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「真尋、悪い、遅くなった」
部室のドアが開いて、真鍋先輩が僕と滝沢先輩を見た。
僕が滝沢先輩からおでこにキスされてるところ。
見た瞬間。
真鍋先輩を纏う空気が、一瞬で変わったのが分かった。
「滝沢!!てめぇっ!!」
ものすごい勢いで僕たちの方に来て、真鍋先輩は滝沢先輩の肩を掴んで、突き飛ばした。
「何してやがる!!」
滝沢先輩が部室の床に転がる。
真鍋先輩はそれを怒りの目で睨み付けながら、自分のブレザーを脱いで僕にかけてくれた。
良かった。
来てくれた。
真鍋先輩のにおいがするあったかいブレザーに安心して、僕は思わずその場にへたり込んだ。
「邪魔すんな、真鍋」
「邪魔すんなだと!?気安く真尋に触ってんじゃねぇよ!!」
「何でお前にそんなこと言われなくちゃいけない?」
「そんなの決まってるだろ!?真尋が俺のものだからだ!!」
「………何?」
滝沢先輩が、ちらっと僕を見る。信じられないという顔で。
「前に真尋に手を出すなって、俺、お前に忠告したよな………?」
「だったら何だよ」
「何だよじゃねぇ!!いきなり横からちょっかい出してきて真尋が俺のものだと!?ふざけんなこの泥棒猫!!」
立ち上がった滝沢先輩が、真鍋先輩の胸ぐらを掴んで大きな声で叫ぶ。
初めて見る、滝沢先輩のこんな、姿。
「泥棒猫だぁ!?お前ら別に付き合ってた訳じゃねえだろ!!」
「うるせぇ!!いつかきっとって思いながらずっと可愛がってきたんだよ!!」
「知るかそんなこと!!真尋にとって滝沢はただの部活の先輩でしかねぇんだよ!!」
「じゃあ真鍋は真尋の何なんだよ!?」
胸ぐらを掴み合って。睨み合って。怒鳴り合って。
どうしよう。
僕、どうしたらいいんだろう。
殴り合いとかになっちゃったら、真鍋先輩の大学推薦が!!滝沢先輩だってそうじゃないの!?
言わないと伝わらない。
ラッキートランプの言葉を思い出す。
言わないと、伝わらない。
僕が言えばいいんだ。ちゃんと、滝沢先輩に!!
「僕はこーちゃんが好きですっ」
「真尋………?こーちゃんって」
突然割って入った僕の声に、2人が僕を見る。滝沢先輩が、え?って顔をしてる。
きっと、こーちゃんって言った方が、滝沢先輩には伝わる気がする。
そう、思って。
「滝沢先輩のことは、尊敬してます。でも、好きなのはこーちゃんです!!」
「俺も真尋が好きだ。分かるだろ?滝沢が入る余地なんてどこにもないんだよ」
沈黙。
滝沢先輩の目が、ゆらゆらと僕を見てた。
泣きそう。
あの鬼の滝沢先輩が。
それから滝沢先輩は俯いて。
真鍋先輩の胸ぐらを掴んでいた手を、離した。
「いつから?」
小さな小さな、震える声。
「僕がこーちゃんを好きになったのは………捻挫、してからです」
「それまでは俺の方が好きだっただろ?」
「滝沢!!」
捻挫、するまでは?
そんなこと、考えたこと、なかったよ…………。
「滝沢先輩は尊敬する先輩です」
それ以上でも、それ以下でも、ない。
はあああああって。
滝沢先輩が、大きなため息を吐いて。
部室は静かになった。