このような事情から、こうなりました?
真剣な表情になったフランが、深々と溜息を零してから、
「ジルが言うにはね、僕は特別なんだって」
「うん」
「なんていうのかな、獣人族の“姫”なんだって。特別な力を持つ者なんだって。……だからジルは、僕の傍にずっといるんだって。守護者だから」
「……うん」
「でもね、僕、そんな記憶が全然ないんだ。というか、記憶喪失らしくって。何かがあったらしいんだけれど……僕、全然覚えていなくて。ジルに何があったのか聞いても教えてくれないし」
このフランはその人間達が攻めてきた記憶が無いらしいと僕は気づく。
それとも、辛すぎたから忘れてしまったのだろうか。
どちらにせよ、異世界人とはいえ人間な僕がそれを言うことは出来なかった。
なので黙って僕はフランの話を聞いていく。
「でも記憶がなくなって、目が覚めたらちょっと成長したジルがいて、今はいつかって聞いたら二年も経っていて。それでここで暮らすことになったんだって言い出して、そうなのかなって僕は手伝ったんだ」
「うん」
「それで今日、そろそろいいだろうとジルが話しだして。何でも僕の記憶が無い間に、僕が“姫”としての力が目覚めて、ジルが守護者になったんだって言うし……僕、そんなに魔法は得意じゃなくて、今も力が使えないのにね」
「そうなんだ?」
「うん、だからこの前、勇に助けてもらえて本当に助かった! 何時もジルに過保護に守られていたから、僕、僕は……」
そこまで言って、フランは口をつぐむ。
どことなく顔が赤いのは多分、
「ジルが好きだとか?」
「! ……分からない。だって、一緒にいたのも、優しいのも、全部ジルにとっては義務みたいなものだから」
「そんな事はないと思うよ?」
「うんん、守護者ってそういうものだから。それにもともとジルは剣術も弓術得意だし、魔法だって使えるし……僕には勿体ないくらいに優秀な幼馴染だったんだ」
そういったときのフランはどこか自慢げで嬉しそうだ。
まだ強い“好き”という感情はないけれど、それに似た仄かなものがあるのか、と僕は思って……あれ、これって男同士、何で僕は毒されているんだと思ってしまった。
なのに否定が出来ないのは、きっと性別とかそんなもの関係なく、僕自身がフォルカーに魅了されかかっているからだと思う。
そんな事を考えているとフランが、
「それで守護者だから、守るのが義務だからって言われて。でも、僕、力なんて何も使えなくて」
「獣人族の“姫”ってどんなことが出来るの?」
「強い“癒やしの祝福”を与えられるんだ。それをかけられると、例えば矢で攻撃されて腕を失いかけてもその傷がすぐにふさがったり……一時的な不死身の状態に出来るんだ。もちろん風邪とか病人も治せるんだよ」
「凄いね。どうやってその魔法を使うの?」
「……僕は覚えていないんだ。でも確か、僕が幼い時に見たのは……勇、手を出して」
僕は言われるままに手を出すと、その手に重ねるようにフランが手を置いて、
「こうやって手を重ねて、そこの手に集中するんだって僕は聞いて……!」
そこで僕に手を重ねたフランがびくっと震えたのだった。
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僕が触れると同時に、フランが体を震わす。
フランの頭についたフサフサの柔らかそうな毛で覆われた猫耳が、ピクピク動く。
それに触れたい衝動に駆られながらも、そこで僕は気づいた。
フランの頬が赤い。
しかも息も荒げていて、瞳がとろんとしてきている。
その涙で潤んだ瞳で僕を見て、フランは甘えるような声で僕に、
「何だか体が……熱い」
「え、ええ! 僕、何かしちゃったかな?」
「体が、熱くて、うずくの。ねえ、どうすればいい?」
そう言って、フランはもう片方の手で僕の手を掴む。
確かに手で触れている限りでは、フランの体温は少し高いように思える。
僕が触れてから突然そうなったように見える。
だから僕がどうしようかと思っていると、そこでフランが僕に抱きついてくる。
その勢いで、ベンチに押し倒されるようになってしまう僕だけれどそこで、
「勇……良い匂いがする」
「いえ、それは気のせいだとお思います。男だし、いい匂いなんてしないかと」
「するよ……もう少し抱きついてもいいかな?」
「え、えっと、あまりそれはよろしくないかと」
「でも僕……もう我慢できないよ」
そう告げると同時にフランが僕に密着してくる。
僕の顔の横にフランの顔があって、フランの猫の尻尾が嬉しそうに揺れているのが見える。
何これ、何がどうなっているの? 何で?
そんな疑問しか僕の頭には浮かばない。
そして慌ててフランをどけようとすると、
「うーん、ぱくっ」
「ひああああっ、や、やめっ」
「はむはむ……やっぱり勇の魔力、美味しい。いい香りがする」
僕はフランに耳を甘く噛まれてしまう。
しかも魔力が美味しいらしい。
魔族って僕達人間からこんなに簡単に魔力を奪えるものなのかなと僕は涙目になっていると、
「んんっ、美味しい。でも僕、もっと勇のことが知りたいな?」
体を少し上げて、僕を覗きこむようにフランが僕を見る。
うっとりとしたような、美味しそうな獲物を前に舌なめずりをするような、恍惚とした表情。
僕はこれ以上は駄目だと思って、ほんの少し、気絶する程度に魔法が使えますようにと念じてみる。と、
「うにゃんんっ」
そこでバチッとフランの体に電気が走って、力が抜けたようにフランが僕に倒れてくる。
けれどすぐにフランはばっと僕から離れて、
「ご、ごめんなさい、僕は何を……」
「う、うん、僕もよく分からないけれど、突然力が発動するみたいで」
「そうなんだ……その影響なのかな。何だか変な気分になっちゃって」
そこで僕たちは沈黙した。
そしてもしこれを知られたら僕はフォルカーにお仕置きされるのではと気づいた。なので、
「お互いなかったコトにしよう」
「う、うん」
「それでどうやったりするのかは、このベンチに触れながら説明してもらえるかな」
「そ、そうだね。まずはこうやって手を触れて……え?」
そこで、フランが触れた場所が、うっすらと金色に輝いたのだった。
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古びた木製のベンチにフランが手を触れた場所から、淡い金色の光が放たれる。
それはどんどん強くなって、僕は目を開けていられなくなる。
吹き出すような何かの魔力。
それは僕とフランを包み込むような優しい物だったが、
「フラン、早く止めて、眩しいよ」
「む、無理、どうすればいいのか分からない。さっきから止まれって思っているんだけれど、全然……」
そこで僕はベンチに触れていたフランの手を掴んで、念じてみる。
僕の力はよく分からないけれど、僕の意思に反応するようだったから。
だから目を瞑ったまま確かここにあったかなと思ってその手を握る。
フランが小さく震えるのがわかったけれど、これは早く消し去らないとと思ってぎゅっと握る。
それと同時に瞼の裏から感じた強い光がゆっくりと弱まっていき、完全に消える。
そこでようやく僕は目を開くと……辺りは先程まで見た光景とは全く違っていた。
僕達の座っていたベンチは新品同様で、ペンキを塗って乾かした後のようにつやつやしている。
しかもベンチの周りの芝生は花畑になっていた。
蒼、白、黄色、ピンク色の花々が風のなかで楽しそうに揺れている。
それを見ていたフランが、
「た、確かこの辺に生えていた保護対象の花が何でこんなに……種からの栽培が難しいけれど撒いていたって話は聞いていたけれど……」
「フラン、今周りに人はいないし、逃げたほうがいいんじゃないか? 多分これ、フランの“姫”の力だよね?」
「う、うん……」
「それで守護者ってことは、フランも狙われたりするから守るためにいるんだよね、多分」
「うん……早くジルの所に帰ろう」
“姫”という話から、多分特別な存在なのだろうと僕は思って、しかもこういう能力があると悪いやつらに狙われたりするんじゃないのかなと思ったのだ。
なのでフランの力が気づかれない内にと思いながら、僕達は喫茶店に戻ったのだった。
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ジルは訪ねてきた現魔王のフォルカーから話を聞いていた。
ジルやフランのいた村の人達が救出されたと聞いて、ジルは、
「ありがとうございます。ですが、フランはまだ力を失ったままです。無意識に封じてしまっているようですから」
「では、その力を開放できればいいのか?」
そのフォルカーの問いかけにジルは沈黙した。
何も言わないジルにフォルカーは、
「なるほど、やはりあの“姫”との二人の時間が幸せか」
「……」
「だが、残念ながらその力の封印は解かれてしまったようだ」
「! どうして!」
「勇には全ての魔を、呪いを癒す力がある。人間の“勇者”が持つ力だ」
「……余計なことを」
「あの“姫”を危険にさらすからか? それとも、力のない“姫”ならば独り占めできると思ったか?」
沈黙するジル。
今の質問は意地悪だったかと思いながら、
「何れにせよ、お前たちの村の者達は助けたのだから、中心となる“姫”が必要だろう? 力が戻ってよかったのでは?」
「……俺は、フランが“姫”になるのは反対だったんだ」
絞りだすような声でつぶやいたジルだがそこで、
「今の話……どういう意味?」
戻ってきたばかりのフランが、ジルに問いかけたのだった。
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力が戻ったので、他の人にばれない内に僕達は喫茶店に戻ってきた。
ジルとフォルカーは、先ほど救出された獣人関係の話をしていたのだと僕は思っていた。
けれど、そこからこう……その、フランと一緒にいたジルの本音の部分に遭遇してしまった。
丁度戻ってきたばかりで、フランが“姫”になるのは反対だったとジルが叫んだ所だった。
その前にどんな話をしていたのかは僕は聞いていなかったけれど、フランは大きく目を見開いて、
「ジル……それってどういう意味?」
「……知らない」
「だって、“姫”になれるのは先天的な才能もあって、皆憧れるんだよ? 何でそれが嫌なんだ!」
「……あの時と同じことを言うんだな」
ポツリとジルが呟いた。
その声に苦々しそうなものが交じるのを聞いて、更にフランは瞳を揺らす。
何がどうなっているのかよく分からないけれど、そこでフォルカーが、
「ふむ、そこにいるフランは“姫”がどんなものか知っているのか? 記憶喪失だと聞いたが」
「……皆の憧れです。特別な力を持つ“姫”は、個人差も有りますが10年近くその役に収まり、別の才能ある人に引き継ぐ、僕達の大切な力です。そしてその“姫”が何かの拍子で死んでしまっても獣人の中から使えるものが現れるのです」
「それで、“姫”になった後にどのような生活を強いられるか知っているのか?」
「? いえ」
「力を持つ、けれど身を守るすべをあまり持たない“姫”は、常に誘拐などの危険にさらされている。それに選ばれなかった“姫”候補たちの嫌がらせもあると聞く。それで精神を病む者も多いらしい」
「そう、なのですか?」
フランは瞳を瞬かせて、首を傾げる。
そこでジルが深々とため息を付いてフランに、
「初めは、俺に見合うくらいには“姫”になるくらいじゃないと駄目なんだ、親友として、と言い出して……俺も、どうせフランが選ばれることなんて無いだろうって思っていた」
「ひ、酷い」
「だってそうだろう? 魔力も弱い、剣は重くて触れない、何もない所でつまずく、勉強の出来は平凡、せいぜい自慢できるのは料理とお菓子の腕、後はその見かけくらいだ」
「う、うう……反論できない」
「なのに選ばれて、俺は慌てて守護者に立候補して、ずっとフランの側にいた。だから、フランが……“姫”になって辛いとよく泣いていたのも知っている」
「え?」
「でも役目からは逃げられないから、頑張っていたけれど、ある日村が襲われて……その村の皆に、“姫”固有の能力である“癒しの祝福”をかけて、それの無理がたたったのと、人間達の呪いのせいで力と記憶を失って、俺はフランを守るためと言って逃げ出したんだ。力のない“姫”となれば、彼らにとって用は無いし、新たな“姫”を生み出すために、最悪、暗殺する可能性だってあったわけだし」
「……」
「それに、俺は、フランを独り占めにしておきたかったから。だから俺は、こうやってここで……」
それ以上はジルは言わなかったけれど、その意味はフランに伝わったようで、
「そっか。ジルは、ずっと僕のことを思ってくれていたんだね」
「……“親友”だから。それ以上はまだ、フランは無理だろう」
「……うん、ありがとう。ジル……」
そう言って、フランはジルに抱きついて、ジルもそんなフランの頭を優しそうに撫ぜたのだった。
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そして二人は、暫く抱きついていたが、そこでフォルカーが、
「それでどうする? “姫”の力の影響もあって、捕虜になった者達もそこまで衰弱はしていなかったが」
「そうなのですか! ……そうなんだ、僕、役に立てたんだ」
フォルカーの言葉に嬉しそうにフランが手を挙げるが、そんなフランをジルは複雑そうに見ている。
そしてそんなフランとジルにフォルカーは、
「ただ治療なども含めて後数日は掛かりそうだ。その間……二人の時間を楽しむといい。以前、俺とであった時に、もし何かあった時のために監視もつけているから、更に安全ではあるしな」
「そうなの? ジル?」
そうフランが問いかけると、ジルは眉を寄せて、
「……気づきませんでした」
「それはそうだろう、そういったものが得意なものにみはらせていたからな。……それに、捕虜側から“姫”の力があちらに漏れている可能性だってある。そんな時彼らならば、攫おうとも考えるだろうからな」
「そうでしょうね。助かります」
「こちらの都合もあるから気にしなくていい。では、捕虜にされた者達の治療が終わり次第、呼びに来る」
フォルカーがそう告げてから最後に、
「“姫”のいる場所が、お前たちの獣人の村。このままこの町を拠点にしてもらっても構わないが? こちらからの“保護”の手助けもするが」
「……獣人の“姫”は俺達にとって大切なもの。他の者達の干渉を嫌う、ご存知でしょう?」
「知っている。だが提案をするのは構わないだろう? 状況の変化もあるのだから」
「……俺一人では決められません。ですが、考えさせて頂きます」
ジルがそう答え、フォルカーと僕は、特に僕はもう少し一緒に言おうと誘うフランにジルが機嫌を悪くしそうだったのでその場から逃げるように後にしたのだった。
。" ゜☆,。・:*:・゜★+★,。・:*:・☆゜"
「随分とあの、フランという獣人の“姫”に気に入られたようだな」
帰り道でフォルカーが僕に言う。
たしかに僕は気に入られているようだけれど、
「可愛いってなんで皆、僕の事を言うんだ」
「勇が可愛いのは仕方がない」
「わけがわからないよ。……でも、フランの力を治さない方が良かったのかな? “姫”って辛いみたいだし」
「さて、どうだろう。あの“姫”と守護者は、何も言わずに行方をくらましていた。だが力を失っていたのならそのほうが安全だろうし、あの村の捕虜達も救出できた。頃合いとしては、力を取り戻すには丁度いい。むしろ、別な意味で危険が迫っているのだから、力を持つことで、保護されたほうがいいだろう」
「そうなんだ。……でも、フォルカーは本当によく知っているね。異種族のこととか」
「……俺は記憶は引き継げないから、古代竜の図書館――趣味で古代竜の禁呪以外のものを書き残している者達がいて、彼らの本で知識を得ていたから」
「! そうなんだ。でも禁呪は駄目なんだね」
「ああ、勇を異世界に戻すのも禁呪の類だから直接聞かないといけない。世界を越える魔法は大抵がそうだ」
「……あれ、この前の狂った竜は? 確か世界を超えたんじゃ……」
「この世界とあの世界は接しているから条件が違うが、確かに禁呪に近い。……気の毒に思って古代竜の誰かが教えたのだろう。古代竜の欠片から作られた竜は、古代竜にとっては可愛い分身のようなものだから」
そういった話をしながら歩いて行く僕達だがそこでフォルカーが、
「少し立ち寄りたい場所がある。構わないか?」
そう僕に言ったのだった。
。" ゜☆,。・:*:・゜★+★,。・:*:・☆゜"
まだ夕暮れ時には早い時間帯だったので、僕はすぐに頷いた。
もう少しフォルカーと散歩するのもいいなと思ったから。
そして僕はフォルカーに連れられて、ある場所にきていた。
だがその店の前で僕は凍りついた。
はっきり言おう、何かの冗談かと思った。
なので僕はギギギと首を回して、
「場所、間違えていたりするのではないでしょうか」
つい丁寧語になってしまうのは、僕が現実を見たくなかったからだ。
けれどそれにフォルカーは微笑み、
「間違っていないぞ? 俺が勇の女装姿が見たいだけだし」
「だ、だったら女の子にお願いしてはいかがでしょうか。きっとフォルカーが頼めば誰でも快く引き受けてくれるでしょう?」
「俺は勇のそんな姿が見たい」
「ぼ、僕は嫌です。な、何であんなひらひらした服というかドレスなんて……」
「可愛いと思うぞ?」
フォルカーがそう言って笑う。
一歩も譲る気はないようだ。
やはりあの時そのまま城に帰っていればいと今更ながら僕は後悔する。
そこでフォルカーが、
「勇に似合うものを選んでやろう」
「く、そ、そうだ。それならフォルカーも一緒に服を着るのが条件だ!」
「別に構わないが?」
フォルカーは、あっさりと条件を飲んでしまう。
なんでそんなに簡単に受け入れられるのかと思って僕はフォルカーを見つめる。
男性的な美貌ではあるが、その美しさはきっとドレスを着ても映えるだろう。
僕は唾を飲み込む。
きっと、そんな姿のフォルカーはすごく綺麗に違いない。
見たい、凄く見たい。
でもそれには僕もあんな格好をしないといけない。
恥ずかしいし、きっとフォルカーに見劣りする姿になる。
やはり、ここは止めておくべきだろうと僕は思って、
「やっぱり今のは無しで」
「駄目だ。自分の言ったことには責任を持たないとな、勇?」
その時僕は絶望的な顔をしていたと思う。
けれどフォルカーはそんな僕を楽しそうに笑って見下ろし、嫌がる僕を店の中に引きずり込んだのだった。
。" ゜☆,。・:*:・゜★+★,。・:*:・☆゜"
店には何故かセラフとベルゼルもいた。
「町の見回りにセラフと出てきたよ!」
とベルゼルは言っているが、どう考えても嘘にしか見えなかった。
それにセラフがげっそりして、ふらふらとした手つきでドレスを選んでいる。
僕はセラフに近づき、
「大丈夫ですか?」
「大丈夫に見えるか?」
「いいえ」
「そうだろう。だが私は、このどれかドレスを着ることで、今日のお仕置きは免れるんだ」
「は、はあ」
「それで、勇はどうしてここに?」
青い顔で僕はセラフに問いかけられて僕は、
「僕が女装させられるらしいです。交換条件でフォルカーも女装することになっていますが」
「なん……だと?」
そこで先程まで視認のように青かったセラフの顔が輝くばかりの笑顔を浮かべ、僕の肩を叩き、
「よくやった! 後で写真撮影だ」
「え、ええ!」
けれどそんなセラフにゆらりと黒い影が迫り、
「へー、じゃあ僕も女装しようかな」
「本当か!」
「……」
嬉しそうにセラフがベルゼルに振り返る、ベルゼルが沈黙した。
こうして僕達の、主にセラフの本気を出したドレス選びが始まったのだった。
。" ゜☆,。・:*:・゜★+★,。・:*:・☆゜"
できればそんなにレースなどがついたり、ひらひらしないのがいいと僕は思って服を探す。が、
「ふむ、この白いドレスはどうだ?」
「……ウエディングドレスのようにも見えて僕には耐えられません!」
「そうか、ではこちらの生足がよく見える短いドレスはどうだ? 真珠があしらわれていて、勇の黒髪によく似合いそうだ」
「う、うう……男の僕が生足なんて出しても似合わないよ」
「レースの付いたニーソと合わせるのもいいかもしれない。髪飾りも選んで……それでいこう」
「か、勝手に決めないで! そんなの僕、嫌だ!」
僕は涙目になってお願いした。
そんな僕をフォルカーは見下ろして、頷いた。
「勇の涙目も可愛いな。できればベッドの上で喘がして啼かせたい、そんな衝動に駆られるな」
「ひ、ひい、へ、変態、鬼畜!」
「そんなことを俺に言うとどうなるのか、分かっているのか?」
「お、脅しか。フォルカーは好きな相手を脅すのか?」
「いや、生意気なことを言う勇も可愛いから、俺が欲情するだけだ」
「ま、待って、僕の意思はきちんと確認してくれるんだよね?」
僕は恐る恐る聞いてみた。
冗談めかして言っているフォルカーは笑っているが、何となくその瞳は僕を熱っぽく見つめている気がする。
なんだろう、凄く危険な気がする。
なんというかこう、普通の会話をしていたはずなのにフォルカーを煽ってしまったような……。
そもそもフォルカーが僕を襲わないのもフォルカーの好意なわけで、気をつけないとフォルカーの我慢が……。
だって僕をフォルカーが好きなわけで……そんな混乱する僕の頭をフォルカーが撫ぜて、
「……冗談だ。さて、次は俺のドレスだな」
「う、うん。……フォルカーには白いドレスが似合いそうだよね。黒髪に映えるかも」
そんな風に僕は気づけばお揃いというか、同じ色の白いドレスを選んでいた。
だって、このドレスを着たらきっときれいだろうなと思ってしまったから。
ドレスを着た男を見たいと思っている自分はおかしいと僕は思うのに、フォルカーだけは僕の中で特別なのだ。
どうしてだろうと思っているとそこでベルゼルがやってきて、
「助けてフォルカー、セラフが僕に露出の高いドレスを着させようとするんだ!」
「……さっきまでセラフに露出の高いドレスを勧めていなかったか?」
「それとこれとは別なんだ! ……冗談だったのにセラフが乗り気というか本気で……ひぃ」
そこで薄く笑うセラフがべるぜるの襟首を捕まえて、ドレスを片手に試着室へと消えていった。
それを見送ったフォルカーは、
「暫くあちらは時間がかかりそうだ。どうする? もう少し違うドレスも勇には選んでやろうか?」
「! いりません!」
僕は慌てて首を振る。
だってそうしないと、そのドレスも着る羽目になるのだろうから。
それにフォルカーは残念だと小さく笑ったのだった。
。" ゜☆,。・:*:・゜★+★,。・:*:・☆゜"
結局その後も、アクセサリーやら何やらを僕は選ばせられてしまった。
それだけの時間がかかってしまった理由は単純で、セラフが、
「私もフォルカーの女装姿を見たいです!」
という個人的な事情だった。
フォルカーは綺麗だから、セラフがそう情熱的にお願いしてくる気持ちもわからなくはない。
そしてそんなセラフのすぐ側で、ベルゼルが機嫌が悪そうにそんなセラフを見ていた。
セラフを独り占めしたいのだから仕方がないのかもしれないが、ちょっとだけフォルカーを睨んでいる気がする。
なので僕は、
「セラフさん」
「何ですか? 勇」
「ベルゼルが相手をして欲しいらしくてフォルカーを睨んでいます」
「なんだと!」
その時のセラフの笑顔は僕には忘れられないものになりそうだった。
そんなセラフはその笑顔のまま、くるりとベルゼルを振り返り、ベルゼルは蒼白になった。
「な、何でそんな笑顔になるんだ、セラフ」
「そんなにベルゼルは僕のことを思っていてくれたんですね。では、僕のお願いも聞いてくれますよね?」
「な、何を……で、でもさっきいっぱい試着したはず……」
「たった、5着程度で何で音を上げているのですか? 体力は僕よりもベルゼルの方があるでしょう?」
「ま、まさか……」
「ベルゼルが最も魅力的になるようなものを選ばないといけませんからね」
「さ、さっき決めたそれでいいのでは……」
「これもいいですがまだ似合いそうなものが幾つか有りますからね」
ベルゼルがブルブルと震え始めた。
ここに来た当初の、ふらふらとしたセラフは、何処にもいなかった。
今は嬉々として、ドレスを選ぶセラフがいるだけだ。
そんな絶望的な表情になっているベルゼルに、フォルカーは助け舟を出した。
「俺はもう勇にすぐにでも着せたいが。他にも雑用があるからな」
「! す、すみません。後一着だけお願いします」
「分かった。では勇に似合いそうなアクセサリーでも探している」
僕は何で!? と思ったけれど、そのまま真珠の首飾りやら、銀色に輝く青い宝石の付けられたティアラやら花の髪飾りやら……選ばれてしまった。
このまま僕はどうなってしまうんだろう……セラフ、許すまじと思う僕。
しかも試着室からは、シクシクと誰かが泣く声が聞こえる。
さきほど露出度の高い、スリットの入ったドレスをセラフが持って行くのを僕は目撃した。
あとは分かるな。
そしてようやく出てきたセラフは、すぐ側にあった髪飾りを二つほどとり、
「では、会計は別々で……ベルゼル」
「……こんな思いをしたんだから両方買ってやる」
そう言って支払いをしていたのだった。