異世界に勇者として召喚されたと思ったら、魔王様にさらわれてしまいました
その日、僕はたまたまネットで評判のラーメン屋に来ていた。
こんな真夏の熱い盛りに熱々のラーメン……好きなんだから良いじゃないかと思うわけである。
でも、今思うと止めておけばよかったと思わなくはない。
「よくぞいらっしゃいました勇者様!」
石造りの奇妙な部屋。
確か僕は木造のラーメン屋で、丁度ラーメンを食べていた所だ。
みると手にはラーメンと箸がある。
おかしい、なんだこの現象は。
周りには魔法使いっぽい恰好の男達がおり、歓声をあげている。
そういえば今僕の事を勇者って呼んでいたような……。
そこでその中で特に偉そうな魔法使いが、
「よくぞいらして下さいました。勇者様」
「……僕は勇者なのですか?」
「もちろん。我々がお呼びしたのですから。そしてその力は間違いなく勇者様です。そのお力を持って、憎き魔王を打倒して下さい!」
勇者って言うとまずそんな感じだよなと僕は思いながら答えた。
「嫌です」
「何故!」
「だって戦うとか、危険な事は僕はしたくないですし」
「そんな! 酷いです勇者様。我々がどんな苦痛を受けているのかお分かりにならないのですか!」
勇者を召喚するくらいなのだから、よほど切羽詰まった事情があるのだろうと僕は思う。
なので黙って話を聞くことにしたのだが、
「実はかの魔王の領地に攻め入ったのですが、返り討ちにあってしまったのです」
「……僕、帰っていいですか」
「そして実は、その魔王が攻めてくるかもしれないということで、勇者様を召喚したのです」
「……自業自得なので、そんな手助けせずに元の世界に帰りたいかな」
そう答えると勇者様、見捨てないで下さいと言われる。
それを聞きながら僕は、やっぱり夢なのかなと思う。
だいたい何でラーメンを食べている時に召喚されるんだと思うわけだ。
もっとこう、それっぽい理由があったりして召喚されるものじゃないのか?
やはりこれは夢なのだろうとぼんやりと思って、僕は勇者なんてお断りだと思う。
だって怖い敵と戦って大けがをするかもしれないのに、そんな役目を見ず知らずの異世界の一般人である僕に頼むのだ。
どう考えてもおかしいとしか思えない。
なのでどうにか元の世界に戻るか、夢から覚めないかと思っていると、
「ふ、ふはははは、なるほど。この俺を倒すために勇者を召喚したかと思えば、どう考えても可愛らしい一般人の少年ではないか」
「な、なぜここにいる!」
「別に? 暇だったから俺はこの城の様子を見に来たが……なるほど。人間共は面白い技を持っているな」
そう笑う一人の男は黒髪に赤い瞳をした美しい男だった。
そこで僕に魔法使いの一人が、
「ゆ、勇者様、アヤツは魔王です!」
どうやらいきなり魔王が現れたらしい。
珍しい展開だなと僕が思ってぼんやりしていると、彼は近づいてきて、
「ふむ、召喚された衝撃でまだ意識がぼんやりしているようだな。……よし、見た目も好みだから連れて帰るか」
目の前の魔王が僕に笑う。
そして僕の手を握り、微かなめまいと景色が揺らぐのを感じてすぐに僕は、豪奢な大広間に魔王と一緒に立っていたのだった。
。" ゜☆,。・:*:・゜★+★,。・:*:・☆゜"
そういえば、僕の名前はなんだっけ……ああそうだ。
御剣勇だ。
ごく平凡な人生を送っていたはずで、人には時々幼いだの若いだの可愛いだのと言われている容姿がコンプレックスだった。
そして今どうなったかと言えば、ラーメンを食べに行ったと思ったら勇者として召喚されて、そのまま魔王に連れ攫われて、豪華な部屋に連れてこられた。
目の前には魔王と呼ばれる、黒髪に赤い瞳をした男がいる。
どうしようか、そう思って目の前でいまだ湯気を立てているラーメンを僕は見て、
「……のびちゃうから、食べないと」
残すのももったいないし、そう思って僕はラーメンをすする。
ごく普通の醤油ベースのラーメン。
モグモグと咀嚼して僕は飲み込む。
けれどあっさりとした味の中に深みのあるこくが……と思って食べていると、そこで目の前の魔王が笑いだした。
「くくく、この俺の前でよくもそんな落ち着いていられるな」
「いえ、早く食べないと美味しくなくなっちゃうんです」
「そうなのか。では早く頂いてしまおうか」
目の前の魔王様が笑い、僕は何となく話が噛み合っていないような気がするなとぼんやりと思った。
そこで、魔王様の顔が僕に近づいてくる。
こうして近づいてくると本当に目鼻立ちの整った綺麗な顔をしているなと僕は思っていた所で唇が重ねられた。
キスの経験はまだ僕にはない。
今の所、彼女もいない。
まして男に言い寄られた試しは……あるにはあるが、全ては物理的にお断りした。
そして現在、男にキスされているという驚愕の事実が僕の目の前に!
しかも重ねられた口から舌が入ってきて……。
舌が絡まるその感覚だけでぞくぞくと僕の体に快感が走ってそこで……僕ははっとした。
ぼとりとラーメンを落とす。
自分が何をされているのか、そして現在の状況全部が頭の中で一気に理解された気がする。
そんな固まる僕だが、そこで唇が離される。
目の前には楽しそうに笑う美しい男、魔王がいるのみ。
そこで彼は低くて通る声で僕の耳元で囁いた。
「それで、どうする? “異世界の勇者”よ」
その声があまりにも楽しそうなのが僕の不安を煽る。
だって僕は勇者として召喚されたらしいのだが、その勇者としての力の使い方も知らないし、そもそもこの魔王様の御機嫌を損ねれば殺されてしまうかもしれないし元の世界に戻れるのかどうかわからない。いや、
「やっぱり全部夢だよね。うん、夢だ」
「夢だと思いたいのか? まあ、夢だと思いないならばそれはそれで俺にも都合がいいが」
「……何が都合がいいのでしょうか」
「お前は見た目が好みだ」
「男です。僕は男です。それとも魔王様は実は女性とか?」
「残念なが生まれてこの方男以外の性別になったことはないし、これからもないだろう」
肩をすくめる魔王様は相変わらず笑っているが、それに更に不安を掻き立てられた僕は、
「……では見た目が好みだというのは?」
「ベッドに引きずり込みたいという意味だ」
「……魔王様は美形なので幾らでも相手がいるのではないでしょうか」
「最近飽きてしまった。少し毛色の変わった者も欲しいと思っていた所だ」
僕は全力で逃げ出そうと、走りだした。けれど、
「待て」
僕は腕を掴まれてしまう。それに僕は、
「放せ!」
その瞬間、僕を掴んでいる魔王様の手が炎に包まれたのだった。
。" ゜☆,。・:*:・゜★+★,。・:*:・☆゜"
吹き出した炎を見て、当事者である僕が一番驚く。
だって逃げないと、触るな! ……貞操の危機を感じた僕はそう思っただけだ。
放せ、と叫んだだけなのだ。
掴まれた腕に炎が吹き出て、僕自身は熱くない。
けれど魔王様にはその熱が感じられたようで、眉間にかすかにシワが寄り、手が離される。
そして凄みのある笑顔を浮かべながら、
「やってくれるな、人間風情が」
そう僕に言ってくる。
どう考えても僕は身の危険を感じる。
そう思って一歩後ずさると魔王様は、
「この俺に逆らうとはなかなか面白い。だが、それ相応の報いを受けてもらおうか」
「そ、それ相応の報い、とは?」
「そうだな。暫くベッドの上で俺の夜伽の相手をしてもらおうか」
「……い」
「い?」
「嫌だぁああああ」
どんなに綺麗でもこの魔王様は男なのだ。
しかも今の話からすると何となく想像を絶するような展開が待ち受けている気がする。
そもそも男同士の性行為なんて、調べたこともないし知りたくもない。
嫌だと涙目になる僕だが、そこで更に僕に魔王様が近づいてくる。
僕は小さく呟いた。
「く、来るな」
同時に今度は僕の周りに円を描くように炎が上がる。
それを見ながら魔王様は、
「……なるほど、拒絶の意思にによって発動か。そして勇者なだけに、中々強い力を持っている。……俺には敵わないがな」
そう告げて、魔王様は不敵に笑う。
同時に僕を守るように湧いていた炎が一瞬にして消し去られる。
無防備になった僕に魔王様は近づいてくる。
どうしようと僕は固まったまま動けない。
気づけばすぐ側に先ほどの食べかけのラーメンと丼ぶりが転がっているという、どうでもいい事実にばかり目が向く。
そして僕は再び腕を掴まれた。
どうなってしまうのだろうと不安に思っているとそこで、
「なんだ、もう抵抗しないのか?」
「て、抵抗といっても僕は何がなんだか……」
「なるほど、自分の意志で何時も発動できるわけではないのか」
「で、でも、危険なので僕にはあまり関わらないほうがいいのではと思います」
僕は必死に抵抗した。
ここで諦めたら、目くるめく男同士の世界が待っている。
それだけは全力で避けねばと僕は思っていると、
「……お前、面白いな」
「そう、ですか。ありがとうございます」
「ああ、面白いから口説くことにした」
更に僕は嫌な方向に状況が悪化したと気づく。
しかも魔王様は更に楽しそうに笑い、
「行くあてはあるのか?」
「! も、元の世界には……」
「さあな、だがここに残るのであれば調べてやってもいい」
「……」
「仕方がない。更に追加だ。お前がしていいと言うまではしない、それでどうだ?」
「……どうしてそこまで僕に執着するのでしょうか」
「見かけも好みだし勇者という変わった異世界人だから興味をもった。ここにれば客人として扱うぞ? もっとも客人兼恋人候補としてだがな。それとも……見知らぬ世界を一人で彷徨うか?」
そう言われて僕は、そんなの無理だと気づき、渋々頷く。
それに魔王様は楽しそうに笑い、
「俺の名前は魔王フォルカー。よろしく」
そう彼は名乗ったのだった。
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魔王フォルカーが何かを球に向かって話し、怒られているようだった。
けれど僕のいる場所からは少し離れていたので全てを聞くことは出来なかった。
「さて、部屋に案内しよう。ついてこい」
そう言われて僕は魔王フォルカーに、客室に案内される。
その途中僕は問いかけられる。
「そういえば名前を聞いていなかったが」
「僕の名前は、御剣勇です」
「勇か。勇ましそうな響きの割に、逃げ腰だな」
「だ、だって僕の世界で僕は一般市民ですし」
「? そうなのか。その割には強い魔力があるようだ……少し見せろ」
そうフォルカーが僕に告げると、壁に僕を押し付ける。
そして僕の顔の左右に手を伸ばして壁を抑えて、僕が逃げられないように体で檻を作る。
これはいわゆる、壁ドン? というやつだろうかと僕は思う。
思った所で、僕は女の子じゃないと気づいて。
しかも楽しそうに見つめる魔王フォルカーのが瞳に映り、
「な、何をするんですか?」
「そうだな、少し味見をしてみようか」
「や、止めてください、無理矢理はしない……ですよね?」
僕が恐る恐る問いかける。
それに魔王フォルカーは笑い、
「この程度のセクハラは、したうちには入らない」
「い、嫌っ、やめてっ……ひあっ」
そこで首筋に、魔王フォルカーの唇が触れる。
それだけで体が変な感じになり僕は抵抗する。
けれど少しでも引き剥がそうと強く押しているのに、一向に離れない。
そのまま軽く首筋を舐めて、少しきつく吸われてしまう。
その時体の中に何かが触れるような奇妙な感覚がある。
僕はそれが快感のように感じて小さくあえいだ。と、
「ふむ、確かに魔力の量は膨大で、俺も油断をしていると危険かもしれないな」
「そう、なのですか?」
「ああ、それともう少し勇の体を調べたいから、後で直に体を触らせてくれ」
「い、嫌です。しかも魔王様は僕の体を狙っているんですよね?」
「フォルカーでいい。異世界の人間がどんなものなのか、俺も興味があるが……なるほど。好みの容姿をしている勇だから、俺も理性が抑えられなくなってしまうかもしれないな。仕方がない、服の上からしようか」
「ふ、服の上からでも止めてください!」
服の上から肩の辺りを触れられる。
抵抗しようとしてもフォルカーの力は強くで退けられない。
続々とした快感が体に走って僕は涙目になる。
んんで僕が感じさせられないといけないんだ、そう僕は思っているとそこで、
「フォルカー様、お戯れはそこまでにしてください。いくら勇者としての抵抗を封じようとも、いつ暴発するかわからない爆弾のようなものなのですから。ソレは」
現れたのはまたしても銀色の髪に紫の瞳をした、優等生といったような美しい男だ。
フォルカーと違ってどこか女性的な柔らかさがあるような気もしたが、僕は彼にじろりと睨まれる。
「そんな危険な人間など、早く処分してしまえばよろしいのに」
「いいじゃないか、セラフ。この俺が気に入ったんだから」
「貴方の気まぐれに付き合わされる我々の身にもなってください。……こちらが客室の鍵です」
そう言ってセラフはフォルカーに鍵を渡し、僕をもう一度睨んでから何も言わずにその場を去ったのだった。
。" ゜☆,。・:*:・゜★+★,。・:*:・☆゜"
その人が去ってから僕は聞いてみる。
「あの、今の人は?」
「宰相のセラフだ。堅物……の割には腹黒くて権謀術には長けているが、悪いやつではない。やはり人間の勇者を俺に近づけたくないのだろう」
「いえ、フォルカーは魔王なので、普通はそうだと思うのですが、偉い人ですし何かあっては……」
「この俺を下すと? お前が」
そこでフォルカーが嗤う。
けれどその赤い瞳は全く笑っておらず、僕は何か言ってはいけないことを言ってしまったような気がする。
魔王フォルカーが僕の顎を掴んでくいっと上に向かせる。
そこで僕は魔王フォルカーは、僕よりも背が高いのだと気づいた。
少しだけ身長にコンプレックスのある僕は、ソレが少し悔しいけれどそこで、
「この俺に何かあれば……つまりお前が俺を倒せば、次の魔王はお前だぞ?」
「……あの~、そうしたら僕、元の世界に返してもらえるのでしょうか」
「一応、指名という形で仮に魔王を決めることもあるが、基本的に、力の強いものが弱いものを支配する世界だからな。それに俺を倒して魔王になったとしても人間の勇者ともなれば、皆、こぞって倒そうとするだろうな」
「う、うう……そうなると、絶対にフォルカーを倒せない……」
ここのシステム上、魔王を倒すと自動的に僕が魔王になってしまうらしい。
しかも人間の勇者が魔王なのも気に入らないので、延々と戦いに身を投じる事になるらしい。
冗談じゃないと僕が思っていると、
「ただ、今のお前ではあのセラフも倒せないぞ? 俺だって、さっきの宰相のセラフも倒したしな。いまだと実力は、ここでは3位か?」
「それだけ強いのに……心配? セラフの方が強いのに、それよりも更にフォルカーが強いのに僕は警戒される?」
「人間は我々のルールを守れるのか、そういった点だろう」
さらっとフォルカーが告げた言葉に、確かに文化や考え方の違い、道徳観念も含めて不安だろうけれど、
「そもそもさっき勇者の力を抑えたってフォルカー言っていたような」
「そうだ。先ほど触れた性感帯の部分が勇者の力を抑えるのにはとてもいいようだ。……こまめに後々触れさせて貰う予定だ」
「……それって僕は感じさせられるんじゃ……」
「そうだな。俺も自分の身を守るためには、仕方がないな」
そう言って意地悪く嗤う魔王フォルカーを見て僕は、何かを早まった気がした。
これから力を抑えると称してさんざん感じさせる場所に触れられそうだ。
酷いと僕が思っているとそこで、一人の可愛らしい少年が現れる。
金色の髪に青い瞳の人懐っこそうな可愛い六歳くらいの少年だが、
「あ、フォルカー、なんだか人間の恋人ができたって大騒ぎになっているよ?」
「ベルゼルか。恋人にはまだなってくれないそうだ」
「ええ! フォルカー、初めて振られたの?」
「口説く権利はもらったからこれからさんざん弄ぶ予定だ」
「わー、面白そう。あ、ところでセラフは見かけなかった?」
「さっき会った。正確には、仕事中に客室の鍵を持ってきてもらったが」
「ふーん、なんだか機嫌が悪そうな気がするけど、じゃあいつもの部屋にまたいるのかな。そろそろ僕もあれだし行くね」
「ああ、ほどほどにな」
そう言って送り出すフォルカー。
あんな子供もここにいるってことは強いのかなと思っていると、
「彼はベルゼル。軍師でここのナンバー2だ」
「! 子供じゃん!」
「また何かやらかしてきたんだろう。本当は俺達と同じくらいの年齢だが魔力を使いすぎるとああなる」
魔力を使いすぎるって何があったのかと僕は思っていると、
「あいつにも色々あるだけだ。そして……ここがお前の部屋だ」
いつの間にか僕が滞在する部屋にまで来てしまっていたのだった。
。" ゜☆,。・:*:・゜★+★,。・:*:・☆゜"
天蓋付きのベッドなんて初めてだ、僕はそう思った。
白く透き通るようなレースがベッドの内側で、外側は黒い布だ。
ベッドの中もレースのあしらわれた布団やら枕やら……布も花柄だったりして、それこそ可愛らしいお姫様が眠っていそうな場所だ。
そしてこのベッドが、僕の寝るベッドらしい。
僕は顔から血の気が引く思いで魔王フォルカーを見ると、彼は楽しそうに笑っていて、
「どうだ? お前専用のベッドだ」
「……まるで女の子のために用意されたようなベッドなきがするのですが……」
「恋人候補だから当然だろう。それに……」
「それに?」
「外からお前に危害を加えようとする者や、逆にお前が何かをしようとしても大丈夫な作りの部屋だ」
どうやら危険な生物を閉じ込めておく檻のような役目もあるらしい。
一応この魔王フォルカーの天敵? のような存在である勇者、それが僕なので、これくらい厳重なのは仕方がないと思う。
なので多少女の子っぽい部分は我慢だと僕が思っていると、
「さて、まだ日も高い。どこかに連れて行ってやろう。何処がいい?」
魔王フォルカーは僕に問いかけてくるが、そもそも異世界に来る経験が初めてな僕だ。
この世界がどんな場所なのかは全く知らない。
もしもここから逃げ出さないといけなくなった時のことも考えて、状況を知っておいた方がいい。
そう思って僕は魔王フォルカーに、
「この世界に来たのは初めてなので、何があるかわからないのですが」
「なるほど。では、そうだな……この城の花園にでも案内いてやろう。丁度面白いことになっているはずだ」
「面白いこと、ですか?」
花園で一体どんな面白いことがあるんだろうかと、僕の常識が危険信号を訴える。
花園といえば普通は、花を愛でる場所だ。
あまり花に興味はない僕でも、薔薇程度なら分かるが、この世界にそもそも薔薇があるのかどうかはわからないし、その花園が僕のイメージ通りのものとは限らない。
どうしよう。
きっと行かないほうがいいだろうと思う。
でも好奇心はある、そう思っていると魔王フォルカーが、
「油断しすぎていて誘われているのか迷うな」
「へ? ……んんっ」
そこで唇と唇が重なった。
またもきれいな相手とはいえ男にキスされる羽目になった僕は、必死で口を閉じた。
そんな僕にフォルカーは、すぐに唇を離し、
「残念だ。もう少し頭がぼんやりとしている内に楽しんでおけばよかったな」
「ひ、酷い。こんなの……」
「この程度はしたうちにはいらない。ゆっくりと慣れていくんだな」
嗤う魔王フォルカーに僕は、本当に僕はこの男に襲われずに元の世界に帰れるのだろうかと不安に思う。そこで、
「さあ、花園に案内してやろう。そして、この世界についても少しくらいなら教えてやろう」
そう僕に、告げたのだった。
。" ゜☆,。・:*:・゜★+★,。・:*:・☆゜"
僕は魔王フォルカーに案内されて、花園にやってきた。
案内されたその花園は薔薇のような花咲く庭園だった。
芳しい白やピンク、黄色の花が咲き乱れる美しい場所。
そこまでは良かった。
「あの、トゲトゲのつるが、そこらじゅうを這いまわっているのですが」
「? ああ、あれはそういう植物だから。弱いと捕まって魔力を吸われるから気をつけろよ?」
「ええ! あれトゲトゲじゃ……」
「少しチクっとして痛いが、敵が自分よりも強いとわかると襲ってこなくなるから大丈夫だ」
「そ、そうなのですか……というか僕に向かって集まってるんじゃ……」
細かったり太かったりする棘のつるが僕を目指してニョロニョロと這ってくる。
どこからどう見ても巻き付かれたら痛くてたまらなそうだ。
そんな僕に魔王フォルカーは、
「まあ、勇程度の力があればどうにかなるだろう」
「いえ! ぼ、僕だってまだ力の使い方がわからなくて、だから無理です!」
「そうか? 拒絶の意思を示せば十分だとは思うが。俺の手を炎で包んだように、な」
そんなことを言われても、どうしてあんな風ににできるのかわからないのにと思っていると、そこで魔王フォルカーが僕を抱きしめて、
「口説くと決めた恋人候補だ。少しは良いところを見せるのも大事かもしれないな」
その声とともに僕は一瞬背後が明るくなるのを感じる。
同時に何かとても“怖い”と感じるものがフォルカーから感じられた。
そしてフォルカーの僕を抱きしめる腕のと力が弱まって、
「怖がっていた物は、いなくなったぞ?」
「……本当だ」
焼け跡一つ残さずいなくなっている。
自分からいなくなったのか、消滅させられたのか。
魔王というくらいなのだからそのくらいは出来るのかもしれないと思っていると、
「さて、あちらに休憩できる場がある。そこで、茶と菓子を用意するように手配しておいた」
「い、何時の間に」
「先ほど部屋を出る時に魔法で伝えておいた。恋人をもてなすような美味しくて可愛らしい物を、と、注文を付けた」
「……そうですか」
僕はやっぱり恋人候補何だなと改めて思い知らされる。
そこで少し離れた花園から爆音が聞こえた。
何事かと僕が思っていると、
「今は新入りの庭師が数人入ってきたから、試されているんだろう。あそこには爆弾のような種をふきだす花や火を放つ花が沢山咲いている、大変な場所だから仕方がない」
「う、うわぁ」
「その内腕試しに連れて行ってやろうか?」
「え、遠慮します!」
「だが訓練しなければ強くならないぞ? もしも俺が無理やり押し倒そうとしても抵抗できなくなってしまうかもしれないが」
「……敵を強くするのですか?」
そんな僕の問いかけに、魔王フォルカーは小さく笑い、
「あまり強すぎるも、退屈なのさ」
そう答えた所で、茶と菓子が運ばれてきたのだった。
。" ゜☆,。・:*:・゜★+★,。・:*:・☆゜"
差し出されたお茶は、淡い緑色の透明な液体だった。
どちらかというと緑茶に似たような色をしているが、このお茶はとても甘い匂いがする。
「我々魔族のお茶だ。お前達は知らないだろう?」
「僕達の世界にはあるかどうか分からないですが、僕は初めてみました」
「そうかそうか。一口口にしてみると良い」
魔王フォルカーが僕に進める。
よほど自信のあるものなのだろうかと思って僕は口にする。
温かくて、甘くて、どこか花の香を彷彿とさせるようなお茶だ。
女の子とか好きそうだな、などと僕は思い飲んでいく。
正直いってとても美味しくて、何杯でもいけてしまいそうだ。
砂糖のような強い甘みではなく、蜂蜜のような優しい甘み。
「凄く美味しいです」
「そうかそうか。体が温かくなってこないか?」
「そういえば、そんなような気もする。温かいお茶を飲んだからかな?」
体がぽかぽかして気持ちがいい。
このままぼんやりしていたら眠ってしまいそうだ、僕がそう思っていると、
「幸せそうな顔をしているな」
「なんだか温かくてこのまま眠ってしまいそうです」
「媚薬入りだから当然だろうな」
目が覚めた。
正確には、危機感にはっとした。
僕が伺うように魔王フォルカーを見ると、彼は赤い瞳を楽しそうに揺らめかせて、
「冗談だ。ここまで俺が手を出して落ちない相手は珍しいからな」
「……僕は珍獣ですか?」
「だからこそ価値がある。なければ適当に捨て置くし、敵に回れば排除するのみだ」
不穏な空気を醸し出す魔王様の言葉に僕は話題を変えねばと思った。
さっきから僕をじっと見つめているし。
なので僕は、
「この世界のことを教えて頂けませんか? 僕の世界と違うみたいですし」
「この世界は……俺のような魔王や魔族の住む世界。お前を召喚した世界の人間達は魔界と呼んでいる」
「魔界、ですか?」
「“リル・サンドフィールド”と我々は呼んでいるがね。お前を呼んだ世界はお前のような人間至上主義であるらしい。おかげで我々の世界に攻めてこようとして返り討ちにあっているが」
「そ、そうなのですか」
「そして我々は、彼らの言うような人間よりは少し耳が尖っていたり、獣人と呼ばれる動物の身体能力を宿すた者達がいる」
「獣人ですか?」
「獣化できる者や獣の姿のまま人型になる者、耳だけが生えるものなど多様にいる。昔は、我々のような耳の尖ったり、角が生えるといった者達と獣人は争っていたが、実力主義で王を決めるということで現在は上手くまとまっている」
「そうなんですか。猫耳、ウサ耳、狐耳の女の子もいるんですよね?」
リアルにケモ耳少女に会えると思うと、僕は少し楽しみになり、
「後で町を案内してもらえませんか?」
「……構わないぞ? 但し期待に添えられるかどうかは分からないが」
「どういう意味でしょうか?」
「女は個体数が少ないから」
それはつまり男のケモ耳を沢山見ることになるのだろうか、そう思いながらそっと菓子に手を伸ばす。
不安に思うと、何かを食べたくなるのかもしれない。
白い蜜のかかったケーキに手を伸ばして僕は口に入れる。
美味しいと呟こうとした、その時だった。
「魔王、フォルカー。久しぶりに挑戦する!」
そんな声が聞こえ、振り向くとそこには金色の髪に青い瞳をした、魔王フォルカーと同じ年頃の男が立っていたのだった。