以上に色を深めた。恵みの雨はなかなか訪れない日々が続く。しかし、全てのものが生命力に満ち溢れているようだった。


 週に三日から四日は、そういった暑さ猛る中を俺は高校へと足を運び、真面目に講習を受け、大学受験に備えた。今までに何度か受けた模試の結果も良い。推薦にしろ一般にしろ、このまま続けて行けば大丈夫だろう。おそらく。


 受験については確かに気になることであり大事なことなのだが、それ以上に俺には気掛かりなことがある。


 片桐のことを思う。夏休みになってから、俺達は会う機会や話す時間が減った。今までは学校という場があったわけで、長期休暇でそれが失われれば自然な流れなのかもしれない。片桐はあまり講習を取っていないようだったし、休暇中に高校で偶然に会った回数は一回だけだった。


 お前はそんなに勉強ばっかりしてないで片桐さんと遊びに行けよ、と先日に響野に言われたが、同じ受験生の言葉とは思えない。しかし、確かに毎日毎日、学習ばかりでは気が滅入る。それに、久しぶりに片桐に会いたいというのも事実だ。ただ、あの喫茶店での一件以来、どうも気まずいというか――きっかけを俺は失っていた。片桐がどう思っているのかは分からないが、何となく連絡が取りづらくなっていた。少なくとも俺は。


 今まで、割と頻繁に来ていた片桐からのメールも減った。単に忙しいのかもしれないし、夏休みゆえに出掛けているのかもしれない。それならそれで良いのだが……。


「暑いな」


 部屋の窓から見える木々も生命を力強く謳っているようだった。光を受けては輝き、時折、そよりと吹く微風に葉はゆらりと踊った。 


 ――俺は勉強の手を休め、ぼんやりとしていた。その時、携帯電話が短く鳴り、着信を知らせた。見ると、しばらくぶりの橘さんからのメールだった。何故か少しばかりの緊張のようなものが駆け抜ける。そのメールは少しばかり長く、そして俺をドキリとさせるには充分の内容だった。


 橘さんからのメールを読み終えてからすぐ、俺は片桐にメールを書いた。橘さんからメールが来たのも久しぶりだが、片桐にメールを送るのも久しぶりのような気がした。


 勉強が一区切り付いていたこともあり、俺はベッドで本を読みながら返信を待っていた。しかし、携帯電話が光ることはない。普段、メールの返事が早くほしいと思うことはあまり無い。だが、今回ばかりは沈黙したままの携帯電話がチカリと光りはしないかと、本を読みながらも俺の意識はそちらに向かったままだった。本の内容は正直、ほとんど頭には入って来なかった。


 ――結局、その日は片桐からの返事は無かった。そして翌日になっても、更にその翌日になっても、返事が届けられることは無かった。


 またメールを、或いは電話をしてみようかとも考えた。だが、気が引けた。行動に移し難い俺が、そこに居た。


 何を遠慮することがあるのだろうか、俺と片桐は付き合っているのだし、メールの返事が無くて心配になるのは当然のことで、それについて尋ねてみることも少しもおかしなことでは無い。そう思う反面、何かが俺にストップを掛ける。その「何か」が俺には全く分からないような気もしたし、既に明確に分かっているような気もした。


「何がしたいんだ」


 思わず、言葉が洩れた。けれど独り言は独り言でしか無く、俺一人しか居ない自室にそれは空しく響き、そして消え去った。






 片桐にメールをして三日目になって、ようやく机の上に置いていた携帯電話が鳴った。振り向くと緩やかに明滅している光が目に飛び込んで来る。僅か十秒程で失われた音楽と光。メールの着信という事実が、俺に焦燥めいた感情を与える。思った通り、片桐からだった。ただ、その内容は短く、先程に生まれた焦燥感のようなものが、より一層、鮮やかになるに至った。


 


 -----------------------------



 From:片桐綾



 Sub:ありがとう


 

 Text:心配してくれて本当にありがとう。私は大丈夫だから、ノープロブレムだよ。



 -----------------------------


 


 しばらくの間、俺は携帯の画面から目を離せなかった。


 大丈夫。その言葉に、そうかと頷けないのはどうしてだろう。俺には、片桐が本心から言っているとはとても思えなかった。しかし重ねて問い掛けてみても、返って来る返事は同じようなものだった。


 俺は思い切って、せっかくの夏休みだし何処か出掛けないかとも片桐に尋ねてみた。が、受験生である俺を思い遣る返事が届き、また、夏は苦手な季節だからあまり外出したくないということが、申し訳無さそうに加えられていた。そう言われてしまっては無理には誘えなくなってしまう。俺は諦めて携帯を閉じた。


 部屋の窓から見える真夏の午後の空は青と白とのコントラスト。それはあの日、喫茶店に来た片桐を思わせた。


 ――俺に出来ることはないかと、ふとした時に自然に考えてしまうほど、片桐の存在が大きくなっていることに気が付く。毎日は当たり前に暑く、蝉が鳴き、向日葵が咲き、木々の葉は色濃く。時々、片桐にメールをしてみるも、その返信が本心なのか分からないままに日常が過ぎる。


 いや、人の本心など誰にも分からないだろう。自分自身ですら自分の心の確かなところを理解しているとは言い難い。それでも思うのは、片桐は無理をしているのではないだろうかということ。もっと頼ってくれて良いのにと思う反面、それを出来なくしたのは他ならぬ俺ではないかと自己嫌悪に陥る。片桐は俺に頼ろうとしていた。話をしようとしていた。それをはねのけたのは、俺だ。


 言い訳めいてしまうかもしれないが、意識的にそうしたのではない。あの時――俺自身、驚いたのだ。自分が生み出した自分の声音の冷たさに。そして、それを受け取らざるを得なかった片桐の目、表情が忘れられず、こうして何度も脳裏によみがえっては俺をさいなむ。などと、一人で同じところをグルグルと廻り、悩み続けても良い結果には辿り着かない。だからこそ、片桐に連絡を取ってみたのだが。堂々巡りというか悪循環というか負のスパイラルというか。何も事が進まないまま、進められないまま、夏という時間は確実に流れて行った。


 ――先日、久しぶりに届いた橘さんからのメールには、片桐を心配し、思い遣る心情に溢れていた。自分が居なくなった後の片桐を案じ、そして、どうか支えてやってほしいと。


 俺は、今までに何度か片桐と橘さんの結び付きの強さのようなものを感じてきた。正直、恋人同士ではないことが不思議に思えることもあった。それでも、俺は片桐を信じていたし、橘さんが喫茶店で俺に言った言葉を信じ、俺は俺なりに片桐の隣に居た……つもりだった。


 実際、俺は片桐の隣に立てていたのだろうか? いや、それよりも、片桐は俺と付き合いたいと、付き合っていたいと、本当に思ってくれているのだろうか。何度となく考えては来たことだった。そこに何も不安が無いわけではなかった。しかし、幾度も開く花のような片桐の笑顔がそれを越えるほどに生まれ、惹かれ、片桐との距離は少しずつ縮まっていると。俺は、何となくだがそう思っていた。


 けれども、やはり心の奥底では何か引っ掛かりのような小さな棘のようなものを、俺は気付かぬ内に作り出したままだったのかもしれない。これも推測でしかない。だが、それを裏打ちするかの如く、あの日に喫茶店で俺が発した声には温度が無かった。それを今、悔やんでいる。後悔しても始まらない、とは良く聞くし、その通りだとも思う。あの時、ああしておけば良かったとは誰しも一度は思うだろう。しかし、それを実行することは出来ない。俺も例外では無い。だからこそ、前に進む時間の中で新しく築きたいと思い、夏休み中に何度か片桐にメールをしてみたのだが、夏バテしているという理由が主となり、外出は断られ続けた。水族館とか映画館とか室内で楽しめるものもあると思うのだが、片桐からすると家から出てそこまで移動するのも気が進まないらしい。心底、夏が苦手のようだ。と、橘さんからのメールを読むまで俺はそう思っていた。


 メールには、片桐の家庭事情が少しだけ書かれていた。本人に断りなく伝えるのは気が引けるけれど、と前置きされた後に続いた文章を読み、俺は今、片桐がどうしているのかが強く気に掛かっている。


 予感はあった。月並みな言い方だが、あまり円満な家庭では無いかもしれないな、と。片桐の誕生日を祝った去年の十二月二十五日、その帰り道。片桐が静かに言った言葉は俺の中に確かに残った。


『誕生日をお祝いしてもらうと、ここにいてもいいんだよって言ってもらえたような気がするんだ』


 それだけで家庭状況までに想像を広げるのは早計かもしれない。だが、他にも幾つかある小さな点のような事柄を集めてみると、俺の予想があながち間違いとは言い切れない気がした。そして実際、間違いでは無かったらしい。


 橘さんの話では、最近あまり片桐が家に来なくなったということだった。それはつまり、自分の、片桐の家に居る時間が増えているということだろうと。橘さんは以前に家庭教師をしていた時に感じたらしいのだが、片桐の母親は、勉強が出来る子が良い子である、という式があるようだと。それを片桐は負担に思っているらしく、その辺りから微妙に親子関係にズレが生じ、家に居るのがだんだん苦痛になり、橘さんの家に居る時間が増えて行ったと、そういうことらしかった。それが今、夏休みという休暇の中、片桐は橘さんの家に行かずに、おそらくは自宅に居るという。だから心配していると、橘さんは書いていた。それを読んだ時、片桐が気掛かりになったと同時に、何故、片桐は橘さんの家に行かなくなったのかと思った。そしてすぐに思い当たる。俺が、気になると言ったからだ。結果的に、あの時に片桐が言っていた「眠る為の部屋」を片桐は失ったことになる。


「そう、だよな……」


 静かな自室に独り言が響いて消える。


 片桐は、「眠る為の部屋」だと、橘さんの家全体を指して言っていた。だが、俺が気にするなら、そして自分でも考えた結果、そこに行く回数を減らすとも言った。それは、安眠や安堵の回数の減少に繋がるのではないだろうか。


 半紙の片隅にぽたりと滲んだ墨がジワリジワリと静かに確実に広がるように、不安が広がる。広がり続ける。それと同じように、絶えず日常は流れて行く。片桐とは、ポツポツとしたメールでしか連絡が取れないままに。


 ――やがて、夏という名を冠した暑さは緩やかに収束に向かう。誰が望まなくとも、望もうとも、季節の移り変わりは誰にも阻むことは出来ない。






 俺にとっては高校生最後の夏休みが終わる。八月が、終わる。その月の末の日、橘さんは予定通りに大阪へと移り住んだ。片桐が「眠る為の部屋」と表現した、あのマンション。そこにはもう橘さんは居ない。いつ戻るかも分からない。残された片桐が、もしかしたら学校に来なくなるのではないかと俺は懸念していたのだが、その心配は外れ、片桐はきちんと毎日、登校して来ていた。それが少し意外だった。


 ただ、以前のような花開く笑顔はあまり見られなくなった。いや、ほとんど見られないと言っても良い。それが俺の思い過ごしなら、どんなにか良かっただろう。


 その内に静かに夏が終わり、季節は秋を迎える。緑深い葉は徐々に生命力を落とした色に変わり始めて、日中の気温も下がり始める。勿論、もう蝉の鳴く声など聞こえない。


「もう、秋なんだね」


 高校と公共のバス停とを繋ぐ長い道を歩く途中、隣を行く片桐が何かを思い出すかのようにそっと告げた。


「季節が変わるのは、あっと言う間だよな」


 答える俺の声は、どこか乾いているように自身の耳に届いた。それが、秋の乾燥した空気のせいなのかどうかは分からない。


「私は、怜君が好きなんだ」


 突然、片桐が言った。


「そう、私は怜君が好き。それは嘘じゃない。私は、好きじゃない人と、こんなに沢山の時間を過ごせない。こんなに自分の思っていることを話せない」


 俺は、吸い寄せられるように左隣の片桐を見ていた。


「それなのに私は最近、自分が良く分からない」


 俯く片桐の視線に重ねれば、既に枝から離れ落ちた枯れ葉が一枚、俺達の行く先で頼り無くふるりと揺れていた。


 



 

「最近、片桐さん来ないね」


 無遠慮にそう言った響野は、次に続く俺の言葉を待っているようだった。


 しかし俺が黙っているのを見てか、


「別れた?」


 と、非常に興味本位丸出しな態度で尋ねて来た。


 それを否定しても、憶測による追撃の手は止まない。かわすのも面倒になった俺は食堂へと足を向けたのだが、何故か響野が後を付いて来る。


「お前、今日は弁当だって言ってただろ」


「弁当を食堂で食べることにした」


 そうかよ、と俺が投げ遣りに返すも、そうそう、と少しも意に介した様子も無く、響野はやはり後を付いて来る。


「あのな、お前が期待してるような話は何もないから。だから教室に帰れって」


「期待するような話って?」


 墓穴を掘った気がする。


「片桐さんと別れてないんだよな?」


「さっきもそう言った」


 昼はパンを買うつもりだったので、少しでも品数が少なくなる前に食堂に辿り着こうと俺は足を早める。というか、響野を振り払いたい。しかし、どうやらそれは無理そうだった。


 スタスタスタ、というオノマトペが似合いそうな速度のまま、俺と響野は食堂に入る。そのまま俺がパンを選びに行くと、まだ品数は豊富で選択肢の多さに繋がった。俺が三つのパンを抱えてテーブル席を振り返ると、律儀にも響野がへらりとした笑顔で軽く片手を挙げているのが目に入った。無視するのはさすがに気が引けるのでその向かいに座ると、やはり話題は片桐とのこと。やっぱり無視すれば良かったかと俺は軽く頭を抱えた。心の中で。


 色々と聞いて来る響野に答えたり答えなかったりしつつ、俺は、俺自身も分からないことだらけなのだから答えられない、という事実に気付く。そして、片桐のことを考えるに、橘さんのことはセットと言っても過言ではないくらいだ。結局、思考はそこから始まりそこに戻る。


 俺は、自分でも情けないとは思うのだが、どうしたら良いのか分からなかった。しかしながらそれは片桐も同じらしく、とりあえず俺と少し離れてみるということで、「しばらくは楓たちと帰る」という内容のメールが先日に届いた。


 そして、それきり俺と片桐は連絡を取っていない。あれから、今日で二週間が過ぎようとしていた。


「そんなの、簡単だ」


「何が」


 弁当の卵焼きを食べながら、あっさりと響野が言い放つ。


「聞けば良いだけ」


「何を?」


「片桐さんは本当は誰が好きですか、って」


「いや、それで解決するようなこととは思えない」


 そう返した俺に、響野はさも不思議そうに首を傾げて見せる。微妙に不愉快だ。


「じゃあ、どうしたら解決するんだ?」


「それが分からないから困ってるんだろ」


 首を元に戻し、二切れ目の卵焼きに箸を伸ばしつつ、更に響野は重ねる。


「聞くのが一番早い。他に良い方法が今、浮かんでるって言うなら別だけど。もう二週間が経つんだろ?」


「ああ」


「ずーっと待ってるのか、片桐さんが何か言って来るまで」


「ずっと、ってことはない」


 買ったばかりのハムマヨパンを食べながら、思考しながら、俺は響野の話を聞く。


 正直、響野の告げて来る言葉は核心を突いていた。俺だって何もせずにこのままただ待っているつもりは無い。だが――と、ここで逆接の接続詞を持って来てしまうことは不本意だが――俺には打つ手が思い付かなかった。


 片桐が橘さんを慕うのは悪いことでは無い。断片的な話から察するに、きっと片桐は多くを橘さんに助けて貰ったのだろう。それ故に、という側面もあるように思う。そこに生じるものが敬愛なのか恋情なのか俺には分からないし、感情の線引きなんてひどく曖昧で、本人ですら自覚していないことだってあるだろう。


 突然、今まで近くに居た親しい人が遠くなる。動揺する。ともすれば落ち込む。当たり前のことだ。


「別れてないなら付き合ってるんだろ?」


 降って来たような響野の声に、俺はいつの間にか下がっていた目線を上げる。


「ああ」


「じゃあ遠慮してる場合じゃないだろ。このまま自然消滅しても良いってのなら、そのまま黙っていれば良いさ。優しいのとヘタレは違うからな、言っとくけど」


「は?」


「橘さんがいなくても俺がいる! ぐらいは言ってみろよ、ってこと」


 もくもくと弁当を食べ続ける目の前の友人とは正反対に、自然、俺の手と口は止まっていた。


「食べないなら貰うけど?」


 手を止めた俺に気付いてか、未開封の二つのパンをサッサと指差し響野が問い掛ける。


「お前は今、弁当を食べてるだろうが」


「まだ食べられます」


「これは俺の昼飯」


「ですよね」


 まあ、あれだ。と、何処か改まった口調で、ゴクリと唐揚げを飲み込んでから響野は言った。


「相手の話を良く聞く。これに尽きるな、恋愛は」


 その言葉が、ズキリと俺の心の奥深いところに届く。


 俺は片桐の話を聞こうとしただろうか? あの日、駅前の喫茶店で。片桐は、話したいことを全て話すことが出来ただろうか。俺は妨げにならなかっただろうか。その答えは、誰より俺自身が充分すぎるほどに分かっていた。


「パン、一つやるよ」


「そうか!」


 躊躇いなく、素早くツナトマトサンドに手を掛け、シパッと音が立ちそうな勢いで自分の手元に引き寄せた響野は、お世辞にも良いとは言えない変な笑顔を見せた。何処か、からかうような。


「頑張れ」


「言われなくても」


 そう言い返して、俺はパンの続きを食べる。


 もしかしたら響野は恋愛について口で言っているだけでは無いのかもしれない。響野って実は付き合ってる人がいるのか? と聞きたいような気が一瞬したが、実際にはそうはしなかった。俺はまず、俺の足元を見るべきだ。


 昼休み半ば、割と食堂には生徒が入っていたが教師の姿は見られない。俺はブレザーのポケットから携帯を取り出し、開き、一通のメールを書き、送信した。送信しました、の表示を確かめてから携帯を閉じる。パチリ、と小気味の良い音が小さく響いた。


 ――そして昼休みが終わる十分程前、ポケットの中で携帯が短く震えた。


 


 -----------------------------



 From:片桐綾

 


 Sub:私も



 Text:そう言おうと思って、メール書いてたところだったからびっくりした。帰り、待ってるね。


 

 -----------------------------


 


 メールを読み終える。安堵と緊張が入り混じる、そんな表現がぴったりな俺がそこに居た。






 ――その日、帰りのホームルームが終わって廊下に出ると、両手で鞄を持ち、壁に寄り掛かって立っている片桐が目に入った。


「やっほー」


「早いな」


「今日、担任が休みなの。代わりの先生がホームルームに来て、すぐ終わった。そして急いでピャッと来ました」


「そっか」


「帰る?」


「ああ」


 俺は隣を歩く片桐を久しぶりに見たような気がする。いや、実際に久しぶりだ。約二週間ぶりか。学年が違うせいか校内でも姿を見掛けなかった。時折、メールを送り、メールを受け取り。そこから、片桐が登校していることが分かって安心はしていた。しかし、今の安堵感はそれより遥かにまさっていた。そして、安堵を感じている俺自身に驚きを覚えてもいた。


 左隣、少し視線を下げると、揺れる片桐の黒髪が目に映る。初めて見た時は肩の辺りだった髪は、今では肩を通り過ぎて少しのところでゆらゆらと軽やかに踊っていた。


 ――高校と公共のバス停を繋ぎ、バス停から本屋、本屋から駅への、このいつも通りの道が、こんなに長くつまらなかっただろうかと、片桐と歩かなくなってから俺はふと思った。今まで、そう思ったことは無かった。確かに長い道のりではあっても、そこに退屈とか面白いとか、感情の色を付けることは無かったのだ。それが片桐と帰るようになってから、きっと自覚無く、俺はその時間を楽しく思っていたのだろう。それ故に片桐がいなくなったと同時に、色も失われたに違いない。元に戻っただけだというのに。


「ねえ、聞いてる?」


「あ、ああ」


「ホント? じゃあ今、何を話してた?」


「秋は焼き芋の季節」


「それはかなり前のお話なんですよー。やっぱり、ボーっとしてたでしょ?」


 少しだけムッとした表情を見せた片桐。


 その顔を、俺はまじまじと見てしまった。見るという意思よりも、引き付けられるような感覚が上だったかもしれない。理由は無い。ただ、何故だか目が離せなくなっていた。


「どうしたの?」


 ムッとした表情から一転、不思議そうな目で俺を見上げる片桐。


「ああ、いや何でも」


 片桐に言われ、俺は初めて視線が固定されていたことに気付く。


 僅かに慌てて前を向くと、両側から枝を伸ばしている木々が自然に視界を彩る。日ごと確実に深まって行く秋を知らせる赤や黄の葉が、何処か切ないほどに美しかった。


 しばらくの間、俺達は無言のまま歩いた。その沈黙は、少なくとも俺にとっては重いものでは無く、息苦しいものでも無く。その静かな時がずっと続けば良いという思いすら持つくらいに、俺は心地よさを覚えていた。


 やがて公共のバス停を通り過ぎて少し経った頃、あの、と遠慮がちな片桐の声が小さく響いた。それは、さっきまでの話し声からは予想も付かないほどに本当に小さな声で、もしも強く風が吹いたなら、きっとかき消されてしまうのではと思うくらいの儚さだった。それに不安を感じながらも俺が返事をすると、やはり躊躇いがちな小さな声が生まれる。


「怜君は、私といて、楽しい?」


 言葉を区切るように、発した言葉を確かめるように、片桐は心持ち俯き加減で尋ねた。


「楽しいよ」


「私といて、疲れない?」


「疲れないよ」


「ホント?」


「ああ、本当に」


 本当に。それに繋がる言葉を俺は探していた。見付けて、片桐に伝えたかった。そうしないと、秋の冷たい風に吹かれるまま、ひらりと片桐が飛んで行ってしまいそうな気がしたから。


「あれから私、考えたんだ。ううん、本当はずっとずっと考えていたのかもしれない。私が本当に好きな人のこと」


 本当に好きな人。その言葉に、自分の心臓が一際ひときわ、大きく打った気がする。


「私は、芳久とお付き合いしてた。それは勿論、好きだから。好きだった、から。でも、芳久には多分、分かってたんだと思う。私が恋愛とは少し違う感情でいたことに。私はあの時、分かっていなかったけど」


 その時、俺はいつか橘さんが話してくれたことを思い出していた。


「芳久が別れようって言った時、私には受け入れることが出来なかった。どうして、っていう疑問だらけで。でも、何となくだけど、恋愛は二人のものだから片方が恋愛をしなくなったら終わりなんだって、どこかで思ってた」


 そこで片桐は一瞬だけ、俺を見た。すぐに目線は下を向いてしまったけれど。


「芳久とは、別れてからも勉強を教えて貰ったり電話したり出来たし、そんなに寂しくなかった。今、思えばだけど、それがやっぱり恋愛じゃなかったってことなのかもしれない。それで、考えたの。私がもし、怜君と別れたらどうなるんだろうって。怜君とメールも電話も出来る、勉強も教えて貰える、時々、一緒に出掛けたりも出来る。でも、お付き合いしていない、彼氏じゃない、恋人じゃない。それってどうなんだろうって」


 間が、空いた。その沈黙はさっきのような居心地のよさとは無縁の、むしろ正反対のもので。俺は、続く言葉を待った。


「それは凄く寂しい」


 ぽつ、と小さく音を立てて地面に辿り着いた雨の一滴のように、それは俺に届いた。


「凄く……」


 そう重ねて、片桐はそれきり黙り込んでしまった。言葉を探しているのか、何かを考えているのか。


「うまく言えないけど、私は怜君が好きだよ。一緒にいたいよ」


 やがて片桐から発せられた言葉はやはり小さな声だったけれども、それは確かに意思の込められた芯が通っているものだった。まるで静寂にヒビを入れてパリンと割るかの如くに、片桐の声はまっすぐだった。それに対して答えた言葉は、俺も同じだ、の一言でしかなかったけれど。しかし、俺を見上げて来た片桐と自然に目が合った時、心の何処かが緩められた気がした。見えなかった何かが壊された気がして。


 ――俺達は付き合っていた。いわゆる彼氏と彼女だった。それでも今、思えば、何処か隙間が空いていた。


 別に彼氏彼女だからと言って、すべての隙間を埋めて距離を無くさなければいけないとか、そんなことは無いだろう。ただ、俺は――もしかしたら片桐も――あるはずのものがそこになくて、戸惑っていたのかもしれない。それをずっと、知らない内に探していたのかもしれなかった。


「えっと。これからも付き合っていける……よね?」


 不安と期待のようなものが入り混じった片桐の表情が俺の目に、片桐の声が俺の耳に届いた。


「ああ。勿論」


「良かった!」


 その時に目に飛び込んで来た片桐の笑顔は、瞬間にして脳裏に焼き付けられたかのように感じた。それぐらいに印象的で、鮮烈で、目が離せなかった。決して大袈裟では無い。それにはきっと、ここ最近、片桐の笑った顔自体をしばらく目にしていなかったせいもあるだろう。けれど、まるで花開くように見せる片桐の表情が俺の心を捉えていること、捉えることに変わりは無い。


「ん?」


 僅かに首を傾けた片桐に、俺は、何でも無いと答えた。そして、駅までの残り少ない道のりを、俺は――俺達は何処か惜しむように歩いた。


 夏に比べて日が早く落ちるようになり、夕方の空気も冷たくなって、木々に宿る葉の色が変わり、葉は枝を離れ地に落ち始める。制服も替わった。確実に時間は流れている。季節が、移って行く。


「もう秋だねえ」


「ああ、そうだな」


 先程よりもずっと弾んだ、片桐の声。何処か物悲しい秋という季節が滲んだ風景とは正反対の、音符を思わせるような響きだった。


「さっきも言ったけど、秋はね、焼き芋が好き」


 言って笑う片桐は、やはり鮮やかだった。赤や黄に色付いた葉よりも、きっと。


 思えば俺は、その惹き付けるような笑顔とポンポン弾む声を追い掛けて来たのかもしれない。見失わないように。


 ――なんて、少々俺らしくもないことが頭に浮かんだのは、この季節のせいということにしておこう。秋は人を物思いにふけらせる効果がある。多分。


 俺とは反対方向の電車に乗って手を振る片桐を、本当に久しぶりに見たなと思う。それが、まさかこんなにも既に俺の日常に溶け込んでいるものだとは思わなかった。当たり前にあるものなんて、もしかしたら一つだって無いのかもしれない。


 電車の窓から見える風景も、いつの間にか秋のそれに変化していた。後ろへと流れ去って行く景色を目に映しながら、俺が考えるのは片桐のことだった。


 自分でも意外だった。当たり前にある俺の当たり前の日常、日々。ほんの一年くらい前まで、そこに片桐はいなかった。出会ってもいないのだ。それが二週間程、片桐と会わず連絡も取らずにいた、それだけで、まるで何処か欠けたような毎日になっていたのだ。この感覚の不思議さを、どう言えば表せるのだろう。連続した日々、大きな変化の無かった時間。そこに生まれた存在。


 勿論、今までに何も無かったわけでは無い。誰だってそうだろうが、楽しいことや悲しいこと、そんな表現では言い表せないくらいの出来事が、本当に数え切れないくらいあるだろう。俺だって例外では無い。


 入院していた父が亡くなり、俺と母が不仲になった辺りは、俺はかなりの影響を家庭から受けていただろう。高校受験の始まる数ヵ月前から俺は叔父と暮らし始め、それからは勉強やその他の生活事に落ち着いて向き合えるようになった。叔父には本当に感謝している。


 平凡平和な日常に思えても、見えても、その実は本当に色々なことがある。そこに、片桐の存在が加わったことが俺はどうにも楽しいらしい。自分でも良く分からない内に片桐を追い掛けてここまで来たような気がするのだ。


 電車は、ゆっくりと各駅に停まりながら進む。進んで行く。やがていつもの駅に停車し、そこに降り立った俺は、いつになく新鮮な気持ちを覚えていた。


 新鮮? いや、感傷的とでも言うのだろうか。確かにそれ自体は新鮮と呼べるものかもしれないが……。


 俺は俺の感情をどうにも捉えられないまま帰路を歩いた。まるで空に浮かぶ月のように、俺の心の中には片桐の姿が浮かんでいた。

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