高い塔にのぼりました
本日2話目のお話です。
コトコトコトコト…………
ジョンにプロポーズされた次の日、リリーはブラウン家の台所で母親とジイヤ、侍女たちと一緒にポックルジャムを煮ていた。
あの日、床に散らばった黄色い実を侍女とリリーの母は一つの残らず拾い集め、きれいに洗って砂糖漬けにしておいたのだ。お陰で傷むことなく、こうしてジャムにすることができている。
「ポックルの実は大変珍しく、食べると一年間病気をしないとも言われている栄養価の高い果物なのですよ」
ジイヤは長く生きている分沢山のことを知っているんだわ、とリリーはいつも感心し、尊敬する。
1階の台所からは何とも言えない甘ずっぱい香りがあふれ出し、楽しそうな笑い声が聞こえる。
その香りと笑い声に釣られて、さっきからペコが庭からガラス越しにこちらを覗き込んでいる。
ピキュ~ン……
リリーはペコがここ2日間の騒動に巻き込まれなくて、本当に良かったとしみじみ思う。
そして昨日シルバーに乗って助けに来てくれたジョンの姿を思い出し、胸がきゅうっと痛む。この痛みの正体が「ときめき」とか「好きでたまらない」というモノであることをリリーは既に知っている。
昨日家に帰ってきてから、ジョンがプロポーズしてくれた場面を何度も思い出し味わっていたから、今日は少し寝不足気味だ。
ジョンが王子様だったなんて……!
ジョンに求婚され抱きしめられ、皆に祝福されたことを再び思い出し、リリーは頬を赤くする。
沢山のジャムの瓶を煮沸しているリリーの母がジイヤに話しかけた。
「それにしてもジイヤは、いつからジョンがヨハン王子だと知っていたの? 私たちにもリリ一にも黙っていたのはなぜなの?」
母の質問にリリーも「私もそれを知りたいと思ってたの」と声をあげる。
「ペコをお風呂に入れた日に、私はジョン様のケガの話を聞いてピンときてしまったのです。王族に仕える執事仲間が以前、第3王子が竜におそわれたという話をしていたのを思い出したのです。それに気付いたジョン様に『誰にも言わないでほしい』と口止めされまして。たぶん王子だと分かったら皆さんのジョン様を見る目や態度が変わってしまうと思われたのでしょう」
「なるほど、そういうことだったのね」
リリーの母はうんうんと頷く。そして今度はリリーに質問する。
「リリーは竜使いのジョンと王子様のジョン様とどっちが好きなの?」
「私は竜使いのジョンも王子様のジョンも、どちらも好き。でもどっちかを選べって言われたら竜使いのジョンを選ぶわ」
リリーにとってジョンと竜は決して切り離せない。ジョンとペコたちと一緒なら谷の森の小さな家に住むことになったとしても、きっと楽しいだろう。
「リリー、そろそろ支度をしなさい。1時間後にカロン国王様のお茶会に出かけるから」
父の声が居間の方から聞こえてきた。
「はーい!」
今日は生まれて初めてお城に行き、国王様や王妃様たちに会うことになっているのだ。時間がせまってくると、リリーも両親も急激に緊張が高まってきた。
リリーは綺麗なドレスに着替え、できたてのポックルジムをビンに詰めて、王様が迎えのために送った馬車に乗って両親といっしょに出かけて行った。
◆◆
初顔合わせのお茶会は、リリーたち3人と王と王妃、ジョンの6人だけの小さくてフレンドリーな時間だった。
緊張してギクシャクするリリーたちに、王と王妃は穏やかにユーモアを交えて話をした。
お茶にジャム、美味しいお菓子を食べながら、婚約の日どり、結婚式の準備、2人の新居のことまで具体的な話が、王と王妃のロから告げられ、この信じられない身分差の結婚は現実なんだとリリーたちは実感する。
ジョンとリリーは時々顔を見合わせながら照れたように笑い合い、そんな2人を見てローザ王妃は「なんてかわいいステキなお似合いカップルかしら?」と微笑んだ。
色々な結婚に関する話が終わると、ジョンと王妃はリリーの両親をつれて城の敷地内を案内すると言って立ちあがった。その時ジョンはリリーにこう言った。
「リリーはもう少し父と話をしていて。父は2人きりでリリーと話がしたいんだって。城の中は次回僕が案内するからね」
カロン国王さまと2人きりになってしまい、リリーは少なからず緊張する。でも王様の落ち着いた穏やかな語り口に不思議に緊張は解けていった。
「リリーさん、あなたにぜひ聞いて欲しいことがあるのだよ。私の胸に突き刺さった棘を、どうぞ見てやって下さい。
私が、ヨハンの大切な友だち、あの竜を銃で殺してしまった時、ヨハンの心は一度死んでしまったのかもしれません。でもヨハンは決して私を恨むことはしなかった。その代わりに自分がその死の罰を背負ってしまいました。あの子は心の優しい子です。ヨハンはその友の死の償いをすることだけを考えるようになりました。
シルバーを育てるのも竜使いの勉強をするのも、友への償いだったんだろうと思います。
ヨハンは王子としての勉強も剣の稽古も手を抜かなかった。あの子はああ見えてなかなか頭がよくて剣の腕も立つんですよ。その上に竜使いの見ならいもしていて、欠けているとしたら人間との交流だった。
たぶんヨハンは自分自身を含む人間を愛せなくなってしまっていたのでしょう。表面的には普通に見えましたが、心は堅く、堅く閉じていました。
舞踏会には参加しないから女の子の友だちはできない。貴族たちとの社交場にも顔を出さないからヨハンの顔は貴族たちにほとんど知られていなかった。
王族以外の人々は「第3王子は昔大ケガをして心身が弱くてずっとベッドに伏せっている」と本気で思っていたらしい。
それでも何とかジョンは必死にバランスを取りながら、償いを重ねていった。王族の間では「ヨハンは付き合いは悪いが誠実で勉強家の竜好き」だと認識されていた。
だがシルバーのたまごが盗まれた時、ヨハンはシルバーと一緒に狂ったようにたまごを探し回りました。
心が痛かった……。私のせいでヨハンはずっと、こんなに苦しんでいると。
ヨハンは、大切なものを守れなかったと失望しかけました。あの時の彼はまるで城の塔の上に目をつぶって立っているかのように危うかった。
そんなときに君と出会った。君がシルバーのたまごを温めて、育ててくれていたことで、ヨハンの心は救われたんだ。
そしてそれだけではなく、君と過ごすうちにヨハンは人を愛することを知りました。
今では国のために自分が何を果たすべきか、生き生きと考え働いてくれるようになりました。
リリーさん、君には感謝の言葉以外見つからない」
話し終わると王様は、リリーの手をしっかり握った。
◆◆◆
その後、お茶会はお開きになり、リリーの両親は馬車で帰途についた。
「リリーは僕がシルバーで送りますからもう少し一緒にいさせて下さい」とジョンが申し出て、リリーは残ることになった。
「今日どうしても、僕の子どもの頃からの秘密基地を見せたいんだ」
ジョンはリリーの手を引いて城の外へ出ると、西側のはしに立っている一番高い塔のてっぺんを指さした。
「あそこにシルバーがいたんだ」
「ジョンが落ちそうになった塔ね?」
「そう、色々な思い出の詰まった特別な場所なんだ」
2人は塔の下にある小さな扉の鍵を開け、中に入っていった。
中は狭く、入ったすぐの場所から石でできた螺旋階段がはじまっていた。明かり取りの小さな窓から光が差し込み、丁寧に積み上げられた石がまるで芸術作品のように見える。
リリーは一生懸命ジョンの後を追いかけ登っていく。こういう狭いくるくる回りながら登っていく階段にワクワクするのは子どもだけではないようだ。
「さぁついたよ」
「うわぁ…………!」
たどり着いたのは直径5mほどの丸い展望台だった。ここもきれいな石畳になっていて、1mくらいの高さの石でできた柵でぐるりと取り囲まれていた。
そこから見える雄大な風景にリリーは目を奪われる。
丁度夕日が沈みかけ、谷と岩山群をピンク色に染め上げていた。
「きれい……!」
「これが城の塔から見たカロン王国だよ」
何もかもが下に、小さく見える。
この塔の西側は崖っぷちになっていて、ここから落ちたら助かることはないだろう。カロン王国で一番高い場所だ。
「リリー、上を見てごらん」
そう言われて上を見あげる。
そこには十数匹の竜がくるくると夕焼け空を優雅に旋回する姿があった。リリーが自分の屋敷から眺めるよりずっと近くに大きく美しく竜が見える。
「僕は夕方、勉強や剣の稽古が終わってここで空を見るのが好きだった。空に憧れて、竜を愛した。
僕にとっては下界の街の人々も、その暮らしも、余りに遠くて小さくて現実味がなかった。城で会う人々は皆どういうわけか僕に跪き、機嫌をとる。心ゆるせる友がいなかった。
僕の心ゆるせる友だちは竜だけだった。
でも今は違うよ。
僕にはリリーがいる。
リリーは僕にとってかけがえのない存在。宝物だよ。
一生大切にしたいと思ってる」
「ジョン…………」
夕日が溶けていく中、2人のシルエットが重なる。
この日、リリーとジョンは生まれて初めてのキスをした。
残すところ一話となりました。
明日12時すぎに更新し、完結いたします。
ここまで拙作にお付き合い下さり、読んで下さりありがとうございます!
この2週間頑張って書いて参りました。
胃と心臓に悪い期間でありました。
色々とご指摘があろうかと思いますが、そこに少し優しい言葉をくっつけて頂けると作者は救われます。(涙)
(つд`)
よろしくお願いいたします。
(。・∀・。)ノ




