花火
「蝉の命って儚いね。」
君はうつむいて笑った。ぼくはつられてわらえなかった。
だって、昨日言われたんだ、君のかかりつけの医者に。
先生はカルテを見て、それから僕を見た。
「彼女の命は今年の夏いっぱいです。」
僕は思わず席をたって、彼の胸ぐらをつかんでしまった。
「すみません・・・先生。」
はっと我に返り、先生を責めてもしょうがないんだと自分に言い聞かせた。
でもこんなことってない、まるで蝉みたいな命ともいえない。
僕はその時の君の笑顔を見られなかった。
僕は君と一緒に帰りながら、そのことを言おうか悩んでいた。
君は無邪気にも僕と一緒に帰れることを照れて、ニコニコしていた。
すると、町内の掲示板を見て彼女は口を開いた。
「ねえ、花火大会、行こうよ。」
僕はポスターを見た。「8月の26日か・・・。多分へいきだ。」
「やったあ、絶対一緒にいこうね。」
「うん、絶対。」
もう言えるわけない、絶対に言えない。だから、どうか僕と君との青春を最後まで。
その日から僕たちはたくさん遊んだ。ナイターを見に行ったり、川や海に泳ぎにいったり・・・。
でも彼女の親からは「どんどん体調が悪くなっているんです。やめてくれませんか。」といわれた。
そりゃ、僕だって君の体調が良くなるのだったら、それまで待っている。でも、僕たちには決められた時間しか、もうないんだ。
僕は彼らを見てそう言った。ごめんなさい、僕だけの君じゃないのに。
ある日の夜、近所の公園で花火をしていた時のことだった。
周りには蝉の声。その時ここは僕たちだけのものだった。
君は線香花火を持って、いたずらっぽく笑った。
「じゃあ、どっちが先に落ちるか競争ね。」
「よーい・・・どん!」
ジジジジジジジと火花が飛んだ。明るい球のまわりを囲むように。
あとちょっとで僕が落ちそう、そんなときだった。
彼女がつぶやいた。
「あーあ。この時間が永遠につづけばいいのに。」
明るい花火で照らされていた彼女の顔が見えなくなった。
しゅぅっ
君の線香花火は僕より先に、儚く、弱く、落ちて行った。
やがて僕のも消えた。
でも落ちたのは、線香花火みたいな、僕のほほをとおった冷たい音。
どうか・・・最後まで・・・!
そして彼女はだんだん弱っていった。手は細くなり、歩けたからだももうここにはない。
でも時間はせまってくる。弱い、儚い君を奪い去ってしまうんだ。
とうとう花火大会の日。
僕と君は病室から夜景を見ていた。
「ごめんね、私がこんな体だから。」
僕は細くなった彼女の手を握った。
「僕はここにいるから。大丈夫。」
「ううん、違うの。あなたの思い出のなかに病気の私がいるなんて・・・。もう死んじゃう私がいつまでもいるなんて・・・。」
彼女は線香花火みたいな、透き通った涙を流した。
「あなたといつまでも一緒にいたいっ、浴衣を着て歩いて、幸せだねって言いたいの・・・。いつまでも・・。ずっと・・・。」
窓のそと、孤を描いて飛んでいく花火。
大きな音が空に響いていく。せつない音、消えてしまわないで。
・・・いつまでもそう願いつづけた。
あれから幾度と時を重ねた。でも僕はまだ、花火みたいな君をつかまえることはできない。