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「機嫌、直った?」
「直ってないよ!!」
朝ごはんのあと、真鍋先輩とふたりで歯磨きをして、顔を洗った。
渡されたタオルで顔を拭いてたら、そう言われて。
別に怒ってる訳じゃないけど、怒ってる風に言ってみる。
だってそうでもしないとまた何か言いそうでしょ!?
なのに、なのに真鍋先輩は!!
「真尋、何か甘いにおいがする」
って、笑って。
「え?ああ、あの洗顔料かな」
くんくんってにおいを辿って、真鍋先輩が僕のほっぺたに鼻をくっつけてきたから、かわいいって思っちゃった。
指差した方を見て、真鍋先輩が洗顔料の蓋を開ける。
「ああ、そうこれ。このにおい、いいな。真尋っぽい」
「えー?何それ」
「真尋は全体的に甘いから、甘いにおいがぴったりじゃね?」
「僕が甘いって何?」
「分かんない?」
「分かんない」
蓋を閉めて、真鍋先輩がまた僕のほっぺたに鼻をくっつけた。
「うん、真尋っぽい」
「だから、分かんないってば」
何かね、ちょっとくすぐったい気持ちになってき思わずふふふって笑って、僕にくっついてる真鍋先輩に、我慢できなくてぎゅって抱きついた。
「夜、悪かったな」
「ん?」
「色々、さ」
「うん………」
「俺、超ヤバかった。マジごめん」
「うん………大丈夫」
暗い部屋の、布団の中。
思い出して、恥ずかしくなって、真鍋先輩の肩に顔を埋めた。
「大丈夫。嫌じゃ、なかった」
「………ん」
「嬉しかったし」
「うん」
「もっとって………思った」
がくって、真鍋先輩も僕の肩に頭を乗せて。
「まーひーろー」
ちょっと情けない声で僕を呼んだ。
「なあに?」
「お前が俺を暴走させてるって自覚あるか?」
「ないよ」
「ないな」
「うん」
「うんじゃねぇっつーの」
ぺしって、優しい顔で笑う真鍋先輩に、おでこを叩かれた。
「だって」
「ん?」
その手を、おでこの位置のまま両手で握って、真鍋先輩を見つめる。
「だって、仕方ないよ」
「何で?」
「先輩のこと、好き、だから」
「あーーーーもう、お前はまたそうやって!!」
おでこに乗っていた手で、僕の髪の毛をわしゃわしゃってして、真鍋先輩はそのまま僕を抱き締めてくれた。
「お前さ」
「ん?」
「その先輩って言うの、いつまで使う気なの?」
「え?」
「俺は真尋って呼んでるんだけど」
「ど、どうしたんですか?急にっ」
そりゃあね?思ってたよ?僕も。
何か違う呼び方した方がいいのかな?って。
でも違う呼び方ってどんなの?って。
呼び捨てなんて、絶対できないし。
光輝くんってのも、おかしいじゃん。
だから木戸先輩が光ちゃんって呼んでるのが、ちょっと、羨ましいなって。
「名前で呼べって」
「………無理」
「ダメ」
「そのうち、ね?」
「今」
「だから、無理ですっ」
「とりあえず1回」
「………1回?」
「1回」
「1回呼んだら、キスしてくれる?」
「………呼んだら、な」
おでこがくっついて、鼻先をくっつけて、真鍋先輩がもうスタンバってる。
名前、呼ぶだけなのに、僕はすっごいドキドキしちゃって、目を伏せた。
「ちゃんとこっち向いて呼んで」
「恥ずかしいよ………」
「真尋、早くしろ」
早くしろって、早くしろって!!
恥ずかしいんだよ、もうっ。
「……………こーちゃん」
僕、もう恥ずかしくて倒れそう。
「………もう1回」
「無理っ」
「呼んで、真尋」
倒れそうなのに。
そんな目で言われたら。
嫌って、言えない…………。
「こーちゃん………キス、して」
「マジ、ヤバイわ」
「え?」
夜みたいな、熱い熱いキスが、しばらく僕を襲って。
僕は立ってるのが精一杯になるぐらい、そのキスでふらふらに、なった。