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ペコがお風呂に入りました



「ねぇリリー、なんか臭わないか?」


 週末の朝、ジョンはリリーとペコにハグした直後そう言った。


「え? え? 私、くさい?」


 リリーは慌てて自分の体の匂いを確認する。 

 昨日ちゃんと湯あみをしたんだけどな。


「ちがうよ。ペコの方。リリーはいい匂いだったよ」


 クスクス笑いながらジョンは、恥ずかしそうに頬を赤くしたリリーの頭をぽんぽんと撫でる。


「今日はペコを洗ってあげようよ。自然界に住む竜は自分たちで川や湖に行って体を洗うんだけど、ペコはまだ水場まで飛んで行けないから。そろそろ洗ってやらないとね」


「ずっと一緒にいるから気が付かなかったわ」


 リリーはペコの背中をくんくん匂ってみて首をかしげる。


「ジイヤさん、何か大きな入れ物がありませんか? ペコが中に入れるくらいの。あとかまどの灰を少し下さい」


「はいはい。これは如何でしょうか?」


 ジイヤが出してきたのは昔使っていた調理用の半円形の特大鍋だった。大人数のパーティーの時に肉入りスープを作っていたものらしい。


 庭のまん中に鍋を置き、雨水を溜めてある大きなタンクからバケツで、人海戦術で水を満たしていく。岩山群の国では水はとても貴重なものだ。だからペコが入っても溢れないくらいの水を鍋に注ぎこんだ。


「さぁペコ、この中に入ってごらん?」


 ジョンは白い上着のシャツを脱いでからペコを鍋の中へ誘導する。


 ポチャン……


 初めて水に浸かったペコは目をパチクリさせ、大鍋の中で困ったような顔をしている。


「ふふふ。ペコったら調理されてしまう肉のようね?」


 ペコは助けを求めるように、リリーとシルバーの方を見た。


「大丈夫よ。ペコを煮て食べたりしないから」


「リリー、よく見ていて。竜のウロコのこの辺に汚れや土ぼこりが溜まるんだ」


 ジョンがウロコを持ち上げた所にこげ茶色の油脂が見えた。


「本当だわ汚れてる」


 ジョンは小さな布に灰をつけて、ペコの皮膚とウロコをていねいに洗っていく。リリ一は彼の慣れた手つきに感心してしまう。


 ピギューン!

 ピギューン!


 ペコは途中から気持ちがよくなってきたのか、機嫌の良い声で鳴きはじめた。シルバーが頭をやさしく舐めてあげているのもあるだろう。


 ペコの初のお風呂は、どうやら上手くいったようだ。


◆◆◆


 上半身が水で濡れてしまったジョンのために、リリーは大きめのタオルを用意した。


 ジイヤや侍女たちが鍋を洗っている横で、ペコは日に当たり体を乾かしている。


「お疲れさまでした。ジョンのお陰でペコがキレイになったし、とっても楽しい時間だったわ」


「次回はリリーがやるんだよ?」とジョンはにこっと笑う。


 リリーはタオルをジョンに渡しながら「あら?」と思わず声を出してしまった。


「その傷どうしたの?」


 今までペコを洗うのに夢中で気がつかなかった。ジョンの両方の脇腹には4本ずつケロイドのような傷跡がある。古い傷なのか色はすでに肌になじんでいて、近くで見なければ判らないのだが。


「気になる?」


 ジョンにそう言われて、聞いてはいけなかったのではとリリーはあせる。


「ごごご、ごめんなさいね。聞かれたくないよね。私って無神経でごめんなさい」


「そんなことないよ。むしろリリーには聞いて欲しいかな」


 タオルを首にかけ、ジョンはリリーと庭の草の上に座って話しはじめた。


「この傷はね、僕が8才のとき、高い塔の上で遊んでいた時についたものなんだ」


「落ちたの? 塔から?」


「いや、落ちなかった。落ちそうになった僕を竜が鋭い爪で掴んだんだ。脇腹をがっとね。竜は僕を家の庭に置いて去ろうとしたんだ」


「まぁ……」


 この傷跡なら、当時血がたくさん流れただろうと想像してリリーは思わずほっぺたに手を当てる。


「竜はジョンを襲ったの?」


「僕の親はそう思ったらしい。だから僕を運んで飛び去ろうとする竜を、父は銃で殺してしまったんだ」


 ジョンはとても悲しそうな顔をする。


「意識が戻った僕はがく然とした。竜は僕をおそったんじゃない。僕が塔から落ちないように捕まえてくれたんだ。彼女が僕を掴まなかったら、塔から落ちて確実に死んでいた。うん、助かることはなかったと思う」


 カロン王国には高い塔があちこちに立っている。

確かに子どもがそこから落ちたら、余程運がよくなければ助からないだろう。


「僕はね、小さい頃から秘密でその竜と遊んでいたんだ。友だちだったんだよ僕たち」


「なんて悲しい……」


「その竜には小さな子どもがいたんだ。塔のてっぺんにある巣の中で震えていた。……それがシルバーなんだ」


「僕は子どもなりに一生懸命父に事実を説明した。そして頼んたんだ。シルバーを飼うこと、竜使いの勉強をすることを許してほしいって」


「そうだったのね。シルバーは命の恩人の忘れ形見なのね」


 リリーはジョンに気づかれないように涙をぬぐった。


「そのお話、どこかで耳にしたような気が……子どもが竜に襲われたという……」


 ジイヤにも聞こえていたのだろう、2人の後ろでぶつぶつと一人言を言っている。


「ジイヤさん、その鍋運ぶの手伝いますよ! リリー、タオルありがとう!」


 ジョンはタオルを彼女にもどし元気よく立ちあがると、ジイヤの背中を押して歩いていった。


 リリーはタオルに顔をうずめて、しばらくそこに座っていた。



 リリーは夕食後、いつものようにペコの観察記録をつけた。はじめてのお風呂について詳しく、絵も添えて書き記した。ペコの観察記録は分厚いノート半分くらいになった。


 ペコが飛べるようになるまで続け、書き上げたら一番はじめにジョンに見せようとリリーは考えている。


 ペコはすでにバルコニーで丸くなり、寝息を立てて眠っている。お風呂に入って疲れたのだろう。


 リリーはその晩、夢を見た。



 高い高い塔の上に少年が立っている


 少年は天にむかって手を差しのべている

 体をふらつかせながらも

 まっすぐ 空を求めている


 (きり)が立ちこめる中

 大きな美しい竜が空を割って降りてきた


 竜は少年を背中に乗せると

 天高くどこまでも どこまでも登っていき

 霧と雲の中に消えていった





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