階段
夏のホラーに提出するのが間に合わなかった作品です。
久しぶりに書いたので、どこかおかしな所があるかもしれません。
ちょっとでもぞくっとしてもらえたら、嬉しい限りです。
一段、二段、三段、四段、十一、十二、十三、一段増えてる・・・
そんな遊びが始まったのは、何時だったか。
この学校に赴任して来た初日、夕暮れの校舎で遊ぶ子供たちの声を聞いて、自分の頃からあった遊びがまだある事に、ちょっとした感慨を覚えたものだ。
本当に階段が増えるわけも無く、数え間違いや、あると思い込む心理から、同じ段を二度数えたりしているだけなのだが、それが幼心に不思議に感じられた。更に、人の少なくなった校舎という環境が、怖いという気持ちを盛り上げて、夏になると必ず誰かがやり始めたものだ。
赴任してしばらく経つと、周囲を見回す余裕が生まれて来る。
誰と誰が同じグループで、誰と誰が仲が悪いのか、教師ともなると、全ての生徒に公平でなければいけないという考えから、接し方も、話題も、表情さえも気を使って過ごさなければならない。
熱血教師など、映像の世界の中にだけ生きている偶像で、無難に何の問題も起こさないように生きている自分にとって、周囲を観察する事は生きていくうえで大切なものだった。
そんな自分だから気付けたというのは言い過ぎかもしれないが、夏休み前、同じ教室の仲良しグループに、ちょっとした違和感を感じるようになった。
女子が四人のそのグループは、リーダー格の少女を中心に、あまり目立たない、どちらかというと、おっとりとした少女達のグループで、クラスの中心になるような生徒達ではないはずだった。
それが、数日前から宮野という、グループでもクラスでも目立たなかった少女が、休み時間になると数人の生徒と話す姿を見受けるようになったのだ。
始めは、本をよく読む宮野に、夏らしく怪談話でも聞きに行っているのだろうと思っていたが、どうも様子がおかしい。
宮野のグループの少女達は遠巻きに見ているだけで、加わったりする様子も無い。
それどころか、リーダー格の美濃は怒っているようにも思えた。
そうしている内に、夏休みまで残り三日となった日には、とうとう宮野を中心とするグループが出来ており、美濃達のグループは宮野と話す事すらしなくなったようだった。
そんなある日の放課後、教室に日誌を忘れたことに気付き、増えるという噂のある階段に差し掛かった時だった。生徒数人の、ひそひそ話す声が聞こえて来たのだ。
「ねえ、宮野さん。本当にこれで日岡君と両思いになれるの?」
「大丈夫だよ。私はこれで飼ってもらえなかった犬を飼えることになったんだもん。大丈夫だよ」
あぁ、これが宮野が違うグループを作るきっかけになったのかと、その場に座り込み、宮野たちの会話に耳を傾けることにした。
女子というのはいくつになってもおまじないの類が好きなものだ、と、ぼおっと考えていると、会話がおまじないの方法に変わった時、気になる単語が出てきた。
「ちゃんと、親友の物を持って来た?」
「うん。あいちゃんが大事にしてるエプロンを持って来たよ」
あいちゃんとエプロンという単語で、去年母親を亡くしたという少女の事を思い出した。
確か、料理好きな母親の形見だと、父親が家庭訪問の際に言っていた事を思い出し、そのエプロンをどうするのだろうかと、そっと二人が見える位置に移動した。
あいちゃんと呼ばれていた少女が、形見のエプロンを簡単に貸すとも思えないし、それがきっかけでいじめに発展するかもしれない。それは防ぎたい事だった。
階段の中腹まで降りると、目の前の踊り場から数えて一階下の踊り場で、二人は話していた。
上から数えて階段は十二段。
増えるという噂だったはずだったので、数えると十三になるのだろう。
二人は数を数えながら上り始め、十二段目に差し掛かった時、宮野が言ったのだ。
「親友の大切なものをあげるので、願いが叶う階段を一段増やして下さい」
そう言って、エプロンを踊り場に置くと、瞬きの瞬間に階段が一段増え、エプロンは無くなっていたのだ。
その階段を上ると、もう一人の少女が「日岡君と両思いになれますように」と呟いたのだった。
「あとは、後ろを振り返らずに降りればいいんだよ」
宮野と少女は降りきると、そのまま話しをしながら帰っていった。
今見たことが本当の事なのか、しばらく放心していると、下校完了のチャイムの音が鳴り響き、その階段を使う気にもなれず、反対側の階段を使って教室に行き、日誌を取ると、そのまま帰宅した。
翌日、教室に入れば、予想していた通り一人の少女がクラスの中心で泣いていた。
あいちゃんと呼ばれている生徒だった。
エプロンが盗まれたと泣く少女に、同情しながら泣いている生徒は、昨日階段でエプロンを持って来ていた生徒で、それを横で慰めている宮野の様子に、何があったかを知っているだけに空恐ろしさを覚えた。
あいちゃんは、まさか横で一緒に泣いてくれている友人が、自分の大切な物を供物にしたとは、到底思っていないのだろう。わんわんと泣くだけだった。
「静かにしなさい。エプロンの件は先生達も一緒に探すから、ひとまず保健室で休んでおいで」
周りで騒ぐ生徒を落ち着かせて、あいちゃんと呼ばれる少女を保健室へと促す。
その後、誰が最後に見たのか、それはどこだったのか、簡単な聞き取りをすると、職員室で他の職員に見かけたら連絡をして欲しいと伝え、自分のデスクに座るとどう収集を付けるべきか考える事にした。
朝の様子から察するに、宮野も一緒にいた生徒も、本当のことは言わないだろう。
それに、言った所で誰が信じるというのか。
だが、なんとなくこれを解決するのも宮野だろうと、漠然とした確信を持っていた。
そして、次の日。
あいちゃんのエプロンは戻って来た。
そして、かわりに一人の男子生徒が行方不明になった。
きっと、もう彼が見つかる事は無いだろう。
彼がいなくなった事で泣き続ける彼女に、あいちゃんが『私はずっと一緒にいるよ』と言っていた言葉が全てを物語っていた。
あいちゃんは宮野におまじないを教えてもらったのだろう。
男子生徒の一報を聞いた宮野は、青くなりながら机を見詰めていた。
男子生徒の失踪から、あと数日もすれば、階段のおまじないは廃れていくことだろう。
広めていた宮野が、もうその話をする気も、試す事も無いのだから。
そして、新しい怪談の産声が、仄暗い階段の踊り場から、寂しく校舎に響き渡るのを私はただ、聞き流す事しか出来なかった。