少年と知り合いになりました
少年は大きな竜の背中からひらりと飛び降り、リリーとペコに近づいた。
「はじめまして。僕はジョン。竜使いの見習いをしてるんだ。ーー君は?」
「私はリリー。驚いたわ……。こんな大きな竜を間近で見るのも竜使いさんに会ったのも、……生まれてはじめてよ」
「驚かせてごめんね。でもやっと見つけた」
少年は竜の子を愛おしそうにぎゅと抱きしめた後、柔らかい眼差しでペコを見つめ、うれしそうに頭を撫でた。その少年の一連の動きが美しかったから、リリーは思わず見とれてしまう。
部屋から漏れる光にあたって、少年の姿がさっきよりもよく見えるようになった。少年はリリーと同じくらいの背丈で、白い質素なシャツに黒いズボン、それに黒いブーツを履いている。整った顔はほどよく日に焼けて健康そうだ。歳はリリーと同じか少し下かもしれない。
「リリーの竜は、僕の竜の子どもだよ。たまごが巣からなくなったから随分捜したんだ。たぶん密輸商人が盗んだんだと思う。この谷の竜は戦争の道具として他国へ売り飛ばされることがあるんだ。もちろんカロン王国では竜をそんな風には扱うことは禁止されてる」
「竜を戦争の道具にするなんて、ひどい………」
リリーは初めて聞く竜の悲しい話に胸を痛める。
「あいつらは、たいてい竜の子を盗むんだ。たまごは盗みやすいし運びやすいけど、うまくかえらない。竜のたまごをかえすのはとっても難しいことなんだ。実際この谷の竜飼いの誰も、たまごをふ化させた人はいないんだ」
「そんなに難しいことなの?」
リリーは、じゃあ私はどうしてうまくいったんだろう? と不思議に思う。
「竜はデリケートな生き物なんだ。親はたまごを抱いている時は人間を寄せ付けない。気も荒くなるしね。たまごがふ化する温度とか環境とか、そろってないと不可能だし」
「私はたまたま森で拾ったから持って帰れたけど、もしも親の竜がそばにいたら敵だと思って火で焼かれてしまってたかもしれないわね……」
リリーはぶるっと体を震わせる。
「そうだね。リリーは運が良かったし、リリーに拾われたたまごはもっと運が良かった」
リリーはその言葉に嬉しくなる。
「たまごを抱いて温めている時ね、とても幸せな気持ちになったの。そうだわ、ペコの観察記録のノートをいつか見てほしいな。どんな風にたまごからかえって、どんな風に育ってきたか、ジョンにも知ってほしいもの」
観察記録かぁ、それは見たい! とジョンは目を輝やかせた。
「そのノートは竜飼いや竜使いなら喉から手が出るほどほしい貴重なものだよ。今度ぜひ見せて。あ、でも、そのノートのことは他の人に知らせない方がいいと思う。それを悪用しようとする人間もいるから、気をつけてね」
ジョンは意志の強そうな、まっすぐな眼差しをリリ一にむける。
「うん。そうする」
リリーにはまるで実感が湧かないことだが、ジョンの真剣な表情から察するに、本当のことなのだろう。
「それにしても、どうしてペコがあなたの竜の子どもだと分かったの?」
リリーは恐る恐る大きな竜の頭をなでてみる。
「それはその子が母親を呼んだからさ。竜にはわかるんだよ、お互いに。それに体の色とか鱗の形とか似てるだろう?」
母親の竜にペコはピキュ、ピキュと声を出して甘えている。額をすり合い匂いあう。灰色の肌に銀色のウロコ。確かに似たもの親子だ。
「……と言うことは、やっぱりペコはあなたの竜なのね。ペコのお母さんと飼い主が見つかって、本当に良かった。……あぁでも、こんなに早くペコとお別れの日が来るなんて。私まだペコとサヨナラする心の準備ができていないわ」
気がつくと、リリーは微笑みながら涙をポロポロこぼしていた。
「君には本当に感謝してる。……どうしよう、困ったな。……できれば、泣かないで?」
ジョンは申し訳なさそうにリリーの顔を覗き込んだ。
「今、連れていくの?」
「うーん、どうだろう? 飛べないと連れていけない、かな」
「ペコはね、まだ飛んだことがないの。翼を全く動かさないから心配していたところなの」
「なら、まず翼をはばたかせる練習をしないといけないな。それから岩山の上から実際に飛び降りて……」
ジョンは説明しながら、ペコの体を上から前から後ろからさわって何かを確かめている。
「翼が弱いから、まずは筋肉をつけて、たくさん動かしてやる必要がありそうだ」
「やり方を教えてくれたら、私、ペコが翼をはばたかせる練習を手伝うわ。ペコには自由に空を飛びまわって欲しいもの。飛び降りる練習ははさすがに私には無理だけど」
「それは僕とシルバーの仕事だ」
「シルバーって言う名前なの? このお母さん竜」
「そう、ウロコが銀色に光ってきれいだろう?」
「うん! きれいでかっこいい!」
「あと……時間がある時に、シルバーをつれてきてもいいかな? ペコも会いたがるだろうし、飛ぶ練習の一番の先生はシルバーだから」
「ええ、もちろん! 大歓迎します。ぜひ来て下さい」
そこまで話すと、二人は少し照れて見つめ合った。
リリーは生まれて始めて“男の子の友だち“ができたことが嬉しくて、感動で胸が熱くなる。
男の子と言えば、ハロルドや彼の友人たちしか知らない。彼らはリリーのことを見下してあざ笑うような人たちだった。
「ゴホンゴホン……あ、あの。お嬢様? わたくしたちにも客人をご紹介下さいますか?」
後ろからジイヤの声がしてリリーははっとする。
ふり返ると、リリーの部屋の扉の隙間からジイヤと両親、そして侍女たちがこちらを伺っているではないか。
「あわわわ……! みんな、いたのね。えーと、紹介します。こちら竜使いのジョン君と、ペコのお母さんのシルバーさんです!」
仲むつまじく額をすり合う竜の親子の姿にみんなの目尻が下がったのは言うまでもない。