どうやら話に齟齬があるらしい
城に戻ってきた僕達は、セラフの部屋にやってきていた。
理由は、ベルゼルがそう主張したからだ。
それに、ドレスと機嫌を良くしていたセラフはすぐに頷いている。
僕はこの人、わざとなんだろうかと疑惑の目を向けるがセラフはただただ幸せそうに、にこにこしているので、多分特に何も考えていないのだろう。
そんなこんなで部屋に来て、僕はのろのろとした手つきで着替え始める。
一人で着やすいように作られたドレスだったので、そこは良かったのだが、
「勇、まだ着替えていないのか?」
「まだだよ……えっ?」
フォルカーに言われてむっとしたように見上げると、すでに綺麗に着飾ったフォルカーが僕の前にいた。
確かに男性的な美しい美貌だと僕は思っていたけれど、こうやってドレスを着せてもよく似合う。
程よく筋肉のついた細身の体なので、むしろ様になっているような感じさえする。
なので同性だと分かっているのに僕はぼんやりと見惚れてしまう。
そんな僕にフォルカーが微笑みかけて、更に僕はぼうっとなってしまう。
そこでフォルカーの顔が近づいてきて、僕の唇と重ねられる。
もうキスされても、何だか気持ちが良いな、位にしか感じなくなってきた。
でもこれも、僕の力を抑えるためなのかなと思うと胸がチクリと痛む。
そのキスはすぐに放されて、僕はフォルカーに、
「あまりそういった可愛い顔を俺に見せるな。俺が我慢できなくなる」
「! か、可愛くないです!」
「相変わらず勇は自分が周りからどう見えているのかが分かっていないようだな。お仕置きだ」
「え、え! んんっ」
そこで僕はフォルカーにキスされてしまう。
触れるだけの軽い物で、こんなお仕置きだったらもっとしてほしいなと僕はぼんやりする頭の中で思って、はっとした。
このままでは流されてしまう。
ちゃんと自分の意志で決めてからでないと駄目だ! そう僕は思う。そこで、
「いいなー、僕達もああやってしようよ、セラフ~」
「黙れ。そして大人しくしてそこを動かないように」
「……しくしく」
すでに着せ替えられたベルゼルが、色々のな角度やポーズでセラフに写真をとられている。
もしかしてこの中で一番幸せでいい思いをしたのはセラフなのではと僕は思った。
そしてすでに着替えたセラフと一緒にベルゼルが写真をとり、フォルカーが僕と一緒じゃないと嫌だというので、それで写真が撮られた。
そしてセラフが恍惚とした表情で、
「はあ、いいものがいっぱい。勇もフォルカーが気にいるだけあって可愛いし似合っているし、良いものが一杯手に入った。あ、フォルカーには後で焼き回しを送りますね」
「よろしく頼む。では勇、服を持って俺の部屋に行くぞ」
「あ、はい」
そう促されて、僕とフォルカーは部屋を出る。
同時に中から声がした。
「よくも散々僕を弄んでくれたね、セラフ」
「! ベ、ベルゼル、でもその姿も可愛くて襲いたくなるくらいですよ?」
「……ふーん、そんな事をセラフは言うんだ。じゃあ、セラフが僕にとってどんな存在なのか、教えてあげるね」
「! ま、待って……」
邪魔するわけにもいかないので、僕達は足早にその場を離れていったのだった。
。" ゜☆,。・:*:・゜★+★,。・:*:・☆゜"
とりあえず、フォルカーの部屋で僕は服を着替えることになった。
何故フォルカーの部屋かといえば、僕がまだ自分の部屋に一人で戻れないからだ。
そして現在、綺麗に着飾ったフォルカーに手を握られたまま寝室というか、私的な部屋に連れ込まれてしまったのである。
はっきり言ってフォルカーの女装姿は、なんかもう、ごちそうさまというくらい綺麗だったので僕はただただぼうっと見惚れてしまったのだ。
それが全ての間違いだったように思う。
「あ、あの、フォルカー」
「なんだ? 勇」
微笑むフォルカーに僕は、魅了の魔法でもかけられたかのように見とれてしまうが、すぐにはっと正気に戻り、
「ど、どうして僕はベッドに押し倒されているのでしょうか」
「そうだな、どうしてだと思う?」
笑いながらフォルカーが僕を覗き込みながら言う。
しかも僕の質問に質問で返すという、一番困った答え方だ。
けれどそこまでは、まあ許せる。
ただ問題なのは、
「その問いに答えるとどうなってしまうのでしょうか」
「さあ、どうなるんだろうな。だが……こんな可愛い勇が目の前にいて、それがこんな手の届く場所にいるのだから、勇は同じ男なのだから分かるだろう?」
遠回しに囁くように僕に言うフォルカー。
まずい。
これはまずい。
こんな状況でもしも僕が好きな女の子をこんな風に押し倒したなら……そう考えて僕は理解した。
そんな彼女がいた経験のない僕には何も想像できない。
参考資料はエッチな本とか漫画とかゲームしか無い。
そうなってくると……僕、どうなってしまうのだろう。
どうしよう、どうしよう、というか男同士ってどうやるのかしら無いし、あばばばば。
「勇、答えろ」
微笑みながらこの魔王様は、僕の片方の手をいつの間にかベッドに縫い止めて、片方の手で僕の頬を撫ぜる。
こ、こんな時どんな顔をすればいいのか分からないというか、どう答えよう。
なんかこの綺麗でどこか色香のあるフォルカーは魔王様な感じというかもう、全部、この身をまかせてもいいんじゃないかというような血迷った考えが頭の中に浮かんでくる。
「あ、う、え……その」
「何だ?」
「だ、だき枕にする、とか?」
僕が言える精一杯はそのラインでした。
そこから先は、未知の世界だったのでそう僕は告げると、フォルカーがきょとんとした顔で僕を見た。
次に、小さく吹き出して笑い出す。
「はははは、なるほど、抱き枕か。確かにいい夢が見れそうだ」
「わ、笑うこと無いじゃないか」
「そうだな。全く……力を封じさせてもらうぞ」
そう言ってフォルカーは僕にキスをする。
それから首筋をきつくすって、その次には耳にキスを落とされて。
「んっ」
「キスだけで勇は感じるのか? 初心だな」
「! か、感じてなんていない!」
「強がる勇も可愛いな。さて、暫く勇を抱きしめながら眠らせてもらおうか。抱きまくらなのだろう?」
その言葉に反論する前に、僕は抱きしめられてしまう。
ドレスを着たままであるけれど、フォルカーに抱きしめられるのは心地よくて、僕はそのまま瞳を閉じたのだった。
。" ゜☆,。・:*:・゜★+★,。・:*:・☆゜"
窓の外で鳥の声がする。
どうやら朝まで眠ってしまったようだ。
そうぼんやりと僕がしていると、頭を撫ぜられる。
すぐ側に誰かの気配がして温かい。
一緒にいると何だか幸せだな、と僕は思う。
しかも愛おしげに頭を撫ぜられるその行為も心地が良い。
もう暫く寝ていよう、そう僕は思って再び深い眠りについた。
次に意識が覚醒したのは、それからどれくらい経った頃だろうか。
その時も再び頭を撫ぜられて、心地いいなと僕が思っていた時で、けれどその時はすぐ側から声が降ってきた。
「勇、勇……そろそろ昼になるぞ?」
「へ? ……う、うわぁあああ」
慌てて僕は飛び起きる。そして覗きこんでいる、気づけばいつもの服に戻っているフォルカーに気づいて、
「……おはようございます」
「おはよう、俺のお姫様」
「う、うう……僕こんな格好のままで寝ちゃったよ。早く男性用の服に着替えたい」
「そうか? 似合っているからこれからもこの姿でいてはどうだ?」
「……意地悪」
「だがドレスを着たまま眠っている勇は、喩えようもなく可愛らしかった。起きるのが勿体ないほどだ。これからも一緒に眠るか?」
「遠慮します」
「残念だ。眠っている勇の頭を撫ぜるのは楽しかったが、さて、朝食兼昼食を食べてから、魔法の練習をしようか」
そうフォルカーに言われて、僕は目を輝かせたのだった。
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出された食事はとても美味しい。
そういえば昨日の夕食も食べていなかった。
特にこのさくらんぼのような果実は、ゼリーのような果実。
不思議な触感と溢れ出る果汁が爽やかで、気に入ってパクパク食べてしまう。
でもやっぱり空腹にまさるスパイスはないのかもしれない。
どの料理も何時も以上に美味しい。
そんな僕を見てフォルカーが、
「随分と食べるな」
「う、うん、お腹が空いちゃって」
「ふむ、もう少し太らせたほうが肌触りがいいだろうか」
「え?」
ふとつぶやいたフォルカーの言葉に、僕は食べる手を止める。
けれど相変わらずフォルカーは僕を優しげに見ながら、
「眠っている間に、勇の体に少し触れてみたが、なかなか手触りが良かった」
「え、ええ!」
寝ている間に悪戯されていたなんて知らなかった。
他にも何かされたのだろうかと僕が思っていると、
「もちろん嘘だ」
「よ、よかった……驚かさないでほしいよ」
「やりたかったが、必死で我慢して抱きしめるだけにした。……だがその分、必ず落としてやろうと思いはしたが」
「う、う……」
僕は呻くことしか出来なかった。
何だかドレスを着てから、フォルカーの何かのスイッチを押してしまった気がする。
やっぱりフォルカーは、
「女の子のほうが良いのかな?」
「何がだ?」
「だってドレスを着てからフォルカーの様子がおかしいし」
「それは勇のその姿があまりにも……いや、あまり思い出さないでおこう。欲情するから」
「欲情って」
顔がほてってしまう僕。
何も言えなくなってしまった僕にフォルカーは、それに関してそれ以上は言わなかったのだった。
。" ゜☆,。・:*:・゜★+★,。・:*:・☆゜"
食事が終わってから、僕はフォルカーに魔法を教えてもらっていた。
「そう、右手を前方に掲げて、その目の前に力を放つようにイメージしろ。……違う、それでは魔力が指先に集まっているだけだ」
「う、うぐっ、こう?」
「もう少し掌に均一になる様に……そうだ」
「う、うう、掌が何だかじんじんする」
言われた通りによく分からないけれど魔法の練習をしていた僕。
魔力も強いので、呪文なしでもいくらか使えるし、勇者としての力は意志によってのみ起こるものらしい。
けれど折角異世界に来たのだし、これから何が起こるか分からないからと僕は魔法を教わっていた。
だがこの魔法、そんな簡単なものではないようで、さっきからなかなか上手く行かない。
フォルカーに力を幾らか封じられている状態とはいえ、魔法を使うには十分な力であるらしいので、あ知は僕の能力次第だ。だが、
「そのまま呪文を唱えてみろ。“赤き紅蓮の炎は、暁を見出し、静寂の世界を砕け『炎の矢』”」
「あ、あかき紅蓮の炎は? 暁をみいだし……静寂の世界を砕け? 『炎の矢』……」
僕はフォルカーに言われた通りに呪文を唱えてみると、フォルカーの前には魔法陣が浮かび上がり、その中心に炎の塊が渦巻く。
そして次の瞬間には、補佐長い筋となり前方に飛びだし、爆音をあげて火花が飛び散る。
対する僕は、ぐにゃぐにゃとした魔法陣が浮かび上がり、その中心からぷ寸と音を立てて黒い煙が出て……消えた。
明らかに失敗したとしか思えなかった。
しかもフォルカーはおかしそうに笑っているし。
「ひ、酷いよ、笑う事はないじゃないか。僕だって初心者だし」
「そうだな。だが、勇の世界には魔法はないのか?」
「……無いです」
「なるほど……それで魔法については詳しくなさそうなのか。だが一つくらいは覚えておいた方が良いだろう。呪文なしの魔法は魔力が減りやすいのだから」
「そうなのですか? あまりそういうのは意識した事がなかったのですが」
「そうだ、では、今度は少し俺が手伝ってやろう」
そう言って僕の後ろにフォルカーがやってきて、僕のかざす手に添えるように触れる。
同時に僕の中で何かが動くのを感じる。
「さあ、もう一度やってみろ」
こうやって魔力を使うのだとフォルカーは僕に教えてくれているようだ。
なので再び呪文を唱える僕。
「赤き紅蓮の炎は、暁を見出し、静寂の世界を砕け『炎の矢』」
同時に先ほどフォルカーが出した、線の綺麗な魔法陣が描かれて、その中心部に炎が集まる。
その炎が先行の様に走って先ほどの様に前方で爆音を上げた。
「で、出来た?」
「そうだな、次は一人で出来るように練習だ」
喜ぶ僕にフォルカーがそう続けて、それから数度練習しただけで上手くできるようになる。
フォルカーの手助けのおかげだというとフォルカーは嬉しそうだった。
こうして僕は新しく炎の魔法を手に入れたのだった。
。" ゜☆,。・:*:・゜★+★,。・:*:・☆゜"
魔法が一つ使えるようになったので、今度近くの森に狩りに連れて行ってもらえる事になった。
そこで僕は部屋に戻るよう言われる。
何でもこれからフォルカーは仕事があるらしい。
「さて、部屋に送っていこう」
そう言われて部屋に連れて行かれた。
暇つぶしにでもと二冊ほど本を渡してくれたのだが、内容は、魔族と人間の恋愛ものと、竜と人間の恋愛ものだった。
なんだろう、何を期待されているんだろう。
そんな気持ちになったので、僕は手を出せなかった。
しかも昨日の出来事が、こう……今更ながら頭によぎる。
いつも以上にフォルカーは情熱的だった。
でも、今日になれば特に何もなく。
普通に魔法まで教えてもらってしまった。
「……フォルカーは優しいし、綺麗だし、強いし……何で僕なんだろう」
初めてみた時に気に入ったからと言っていたけれど、そこまで僕は美形じゃない。
むしろフォルカーも初め、セラフやべルゼル、しかも食事を運んできてくれたメイドさん達の方がずっとキラキラと輝いているのかと思うような美形だった。
そんな中に僕がいて、場違いな気持ちになる。
そう思いながら僕は傍にある鏡に向かって歩いていく。
それから自分の顔をしげしげと見つめてから、顎に手を置いてみたり、変な表情を色々してみる。
けれど僕という顔が変わるわけではないので、相変わらず平凡で年齢より幼げな顔が映っている。
「……何処がフォルカーには良かったんだろう。周りは皆美形ばっかりだし。……待てよ?」
周りが美形、それはつまり、美形がこの世界の標準だ。
なので美形で無い平凡という珍しさが彼らの美的感性をおかしくさせ、可愛いと思わせているのではないだろうか。
つまり、だから僕は可愛いだの何だのと言われてしまうのだ!
「それならば納得いく、そうっかそうか……まさか、ね」
それにフォルカーは僕の性格も気に入っているようだ。
やっぱり惚れたら負けだ、といったのがまずかっただろうか。
恋愛ごとに疎い僕なので、仕方がないので先ほどの本をぺらぺらとめくってみる。
何故か読めるのはいいとして、そこで、
「私なんて、綺麗じゃないし……」
「こんな風に、逃げるふりをして、俺を追わせたいのか? 酷い女だ、君は」
「そんなつもりは……」
という会話文を見てしまいました。
え、こんな風な感じの言葉を言うと、追いたくなるの?
というか逃げると追いたくなるのか?
「男性の狩猟本能を刺激するって事なのかな? という事は、逃げちゃだめなんだ! そうするとこう、この小説のような展開に……」
ちなみにページをめくると、その女性が押し倒されていました。
つまり僕はこのままいくと押し倒されるというか、昨日押し倒されたというか、その後は僕、どうなってしまうのか。
「ま、まだ心の準備が……く、こうなれば自分からフォルカーに近づけばいいんだ!」
そうすれば追いかけたくなくなるだろうし、という事で僕は部屋を出てフォルカーに会いに行ったのだった。
。" ゜☆,。・:*:・゜★+★,。・:*:・☆゜"
部屋にいるように言われたが、逃げるのを追いかけるのが男の本能だというのならば、追えないようにこちらから会いに行けばいいのだ!
そんなわけで僕は、こっそり自分の部屋のドアを開ける。
金色の、端の方に兎をかたどった取っ手に触れて、ゆっくりと下げ、ドアを開ける。
何となくいけない事をしている気がしていたが、そろりと開けた隙間から誰かいないのを確認し、次にゆっくりと音をたてないようにドアを開けて左右を見る。
「……よし、誰もいない。行こう」
そう僕は小さく呟いて、部屋から出て、絨毯の敷かれた廊下を歩きだしたのだった。
。" ゜☆,。・:*:・゜★+★,。・:*:・☆゜"
フォルカーのいる場所は分からないけれど、多分こっちかな、という気がして、何かに引き寄せられるように歩いていく。
周りに人の気配があるかを警戒したりしていたせいか、いつもよりもこの城の内装を丁寧に見ているような気がする。
窓の枠の一つ一つですらも、細かい細工が施されているし、魔法の明かりの燭台やら、天井には小さなガラス……の様な透明な石のシャンデリアも所々に見受けられる。
階段だって、その階、その階に意味がある様で、狼の様な獣や翼を持った魔物の様な藍色や白い石で造られた彫像が飾られている。
しかも廊下の一角には大きな鳥の怪物の像が置かれていて、しかも曲がって進んだ時にしか見えないので、いきなり現れたように見えるのだ。
それにうっかり大声を出してしまいそうになって僕は慌てて自分の手で口をふさぐ。
けれどそんな怖い像だけれど、メイドやら執事やらそれ以外の仕事をしている人達が来る時は隠れるのに利用出来、僕にとっては都合が良かった。
そうやってこそこそと歩いていくと、大きな部屋に辿り着く。
なんの部屋かは分からないが、そこのドア偶然にも開かれていて、その奥でフォルカーがセラフと話している。
僕に向ける優しそうな顔や、意地悪そうな顔、そんな物とは違って、凛とした真剣な表情で話している。
当り前なのかもしれないのだけれど、こういったフォルカーは新鮮でしばらく黙って見ていてしまう。
フォルカーは僕に気付いていないようだ。
もうちょっとだけ、そう思って見ているとそこで、僕の肩が叩かれた。
「ひょわぁあああっ、ベ、べルゼル……」
「わぁ、良い反応だね。フォルカーをじっと見て、もしや……」
「ち、違います! 僕は追いかけるのではなく追う事で襲われないようにするんです!」
「? セラフが混乱している時みたいな変な事を言っているよ? まあいいや、折角だからフォルカーに突き出そうっと。 フォルカー! こんな所で勇を捕まえたよー」
「ちょ、黙っておいてくれないんですか!」
さりげなく酷いべルゼルに僕は悲鳴を上げる。
そしてそれに気付いた様にフォルカーが僕を見て困ったように笑い手招きする。
こうなってはもう、僕はフォルカーの前に出て行くしかない。
何を言われるんだろうと思いながら近づくと、
「部屋で待っていろと言っておいただろう?」
「……ごめんなさい」
「でも、会いに来てくれて俺は嬉しい」
そう言ってフォルカーは僕を抱きしめ、僕は自分から会いに来てよかったなと思ったのだった。
。" ゜☆,。・:*:・゜★+★,。・:*:・☆゜"
時間は少しさかのぼる。
フォルカーは仕事をこなしていた。
「人間達の動きは、相変わらずこちらを狙っているようです。また、あの獣人の“姫”の情報もそちら側に流れているようです」
「そうか、それで、こちらを攻めてきた人間達の国、以外の国との接触はどうなっている?」
「つかみは良好といったところでしょうか。もともと我々の世界に侵攻してきたのも、国内の情勢が悪いことが原因でしたから……それで返り討ちにあったことで更に状況が悪化して、しかもこちらから流れた魔獣があちらで被害を出しているようでした」
「それで“勇者召喚”か。だが勇に俺は出会えたから、その点には感謝している」
「まさか面白半分で様子見にいくとは思いませんでした」
「勇者に対抗できるのは魔王である俺だけ、逆もまた然り、だったはずだが?」
それを聞いてセラフは眉をひそめて、
「まさかそれで?」
「それもあるが……話しに聞く通り、俺の好みにピッタリの姿で驚いた。思わずさらってきてしまった」
「……は?」
「……知らないのか? これは秘密にされている事項、だったのか? 確か歴代の勇者は魔王にとって……」
そこでフォルカーはそれ以上言うのを止めてしまう。
ちらりと気付かれないように合図を送るフォルカーに、セラフは気づいた。
「あんな所に勇がいますね。部屋に囲っていたのでは?」
「人聞きが悪い。悪い人に連れて行かれないように部屋にいるよう言っておいただけだ」
「でも、勇がばれていないと思ってこちらを見ていますね。特にフォルカー、貴方を」
「知っている。隠れているつもりなのだろう。こんな所も可愛い」
「フォルカー……仕事をしてください。いちゃつくのもいいですから仕事だけはしっかりと」
「そうだな、セラフとベルゼルそうだから、俺も頑張らないといけないな」
「……一言余計です」
そうフォルカーの言葉にセラフがむっとしたように答えて、さり気なく先日の写真はいつ頃焼きましするか、今日持っていく、などを話して、そこで。
「フォルカー! こんな所で勇を捕まえたよー」
「ちょ、黙っておいてくれないんですか!」
ベルゼルらしいその言い草に苦笑しながらも、フォルカーは勇を手招きし、抱きしめる。
最近はフォルカーが抱きしめると、勇も幸せそうにトロンとしてくるのだ。
このまま恋人にまでなってくれるといいがと思っていると、そこでフォルカーはセラフに、
「いちゃつくのもいいですが、仕事は疎かにしないように。明日は狩りに出かけるのでしょう? 勇と一緒に」
「ああ」
「ですがあの森は最近ちょっと異常があるので気をつけてください。私はベルゼルに酷い目に合わされましたから」
そう言ってじろりとセラフはベルゼルを睨みつける。
ベルゼルは悪びれた様子もなく、テヘッと笑ってごまかした。
。" ゜☆,。・:*:・゜★+★,。・:*:・☆゜"
そんなわけで僕はすぐにフォルカーから引き剥がされて、ベルゼルに送られて自分の部屋へと連れて行かれてしまう。
「はい、勇がフォルカーに囲われている部屋!」
「囲われって、ちがっ……」
「んふふ、フォルカーが目に見えて機嫌が良かったから、仕事が早く終わるかもね」
「本当ですか!」
つい声を大きくしてしまった僕にベルゼルは楽しそうに笑ってから、後でこの前の写真の焼きましを持ってくるかもと言い、ベルゼルは僕の部屋から出て行ってしまったのだった。
。" ゜☆,。・:*:・゜★+★,。・:*:・☆゜"
部屋に連れ戻されてしまった僕は、そこでベッドに転がる。
ふかふかのベッドは心地がいいけれど、なんだかこう……。
「囲われているって、何だ」
呟いて、でもよくよく考えると僕のこの状況は……。
好きって言われて、僕がフォルカーを好きじゃないと、戻る方法を調べてくれないらしい。
それはそれで酷い話なのだが、もっと困ったことがあって。
それは僕がフォルカーを好きになりかけていることだ。
男同士のやり方は知らないし、男同士で好きになるって、そんなことは今までこれっぽっちも考えたことがなかった。
だから僕は悩んでいる。
未知のものに対する恐怖と、抑えるのが辛いような感情との狭間で揺れ動いている。
僕はどうすればいいんだろう。
「困った、凄く困ったな……」
そう呟いてみるけれど自体が好転するするはずもなく。
なので、決められないことは後回しにするという方法で僕は切り抜けることにした。
ふう、やれやれ、これで大丈夫だと僕は背伸びをして、そこで……夜の砂嵐のテレビ画面のような音が聞こえる。
周りを見回しても、特に思い当たるものはない。
けれどかすれるような声で、
「……よくやった、これで……魔族……たおせ……」
「はい……しかしそれ……“癒しの祝福”……」
「獣人……場所……連れて……」
「守護……監視……離れた場所で……」
数人の男達が話しているようだ。
けれど“癒しの祝福”と聞いて僕は、不安を覚える。
それは獣人の“姫”の力で、フランのもつ力で。
しかも連れていくとか守護者が離れている時とか監視とか。
どこから見ても連れ去ろうとしているように聞こえるけれど、
「気のせい、かな?」
それはすぐに聞こえなくなってしまう。
しんと静まり返った部屋で、僕は窓に近づき開けてみる。
誰かが何処かで遊んでいる風ではない。
そういえば以前僕は“勇者”として彼らの声を聞いた気がする。
用済みだと言われたのだ。
あの時と今のは同じなのではないのか?
ただ、今はフォルカーに力を封じられてしまっているが。
だから僕はよく聞こえないのかなとも思う。
「後でフォルカー達に話しておこう」
そう呟いて瞳を閉じた僕は、いつの間にか眠ってしまう。
ここいよい眠りの中、僕は息苦しさで目を開ける。
気づけば僕はフォルカーにキスされていて、僕が目を様と唇が放された。
「な、な、寝込みを襲うのは酷いよ!」
「あまりにも可愛い顔で眠っていたから、つい」
「う、うう、それで……仕事は終わったの?」
「ああ。それともうすぐセラフとベルゼルもこの部屋に来る」
「なんで?」
「昨日の女装写真を見せてくれるそうだ」
楽しそうに告げるフォルカー。
それに僕は憂鬱な気持ちになりながら、
「僕にドレスが似合っているはず無いじゃん」
「勇は自分がどんな姿をしているのか、一度はっきりと自覚を持った方がいいと俺は思うぞ?」
そう僕は告げられて、そこでセラフとベルゼルが僕の部屋にやってきたのだった。