色褪せる事の無い名画よ
僕の彼女はチベットスナギツネ15話「暗闇で光る眼」
http://ncode.syosetu.com/n2760cy/15/ この時間軸で起きたサイドストーリー的な位置づけとなっております。
波止場にトランペットの音色が流れる。それはどこか哀愁と、懐かしさを感じさせるものだった。夕陽をバックに吹き終えた男の横に、アタッシュケースを持った男女がやって来て船を待つ。
二人を乗せて出発する船に、男は渋い声で見送る。
「良き夢を」
眠らない街リス・ベガス。そこにサングラスをした男女が降り立つ。それは、一つの事件の始まりだった。
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ダイナー(食堂)で蕎麦を手繰っていた男の横に、男女が立つ。
「蕎麦を一杯どうだ、お二人さん」
「そうね。頂こうかしら」
カウンターに横並びに座る三人。筋骨隆々の店主に注文すると、女が話し掛ける。
「来たわよ名探偵」
「あぁ、待ち兼ねたぜ。噂に違わずの隙の無さ。流石だな」
おまちどお、という声と共に、男女の前に蕎麦が並ぶ。
「お稲荷は無いのね」
「あぁ……。この街には美味いのが無いからな」
ルートを作らないといけないな。――今まで無言だったスキンヘッドの男がボソリと呟くと、隅で蕎麦湯を飲んでいた誰かが慌てた様に飛び出していった。
「なんやとっ!」
街を取り仕切る二大ファミリーの一つ、ヴェルデ・タッソは、その報せを聞いておののく。
良質の油揚げ、お稲荷の流通はまだ安定しておらず、新参ものがそれを始めてしまえば、おまんまの食い上げというものである。
時を同じくして、別の報せを耳にした二大ファミリーの一つヴォルペ・ロッソも驚愕していた。
「サンドフォックスファミリーやと……!?」
チベットから、世界の映像配信を牛耳ると言われているファミリーが、一体何をしに来たというのだ。
街はにわかに騒がしくなっていった。
先日亡くなった名女優ビアンカ・タッソの墓に案内して貰った二人は手を合わせる。
「まさかお前さん達が知り合いとはな」
「銀幕のスターは、どこか繋がっているものよ。そして名女優は色褪せないのよ」
そう言って花を添える女の横で、男がピクリと動く。
「囲まれているな」
「随分と、躾がなっていないやつらがいる様で、すまないな」
名探偵はほほ袋を張ると、ゆっくりと振り返る。その言葉と共に墓石の間や、木々の間から現れるダークスーツのギャング達。
「あいつらが! ここの流通を荒らす気なんダギャー!」
「こんな所にまで何しに来たの油揚げギャング」
女のその言葉にしみったれた狐の油揚げギャング、そして、そそのかされた二大ファミリーの狸や狐等の下っ端チンピラ達が発砲する。
「やれやれ……。犬みたいに吠える狐だな」
「リスは吠えないのよね」
名女優の墓石が傷付かない様に、三人は身を隠す。そして銃弾の雨が煙を作り、辺りが見えなくなると、今度はチンピラ共が一人ずつ倒されていく。
「こ……これは! ナッツ!?」
「やれやれ、この街の名探偵を知らないとは、とんだモグリだな」
そう言ってほほ袋から勢いよく吐き出されたナッツは、ギャングに直撃する。さらに徒手空拳であっという間に倒された残りのチンピラ達。煙が晴れた時には三人だけが立っていた。
「墓地では静かに。当たり前のルールよ」
「ルールは絶対だ」
「ルールは守る。ハードボイルドだからな」
チベットスナギツネの男女、短い尻尾に頭の上の三角耳のスナコとその兄。ほほ袋にはナッツを溜め込んでいるリスの名探偵スクワーロウ。彼らにかかっては雑魚は蹴散らされるだけなのだ。
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「妙な情報が流れているようね」
スナコが呟くのを聞き、スクワーロウは頷く。油揚げギャングを締め上げたが、怪しげな小柄な狸に聞いたとしか言わなかったのだ。
「まさかな……」
目線で先を促すスナコに、スクワーロウは、かぶりを振って答える。
「網を張るか」
それに、どの道ナッツも補充せねばと呟くのだった。
国境近くの寂れた空港で、いかにも帰り仕度の体を装った、スナコと兄の前に現れる装甲車。問答無用で機関銃を乱射するそれに、慌てる事無く回避する二人。普段の武器は持ち歩いていない為、ベレッタ(小型銃)で撃ち返すが、厚い装甲はびくともしない。段々と追い詰められ、コンクリートの建物に押し込められそうになった二人に、機関銃の銃口がピタリと合わさる。
「今よ!」
建物の上から何かが発射される。
――そう! ナッツだ!
機関銃の銃身をへし折る。そこにスナコと兄が顔を前面に、左右から細かく身体を振りながら走る。
――スナギツネクラッシュだ!
装甲車が慌てた様に逃げようとしたが、分厚いはずのタイヤにもナッツが突き刺さり、動きを止める。スナコと兄に取り付かれた装甲車は強引にハッチを開かれ、中で運転していた者が車外に引きずり出される。
「貴様だったのか、ランスキー」
かつてスクワーロウが解決した事件の中で、ヴェルデ・タッソのファミリーを追われた小柄で可愛いクリクリお目めの狸……いや、アライグマの姿があった。
二つのマフィアを疑心暗鬼させる様な情報を呟き、そして元凶であるスナギツネを倒して、その名声で華々しくマフィアに返り咲くつもりだったと言う。
「おれの気持ちが分かってたまるか! あれからどこに行ってもつまはじき。おれだってハードボイルドに生きたいんだ! 整形するカネも無く、こんな可愛いお目めじゃ、ハードボイルドに生きる事も出来ない!」
スナコ兄が、それを聞くとランスキーの頬を張り、自らのサングラスを外す。
「ハードボイルドとは……目じゃない。生きざまだ」
素晴らしく可愛らしいお目めで語るスナコ兄に、ランスキーは雷に打たれた様に静止する。
「貴様は自分の目を言い訳に、自らを省みなかった。自身の弱さを知るんだな」
それを聞き、ランスキーは号泣した。
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ダイナー(食堂)にて、同じテーブルで蕎麦を待つ三人。
「落ち着かない観光になってしまってすまなかったな」
いつもの事よ、とスナコは薄く笑って返す。
「それに名探偵の技を見る事が出来たのだから、良い思い出になったわ」
ちょうどそこへ、三人前の蕎麦と温められたお稲荷が並べられる。
「ほう! こいつは上物だ。どうしたんだバニー」
「そこの二人がくれたんだよ」
スクワーロウが見ると、二人が持っていたアタッシュケースが一つ減っている。あれはお稲荷が入っていたのだ。そして、もう一つのアタッシュケースがスクワーロウに渡される。
「こっちは純国産の無農薬ナッツよ」
口に合うとよいのだけれど、というスナコの言葉にスクワーロウはハードボイルドに笑って応える。
「ああ、眠らない街の夜には持ってこいだな」
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トランペットの音色と共に、波止場へと船が到着する。先日見送った男女だ。アタッシュケースは無くなっているが、代わりに良い顔で下船する。
「良い夢は見れたかい? お二人さん」
「ああ、良い友と良い思い出が出来た」
しかし、こんな古びた桟橋を使う客がいるなんてなと寂しく笑う男に二人は答える。
「あなたの様な熟練が続けていてくれたから、私たちは進む事が出来た。感謝を」
照れた様に男が頭をかくと、どこからか、まるまっちい黒いウサギが桟橋を跳び跳ねながら去り、二人は何故か置かれていた手回しの映写機の横を華麗に通り抜けると、凄まじい勢いで走り去っていった。
「俺も新しい時代の礎になれたのかねぇ」
男は二人が去った後を見詰め、再びトランペットを吹き鳴らした。沈む夕陽に捧げるかの様な、そんな音色であった。
素敵な探偵と、その世界を書き上げて下さった橋本ちかげ様に、賛辞を。
そして、全ての映画に敬意を。




