転章
「以上が今の状況だ」
やや滑舌が悪い齢の男の声。
「よりにもよって、この状況で、水天の力の後継者を筑後川のすぐ側に連れてく上に、一般人も同行してるだと……冗談だろ」
若い男の声が続いた。
「何とも思慮深きことで……」
別の若い男の声。
「どう云う意味だ?」
最初の若い男が、そう質問した。
「いわゆる『アイツ馬鹿だろ』」
「ところで街頭防犯カメラの方はどうなってんの?」
若い女が聞いた。
「あの辺りの防犯カメラは管理してる会社のサーバに専用線で繋ってる。カメラそのものには最低限のデータしか保存出来ないタイプだ。サーバとの通信プロトコロルは一般的なヤツ。クラッキング用の機器を回線上の複数箇所に設置して、もう、データ横取りを始めてる。万が一バレても、一時的に防犯カメラ網そのものをダウンさせる事は可能だ」
答えたのは中年の男だった。
「不用心なとこも有ったもんね。どこの会社?」
「安徳ホールディングスの子会社の安徳セキュリティ」
「あぁ、そう……えっ⁉ 今、何て……⁉」
「安徳ホールディングス。久留米に本社が有る、ここ二十年ぐらいでデカくなったとこ」
「いや、待て、そこって、実質的にはヤクザだろ……」
若い男がツッコミを入れる。
「しかも、今回の騒動に一枚かんでるとこ」
もう一人の若い男が補足した。
「あ……顔認識に、ヤバい奴等が次々と引っ掛かってる。北九州の青龍敬神会に熊本の龍虎興行の関係者が何人か……」
「顔認識データが登録されてるって事は……」
「そう。二次団体か三次団体の組長クラスか、派手な前歴が有るか。つまり、顔認識に引っ掛かった奴の何倍かの……って、オイ、待て」
「どうしたの?」
「広島の神政会の事実上のトップが久留米駅付近に居る。あ……小郡の新人と水天の後継者の三〇m以内」
「じゃあ、私が久留米駅に向う」
「俺も居た方が良いな」
別の女性の声と、最初の若い男の声。
「よし、鬼子母神、死神、頼んだぞ。俺と猿神は筑後川からS神宮に向かう。鉄羅漢は『ディマトリア』の準備を」
齢の男は、そう言った。
「あと、俺達の手助けが可能そうな奴だけど、熊本からの応援は、広川から一般道に出たが、足を無くしたんで、今、大牟田チームの後方支援部隊が迎えに行ってる。ついでに、鳥栖の羅刹天が、関東での用事を終えて、今朝、フェリーで門司に着いた。応援2名に後方支援要員と一緒に、こっちに向かってる」
「熊本から来る応援と、羅刹天が連れて来る応援って誰?」
齢の男が何名かの暗号名を告げた。
その暗号名を聞いた若い女性は、ヘッドフォンを外すと、やれやれとでも言いたげな表情になった。
「日本全域でも、推定二〜三〇人しか居ない化物の内、5人か6人が久留米に集まってるって事? もう、笑うしか無いね」
「あの〜、主任……やっぱ納品の日を変えた方が良かったんじゃ……」
そこは、幅と高さが2・5mほど、奥行が6mほどの壁も天井も床も金属製の部屋だった。
その部屋に居るのは、作業服を着た二十代後半から三十代前半ぐらいの女性と、同じ作業服を着た、女性よりも少し年下らしい眼鏡をかけた男だった。
部屋の奥には端末が置かれた机が2つ、部屋の入口付近には、いくつかの箱と、表面に虹のような奇妙な光沢が浮かんだ金属製の「鎧」、そして、ガンメタリックの塗装がされた4輪バギーが置かれていた。
「まぁ、あの娘だって『四号鬼を使わせろ』なんて馬鹿は言わないだろうしね」
「実は使って欲しそうな口振りですね」
「馬鹿言わないの。使わせたら、今度こそ、『お上人さん』が怒り狂うよ」
「私達が巻き込まれなければ、見世物としては面白そうですね。巻き込まれなければね」
「ま、使ったとしても、あの娘でも『四号鬼』のカタログスペックの二五%の性能を……」
「二五%でも無理ですか。……まぁ、『二号鬼』と『三号鬼』も、八〇%台が最高記録ですからね……」
「違う。あの娘が、カタログスペックの二五%以上の性能を引き出す可能性は有るけど、それをやったら、あの娘は確実に病院送り。万が一、四〇%以上の性能を引き出したら、今のあの娘だと、かなり重篤な後遺症が残りかねない」
2人の目は鎧に向けられていた。その鎧は、大人が装着うには、少々、小さ過ぎた。
「設計した私が言うのも何だけど……」
「何ですか?」
「『メンタル・フィジカルともにオリンピックのメダリスト級』の人間にしか使い込なせない『道具』や『兵器』って、どう思う?」
「まぁ、性能を追及していけば、行き着く所は、そうなるんじゃないですか?」
「……ったく、理学部出は何でスペック至上主義者が多いの?」
「それ、偏見ですよ‼ 工学部だって、理学部の人間から見れば、いい加減な研究ばっかりじゃないですか‼」
「どっちみち、あの娘が二号鬼・三号鬼並の化物か、逆に全く才能が無いかのどっちかなら、話は簡単なんだけどね……。範馬勇次郎を親に持ってしまった末堂みたいなモン……いや、加藤の方が近いかな⁇」
「有名どころのマンガの続きが読めなくなって一〇年ですよ。その喩え、そろそろ判んなくなってると思いますけど……。で、ホントのところ、どうするんですか? 久留米に集ってる怪獣達に対抗する為のモノが、おあつらえ向きに……」
「ふ・ざ・け・る・な。『対抗出来る』って『即死せずに済む事が有る』って意味なの。そんな代物を子供に使わせて、人の姿をした怪獣に特攻させるわけにはいかない。『四号鬼』は、あくまで新型の制御AIと人工筋肉の実験機なの。本物の『神』に中学生を『カミカゼ』させるなんて、冗談だとしても笑えない」