めを合わせてくれない
優しく髪を撫ぜるその動きに僕は目を覚ました。
その心地よさと、ふかふかのベッドに横たえられた気持ち良さでまた眠ってしまいそうになる。
体が酷くだるい。
重くて、動くことも出来ずにいて、まるで風邪をひいて熱を出しているようにも感じる。
そこでぼやけた視界で誰かが僕の顔を覗き込むのに気づいて、それが誰なのかに気づいて、
「フォルカー?」
「そうだ。気がついたようだな」
その声に僕は安心してしまう。
それと同時に眠気が襲ってきて再び瞳を閉じようとした所で、フォルカーが笑う声が聞こえた。
「勇、もう少し起きていてくれ」
「……でも、なんだか今、すごく気持ちが良くて……」
「今眠ると、死ぬぞ」
その言葉に僕の意識は覚醒した。
多分蒼白になっているであろう顔を僕はフォルカーに向ける。
そんなフォルカーは僕の微笑みながら、
「もちろん嘘だ」
「……フォルカーの意地悪」
口を尖らせていう僕にフォルカーは苦笑しながら、
「ずっと眠ったままになるかもしれないだけだ」
「! 似たようなものじゃないですか!」
「だからこれから治療すると言っている。……あれだけ強力な防御の魔法を呪文もなしに長時間使用したのだから、“魔法中毒”になっても当然だろう」
「“魔法中毒”?」
聞きなれない言葉に僕が首を傾げると、そのままフォルカーが説明をしてくれる。
“魔法中毒”とは、魔力の使用に慣れていない、主に魔法を覚えたての子供がなり易いもの(魔法が使えるようになり、調子に乗って無理をしてしまうため)で、急激な魔力低下により体内にある魔力が乱れて、身体に異常をきたすものらしい。
場合によっては死に至る危険な症状だそうだ。
「一般の魔族の場合は、そこまで魔力量が大きくないからこうやって頭を撫ぜる程度である程度は回復できるが、勇の場合は“勇者”でもあり、魔力も多いから、頭を撫ぜていても苦痛を緩和する程度の効果しかない。だからもう少し違った方法を取らざる負えない。……もっと子供であったなら別の処置があるが、大人だからしかたがないな」
その大人だからの所で、僕は何かの危険を感じた。
フォルカーの声が熱を帯びていて、何処か僕の不安を誘う。
そこでフォルカーが、
「大丈夫だ、今まで勇の力を封じるために触れていたのと同じようなことをするだけだから」
「そう……なんだ」
「そうだ。だから勇は大人しくベッドに横たわっていればいい」
「い、痛かったりしないかな?」
治療も兼ねるのだから痛かったりするのだろうかと思って僕は聞くと、フォルカーが優しげに微笑んでから、
「痛くはない。むしろ気持ちが良いことだから安心しろ」
「そうなんだ……て、それって、エロい事なんじゃ……」
「そうだな。ただ勇が弱っているから最後までしないから安心していろ」
「……なしの方向では?」
「“魔法中毒”は早めに治療しないと、魔法そのものが使えなくなるぞ? もしかしたならその影響で元の世界に戻れなくなってしまうかもしれないが、それでもいいのか?」
「う、うう……よろしくお願いします」
そう僕がお願いした所で、僕はフォルカーにキスされたのだった。
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散々喘がされた僕だけれど、
「後は自然治癒でいいな」
そう言ってフォルカーがひいてくれて僕は安堵するけれど……そこで僕は見てしまった。
フォルカーの赤い瞳のその奥に、暗い闇が垣間見える。
闇、としか言い様が無いもので、それが僕への劣情と相まって、酷く攻撃的な色を帯びている。
まるで何かに呪われているような、そんな不安を覚えた所でフォルカーが僕から離れた。
何故か僕から目を逸らしながら、
「治療は終わった。だが暫く体が完全に回復するまで、外出は禁止だ」
そう告げると足早にフォルカーは僕の部屋から出て行ってしまったのだった。
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僕が“魔法中毒”になってから数日が経過した。
暫く安静にしていろと言われた僕は、実際に体調が優れず寝込んでいた。
昨日はフランが、守護者のジルと一緒に僕のお見舞いに来てくれた。
「見て、またたびエノコロ草をお見舞いに持ってきたよ!」
「にゃあ!」
“魔法中毒”にかかったばかりの僕は、抵抗が弱かったらしい。
猫の獣人族にはご馳走なそれは、僕には呪いのようなものだったらしい。
発情した僕は、フランに襲いかかったそうだ。
しかもフランもちょっと乗り気だったらしく、顔をフランに擦り付ける僕にキスをしようとしたらしい。
それに真っ青になったジルは、更にフォルカーの様子に真っ青になり慌ててフランと僕を引き剥がしたらしい。
そしてその後僕はフォルカーに抱きつこうとしたけれど、何故かフォルカーに頭を掴まれて抱きつけないようにされてしまったのだ。
僕はそれでもフォルカーに手を伸ばしたけれど、その手は届かない。
結局僕は、その時一緒にいたセラフにベッドに引きずり込まれてローブでベッドに括りつけられた。
そしてフォルカーはすぐに部屋を出て行ってしまったらしい。
何故断片的な記憶しかないといえば、その呪いの影響だった。
しかも朝起きたらベッドに括りつけられていて、僕は何事かと思ったのである。
ちなみにフラン達は僕にあった後、保護した獣人達と一緒にこの魔王城がある都市の近く村を作りに行ったらしい。
フランという“姫”のいる場所が村であるらしいので、すでに移動式の村であるらしいのだが、どうして都市の近くにいることにしたのかといえば、先日の救出と、その礼も兼ねてであるらしい。
いつでも力が必要な時は手助けするとのことだ。
また魔王達の庇護があったほうがいいだろうと先日の救出劇で彼らは学んだらしい。
その辺の裏事情はいいとして、僕は悩んでいた。
「フォルカーがなんだか僕を避けている気がする」
朝と夕方にフォルカーは会いに来てくれる。
でも態度が何だかよそよそしいのだ。
この前までは抱きしめたり襲おうとしたりとしていたのに、今はまるで手放そうとしているようだった。
“魔法中毒”を治療してもらった時、その最後の方でもフォルカーの様子がおかしかった気がする。
「僕、何か気にさわる事をしたかな?」
思い当たる節は……あまりない。
なのにフォルカーは会いに来ても僕から逃げるように部屋を去っていく。
何でだろう、どうしてだろう。
「何だか、心が締め付けられるようで、凄く痛い」
苦しくて泣いてしまいそうだ。
どうしてこんな風になってしまったのかが分からなくて、以前もらった防御用の宝石に手を伸ばす。
フォルカーが僕を守るためにくれたものだ。
それを握っていると、フォルカーが側にいる気がした僕はだんだん落ち着いてくる。
そこで、部屋のドアが二回叩かれる。
この時間にフォルカーはこない。
事実、現れたのはセラフだった。
「フォルカーに言われて様子見に来ましたが、だいぶ顔色は良くなっているようですね。はい、3時のおやつです」
そう言ってお茶とお菓子を持ってきたセラフに、僕はたまらず聞いてしまったのだった。
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現れたセラフに僕はつい聞いてしまった。
「あの、フォルカーは……どうしていますか?」
何で僕によそよそしいのか、と聞けずにいて僕はそう聞いてしまう。
けれどコレでは朝と夕方会っているのに分からないのか、とか、今は仕事中でいつも通りと返ってくる可能性だって十分ある。
そしてそれ以上何を聞くのかと。
フォルカーが僕の事を嫌っているかどうかなんてセラフには聞けない。
もしもセラフにそんな風に言っていたらどうしよう。
悪い想像ばかりが頭に浮かんで不安になる。
そこでセラフは深々と嘆息した。
「フォルカーと喧嘩でもしましたか?」
「! していません! ……多分」
「……思い当たる節は?」
「ない……です。“魔法中毒”を治してもらった時以来、何だかフォルカーが僕を避けているみたいで……」
「ああ、無理やり最後までされてしまったと」
そこでセラフがとんでもない事を言って、一人で、なるほどと頷いていた。
絶対に誤解されたと僕は思って、慌てて、
「いえ、襲われてはいないです」
そう僕が答えると、セラフは無表情になった。
セラフ自身も物凄い美人なので、こんな風に表情を消されると、威圧感が凄い。
と、セラフが搾り出すような声で、
「……フォルカーは意外に我慢強いんですね。あいつみたいに、油断したら最後までされそうな、盛リがついたケダモノではなかったと」
「セ、セラフ?」
全身を怒りで戦慄かすセラフに僕は、先ほどの話題に戻そうと、
「あ、あの、それでフォルカーは……」
「この前から妙に元気がありませんね。勇と喧嘩したからこんな事になっているのかと思いましたが……この調子だと、多分あれでしょう。……ベルゼルもそうなりますし」
どうやら、ベルゼルもなるような状態らしい。
なので理由を聞こうと思って僕は、
「あの、セラフはどうしてか分かるんですよね、教えてください!」
僕は切実な思いでセラフに問いかけた。
セラフはそんな僕に少し躊躇してから、
「これは、あくまで私の推測ですが……フォルカーは貴方を抱きたくて堪らないので、その感情を抑えるために近づかないようにしているのではないかと」
その言葉に僕は、凍りつく。
それはつまり、フォルカーが僕を抱きたくて仕方がなくて、でも僕が怖がるからまだ手を出せないということだ。
凄く僕はフォルカーに大事にされている。
それはとても良く分かる。でも、
「そ、そんなの、まだ心の準備が……」
「……まあ、何か切羽詰まった事態に陥れば、覚悟も決まるのでしょうけれどね」
「変なフラグ立てないでください!」
セラフについ突っ込みを入れてしまった僕だけれど、冷たいセラフの視線に僕ははっとして、
「そ、それであの、どうすれば……」
「フォルカーにその体を差し出せば、全てが解決するのでは?」
セラフは僕にそう、無慈悲に言ってのけたのだった。
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勇の部屋から戻ってきたセラフにフォルカーは、
「勇の様子はどうだった?」
「……フォルカーが避けているような気がすると、不安がっていましたよ?」
フォルカーが黙るのを見ながら、セラフはやっぱりと思う。
けれどすぐにフォルカーは、
「……この前から、勇を見ると衝動が抑えられないんだ」
「……勇も罪な男です」
「それもまるで、俺が俺ではなくなってしまいそうな、そんな衝動があるんだ」
「よくベルゼルも、ケダモノのように私に襲いかかってきますが、何か?」
フォルカーは沈黙して、セラフを見た。
あのフォルカーにしては珍しいので、自分自身で戸惑っているのだろうとセラフは思いつつ、獣人の“姫”を守ってくれたこともあるし、少しくらいは認めてやってもいいかと思う。
そこでフォルカーの様子にセラフは違和感を覚える。
フォルカーの赤い瞳の奥に見える、獰猛な暗い感情と狂気。
そこでフォルカーは笑みを浮かべる。
その笑みの禍々しさにセラフは危機感を覚えるが、そこで、
「セラフ――!」
ベルゼルがセラフの名前を呼んで飛び上がって抱きつこうとする。
そんなベルゼルを、セラフはささっと避けた。
なのでベルゼルは、床にそのまま倒れこみ、
「ひ、酷い、セラフ、恋人に対してそんな……」
「……私の言葉も聞かずに好き勝手している奴が何を言っているのですか?」
「う、うう……いつにも増してセラフが冷たい。こうなったら……こうしてやる!」
そこでベルゼルがセラフの顔に、何かを吹き付けた。
突然の行動に何かに巻き込まれるのを感じ取ったらしいフォルカーが、
「ベルゼル、何をした?」
「んふふ、実は今、魅力キノコの駆除作戦に出ているじゃないですか。でも、このキノコって貴重なので、少し回収してきたのです」
「それで?」
「魅了成分を抽出し、魔法液を作ってみました! これでセラフも僕にメロメロでに!」
幸せそうなベルゼル、そんなに上手くいくのか? というい疑問がフォルカーに浮かぶ。
そこでセラフが俯いた。
ベルゼルがわくわくするように目を輝かせるが、そこで、
「ふ、ふふふふ、ぁああははははは」
突然セラフが笑い出した。
その笑いにベルゼルは何かを間違えたような気がしたのか、顔を蒼白にして、
「セ、セラフ」
「そうですよね、この私が、何で遠慮なんてしていたのでしょう。……気に入ったのであれば、囲ってしまえばいいのに」
「え、えっとあの」
「大体、何でこの私が大人しくされていると? この私が……そうですね、浮気なんて出来ないくらい……そうすれば安心ですね、くすっ」
セラフは笑いながらベルゼルに近づいていく。
その足取りはゆっくりとしていたが、ベルゼルはちらっとフォルカーを見てから、その場から逃げ出す。
それをセラフが追いかけていくが、あの様子からフォルカーは察した。
「……勇を巻き込んで、俺を巻き込む気か」
勇を巻き込めば俺が動かざるぽ得ないと思っている辺りが、ベルゼルの小賢しいところだ。
とはいえ、勇が巻き込まれなければ、フォルカーは放っておいただろうが。
それでもこんな理由でも勇と会えると思うと嬉しく思っているフォルカーは、勇を守るために、自分の理性をも吹き飛ばしそうな自分の中に生じている“異物”を抑えこもうとしたのだった。
。" ゜☆,。・:*:・゜★+★,。・:*:・☆゜"
突然僕の部屋にベルゼルが僕の部屋に飛び込んできた。
「勇、助けて!」
「え、えっと、何事でしょうか」
「実は……魅了キノコの魅了成分を取り出して、セラフに噴きかけたんだ」
「はあ……それで?」
「そうしたらセラフに素直になって、もっとやりたい放題できるかなって思ったんだ」
そうですか、と僕が適当に聞き流そうと決めるがそこでベルゼルは、
「でも、この媚薬を使ったらセラフが、突然笑い出して、僕のを囲うっていうんだ!」
涙目で僕に訴えるべルゼルに僕は、しばし沈黙してから、
「……本望では?」
「セラフが僕がキスしてメロメロな感じになったり、恥ずかしがったりするのが良いのに……なのに、あんなドSヤンデレみたいになって、僕は、僕は……」
とか駄々をこねているベルゼルに、そういえば僕、フォルカーにこの二人の恋愛事情には関わらないほうがいいぞ、巻き込まれるからと忠告されていたのを思い出した。
そして僕は今、全力で巻き込まれていると僕は気づいて、
「あの、そもそも僕のところに何で来ているのですか?」
「ぐす、勇を巻き込むとフォルカーが手助けしてくれそうだから。最近僕達を生暖かい目で見て、止めてもくれないんだ……」
嘆くベルゼルだが、フォルカーは幼馴染みとして学んでしまったのだろう。
この二人に巻き込まれるとこじれて大変な思いをすると。
そこで再び大きな音を立てて部屋のドアが開かれた。
「ああ、やはりここでしたかベルゼル。時々妙に臆病になる貴方がどんな行動を取るかなんて、私には分かっていますよ?」
「セ、セラフ……その縄は?」
「もちろん貴方が逃げないように、抵抗できないように縛るための縄です。魔法だって封じられるスグレモノなんですよ?」
「ゆ、勇、助けて」
ベルゼルが僕を盾にしやがりました。
しかもセラフは僕を見て笑い、
「そうですね、勇にも手伝ってもらうのも良いかもしれません。いい子にしていれば貴方も可愛がって差し上げますよ?」
クスクスと笑うセラフに僕はぞっとして、ベルゼルを差し出そうとするが彼の力のほうが強い。
そこでフォルカーがやってきて、
「……勇を巻き込むな」
「みぎゃぁああ」
ベルゼルが悲鳴を上げて倒れた。
フォルカーが何か魔法を使ったらしい。
そんな倒れこんで無防備になったベルゼルをセラフが嬉々として縛り上げていくが、そんなセラフに、
「仕事に支障がでない範囲でしてくれ」
「私にかける媚薬を作っている暇があるのですから、仕事は終わっているのでしょう」
そう告げて、セラフはベルゼルを連れていずこかに消えていった。
そして後に残されたのは、僕とフォルカー。
なにか話そうと思ったのだけれど、どうしようかと迷っていると、
「では、俺はもういく」
「あ、フォルカー」
「何だ?」
よそよそしいほほ笑みを浮かべるフォルカー。
それに胸が痛むけれど僕は、
「あの、今は何をしているの?」
「魅了キノコの駆除だ。一般人にも危険だからな」
そう告げたフォルカーの瞳に僕は、なにか良くないものが混ざっている気がして、けれどすぐにフォルカーは僕から顔を背けて部屋を出て行ってしまったのだった。