三つ目が歌う夏歌
遠く離れた時代に、一人の人間がこの地に文化を残した。それは、じっとりとした汗ばむ季節に花を添える一夜限りの宴だった。人間は火薬を用意しては空に打ち上げて、魔物達に『夏祭り』という物を教えた。
夜のように暗い街には、電灯がパチパチと点滅しては不気味さを醸し出す。既に季節は夏に変わった。それを知る三つ目の女性はきらびやかなドレスを着込み、鳥の足によく似た皮膚に覆われた腕を薄手のグローブで隠した。
三つ目の女性――ロゼは、魔物が住まう街――ダークナインに暮らす歌姫だ。今日は祭典の日。美しい翡翠色の髪を揺らしながら、ロゼは時間になるまで歌の練習をしていた。
「――やあ、ロゼ」
「……私は居ないわ。レディの部屋にノックもしないで入ってくるだなんて、全く失礼な方ね」
鳥の顔を持つ青年は扉に寄り掛かり、親しげにロゼの歌う歌を口ずさんだ。
「私は自由を求める鳥、でも本当は違う囲われた鳥。これは誰を題材にした歌なんだい?」
「ディークには関係ないわ。私は歌うの。その為に生かされた存在なんだから」
ロゼは美しい顔を憂いに染めて、固い皮膚で覆われた自身の腕をグローブの上から撫でた。
ぼん、と夜空に一輪の花が咲いた。花火だ。この地に文化を残した人間が「たーまやー」と叫んだ花火が打ち上がった。それに気付いたロゼは、ディークが邪魔をしてくるのに苛立っていた。
「夏祭りは本格的に始まったみたいだね、歌姫ロゼ」
「だから何? 私は今すぐステージで歌わなければならないの。そこを退きなさい」
「やだね。僕は君と屋台を巡りたいんだ。だから、今日は歌わせないよ」
ディークは強い輝きを放つ金の瞳をロゼに向けたかと思えば、ロゼの手を強く握り、肩甲骨から骨のような翼を出して、窓を目掛けて飛び出した。
「きゃっ。い、嫌よ……離しなさい!」
「ほら、見てご覧よ。屋台がきらきら輝いていて、花火と比べ物にならないだろう」
ふわりと抱き抱えられたロゼは、恐る恐る屋台を上空から見下ろした。
橙色のランプから照らされる屋台は、ダークナインとは比べ物にならないくらい明るく綺麗だった。白い綿のような物を食べては喜んでいる子供の魔物を見ていると、ロゼは歌うよりも、初めての屋台巡りをしてみたくなった。
「わたあめ。食べたいよね」
「……っ! べ、別に食べたくないわ!」
「今なら君も鳥になれるよ。ほら、僕みたいにね」
ディークはそういって、ゆっくりと地上に降りた。そして、再びロゼの腕を掴んだかと思えば走り出す。
風に乗って香る焼き鳥や焼きそば、たこ焼きの匂い。人間はとても面白い物をこの地に残したのだな、と思って、ロゼは笑いながら、ディークと共に屋台を巡ることにした。自分が囚われていた歌姫であることを忘れられる。そんな気がしたから。