カープ優勝記念短篇:鯉の東京物語。
世紀の一試合に勝ったその日。
カープファンは皆笑顔だった。
僕は東京の混雑に慣れていなくって、
ドームでの試合の後、水道橋駅で満員電車にのるのに1時間くらい待ってしまった。
終電に近い。
今日は広島に帰れるわけもないから、
近場の都内の東横インで一泊する予定だった。
ふと車窓の黒く流れる神田川を覗くと、
黄金色の魚が撥ねたように見えた。
間違いなく一匹の立派な立派な鯉だった。
「あ、鯉だ……」
僕が何の気なしに呟くと、
周りの風景が一瞬で消え去り。
水面に撥ねた黄金の鯉と、僕だけの空間が広がった。
鯉が僕に話しかけた。
「そうか、とっても良いことがあったようだね?」
鯉との距離は50メートルはあったように思うけど、
鯉の声はとても近くで、脳に直接話しかけるような声だった。
「え、あ、ぼ、ぼく? だってカープが! 広島カープが優勝したんだよ!!」
言うと鯉はぽちゃんと水に落ちて、
それからまもなく今度は立派な赤と白の錦鯉の姿でもう一度水面で撥ねた。
「ふふふ、人間ってやつぁ面白いな。おめでとう」
鯉のその言葉に何故か震えが来る。
これは嬉しいんだッ。
「あ、ありがとう!!!」
言って鯉がぽちゃんと再び水面に落ちると、
辺りの風景は元の電車の車窓から望む神田川になっていて、
それでも何処か妙で、その風景はやけに綺麗に輝いて見えた。
――「お客さん、終点だよ」
「えっ!?」
ガバッと席から飛び起きると、武蔵小金井ーというアナウンスが聞こえ、
一瞬ここが何処だか解らない。
「お客さん、カープファンでしょう、やけに幸せそうな顔して寝てたから、
声どうやってかけようか迷っちゃいましたよ、優勝おめでとう」
車掌さんが笑顔で話しかけてくれて寝てしまったのだと今更気付く。
「は、はぁありがとうございます!」
「これ、終電だよ? 今から武蔵小金井から都心にはもどれないけど……」
うわあーやってしまった!!!
地元じゃ無いんだからタクシーでホテルまで行くって言っても解らない!!!
「……けど、実は俺もカープファンなんだよね。よければウチくる? いやーちょっと待ってて貰わないと行けないけどさ、今日は特別だし」
車掌さんの声はさっきの鯉の声に似ていた気がした。
「た、たすかりましたあー」
車掌さんのことを拝んでしまった。