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崖の上から飛び降りました




 季節は一周めぐり、リリーは16歳になり、ペコは2mの大きさにまで成長した。


 ペコの翼は一年間の練習によりずいぶん強くなった。

 バッサバッサと翼を羽ばたかせ、少し体が浮かび上がらせることができるようになった。


「ゆっくり成長する私たちは似た者同士ね」 


 ピキュ~ン


 リリーはペコのことを自分の子どものように、友だちのように愛おしく思っている。


 ハロルドにはあれから一度も会っていない。

 空飛ぶ情報屋アンナによると、リリーとの件以来誰とも婚約せず、ころころ彼女を入れかえて侍らせているらしい。


 最近になってリリーはハロルドの婚約破棄の手紙を燃やしてしまってもいいものか迷っていた。


 父親に相談してみると「それは大事に保管しておきなさい。位の高いハロルドから正式に婚約破棄されたと示さないと、次の話が出てきたときにトラブルになるかもしれないからね」と父は説明した。


 だからリリーは手紙をペコの観察記録ノートにはさんで置くことにした。ここなら迷子になることはないだろう。


 ジョンは先月15歳の誕生日を迎えた。

 彼はいつの間にかリリーを見下ろすくらいに身長が伸び、ますます逞しく美しい少年へと変身していた。


 侍女たちの中に、ジョンに密かに想いをよせる者がいるようで、ジョンのことを話題にしているのを聞くと、リリーは何となく落ち着かない気持ちになることがある。



 そんなある日、とうとうペコの「崖から飛び降りて、風にのって飛ぶ」最終的な練習の日がやってきた。

リリ一は緊張とワクワクで昨晩はあまりよく眠れなかった。


 あぁ~! うまく飛べますように!


 ペコはそんなこととはつゆ知らず、いつものようにバルコニーで朝食の草とキャベツをもりもり食べている。


「今日は飛び降り日和ですなぁ~」


 ジイヤは庭で嬉しそうに侍女たちにティーパーティーの準備をさせている。


「ペコが飛ぶ瞬間が見られるなんて、感慨深いわねぇ」

「リリーとぺコはどこだ? そろそろジョンがやってくる時間だぞ」

 リリーの両親もこの日を楽しみにしていたようだ。


 リリーは白いシャツと黒いズボンに着替え、長ブーツを履き、ペコと一緒に庭へでてきた。


「なんて爽やかな朝!」

 リリーは朝の空気を胸いっぱい吸いこんだ。


 ピキュ~ ピキュ~ン


 ペコも嬉しそうに鳴いている。


 リリーは庭のはしっこの柵ぎりぎりのところまで来て、崖の上や下を眺めてみた。


 くらくらするくらい、高い。


 こんな高いところからペコは飛び降りるのね……。


 上には渓谷の壁と岩山が並び、限られた空間のぎざぎざのその先に青空が見える。

 目の前には灰色の岩肌。

 眼下には深い森と谷川が細長く横たわっている。


 ビキューン! ビギューン! ビギューン!


 低い声で鳴きながら、いくつもの岩山の間をぬって、シルバーが飛んで来るのが見えた。


 シルバーの背中に乗って風を受けるジョンは、まるで風の中を駆け抜ける勇者のようだとリリーは思った。


◆◆◆


 柵は取り払われた。


「まずシルバーと僕がこの崖から飛び立つ」

「はい」

「リリーがペコの背中を押して飛ばす。って言っても最初は怖がって動かないだろうから、なだめすかしながら突き落として」

 流石は竜使いの見習いだ。飛ぶ練習においては容赦ない。


「ひいー……。私にできるかな」

「育ての親ならできるよ」

ジョンは力強く頷いて見せる。


「うまくいけば、ペコは羽ばたき風にのって飛ぶ練習ができる。失敗したら、森に落っこちる前にシルバーが捕まえる。いい?」


「うん。わかった」

 リリーはペコを突き落とし、上で見守る役が与えられた。


「じゃあ始めるよ!」


 シルバーに乗ったジョンの声で、シルバーが崖のはしを蹴り、落ちるように飛び立った。

 シルバーはすぐに風をつかまえ、風にのってゆっくり旋回しはじめる。


「うわぁ~凄い!」


 見学している者みんなが声をあげる。


 さぁ次はペコとリリーの出番だ。


「ペコ、シルバーのところに行こう! ペコも飛べるようになるのよ」


 リリーはできるだけ優しく明るく話しかけながら、ペコの背中を崖の方へと押していった。あと少しだ。


 ピキューン……!!


 危険を感じたのか、ペコは大きく鳴いて、足を踏ん張り動かなくなる。


「ペコ、頑張って! 大丈夫。下にはシルバーとジョンがいて助けてくれるわ」


 リリーはジョンたちが下方空中で待っているだろうと焦ってしまう。


 ピギューン!

 ピギューン!


 怖がるペコを突き落とすなんて、できないよぅ。


「リリーがんばってー」


「リリ一様! しっかりー!」


「もぅ少しですぞ! あとひと押し!」


 皆の声援を背に受けリリーは決心する。


 そうだ、これはペコのため。心を鬼にして……!


 リリーが目をつぶってペコの背中を思いきり押した、その時。


 ピギュッ


 ペコはバランスをくずして崖の方へとゆっくりと落ちていったーーのだが、リリーのブーツのひもがペコの大きなウロコにひっかかってリリーもひきずられ、ぺコといっしょに落ちていってしまったのだ。


「きゃぁぁああー--ー!」


 リリーは必死でペコのしっぽにしがみつく。

単独で落ちるのとペコと一緒に落ちるのとどっちがいいか、考える余裕はなかった。


 ただシルバーたちが助けてくれるのを祈るのみ。


「きゃあああぁぁー!! 助けてー!!」


 ペコは暴れることなく、でも風にのるわけでもなく、真っ逆様に落ちていく。


「ペコーー!! 飛んで!! お願い翼を動かして!!」


 リリーは尻尾にしがみついたまま大声で叫ぶ。


 と、隣にシルバーたちが凄い勢いで近づいてきた。


「リリー、ペコの背中まで移動して! しっぽは舵だ。振り落とされる」


 リリーは言われるまま、背中の方へじりじりと動いていく。ひとつ間違ったらペコから離れて真っ逆様だ。今も十分逆様なのだけれど。


「ペコ!! しっかりしろ。大丈夫。お前なら飛べる!」

 ジョンも大声で励ます。


 ビギューン! ビギューン! ビギューン!


 絶体絶命と思われる中、シルバーだけは余裕の声で鳴いていた。 


 シルバーはペコの横にぴったり寄り添いながら下方へ向かって飛び、落ちていくペコの顔にちょんちょんと鼻先で触れた。


 ピキュッ!


 ペコのどこかにある何かのスイッチが入ったようだ。


 ガクンガクンと大きく揺さぶられ、リリーは落ちるまいとペコの胴体にしがみつく。


 あれ?


 いつの間にか水平に動いてる?


 リリーが目をあけるとすぐ下に深い緑色の森が広がっていた。風に乗って、ゆらゆらしながらも、ペコが飛んでいる。


 ペコが飛んでる!!


 リリーはあまりの怖ろしさと嬉しさのため、ペコにしがみついたまま大声で泣きはじめた。


◆◆◆


「よく頑張った!! ペコおめでとう!」


「リリー、どうなるかと生きた心地がしなかったよ」


 屋敷の庭に無事に帰ってきた2人と2匹は、皆に心配されながらも、大拍手で迎えられた。


 ペコは早くも飛ぶ楽しさを覚えたようで、皆がお茶を飲んでいる間、シルバーといっしょに何度も風のりをしに行くほどになった。


 大泣きして目が腫れてしまったリリーは、しばらく庭の木陰で横になり、冷えたタオルを目にあてて休むことにした。


 この顔じゃあ恥ずかしいもの……


 それに気づいたジョンがリリーの所へやってきてそばに座り話しかけた。


「大丈夫? リリーが一緒に落ちてくると思わなかったからびっくりしたよ」


「びっくりどころじゃなかったのよ。死ぬかと思ったわ」


「そうだろうね。怖かっただろうね。でもペコはリリーのお陰で頑張れたと思うよ。生みの親と育ての親に間近で応援してもらったんだから」


「そう、なのかな。私はしがみついていただけなんだけど……。でもとにかく飛べるようになったんですもの。神さまに感謝しないと。それに私はじめてペコの背中にのったわ」


「リリ一も竜使いになる? 竜の背中に乗って飛ぶのは気持ちいいよ?」


 リリーはペコの背中にしがみついていた感覚を思い出す。


「水平か上に向かって飛んでくれるならいいのだけど」


 ジョンはそうだね、と笑いながらタオルの掛かったリリーの顔を見つめる。


「ところで、目はどう? 腫れが引いたかな?」

 ジョンが濡れタオルを取ってリリーの目をのぞき込む。


「まだ腫れてるでしょう? ひどい顔だから、そんなにじっくり見ないで」


 ジョンは、恥ずかしがって手で顔をかくそうとするリリーの手首を優しく掴み、言った。


「ひどい顔じゃないよ。リリーの顔、大好きだよ。笑ってる顔も泣いている顔も。誰よりもきれいだよ」


 ジョンは少し照れたような表情で、さらにリリーの顔を見つめる。


 リリーの心臓がきゅっと痛んだ。 


 なぜだろう? 

 褒められているのに胸がこんなに痛むなんて。


 リリ一は生まれて初めての事に困惑してしまう。


 男の子にけなされて胸が痛くなることは知っているけど……。

 しかも、もっとジョンに見つめられたいと思ってしまうなんて……。


 リリーは真っ赤な顔をして起き上がった。


「そ、そろそろお茶を飲みに行きましょう? うん、目の

腫れは引いたみたい!」


「そうだね」


 リリーは立ちあがり、少しぎくしゃくしながら皆がお茶会をしているテーブルの方へ歩いていった。


 お茶を飲みに行くと一番にジイヤがロを開いた。


「お嬢様! ジイヤは30年ほど寿命が縮みましたぞ。二度と崖から飛び降りないで下さいね」


「リリー、お疲れ様。本当によくがんばったね」

両親に抱きしめられ、リリーはほっと人心地ついた。


 お茶を飲み落ち着くと、不思議に新たな願望が湧いてきた。確かに怖ろしい体験だったのだが、リリーの中で何かが弾けた気がする。


 いつかペコの背中に乗って、ジョンみたいに自由に空を飛び回ってみたい!

 カロン王国を上から、空中から、眺めてみたい!



 一方リリーの父母は、ペコが飛べるようになり自立に近づいたことを喜び、そろそろリリーの結婚相手を探さなければと思いはじめていた。できればリリーが16歳の間に結婚させてやらないと、「行き遅れの令嬢」とレッテルをはられてしまったら結婚できないことだってありうる。


「あなた、リリーの結婚相手のことですけど、同じ子爵家の男性を探してもよいかしら?」


「そうだな。そうしておくれ」


 リリーの知らないところで結婚相手探しの話は進んでいるようだ。


 後にハロルドのことでもう一騒動あるとは、この時誰も予想してはいなかった。




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