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たまごを温めてみました


 大きなたまごを岩山の中腹のお屋敷まで持って帰るころには、リリーは汗だくになり、息が切れ、手が痺れてしまっていた。


「ふぅ、無事について良かった」


 お屋敷の中にそのままの格好で入ると、広間の方から両親と執事のジイヤの大きな声が聞こえてきた。リリーは誘われるように進み行き、広間の入口で見物している侍女たちの間に静かに割り込んでいった。


 どうやら3人は落胆、悲しみを経て、今は怒りの感情がわいてきているようだ。


「わたくしが明日、抗議に行ってくるわ! 手紙一枚で終わらせようなんて、いくら公爵家の長男だからって勝手すぎませんか! あちらのご両親と話し合うべきですわ」


「落ち着きなさい。私の友人コーリン・ステファノフはあの長男の身勝手さには手を焼いているらしい。私が責任をもって手紙を書くから……」


「あなたのそういう控え目なところに付け込まれるのですわ。あぁ可哀想なリリー……。やはりわたくしが直接乗り込んで……!」


「まぁまぁ奥様、ここはジイヤがもう一度お話にうかがいます。今は落胆なさっているリリ一様をお2人でお慰め下さいませ。ジイヤは座り込みをしてでも、婚約破棄を破棄して頂くよう…………お! お帰りなさいませお嬢様!!」


 ジイヤの声によって、みんなの視線がリリーに注がれる。


「リリー! 心配したのよ。今までどこに行っていたの?」


「ただいま帰りました。遅くなってしまってごめんなさい。私のことは心配しないで。婚約破棄は受理しましょう? それよりも……」


 あー、重かったぁ……とスカートを広げて座り、灰色の大きなたまごを床に置く。そして、よしよしとたまごを撫でながらリリーは言った。


「このたまごを温めようと思うの。皆さん協力して下さいますか?」


◆◆◆


 次の日からリリーは自分の部屋へ籠もるようになった。


 ふわふわの大きなベッドのまん中にたまごを置き、布団をかぶったリリーが抱きしめる。ひびが入っているから、とても慎重に温める必要がある。


 食事は部屋へ運んでもらうことにした。

 リリーが用足しや湯あみのために離れる時は侍女かジイヤが代わりにたまごを温める。


 大きなたまごの事で、リリーの母親とジイヤは頭がいっぱいになり、婚約破棄のことに構っていられなくなってしまった。


 楽しそうに生き生きとたまごを温めるリリーの姿を見て、両親はほっと胸をなで下ろす。


 と言うのも、リリーが実はハロルドに冷たい態度をとられ深く傷ついていたことを今さらながらに知り、リリーがこの婚約を喜んでいたわけではないと理解したからだ。


 リリーは15歳だ。

 心身ともにゆっくり育っているリリーの婚約や結婚はもう少し先でもいいのではないか。


 たまごの世話をすることで婚約破棄の痛みが和らぎ癒されるなら、しばらくリリーの好きなようにさせてやろう。


 両親は、少し変わっている、のんびりやの可愛い娘を見守ろうと心に決めた。


 リリーの父親はハロルドとその父コーリン・ステファノフ公爵に≪婚約破棄を受理いたします≫と手紙を書いて出した。これによって正式に婚約破棄は成立した。


◆◆◆


「リリー様! 判りましたぞ! このたまごは竜のたまごでございます!」


「まぁ、竜ですって!? ステキ!」


 リリーは感嘆し、リリーの母は驚きで倒れそうになった。


「リリー様、ジイヤは竜の育て方について竜飼いたちに話を聞いてきましたぞ。ただ書物にはなっていませんのでメモのご用意を」


「はい!」


 リリーはジイヤの情報を一冊のノートに書きとめた。ただ、そこにはたまごの温め方やかえし方がなかったため、竜のたまごを温めながら、リリー自らが観察記録を記し始めたのだった。


◆◆◆


 たまごを抱きしめていると、リリーは不思議に心が安らぐのを感じた。


 リリーのたまごは侍女たちにも人気で、時間があればリリーとたまごを覗きにやってくる。父や母やジイヤも竜についての情報を集めてきてくれる。だからリリーは毎日がとても楽しかった。



 2週間ほど経つと、たまごのひびが大きくなってきて、3週目に入るとたまごの中でゴソゴソと竜の子が動くのが感じられるようになった。


「ほら今動いたでしょう?」

「本当だわ。不思議なものね。こうして毎日見て触っていると怖くなくなるなんて」


 竜だと知って怖がっていたリリーの母親も、竜のたまごの不思議な魅力にはまってしまったようだ。


 そして4週目に入ったその朝、ついに殻を破って竜の子が誕生したのだった。


 ピギューン! ピギューン!


 竜の子は元気よく鳴き、よく食べた。

 竜飼いの話によると、この谷に住む竜は草食なのだそうだ。


 リリーはこの子に「ペコ」という名前をつけた。

 いつもお腹をペコペコに空かしているからだ。


「ペコは本当によく食べるのね?」


「ピキュ?」


 リリーたちの家の草だけでは足りず、谷川のほとりのキャベツ畑へキャベツを買いに行くのもリリーの日課となった。リリーは毎日岩山の坂を侍女たちと一緒に上り下りする。


 灰色の肌に銀色のうろこを持つ竜の子ペコは美しく、日に日に大きくなっていった。


 ただ、ペコは翼竜なのに羽を動かそうとしなかった。

 心配したリリーはペコの翼を毎日マッサージしてやるのだが、ペコはまるで自分には翼がないかのように振る舞う。たまごの中で翼をすでに痛めていたのだろうか。人と暮らしているから自分が飛べると気がついていないのだろうか?


「ペコも他の竜のように空を自由に飛べるようしてやりたいわ。でもどうしたらいいのかしら?」


◆◆◆


 ある夜のこと、ペコはリリーの部屋の広いバルコニーに出て空を見上げて鳴き始めた。


 ピギューン!


 ピギューン!


 ピギューン!


「どうしたのペコ、どこか痛いの?」

リリーはペコのいつもと違う様子にとても心配する。


 ピギューン!


 ピギューン!


 ピギューン!


 ペコは岩山の間から見える空に向かって、一生懸命に鳴いた。


「もしかして……。もしかしてペコ、お母さんを呼んでいるの?」


 迷子になった子どもが母親の姿を必死に探すように、ペコは声が枯れても鳴くのを止めなかった。


「ペコ……!」


 リリーは自分と同じくらいの大きさになったペコを抱きしめてやる。


「そうね、あなたは自分が竜だと気がついたのね? お母さんや仲間に会いたいわよね?」


 その時、突然強い風が吹いてきて、リリーたちのいるバルコニーが漆黒のかげに覆われた。土ぼこりが舞い上がり、リリーは思わず目をぎゅっと閉じた。


「きゃっ!」


 ピギューン!


 恐る恐る目をあけると、何とそこには4mはあろう大きな美しい竜がバルコニーのヘリに大きな爪を立てて捕まりこちらを見下ろしていた。


「りゅ、竜!? 大きい!」


 そして、その竜の背中には美しい少年が乗っていて、驚きの表情でリリーに話しかけた。


「そこにいるのは君の竜? 驚いた。令嬢が竜を育てているって噂は本当だったんだね?」





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