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婚約破棄されました

ほのぼの、ハッピーエンドにむかって行きます。




 これは、竜や魔法使いも住んでいるカロン王国でのお話。


 深い谷の中の岩山群にある小さな王国、カロン王国。いくつもの岩山が谷の中にそびえるように立っていて、そこにしがみつくような形で街が造設されている。国で一番高いカロン山の頂上には高い塔のある立派なお城が建っていて、王族が住んでいる。


◆◆◆


 子爵令嬢リリーがその手紙を受け取ったのは、竜がくるくると高く舞う夕ぐれ時のことだった。


「ハロルド様からの手紙だわ」


 それは、一度だけ会ったことがある婚約者からの手紙だった。彼の名はハロルド・ステファノフ。第一騎士団の7番手。剣の腕と、派手な女遊びで有名な美しい男性だ。


 手紙には一言≪あなたとの婚約は破棄させて頂くことにした≫と書かれていた。


 年齢のわりには心身ともに幼いリリーのことを、ハロルドは女性とは見ていないようだった。それはリリーの社交界デビューのダンスパーティーで、初めてリリーがハロルドに会ったとき、ハロルドがとても失礼な態度をとったことで明らかになった。


 ハロルドは婚約者だと紹介された14歳のリリーを見たとき「チッ」と舌を小さくならし顔をゆがめた。その後リリーと踊ることも、リリーをエスコートすることも話かけることもしなかった。


 リリーはすぐに壁の花となり、一人で立ち尽くす悲しい時間を過ごすしかなかった。


 リリーの友人たちはリリーを気の毒に思い、ハロルドの仲間たちは泣きそうなリリーを見てクスクス笑った。


 リリーはその時のことを思い出すと、今でも涙が浮かんでしまう。


 公爵家の長男ハロルドとの婚約は、そもそもハロルドとリリーの父が小さい頃からの友人だということで交わされたものだ。


 これだけの身分差があるのに婚約が成立したのは、昔ハロルドの父がリリーの父に恩を感じる出来事があったからだとリリーは聞いている。


 プライドの高いハロルドにとって、身分の低い子爵令嬢リリーとの婚約は気に入らないものだったに違いない。


 社交界デビューから一年たって、そろそろ結婚の話がもちあかるだろうとリリーの父母は思っていたようだ。しかし来たのは婚約破棄の手紙だった。


「いったいどうして?」


 両親の困惑は当然のことだ。


 しかし相手は公爵家。

 子爵家の身分ではそれを黙って受けるしかない。


 それにしても婚約破棄の理由や説明が一言もないというのは何ということだろう?


 リリーは両親がひどく気落ちしているのを見て、全て自分のせいだと心を痛めた。


 次の朝、リリーは両親にこう告げた。


「私、一度ハロルド様にお会いして話し合ってみます。第2夫人でも第3夫人でもいいから結婚していただきたいとお願いしてみます」


 両親はリリーを止めたけれど、リリーの意志は固かった。リリーは一番大人っぽく見えるドレスを着て、執事のジイヤと共にハロルドの家へとむかった。ハロルドのお屋敷は3つ向こうの岩山の上部にある。岩山の中腹にあるリリーの屋敷から斜め上方に見えているのに、橋が無いためそこに行くのには大変な時間がかかる。


 案の定、ハロルドはリリーに冷たい言葉を浴びせかけた。


「君とは結婚しない。よくもそんなセンスの悪いドレスでここへ来たものだ。自分の姿を鏡で見たことがあるのかい? 結婚? 君は私を楽しませる何かを持っているのか? 私につりあう美しさ、魅力があるのか? 私には優秀で美しい令嬢がふさわしい。君のような田舎くさい頭の悪そうな令嬢は第4夫人、第5夫人にもいらないね」


 リリーと執事のジイヤはハロルドの屋敷の中にも入れてもらえず、追い返されてしまった。


「お嬢様は品のよい心のやさしいお方ですぞ!」


 ジイヤの悔し涙の抗議も虚しく、2人は失意のうちに帰路についたのだった。


 やっぱりダメだったかと悲しむ両親。彼らを見ていられなくなり、リリーは屋敷をとび出し谷底に広がる魔法使いの森へ走り降りていった。


 そこにはリリーの幼い頃からの友人、魔法使いのアンナが住んでいるのだ。


 アンナは話を聞いて、プンプン怒りながら言った。


「ひどい男ね。いちど岩山のてっぺんから転げ落ちてしまえばいいんだわ」


「えっと……それはちょっと」

 怒る友人にリリーはあわてる。 


「じゃあ竜の火に(あぶ)られるのはどう?」


「そんな、恐ろしい……」 


 アンナのロが悪いのは小さい頃からだ。

 でもリリーにはアンナのやさしい心がわかっている。


 ふぅ、と息を吐いて、「私のために怒ってくれてありがとう。アンナのその気持ちだけて胸の痛みがやわらいだわ」とアンナの手を握った。


「あら? 私本気よ? ハロルドは女ぐせが悪いし、性格もねじまがっているのよ。魔法使いの女の子たちだって何人も泣かされているのよ」


「でも復讐は神様がなさることだわ」


 リリーがおっとりと発する言葉にアンナは微笑んだ。


「ハロルドにリリーはもったいないわね。婚約破棄されて良かったのかも。でもね、リリー。もしも神さまが私の前にあらわれて、リリーのために復讐しなさいっておっしゃったら私迷わずやるから、その時は止めないでね?」


 リリーは静かに頷いた。


「アンナ聞いてくれる? がっかりしている私の家族が元気をとりもどして幸せになるにはどうしたらいいのか、そっちの方が知りたいの。父母は失望落胆しているし、ジイヤは今ごろ悔し涙を流していると思うの」


「そうねぇ。リリーの家族が幸せになるために絶対必要なことは、リリーが幸せになることね。まって、今習っている途中なんだけど、真実をおしえてくれる水晶玉に聞いてみてあげるわ」


「まぁ、そんなことまでできるようになったの? すごいのね!」


 リリーはアンナが出してきた小さな丸い水晶玉を覗き込む。アンナは手をかざし、まじないの言葉をとなえた。


「見えてきたわ! えーとねぇ。これから出会うもの、出会う人を大切にしなさい、ですって!」


「まぁ!」


「当たり前っちゃあ当たり前のことだわね……。この水晶玉、いまいちボキャブラリーが貧しいのよね」


 アンナはえヘヘと困ったように笑う。


「これから出会うもの、出会う人を大切にすればいいのね。ーーありがとうアンナ!」



 アンナのアドバイスをもらって慰められたリリーは家へ帰ろうと森の道を急いで歩いていった。夕ぐれ時が近づいて、森の中は刻々と薄暗くなってゆく。 


 急がなくっちゃ! 


「きゃっ!」


 リリーは何かにつまづいて転びそうになった。大きな石のようなもの。よく見るとそれは大きなたまごだった。まるくて色は灰色でにぶく光っている。


「大きなたまご! 何のたまごかしら?」


 よく見るとそのたまごには少しひびが入ってしまっている。まだ中の生物は生きているだろうか? 

 生きているとしても、ここに放置されたままだと、中の生物は死んでしまうだろう。


 リリーはしばらく立ち止まって考えた。


≪これから出会うもの、出会う人を大切にしなさい≫


 アンナの伝えてくれた言葉が心に響いてきた。


 持って帰れるかしら?


 ずっしり重いたまごを両手でかかえてみる。が、表面がつるつるしていて滑りやすく、何とも心もとない。


 そうだわ! ドレスのすそ!


 リリーはドレスのすそをたくしあげ、たまごを包み、すそを両手できんちゃく袋の口ようにしっかりと握りしめた。


 これで滑って落っことしてしまう心配はないわ。


 はしたない格好だとは思ったけれど、夕暮れ時にさしかかっているしと、リリーは人の目も気にせず、森をぬけ、長い長い岩山の坂をのぼっていった。




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